雑誌『をちこち(遠近)』
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日本の過去と未来

国際交流基金(ジャパンファウンデーション)は、「翻訳出版助成プログラム」を通じて、過去40年余りにわたり、日本に関する図書の海外出版を支援してきました。当基金の助成を受けて出版された図書のジャンルは古典文学、現代文学、歴史、社会学、政治、経済から文化論にいたるまで多岐にわたり、その言語は50を超えます。 2012年からは、日本の現代社会をよりよく理解するための良書を"Worth Sharing"という翻訳推薦著作リストにまとめ、1号あたり20作品ずつ、最終的には、100作品を紹介することを目標に、日本社会や日本人の等身大の姿を伝える優れた著作を紹介してきました。そして、このたびお届けします第5号が、"Worth Sharing"の最終号になります。

第1号「日本の青春」に始まり、第2号「日本の地方」、第3号「日本の愛」、第4号「日本の生活」と「日本の今」を紹介するための作品を主眼にご紹介してまいりましたが、最終号の5号では、時間に軸を移して、「日本の過去と未来」をテーマに据えました。

20世紀から21世紀にかけて、人類は、史上かつて例を見ない急激なスピードでの技術革新、社会変化、そして、悲惨な戦争をも経験しました。市井の人々の日常生活、生き方、価値観も大きな変貌を遂げました。 この波乱に満ちた激動の時代を生きた人々の姿、そして、未来へ向っていく新しい日本人の姿を描いた作品を紹介することで、このシリーズの締め括りとしたいと考えております。第5号の発行に寄せて、選書委員のお一人である東京大学教授の沼野充義氏にご寄稿いただきました。

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過去との対話、未来への道しるべ

沼野 充義(東京大学教授)

 歴史を知ることはなぜ必要なのだろうか。それは、歴史が私たちの現在を作るものだからだ。自分たちの先祖が過去になしとげた偉業や、彼らが作り出した素晴らしい文化遺産を、現在の私たちが誇りに思う。当然のことだろう。しかし、そうだとしたら、私たちは同様に過去に責任を持たなければならない。そして誇りにも、責任にも、時効はない。あるポーランドの詩人がいみじくも言ったように、「記憶を失った国民 は良心も失う」のだから。
 歴史を研究するのは、歴史学者の仕事かもしれないが、それを国民的記憶として共有し、民族の財産とするためには文学的想像力が必要である。歴史とは単なる無味乾燥な事実の集積ではないからだ。「日本の過去と未来--Imagining Japan's tomorrow」 と題された"Worth Sharing"第5号に収められた小説や評論は、現代の日本の文学者や評論家たちがはるかな古代から近代、そして現代に至るまでの日本の歴史とどのように向き合い、そこに表れる問題にどのように取り組んでいるかを示すものである。それは過去の歴史を描いていると同時に、現在の日本人の雄弁な自画像にもなっているともいえるだろう。そのこと自体が、現代日本に興味を持つ海外の多くの読者への、私たちからのメッセージでもある――いまの私たちを知るために、どうか、私たちがこれまでどのような道を進んできたのかを見てください。

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 しかし、歴史は私たちを単に後ろ向きにするだけではない。なるほど、歴史とはたしかに現在と過去との終わることのない対話ではあるのだが、その対話は双面神ヤヌスのように、過去と未来の両方を見ながら、未来を切り拓いていくものでなければ意 味はない。私たちは忘れかけた過去の中に、現代の「クールジャパン」をはるかに先 取りするような素晴らしい文明を再発見することもできるし、また現在を掘り起こすことを通じて、逆説的な形で、実現してはならない恐ろしい未来の警告を読み取ることもできる。過去と現在の対話の中には、来るべき未来の日本を彩ることになるかもしれない夢と悪夢の、戦争と平和の、そして天国と地獄の両方が萌芽的な形で至るところに秘められているのだ。
 悪夢と戦争と地獄を退け、夢と平和と天国をめざす未来への旅のよき道しるべとし て、このささやかな冊子をお届けする。

(2017年2月発行"Worth Sharing―A Selection of Japanese Books Recommended for Translation"より転載)

【参照記事】
特別寄稿「さまざまな青春の形
Feature Story「日本の地方のさまざまな風景
Feature Story「さまざまな愛の形
Feature Story 「さまざまな日本の生活

worth-sharing5_05.jpg 沼野 充義(ぬまの みつよし)
1954年生まれ、東京大学大学院人文社会系研究科・文学部教授、ロシア・ポーランド文学研究者、文芸批評家。主な著書『亡命文学論』(作品社、サントリー学芸賞)、『ユートピア文学論』(作品社、読売文学賞)、『チェーホフ―七分の絶望と三分の希望』(講談社)、編著書に『世界は文学でできている 対話で学ぶ<世界文学>講義』1~5(光文社)、訳書に『新訳チェーホフ短篇集』(集英社)、ナボコフ『賜物』(河出書房新社)、レム『ソラリス』(ハヤカワ文庫)など。日本文学の海外への紹介・翻訳や、文学を通じての国際交流にも積極的に携わっている。

"Worth Sharing ―A Selection of Japanese Books Recommended for Translation" 「Vol.5日本の過去と未来」で紹介している図書一覧
『東京プリズン』赤坂 真理
『巡礼』橋本 治
『流』東山 彰良
『忘れられたワルツ』絲山 秋子
『永遠の都』加賀 乙彦
『抱く女』桐野 夏生
『コンビニ人間』村田 沙耶香
『冥途あり』長野 まゆみ
『世界の果てのこどもたち』中脇 初枝
『海うそ』梨木 香歩
『東京自叙伝』奥泉 光
『消滅』恩田 陸
『記憶の渚にて』白石 一文
『献灯使』多和田 葉子
『ヤマネコ・ドーム』津島 佑子
『14歳<フォーティーン>』澤地 久枝
『叙情と闘争』辻井 喬
『復興文化論』福嶋 亮大
『日本人にとって美しさとは何か』高階 秀爾
『逝きし世の面影』渡辺 京二

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