新連載 プラープダー・ユン さすらうアート・ラボ Coming Soon...!
2012.2. 1![]()
2009年と2010年にかけて、計4ヶ月にわたり、フィリピン中を旅したなかで、もっとも興味深い出会いのひとつがダバオのリック・オベンザという名前の美術教師との出会いだった。フィリピンでリサーチのためにインタビューした人たちに比べて、リックは完全に無名の存在だった。謙虚な態度をした地元のアクティビストだったが、彼の生き方や教え方自体がアートのように見えた。
2011.12. 1
自分以上に激しい本屋中毒者にはいまだに出会ったことがない。イギリスのヘイ・オン・ワイという、すべての店が本屋だという街の話をすることがあった。「本屋のワンダーランド」は実在していて、何年か前に、自ら体験するチャンスに恵まれた。
2011.11. 1
ある日、メールが一通きた。ひそかに願っていた類のメールだ。ウラジオストクの映画祭で、「インビジブル・ウェーブ」の上映後の質疑応答セッションに参加する気があるかどうかという内容だった。信じられなかった。返事をする前に、スーツケースに荷物を詰め込み始めた。
2011.10. 1
私は16歳か17歳くらいになるまでパフォーマンス・アートについて何も知らなかった。 アートのすぐれた手法のひとつとして今ではすっかり確立された分野になったパフォーマンス・アートだが、自分がその存在について知ったときは、「これをアートと呼ぶのか?」というような態度だったと思う。
2011.9.15
アートは、教えられて習得できるものなのだろうか? 以前は違うと思っていた。でももしかしたら、私はこの疑問を狭い観点からとらえすぎていたかもしれない。もっといえば「アート」の意味を狭めすぎたかもしれない。本質的なレベルでは、アートは人生について考え、人生を受け入れる方法なのだ。
2011.7. 1
自筆の文は自分で訳さない(4月1日発行の「翻訳なんてするもんか」参照)。でも、だからと言ってその作業をほかの人に任せていいと思っているかと言うと、そうでもない。
2011.5. 1
子供のとき、毎年、学校で顔写真を撮られていた。写真が何かに使われたわけではないので、これは各家庭への学校からのサービスだったのだろう。......でも、そういえば学校が生徒一人ひとりからそのためのお金を取っていた。ということは、、、、