10 芸術は"生き様"なのだ

河瀨直美
映画監督



kawase10_01.jpg  「殯の森」の仕上げはパリでおこなった。日仏合作協定は結ばれていないということだったので、単独でフランスに渡り、脚本ひとつを携えて、ここ、という会社の女社長に逢いに行った。彼女は北野武さんや是枝裕和さんの映画を世界配給した実績をもっている。カンヌ国際映画祭でのカメラ・ドール(新人監督賞)を受賞した後に、新作を創るのなら彼女と組みたいと考えていた。けれど自作でも「殯の森」まではプロデューサーがいて彼らの考えの中で映画制作をしていたので、監督がそこまで口を出すこともなかった。「殯の森」は自分がプロデューサーも兼ねて製作した映画だったから、すべては自分のペースで行うことができた。もちろん、交渉事に関してもそうである。契約書の類もすべて勉強しながら進めていった。様々なことで経験を経て身についたことは沢山あるがなかでも映画創りへの関わり方に日本とフランスでは大きな違いがあることに気付かされた。 日本人はスケジュール通りにきちんと仕事をこなす職人タイプの資質がある。かたやフランス人はスケジュールなんて創作への意欲の上にある創造性を前にしては関係ないのだという意志がしっかりしている。日本人から見ればなんていい加減なのだろうと思う部分が多々あるし、意味のないことをダラダラとやっているようにも見える。しかし、フランス人から見れば、いいものを創るために時間がかかるのは仕方のないことなのよ・・という具合だ。だから一度積んだものも平気で壊す。そしてもう一度納得のいくまで積み替える。そこで大きな壁にわたしはぶち当たる。日本人スタッフと仮で組んでいた編集がものの見事に組み替えられた。音もそうだった。これには日本人職人気質のスタッフは相当な怒りをあらわにした。わたしはそんな彼らに心より、正面を切って謝罪した。もちろんその前に自分の中でどっちの編集が自分にとっていいのかをじっくりと判断したうえで、フランス人スタッフの構築したもののほうが良いと判断し、日本人のスタッフに打ち明けた。

 孤独だった。日本で活動をしている作家として、日本人スタッフの信頼をこの先得られないのではないかということを覚悟した上で、自分の思う道を選択してゆくのだ。作品と自分を裏切らない行為の裏には、スタッフを裏切っているかのような事実があった。こうと決めたことはやり遂げる。わたしにとって、フランスの会社の女社長との最初の約束を果たすことは、わたし自身への「誠―まことー」を通す道だった。

 編集と音の仕上げはフランスでおこなった。びっちり2週間、わたしはまだ2歳の息子を連れてパリのアパートに滞在し、作業を進めた。日本からは音楽担当の茂野正道さんが同行し、彼も6歳の息子さんを伴ってやってきた。すべては初めてのことで刺激的だが、堪えなければいけないことも沢山あった。冬のパリはとても冷える。アパートからスタジオまで自転車で通った。パリは自転車で移動するほうが時間がよめる。片道30分ほどの距離の中でいろんなことを考えた。パリには八百屋さんが多い。大きなスーパーマーケットより、店先に並んだ色とりどりの野菜を置く近所の八百屋のほうが人気だった。週末には朝市も開催される。こういう部分は日本が失ってしまったものだなと強く感じた。日本は繊細で細かいところへの配慮が完全に行き届いていて、ときには窮屈に感じることもある。もちろんその資質は世界に誇る日本のプロダクトデザインや伝統工芸に息づいている。かたやフランスは大雑把ではあるが、本質を見失わずに歴史をしっかり受け継ぎ後世に遺すすべを知っているかのようだ。食料自給率は日本の40%に比べてフランスは140%だというから驚いた。農業国なのに先進国。このことは、時間の有無にかかわらずいいものをいいと押し通す資質にあるのかもしれないと思った。改めてフランスの映画関係者の態度を見て、その作品のクオリティの高さに感嘆する。芸術は生き様なのだ。そうして完成した映画「殯の森」はめでたくカンヌ国際映画祭で審査員特別大賞「グランプリ」を獲得する。その製作を通して、日本人である自分がこの先どんな表現をし続けられるのか、様々なことを深く考える稀有な体験であった。

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(左)『殯の森』グランプリ受賞、(右)『殯の森』フランス版





kawase01_00.jpg 河瀨直美
生まれ育った奈良で映画を撮り続ける。
「萌の朱雀」(96)カンヌ国際映画祭新人監督賞を史上最年少受賞。
「殯の森」(07)カンヌ国際映画祭グランプリ受賞。
「玄牝-げんぴん-」をはじめドキュメンタリー作品も多数。
自らが提唱しエグゼクティブディレクターを務める『なら国際映画祭』は今年9月14-17日に第2回を開催〈http://www.nara-iff.jp/〉。
奈良を撮りおろした作品「美しき日本」シリーズをWEB配信中〈http://nara.utsukushiki-nippon.jp/〉。

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