09 タリンの海の青を忘れない

河瀨直美
映画監督



 タリン(Tallinn)はバルト海(フィンランド湾)に面するエストニア共和国の首都で人口約40万。市街が世界遺産『タリン歴史地区』に指定されているというから奈良ととてもよく似ている。息子の学校は奈良で一番古く今年140周年を迎える。世界遺産学習もさかんで歩いて行ける場所に興福寺東大寺元興寺春日大社があり、奈良公園を含む春日奥山原生林にはいきもの探検にも出かける。そんな学習の中、外国の同じような場所を知ることもよい機会だと思い、一緒に行った。

kawase09_02.jpg  タリンはこの年、2011年に欧州文化首都に選ばれていた。欧州文化首都では、欧州連合(EU)加盟国の互いの文化向上を発展させるために、年間を通じて様々な文化・芸術行事が行われているのだ。映像に関しては世界の作家60名に声をかけ、1分の作品を制作させた。それは35ミリフィルムへのオマージュと題して消えゆくフィルムというメディアへの想いを託すというものだ。この作品はタリンの海に特別に設けられたスクリーンに上映されるが、その直後にフィルムは燃え、スクリーンはその場で海に沈められる。当初は夏にその上映が行われる予定だったが、結果的に様々な理由で12月のとても寒い時期に開催されることとなった。

kawase09_01.jpg  この100年の歴史を紐解けば、ドイツや旧ソ連の支配下にあったタリン。その町並みや教会の様式にもそれらの国のものが色濃く残っている。石畳の街はとても美しく粉雪の舞う中、息子と歩いた。ちょうどクリスマスシーズンだったこともあり、街にはサンタクロースが沢山いた。馬車のような出店ではホットワインと塩煎りしたピーナッツが売っていて、それをほおばりながら散策した。今回タリンが掲げるテーマは「海のストーリー」
海に面した街の文化を改めて再認識しようとするものだ。
 1991年の独立ともに資本主義社会への移行、EU加盟などを機にして、資本が西から流れ込み、バルト海のシリコンバレーと呼ばれるほどITが盛んで、この企画を主催しているステンはノート型PCを二つもって様々な情報をそれで手に入れていた。ちなみにスカイプが開発されたのも、タリンだそうだ。
 これからのタリンがどうなってゆくのか、2011年欧州文化首都に捧げたわたしのフィルムには、息子が奈良の夕日を見つめながら「きれい」とつぶやいている姿が記録されている。こののち100年の歴史を人間がどう刻んでゆくのか。映像にはその風景に浮かぶようにI LOVE YOUと書いた。誰かが誰かを愛すること。想うこと。託すこと。その気持ちの先に豊かな未来はやってくる。タリンの海の青を忘れない旅の思い出として、世界遺産の街の片隅の小さなお店で青い色のカップを購入した。大きな資本が入ってくると同時にもしかしたら消えてしまうようなそのお店の姿をいつまでも忘れないでいようと思う。





kawase01_00.jpg 河瀨直美
生まれ育った奈良で映画を撮り続ける。
「萌の朱雀」(96)カンヌ国際映画祭新人監督賞を史上最年少受賞。
「殯の森」(07)カンヌ国際映画祭グランプリ受賞。
「玄牝-げんぴん-」をはじめドキュメンタリー作品も多数。
自らが提唱しエグゼクティブディレクターを務める『なら国際映画祭』は今年9月14-17日に第2回を開催〈http://www.nara-iff.jp/〉。
奈良を撮りおろした作品「美しき日本」シリーズをWEB配信中〈http://nara.utsukushiki-nippon.jp/〉。

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