雑誌『をちこち(遠近)』
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日中関係に理性を ―私がネット署名活動を始めた理由―

崔衛平(作家、北京電影学院元教授)



 2012年秋に、尖閣諸島をめぐって中国で破壊的とも言える反日デモ活動が発生し、日本社会にも大きな衝撃を与えました。以来、日中関係はその影響から、まだ抜け出すことができていません。
 しかし、こうした状況下においても、中国国内では「中日関係に理性を」との声があがっていました。なかでも注目を集めたのが、北京電影学院元教授で作家の崔衛平さんによるネット上の署名活動でした。2012年10月4日に崔さんが発表した「中日関係に理性を取り戻そう―私たちのアピール」です。
 国際交流基金(ジャパンファウンデーション)の招きにより初めて来日した崔衛平さんに、署名活動の背景や動機、私たちが日中関係にどのように向き合うべきなのかなどをお話しいただきました。
(2013年1月29日 国際交流基金JFICホール「さくら」での講演を収録)

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及川淳子さん(左)、崔衛平さん(右)





 今回、初めて日本を訪問してまだ3週間あまりですが、自分の実体験を通じて、日本に対する印象や考えが新たになった部分もありますので、それらも会場の皆さまと共有しながら、対話することができればと思います。
 私は、志を同じくする友人たちと、「中日関係に理性を」という呼びかけを行ってきましが、日本に実際に滞在した経験を得た後では、この「中日関係」という言葉では、私が言いたいことを十分に表すことができないと感じるようになりました。「日中関係」あるいは「中日関係」という言葉は主に政府間で使われる言葉です。日本と中国の間には、国家同士の関係もありますが、人と人との関係も存在しています。ですから、今日は、人と人との関係を話し合い、過去に目を向け、将来にも目を向けようということを語り合いたいと思っています。

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上海での反日デモ活動(Photo:Katokichi)

 2012年9月15日、中国では多くの都市において同時多発的に街頭での暴力事件がおきました。これに関し、知識人は「上のほう」からの指示があったということを知っています。事件の前には、日本関連書籍の出版が禁じられたという話を聞きました。日本人が書いた本、日中関係に関する本、中国人が書いた日本に関する本、全て一律に出版計画が中止に追い込まれたということです。
 私は80年代の改革開放を肌で感じてきた世代ですので、今回の出版停止のやり方を見て、中国が改革開放以前に後戻りしてしまったのではないかと感じました。中国社会の、盲目的で何か「暗い部分」が反影されているように感じます。日中関係の問題というよりは、社会そのものの非常に深刻な問題だといえます。
 事実上の日本関連書籍の出版停止措置の後、街頭で破壊活動が発生したため、私は友人とともに「理性を取り戻そう」という声明を出しました。それは日中関係の危機がきっかけとなって、中国社会が時計の針を後戻りさせることをさけたいという気持ちからです。以前のような鎖国状態には戻りたくないのです。
 中国も国際社会の一員となることが必要です。ひとりひとりも、国際的な視野を持ち、自分も世界市民のひとりであるという考え方を持つ必要があります。そうした個人がいるところにこそ、その社会の将来があると思います。それが声明を出した大きな動機です。



深い所に隠された真実を見定める

japan_china_relations05.jpg  先ほども申し上げた通り、このような暴力事件が起きた背景には、中国政府の後押しがあったという説があります。中国政府がそれを許可した、あるいは奨励したという見方です。私はその見方を否定しません。確かなことは、中国では、これまでも様々なデモが起こってきましたが、反日デモは通常のデモではなく、政府は反日デモをコントロールすることができたはずだということです。
 この問題には、権力という要素も見逃せません。権力は争いを伴いますが、中国ではオープンな権力闘争は存在しないといわれます。つまり、一般の人は、どのようにして権力分配が行われるのかを知ることはできません。中国での反日デモを一体誰が望んでいるのか、それが一部なのか全体なのか、市井の庶民には分からないのです。それが我々、中国の社会が抱えている問題です。
 しかし、日本の皆さまを前に問題提起をするとすれば、日本に対する固定的な見方が、中国では一般の民意あるいは社会通念として存在しているのではないか、そして、それが政治家たちに、ある時は別のものに加工され、またある時には拡大解釈をされるなどして、悪用されているのではないか、ということです。もし、こうした「形づくられたバーチャルな日本への恨み」が存在するとすれば、その背景には、何らかの真実が隠されているのではないかと問うことができます。捻じ曲げられた真実の裏側には、真剣に考えなくてはならないものが隠されているのではないでしょうか。深い所に隠されたものを、しっかりと見定めていく必要があると思います。



癒される機会を失った戦争の傷

 2012年の秋に署名活動を始めてから、いろいろと考えさせられました。たしかに中国には、日本に対するある種の恨みがあります。この恨みは長年にわたり蓄積され、抑圧されてきました。それは触れればすぐに爆発してしまうような大きな力を持ったものとして顕在化します。ほんの小さな恨みであっても、抑圧されたことで、小さな炎が爆発的に大きくなってしまうのです。確かに恨みの「根」は、前世紀の不幸な戦争にもつながっているものでしょう。しかし、戦争は70年も昔のことです。なぜ中国人はそうした恨みを持ち続けているのでしょうか。

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(左)微博のスクリーンショット

 私は、「微博」(ウェイボー、中国版ツイッターともいわれるミニブログ)でも、日本の人々が疑問に思う「日本が戦争に負けてからこんなに長い時間が経つのに、なぜ中国の人々はまるで昨日のことのように恨みを抱き続けるのか」ということを問いかけてみました。
 確かに中国は、戦争時代の問題を未だに抱え続けています。これを中国は能動的に解決してきたわけではありません。1945年の終戦前後、中国は共産党と国民党の内戦に陥りました。そのため、戦争の被害について詳細な統計も取られていません。大陸側ではさまざまな政治運動が起き、人々は目の前の危機への対応に追われるようになります。そのために、人々は、戦争で受けた心の傷を整理する機会を失いました。民衆の悲しみや苦しい境遇は無視されてきたのです。
 これには、冷戦も関係しています。冷戦により日中間の国交は隔絶してしまいました。そのため、日本側は戦争直後に、中国の民間が蒙った戦争損害への賠償責任の圧力から逃れることができました。中国の一般大衆にとってみれば、戦争の損害は非常に大きなものでした。多くの人は生命を失いました。人の命は一度きりのものです。戦争での苦しみと損害を被った経験は理解されなくてはいけないことであり、耳を傾け、尊重されるべきものだと思います。それなのに、民衆の具体的な要求を受け止める受け皿は、戦争直後にはなかったのです。
 今回の来日中に広島を訪れた際、ある素晴らしい女性と出会いました。被爆2世だというその女性は、「私の母が15歳の時、広島に原爆が落ちた」と話してくれました。私の母親は15歳の時、抗日戦争に参加しています。「戦争の影は親の世代だけではなく、私たちの世代にも影を落としている」とその女性は言います。戦争を経験していない「第二世代」にも暗い影を落とす事例が日本にもあるのだということを、私は今回の来日によって初めて実感しました。戦争の被害というのは、そのときの直接的な被害だけでなく、このような家族や世代間でも間接的な影響として継承されるということにもう少し目を向けるべきかもしれません。
 そして、日本の中国侵略戦争による被害を、直接的なものだけではなく、中国にとっての間接的な被害まで含めて考えると、戦争によって中国が近代化を進めることが阻害された、つまり、戦争によって中国は発展のための機会を逸したということがいえると思います。
 1972年に日中間で国交が回復し、40年が経ちました。経済交流がここまで拡大したにもかかわらず、なぜ中国は恨みを忘れることができないのでしょうか。
 国交回復後、日中では政府同士による公式の交流がありました。戦争賠償や経済援助もありました。しかしこれはあくまで政府間のものなのです。
 中国と日本の社会では大きな違いがあります。中国では、政府と人々の間に、いわゆるコミュニケーションというものはありません。2012年9月の終わりに、NHKで「1972年 北京の五日間 ―こうして中国は日本と握手した―」という国交回復40周年を記念した番組が放送されました。当時の田中首相と大平外相が北京を訪問して、国交回復の交渉にあたった様子が描かれていました。
 この番組の中では、日中国交正常化に対する中国側の課題は、「戦争が残した問題を長期にわたり適切に処理してこなかったなかで、日中国交正常化をどのようにして民衆に受け入れさせるか」ということだとされていました。そして番組では、中国政府がその課題を民衆に対する思想工作という形で解決したとしています。すなわち、全国に「日中の国交は正常化したので、これからはそれについて学習しよう」という通達が発せられました。戦争にまつわる民衆の記憶や苦しみは、ここでまたもや癒される機会を失い、閉じ込められてしまったのです。

japan_china_relations08.jpg インターネットが社会世論を変える

 私たち中国の社会には別の問題も存在しています。中国の報道機関は政府のメディアであるため、本質的にはその宣伝のための報道が行われます。日本が行った戦後の反省や中国への経済援助について、また多くの日本人が中国に対して友好活動を行った事実については、中国のメディアでは報道されていません。今現在の日本の状況も含めて、中国の一般の人には、なかなか情報は届きません。
 中国には、なぜ日本に対する恨みが未だに根強いのかという問題に立ち戻りましょう。両国の国交が回復してからは、経済分野での交流が主でした。もちろん経済は重要ですが、そこにはやはり限界があります。中国政府は「我々は発展しなければならない」とばかりに経済を優先し、民衆がどのような希望を持っているかということを考慮せず、法的な平等や社会正義は蔑ろにされました。
 しかし、今日の中国では状況が少し変わって来ています。それは、インターネットの存在が大きいと思います。意見を表明するルートがより多く確保され、民意の力が強くなってきています。ひとりひとりが皆、力が強くなったと感じているのです。こうした表現の機会が得られるようになってきて、人々は、長年蓄積させてきた恨み-それは日本に対する恨みも含めてのことですがー、そうした社会的な恨みについて、ますますネット上に発露の場を求めるようになりました。

 2012年9月の反日デモは、中国のネット上でナショナリズムの高まりがあったためという見方があります。日本にとって、これは一種の新しいプレッシャーではないでしょうか。つまり、中国の民衆から直接もたらされるプレッシャーです。
 私自身は、民族主義やナショナリズム、排他的行動には反対ですが、様々な意見が発表される中で、やはり中国の市井の人々がこれまで抑えてきたものが、とうとう噴出しているのだと感じます。
 特に日中関係に関しては、どのような考え方を持つかは、政府が主導的な立場にありました。そういった時代にはこういった状況は現れませんでした。ネット上で巻き起こっている日本に対する非難や批判というようなものは、鄧小平の時代にはありませんでした。胡耀邦の時代にも見られませんでした。日本にとって、今、直面しなければならない新たな課題だと考えています。

 もちろん、過激な行動や言論は慎まなければなりません。しかしその背後にはどうしても、解き放たずにいられない「気持ち」というものがあるのです。私たちは、それを正視しなければなりませんし、どのように処理するかも考えなくてはなりません。
 こうした問題はどのように解決したらよいでしょうか。日本の知識人たちは、民間の交流を促進すべきと強調しています。中国でも同様の声があります。両国間は民間での交流こそが必要であるし、お互いに顔をあわせて交流すべきだと思います。しかしそれをどのようなルートで、どのような人を対象にして行っていくかについてはまだまだ課題があります。中国では基本的には独立した民間組織を設立することは許されませんので、日本側が中国でカウンターパートとなる団体を探すことが難しいのです。
 かといって、13億人の中国人が全員日本に来ることはできません。それではどうしたらよいのか。中国には独立した民間組織はありませんが、現在では独立した社会世論があります。政府筋のメディアを通じてではなく、インターネットを通じてもたらされる、ダイレクトな民衆の意見です。私の提案としては、日本が中国の民間セクターとの交流を望むのであれば、中国の社会世論を強くさせるというのが、非常に有効な方法だと思います。

japan_china_relations09.jpg 人間としての共通の価値

 人と人との交流で最も重要なことはなんでしょうか。一般大衆にとって、最も素朴な人に対する基本的な認識や要求は、おそらくその人の備えている道義感、正義と道徳であると思います。
 私は来日して以来、日本での見聞を「微博」で中国に向けて発信しています。その中には、ある日本人の弁護士が中国人の裁判を支援したという話があります。早稲田大学の学生が中国の雲南省に行き、麻疹の患者と寝起きを共にしたという話も書きました。これらには大きな反響がありました。道義を持った日本人がいるということを中国人が知り、感動したわけです。
 私の父は、今回の私の来日について「俺がおまえだったら行かないな」と言いました。彼も日本に対して恨みをもっているのです。しかし、日本人が中国人のために良い行いをしたことや、日本人の友人が戦争の誤りを謝罪してくれたことなどを伝えると、「鄧小平の時代のようだな」と言いました。鄧小平の時代とは、日中友好を謳っていた時代です。日本人も道義に溢れる行動があるという真の状況を知らせれば、94歳の父でさえ考え方が変わるのです。

 中国の一般大衆というのは、私の考えでは、世界でも、最も善良で求めるものが少ない人びとです。求めているのは金銭的なことではなく、道義における保証、償いなのだろうと思います。日本人との関係において、過去、現在、未来を問わず、お互いに平等でありたい、そして尊重されたいと願っています。中国人であれ日本人であれ、過去の行為を振り返り、現在と未来を見つめ、道徳的な責任を負うべきだと思います。

 現在あるいは未来に向けて戦争を語る時、中国と日本の両方の民衆の理解が必要です。ふたつの社会の仲直りが必要であり、その未来に向かうことは非常に意義があると思っています。
 戦争は中国の近代化を阻害しました。そして今、中国は重要な転換期に差し迫っています。社会のモデル・チェンジが必要であり、民主的な国に変わろうとしています。こういった時こそ周辺の国々との友好関係が必要になってきているのです。もしも日中両国間で新たな危機が生まれてしまったら、必ずや中国の民主化の進展に大きな阻害要因となり、改革も遅れてしまうことでしょう。ですから私は日本の皆さまには、この点を理解して、広い視野で今日の中国社会を見てほしいと思います。中国は、遅い歩みではありますが少しずつ進歩しています。これを歓迎して欲しいのです。それは日本が果たすべき道徳的、道義的な役割だと思います。より友好的な関係を築くために、皆様にもご協力いただきたいと思うのです。





講演会を終えて:及川淳子

japan_china_relations10.jpg  崔衛平さんは、2012年10月4日に「中日関係に理性を取り戻そう―私たちのアピール」という文書を発表した。2012年秋、尖閣諸島をめぐって日中関係が悪化し、中国では破壊的な反日デモも発生した。そのことに心を痛めた崔さんが、文書を起草して呼びかけたのだ。第一次署名者75名の中には、研究者やジャーナリスト、芸術家、人権活動家の名前もあった。アピールはインターネット上で広められ、11月初旬までに793名の署名を集めたそうだ。
 このアピールは、実は日本側の呼びかけを契機として発表された。2012年9月28日、日本の市民、具体的には出版関係者、ジャーナリスト、作家、弁護士、市民運動のリーダーなどが、「『領土問題』の悪循環を止めよう―日本市民のアピール」を発表した。日本側のアピールは、中国だけでなく、竹島をめぐる韓国との問題も含めて、東アジアにおける領土問題と歴史問題の解決に向けた対話を呼びかけ、日本政府にも責任のある対応を求めるという内容だった。
 日本市民のアピールは中国語版も発表され、中国で影響力のあるウェブサイトに掲載された。それを読んだ崔さんたちが、日本の市民からの声に応えなければと考えて、アピールを発表したという背景がある。この経緯については、アピールの冒頭にも説明があった。
 日中関係が極めて緊張していた時期に、インターネットを介して民間での対話が行われたこと、そして双方ともに理性を呼びかけたことは、とても意義深く、重要なことだ。
 崔さんたちのアピールでは、尖閣諸島について、「棚上げ」の立場に戻るべきだと主張している。日本に対しては、過去の戦争に十分な認識を持ち、争ったり恨みを煽ったりしてはいけないと述べているが、同時に、戦後日本の歩みと、中国の平和的発展における貢献についても言及し、日本の現実の姿を知る必要があるとしている。
 狭隘な民族主義の扇動を警戒しなければならないという主張や、中国の公民として国家主権の問題についても発言する権利があるのだから、中国政府は民衆の意見に耳を傾けるべきだという主張が続き、反日デモでの暴力的な行為を非難して、文化交流にまで影響が拡大したことを批判している。そして、両国の教科書に、真実の近現代史を記載して、民間交流のチャンネルをさらに発展させようと呼びかけている。タイトルの「理性を取り戻そう」という言葉に、アピールの主張が凝縮されているといえるだろう。
 いま、講演記録を読み返しながら、活気にあふれた会場の様子を思い出している。今回の講演会は、多くの参加者にご協力を頂き、実りある時間を共有できた。会場からの質問やコメントには、日中関係をどうにかして改善しなければならないという切迫感や、崔さんが指摘した「恨み」に対して、日本人はどのように向き合うべきかという緊張感に満ちた意見が多かった。また、戦争の直接的な記憶をもつ世代とは異なり、中国の若い世代が日本に恨みを抱くのはなぜかという質問や、中国社会の変化に対する関心も数多く寄せられた。
 崔さんは日本に対する「恨み」について繰り返したが、それだけでなく、人と人の関係が正義と道徳に基づくことに例えて、日中関係においても「道義」を重んじるべきだと強調した。「道義」とは、互いに平等であり、認め合い、尊重しあうことだと語った崔さんのメッセージを、皆さんはどのように受けとめただろうか。
 聞き手として印象深かったのは、どのような意見も歓迎し、どのような質問も喜んで答えたいと崔さんが語っていたことだ。今回の講演会を通じて、たとえ立場や主張が異なっても、異なる意見の存在を認め合いながら、理性的に語りあうことができれば、日中関係の改善と発展に繋がっていくという共感を抱くことができたのではないだろうか。日本と中国には様々な課題や困難もあるが、同時代に生きる隣人として、互いに共有できる価値を創造していきたいと思う。


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(撮影:相川健一)



japan_china_relations01.jpg 崔衛平 (さい・えいへい、CUI, Weiping)
北京電影学院基礎部・元教授。江蘇省生まれ。南京大学中文系修士課程修了。インディペンデント映画を中心とした評論活動などがよく知られ、中国インディペンデント映画祭の審査員なども務める一方で、人権などの社会問題にも広く関心を持ち、積極的に活動している。東欧の政治や思想の研究などでも知られる。
著書は評論『帯傷的黎明』 (青島出版社) 、『看不見的声音』 (淅江人民出版社) 、エッセイ『我見過美麗的景象』 (百花州出版社) など多数。中国の政治・社会体制について、中国共産党の一党独裁の終結、三権分立、民主化推進、人権状況の改善などを求めた宣言文 「08憲章」の起草者の一人で、2008年12月12日、劉暁波氏 (後にノーベル平和賞受賞) の拘束に対して「釈放を求める声明・我々と劉暁波を切り離すことはできない」を表明した。 2012年秋、日中関係の悪化により中国で破壊的な反日デモが起こったことから、理性的な対応をとることなど10項目を掲げてインターネット上で呼び掛け、署名活動を行った。



japan_china_relations02.jpg 及川淳子 (おいかわ・じゅんこ、OIKAWA, Junko)
日本大学大学院総合社会情報研究科博士後期課程修了、博士 (総合社会文化) 。外務省在外公館専門調査員 (在中国日本大使館) を経て、現在は、法政大学客員学術研究員、桜美林大学北東アジア総合研究所客員研究員、日本大学文理学部非常勤講師。専門は、現代中国の知識人・言論空間・政治文化研究。
著書『現代中国の言論空間と政治文化――「李鋭ネットワーク」の形成と変容』 (御茶の水書房) 。共訳著書、『天安門事件から「08憲章」へ』 (藤原書店) 、『中国ネット最前線――「情報統制」と「民主化」』 (蒼蒼社) 、『劉暁波文集――最後の審判を生き延びて』 (岩波書店) 、『劉暁波と中国民主化のゆくえ』 (花伝社) 、『「私には敵はいない」の思想』 (藤原書店) など。




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