雑誌『をちこち(遠近)』
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平和のために文化・芸術に何ができるか? ~文化・芸術と学術の協働を模索する試み~

日本研究・知的交流部 アジア・大洋州チーム
嵩原 安宏


 2011年7月18、19日の両日、タイのバンコクにおいてゲーテ・インスティトゥート、国際交流基金ならびにバンコク芸術文化センターの共催で、国際シンポジウム「Reflecting Conflicts Through Cultural Initiatives: Perspectives from Southeast Asia」が開催されました。

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会場となったバンコク芸術文化センター

このシンポジウムは、文化は紛争を経て平和構築の役割を果たせるのか、果たせる場合は具体的にどのような役割があるのかを話し合うという企画。 国際交流基金とゲーテ・インスティトゥートは、永年タイの国民や在住者に対して、それぞれの言語教育を含む文化交流事業を展開していますが、しかし、ここ数年人々が平穏な日常の中でそれらに触れるという状況(機会)が損なわれている、と気づいていました。その原因の多くは政治的・経済的アンバランスに求めることができるのですが、その影響は、いまや社会的な「コンフリクト」としてさまざまな争いごととして露わになっています。また、似たような状況は多かれ少なかれ近隣の国々でも窺えるようです。そこで、東南アジアのハブとしてのバンコクの地の利を活かして、政治的な視点からのアプローチからではなくさまざまな文化活動と人々との関係という視点からアプローチすることを念頭に置き、日頃文化芸術と深い関わりある各国の関係者総勢33名が一堂に会して意見や情報を交換することが企図されました。

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シンポジウム会場の様子

企図に政治的なメッセージがないにしても、実際の「文化」と「平和構築」との連関は、明らかに政治性の強い文脈の中でこそ顕著になっているので、シンポジウムの前半には国際政治分野の3人の研究者(A. Croissant、T. Meyer、 福島安紀子の各氏)の基調講演が行われました。なかでも、(いわゆる「コンフリクト」の)「本当の原因」を覆う形で言語や宗教などの文化的要素が言及されるために、表層的には文化的紛争のように見える紛争(コンフリクト)があるという指摘(Croissant)が印象に残りました。また、「文化」を動的なものとして捉え、あらゆる文化に対して寛容であり得るという点で優れたシステムである民主主義、ならびにその民主主義をより具体的に個々人に波及させる制度である「市民権」が重要である(Meyer)、という意見もありました。さらに、具体的な事例に基づいた、対話のための共通の時間と場所を提供できる「癒し」のための文化事業の可能性や、政治的影響や地元のニーズといった留意点や限界(福島)も提示されました。 

bangkok_peace03.jpg 3人の研究者の講演後、各分野の専門家(イラストレーター、画家、歌手、記者、キュレーター、グラフィック・デザイナー、建築家、作家、詩人、写真家、女優、政治学者、彫刻家)21名が参加し、紛争などを経てどのような芸術活動を行っているのか、またその芸術活動はどのような効果を生み出したのか、等の意見交換が行われました例えば、丸い眼鏡と温和な表情が印象的だったインドネシアのアーティストF.X. Harsonoさんの次のような表白は、さらに印象に残りました。「スハルト政権下ではアートは重要視されず、中国の文化革命期には中華系のインドネシア人はジャワ系の名前に改名させられ、街から漢字の看板が消え、旧正月を祝えなくなった歴史があります。子どものころの改名の記憶を呼び起こして"Rewriting the erased name"というビデオパフォーマンスを展示した際、自分のほんとうの名前を取り戻したことによって、それまでインドネシアで『二級市民』と感じ続けて生きてきた自分が、初めて『自由になれた』、『自分に誇りをもてる』と感じました。」

bangkok_peace04.jpg また、ミャンマーのアーティストであるMoe Sattさんは、「Beyond Pressure」と題した、自らが創設者兼ディレクターとして年に一度開催しているフェスティバルを紹介してくれました。きりっと引き締まった顔立ちに優しい微笑みを浮かべるSattさんは、大学で動物学を専攻していたという意外な経歴の持ち主です。討論の合間に私に話しかけてくれた時の表情は、「人間の動きや発展を制限する圧力を超えていく姿勢や、圧力を超えたその先の世界を体で表現することは、ミャンマーや世界の人々にとって重要だと考えています」と希望に満ちているように見えました。

毎年、イベントの3ヶ月以上前から政府当局にその内容や参加者について詳細情報を提出し、時には外国から招待するアーティストの参加許可が下りないといった経験をしながらも、勇敢かつ柔軟な活動を行う彼には、さすがに会場の関心が集中していました。

ここで紹介した以外にも、多くの魅力的なアーティストや研究者のみなさんが集まり、討論の合間にも各所で会話が弾んでいましたが、そんな中突然にシンガポールのアーティスト Wen Lee さんのギターの弾き語りが始まるといったアーティスティックな、文字通りのハプニングも起こりました。残念ながら、その即興の歌詞は書き取れませんでしたが、「文化は~!」という、それまでの議論に触発されたに違いない内容だったと、おぼろげに記憶しています。

「アーティストは、権力に敏感でなくてはならない」、「アートが世界を救うことはできないかもしれないが、それでも対話のきっかけを提供し、隠された歴史に光を当てることができる」といったメッセージなどと共に、今後の共同プロジェクトに向けてアイデアの提案や、継続的な関係構築への展望も述べられ、非常に有意義なシンポジウムとなりました。

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参加アーティストが突然弾き語りを始めた休憩時間の一幕

二日間のシンポジウムを通じて印象に残ったのは、研究者が学術的・理論的なフレームワークの提示を行った後に、アーティストが実践している活動を紹介するというシンポジウムの進め方について、双方から好意的な声が多く聞かれたことでした。異なった視点からの知見を得られるという点で、お互いに良い刺激を得られたからではないかと思います。

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