「三陸国際芸術祭―秋―」レポート
芸能の源流を訪ねて(後編)

2020.2.25

前編はこちら

2014年から始まった、三陸地方と東南アジアを郷土芸能を通じてつなぐ取り組み「三陸国際芸術祭」。国際交流基金アジアセンターと三陸国際芸術推進委員会が主催し、三陸地域とアジアの郷土芸能団体が互いに行き来して芸能を教え合うだけでなく、新たな共同制作を行う等、さまざまな展開を見せています(国際交流基金アジアセンターは2015年から連携)。青森県、岩手県の三陸沿岸4市3町を舞台に、2019年10月26日~11月4日に開かれた芸術祭を訪ねるレポートの後編をお送りします。

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インドネシアのバロンダンスと岩手県大槌町3団体の郷土芸能団体の共演『シシの系譜/その先に』

八百万の神々が集った祝祭 国際共同制作芸能『シシの系譜/その先に』

2019年秋の三陸国際芸術祭のハイライトとなったのが、岩手県大槌町の3つの芸能団体とインドネシアのバロンダンスによる国際共同制作芸能『シシの系譜/その先に』の初披露でした。この舞台は、2014年から、大槌町の「臼澤鹿子踊」(臼澤鹿子踊保存会)とバロンダンスのメンバーらが三陸国際芸術祭等を通して互いの国を訪問し合い、交流を重ねながら作り上げてきたものです。2016年に『シシの系譜』として、東京・六本木で開かれたアートイベント「六本木アートナイト」で初披露したものに、今回新たに大槌町の「大槌虎舞」(大槌虎舞協議会)、「吉里吉里大神楽」(吉里吉里大神楽保存会)を迎え、町に伝わる民話をモチーフに創作を加えて発展させ、2019年11月2日、地元大槌での凱旋公演を果たしました。

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多くの人々でにぎわった「六本木アートナイト2016」での『シシの系譜』上演

今回参加した「大槌虎舞協議会」だけでも、町内の虎舞4団体から成るといい、約200平方km、人口約1万2000人(2020年1月31日時点)の大槌町の中に、こんなにも多様な芸能があり、継承されていることに驚かされます。しかし実はこれまで各団体が一緒に上演したことはなく、共同制作をきっかけに初めて共演が実現したそうです。
国境を超えて共通するのは「シシ」であること。この作品のドラマトゥルク(リサーチャー)を務めた武藤大祐さん(群馬県立女子大学准教授、美学・舞踊学)によると、ライオンを表した「獅子舞」は、大陸から日本に伝わったもので、中国や朝鮮半島の獅子舞とも親戚関係にあり、インドネシアのバロンもそれに類するそうです。他方、東日本にみられる「シシ(鹿子)踊」の「シシ」はライオンではなく、古語の「肉(シシ)」を言い、シカやイノシシ、クマなどその地域で食べる獣の意味だそうです。今ではいろいろな地域で行われている異なる芸能も、地域を超えた交流によって少しずつ広がり形を変えながらも、自然への畏敬の念や祭りを奉納するという営みを根底に共有し続けているのかもしれません。

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住民に見守られ初披露された『シシの系譜/その先に』

秋晴れの空の下、会場の御社地公園には地域のお祭りのように老若男女が集い、通りかかった人や近くのお店の人たちまでが足を止めて公演を見守りました。
地元の民話『神無月』は、親に反対されて結婚できない男女が、村の神に縁結びをお願いするところから始まります。村の神は、出雲大社で神無月に神々が集まって開く縁談会議にはるばる参加し、八百万の神々に男女の縁談をめでたく認めてもらいます。遠い子孫であるシシたちが大槌の地でともに舞い、インドネシアのガムランや大槌のお囃子の音色が混ざり合い、夢のような平和な宴を繰り広げました。

終演後のシンポジウムで、吉里吉里大神楽保存会の平野栄紀会長は「違う音楽、テンポで演じるのは難しかったですが、町内の団体で一緒に練習する機会はなかったので非常にいい勉強になりました。自分たちの芸能にもこの経験を生かしたい。バロンダンスも根底に流れる部分は同じと感じることが多かったです」と手応えを語りました。バロンダンスのメンバーも「一緒に練習してすぐに相互理解ができ、文化は同じだと感じました。他の地域のバロンに、ついに出会うことができた。コラボレーションは本当に成功でした」と言い、思いは通じ合っていたようでした。

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上演後、出演者に教わりながらガムランを体験する地域の人々

変化するからこそ、受け継がれる芸能

全国の多くの郷土芸能団体が担い手不足に悩んでいる一方、『シシの系譜/その先に』に参加した「臼澤鹿子踊保存会」は、集落を中心に100名の会員を有し、これまで約400年間活動が途絶えたことはないそうです。
東梅英夫会長(当時)は「昔は地域の限られた人しか参加できなかった。20代の時、地域外の人を門前払いしているのを見て、将来のことを考えたらこんなことではだめだ、と先輩のお年寄りたちに意見したんです。時間はかかりましたが、1970年代から誰でも受け入れられるようになりました」と言います。東日本大震災後、東京からボランティアとして大槌町を訪れた森隆宣さんは、祭りに魅せられ、通ううちに4年前から移住し、保存会のメンバーとなりました。海外との交流も積極的に行い、2012年には国際交流基金の派遣で中国を巡回。三陸国際芸術祭にも初期から参加し、インドネシアからの訪問を受け入れたり、2015年にはバリ島を訪問したりしています。
74歳でSNSも使いこなす東梅さんは「今はSNSでつながっているので、海外の人たちとも互いに何をしているかわかる。心と心の交流が強まっているのを実感しています」と笑顔を見せます。

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『シシの系譜/その先に』に出演する東梅さん(左)

『シシの系譜/その先に』を鑑賞した大槌町の平野公三町長は、「伝統は形ないものですが、地域の支えとなっています。文化を大事にするのが町づくりに大事なこと。文化を伝えていくのは人なので、三陸国際芸術祭の交流によっても、きっと伝統は変化し、それがいつか新しい伝統になっていくでしょう。津波等の災害もありますが、変化を受け入れる力が大槌にはある。多様な人と関わりながら変化を恐れないことが伝統につながると思います」と語りました。
伝統に固執することだけでなく、時代に合わせて変化を容認し、他者を受け容れる柔軟さが、大槌の郷土芸能の発展を支えていました。

芸能が、困難を生き抜く力に

東日本大震災からまもなく9年を迎えます。大槌町も最大で22.2mの津波高を記録し、共同制作を披露した旧町役場付近も10.7mの津波にのまれました。津波による死者・行方不明者は町で1286人(震災関連死52人を含む)に上ります(『岩手県大槌町東日本大震災記録誌 生きる証』より)。今では区画整理が進み、新興住宅街のように見える一方、いまだに町内の応急仮設住宅では26世帯57人の被災者が生活しています(2020年1月31日現在)。

「郷土芸能には、生きることが大変な時に必要な想像力が受け継がれている」とドラマトゥルクの武藤さんはいいます。
『シシの系譜/その先に』を観に来ていた近所の77歳の女性は、「震災の津波で被害を受けた後に祭りで芸能を見て、その頃普通の状態ではいられなかった気持ちが落ち着き、つらいことや津波のことを忘れられました」と語っていました。

芸術祭に参加した町の芸能団体も、家族や仲間、練習場所や、受け継いできた衣装や道具を失ってしまいました。それでも再び結束し、全国からの支援への感謝を自らの舞いで表そうと、精力的に活動を続けています。
「臼澤鹿子踊保存会」は、震災当時、メンバーも被災する中、被害を免れた練習拠点を避難所として自主的に開放し、多くの被災者を助けました。震災から1か月後には、避難者を元気づけようと避難所で舞いを見せました。毎年9月に行われる祭りの際には、「門付」といい、2、3班に分かれて何十軒もの家々を回る風習を震災の年も例年通り行い、行方不明の方がいる家でも踊りを奉納したそうです。
『シシの系譜/その先に』にも出演した保存会の若手メンバー、三浦貴志さんは「被災している時に踊ることには葛藤もありましたが、『早く帰ってきてほしい』とか、『弔ってやれなくてごめん』、という思いを込めて舞いました。当時はまだ行方不明の人もいて、宗教施設も流され、弔うことすらできなかった。僕たちは踊りで犠牲者を弔って勇気づけることしかできない。だから、大変な時こそやろうと思ったんです」と振り返ります。地域の人たちは涙を流して喜んでくれたそうです。

「三陸では、宗教や自然が近いと感じる。地震や津波、凶作、不漁と人の力ではどうしようもないものには神頼みをするしかない。祭りの奉納の踊りは神へのお供えです。人間の力は自然にかなわない。かといって負けてはいられない。生きていればなんとでもなる。その力つけになるのが郷土芸能なんです」(三浦さん)

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『シシの系譜/その先に』打ち上げでインドネシアの郷土芸能「ケチャ」を即興で踊り、盛り上がる出演者たち

時には祝祭、時には慰霊や祈りとして、人々の生活と共に息づく郷土芸能。
効率性や理屈ではなく、人間の力を超えた大きな存在へ畏怖や願いを伝え、人から人へと時代を超えて伝統をつないでいく営みが、人々を困難から立ち上がらせる支えとなってきました。それは三陸にしっかりと流れ、世界へつながる、文化や芸術の源流なのかもしれません。

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三陸国際芸術祭 https://sanfes.com/

国際交流基金アジアセンターによる「三陸国際芸術祭-秋-」レポート

三陸国際芸術祭は、冬会期として2020年3月1日~15日にも、階上町(青森県)、普代村、洋野町、田野畑村、宮古市、大船渡市(岩手県)で「触レル」をテーマに開催されます。三陸で力強く息づく伝統芸能に触れ、それらを育む地域の魅力をぜひ体感してください。
https://jfac.jp/culture/events/e-sanfes2019-2020-winter/

※2020年2月28日追記
「三陸国際芸術祭 冬」プログラムは、新型コロナウイルスの感染拡大防止の観点から、中止となりました。

取材・文・写真:寺江瞳(国際交流基金コミュニケーションセンター)
写真:井田裕基

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