中国アニメにおけるヒーロー帰還 ――『西遊記之大聖帰来』とアニメによる孫悟空表現の変遷

秦 剛(北京外国語大学北京日本学研究センター教授)



 今夏、孫悟空を主人公とする新作アニメ映画が中国で話題になっている。中国の3Dアニメ『 西遊記之大聖帰来 さいゆうきのたいせいきらい 』(英語題Monkey King: Hero is Back。以下『大聖帰来』)は、7月10日に封切り、3週間あまりで8億元(約160億円)の興行収入を挙げ(2015年7月現在)、中国におけるアニメ映画興行史上の最高記録を作った。しかも、まだ上映は続くので、最終的には10億元を超えるだろうと予想され、低迷が続いた中国アニメがこれで自信を取り戻したとメディアが騒いでいる。

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図1 『西遊記之大聖帰来』の上映ポスター



「帰ってきた孫悟空」、中国アニメ復興の機運となるか

 製作に8年間かかったと言われるこの作品は、五行山に500年間閉じ込められた孫悟空が、英雄としての自我を取り戻す物語であり、この話は、まるで中国アニメの栄枯盛衰の自己投影のようにも見える。中国本土のアニメ製作が、本当にこの一作で復興の機運を手に入れることができるだろうか。
 この映画は「帰ってきた孫悟空」と題していながら、実質上、アニメの世界のこれまでになかったタイプの孫悟空の到来と見るべきだ。馬面の猿の顔に、革製の鎧を身に着けた長身。徹底的に無表情で、挫折感と反発心のみを強く抱いた、現代的なニヒリストの風貌。手にした如意金箍棒は、持ちにくいだろうと思わせるほど巨大である(図1)。従来のあらゆる孫悟空のビジュアル・イメージとも、まったく異なっている。話の筋も独創的なものだ。五行山に閉じ込められた孫悟空が、封印を解いてくれた無邪気な子供、幼年時代の三蔵に出会い、追ってきた妖怪と闘う話である。中年の悟空と7歳の三蔵がペアになるという奇想天外な設定で、原作『西遊記』からはもはや大幅に離脱している。



現代アニメ『大聖帰来』と中国初の長編アニメ『 鉄扇公主 てっせんこうしゅ 』における孫悟空

 孫悟空が登場した最初の中国アニメは、日中戦争の真っ最中に製作され、太平洋戦争勃発直前の1941年11月に公開された、 万籟鳴 ばんらいめい 万古蟾 ばんこせん 兄弟作画の『鉄扇公主』である。中国長編アニメの原点となったこの作品は、ディズニーからの刺激を受けており、描かれた孫悟空がミッキー・マウスと同じく手袋をはめて、四本の指となっている(図2)。筋斗雲には乗れるが、 芭蕉扇 ばしょうせん を借りるために失敗ばかりを繰り返し、スーパー・ヒーローとは程遠い存在だった。そして、第二次世界大戦終戦70年目に、スーパー・ヒーローとして現れてきた3Dの孫悟空。両者の間の大きな変化と落差から、多くのものが読み取れよう。
 ただし、『大聖帰来』と70年前の『鉄扇公主』は、米国アニメを意識して作られた点で共通している。『大聖帰来』の監督である 田曉鵬 てぃんしょうぽん は、『スパイダーマン』のゲームの動画監督を担当した経験を持つ。『大聖帰来』のカメラワークの激しい動きやスピード感、キャラクターのアクションなどは、まさに米国映画、アニメ、ゲームのものである。もちろん、キャラクター作りにおいて、日本のアニメ映画からも多く学んだ痕跡が見られる。『太陽の王子 ホルスの大冒険』の岩男そっくりの妖怪、『もののけ姫』のコダマのような土地の精霊、『千と千尋の神隠し』の白龍やカオナシを連想させるキャラクターも登場している。

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図2 『鉄扇公主』の孫悟空



『鉄扇公主』から手塚マンガ、『大聖帰来』へ

 万氏兄弟の『鉄扇公主』が手塚治虫の漫画、アニメ創作に影響を与えたことは広く知られている。アニメーターとしての手塚治虫の最初の仕事は、東映動画の『西遊記』(1960年)の原案として、漫画『ぼくの孫悟空』を長編アニメに改編することだった。また、その遺作となったNTV「24時間テレビ」のスペシャルアニメ『手塚治虫物語 ぼくは孫悟空』(1989年)においても、戦時中に『鉄扇公主』を観たときの感動や、中国で万籟鳴に会った場面などを再現している。手塚治虫の原案による『西遊記』は、孫悟空を主人公とするアニメ作品の流れを振り返るにあたって、重要な一作となる。孫悟空をやんちゃで純真なキャラクターにして、そのヒーローとしての成長物語を描いたところや、孫悟空の恋人まで登場させてロマンとギャグの要素を採り入れたことなど、いくつもの画期的な改編が行われたからである。手塚治虫は漫画やアニメの創作で、孫悟空の年齢を最大限に低齢化していた。その極端な例が、二頭身の姿で幼齢の孫悟空を描いた、虫プロダクションのTVアニメ『悟空の大冒険』(1967年)である。孫悟空を「可愛い」キャラクターに改造したのは、手塚治虫である。今日の『大聖帰来』に描かれた幼年の三蔵は、日本の「可愛い」文化の影響を受けた結果とも言える。



孫悟空再来への高まり

 東映動画『西遊記』と同じく1960年代製作の、上海美術映画製作所出品の万籟鳴監督の『 大鬧天宮 だいどうてんぐう 』(大暴れ孫悟空)は、新中国長編アニメの屈指の傑作に挙げられる。冷戦時代の歴史的背景もあって、その製作には、脱ディズニー化と「中国学派」としての民族色を打ち出すための工夫が試みられた。孫悟空の人物像に表れた反骨精神も、新中国の時代精神の反映として見ることができる。孫悟空の顔に京劇の隈取が施され、黄色い帽子、上着と真っ赤なズボンの組み合わせが、紫禁城の瑠璃瓦と壁の色を連想させる。また、京劇の伴奏の音響や、民族楽器の演奏による音楽を多用した。ところが、1961年に上巻が公開されたが、1964年に完成した下巻は文化革命の影響でそのままお蔵入りとなり、1978年になって初めて全編が公開された。筆者は小学生の頃に映画館で『大鬧天宮』を観たが、アニメ映画の決定的な体験として、鮮烈な印象が残った。21世紀に入って、日本とアメリカのアニメ文化の隆盛を横目に、中国アニメは衰退の一途を辿ってきたが、歴史的な誇りとなる一頁として、『大鬧天宮』は無数のアニメファンたちに記憶されている。そうした思いが託されたこともあって、2012年に『大鬧天宮』が3Dデジタル化されて上映され、2014年には、中国郵政が『大鬧天宮』の記念切手まで発行した(図3)。それほど、孫悟空をアニメのヒーローとして呼び戻す文化的な欲求が高まっていたのである。

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図3 アニメ映画『大鬧天宮』の記念切手



『大聖帰来』におけるスーパー・ヒーロー

 興行の面で大きな成功を収めた『大聖帰来』だが、スーパー・ヒーローを呼び戻す意気込みや、CG技術による映像の迫力のみが目立ち、ストーリーの構成には精緻さと厚みが明らかに欠けている。そして何よりも、米国SF映画にパターン化されたような、この世の生き物とは思えない、不気味で非理性的な妖怪の描き方に、違和感を感じる人もいるだろう。『西遊記』は様々な〈他者〉(妖怪)との遭遇を描いた物語である。そうした〈他者〉をどのように表現するのか。これは、スーパー・ヒーローとしての〈自我〉の描き方とは分かちがたい表裏一体の問題のはずだ。強烈な〈自我〉を描き得たとしても、〈他者〉を理解可能な対象として表現しえていない。これは、私から見たこの作品の問題点の一つである。
 『大聖帰来』は中国アニメ史に名を残す大作になるのは確実だが、中国現代の流行文化の根本的な当惑や混迷まで露呈しているのではないだろうか。





china_anime_hero04.jpg 秦剛(しん ごう)
中国長春市生まれ。北京外国語大学北京日本学研究センター教授、国際芥川龍之介学会理事。1999年に東京大学大学院博士課程修了、博士学位取得。専攻は日本近現代文学研究、中日比較文学研究、日本大衆文化研究。




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