雑誌『をちこち(遠近)』
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前川知大の英国劇作駐在員 002

前川 知大
劇作家、演出家

7月7日、プログラムの初日である。夕方に宿の前で待ち合わせ。他の参加者はどんな人だろうか。国名を並べると、韓国、インド、トルコ、ウクライナ、チェコ、デンマーク、スペイン、メキシコ、そして日本の9カ国である。折りしもワールドカップ開催中。6月24日には日本はデンマークを破って決勝トーナメント進出を決めた。私も頑張らねば。いや違う、これは優勝を決める大会ではない。

宿の室内
宿の室内。机とタンスとベッドがあるだけ。大学の寮に間借りしているのです。

宿の前にはRCTのクリスとエリス、そして参加者の数人がいた。軽く挨拶をする。全員集まったところでクリスが説明をしながら歩き始めた。劇場までは徒歩25分、道程と生活に必要な店などを一緒に歩いて確認しようというわけだ。

さて問題の英語についてだが、実は私は事前にメールで相談していた。その時の回答は「ほとんどの参加者が英語を母語としていないし、心配する必要はない、そして我々はそれに対応するノウハウを持っている」というものだった。「へーなるほど、みんな喋れないなら、いっか」というこの日本人的なご都合主義は、劇場に着く前に破壊された。皆普通に英語で会話してるではないか。私は空を見上げた。「しまった」と思った。といってもこれは宿に忘れ物をしたという話ではない。英語能力の遅れは、数日でどうなるものでもないのだ。私はかなり遠くを見詰めながら「しまった」と思った。喋れないにも程がある。

まずは劇場内を見学。オフィスやミーティングルーム、二つの劇場を練り歩く。重厚な外観と古い煉瓦の壁などと同居して、鉄骨の補強や近代的なオフィスが組まれている。歴史の中にも、新作にこだわる劇場の意気を感じた。その後はWelcome Meeting。プログラムのしおりや参考文献のコピー、観劇予定の戯曲本や翻訳された自分の戯曲などが配られ、今後の説明、そして自己紹介。参加者の英語は母語でないぶん、比較的ゆっくりで聞き取りやすい。しかしネイティブの発音が本当に聞き取れない。事務的な説明から参加への心構えまで、大切なことを沢山言われた気がするのだが......理解できない。ミーティングの終わりに呆然としていると、劇場のAssociate Directorであり今回のプログラムのボスであるエリスが私に言う「トモヒロ大丈夫? 何か分からないところあったら言って」。私はたどたどしい英語で答える「私は自分が、何が分かっていないのかが、分からないんです」。

今夜はスペイン対ドイツ戦。スペインのアントニオを中心に話は盛り上がる。心を強く持て。明日からは本格的に始まるのだ。

プロフィール

前川 知大(まえかわ ともひろ)
劇作家、演出家 1974年生まれ 新潟県柏崎市出身 
SF的な仕掛けを使って、身近な生活と隣り合わせに潜む「異界」を現出させる作風。
活動の拠点とする「イキウメ」は2003年結成。
主な脚本・演出、『散歩する侵略者』『図書館的人生』『関数ドミノ』『奇ッ怪〜小泉八雲から聞いた話』 『見えざるモノの生き残り』『狭き門より入れ』『表と裏と、その向こう』など。
第16回読売演劇大賞優秀作品賞、優秀演出家賞、第17回読売演劇大賞優秀演出家賞、 第44回紀伊國屋演劇賞個人賞、第60回芸術選奨文部科学大臣新人賞などを受賞。

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