雑誌『をちこち(遠近)』
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「三陸国際芸術祭―秋―」レポート
芸能の源流を訪ねて(前編)

2020.1.28

東北地方には、2000以上もの伝統芸能が存在するといわれています。そんな伝統芸能を通じた交流が、三陸地方と東南アジアという意外な地域をつなぐ取り組み「三陸国際芸術祭」です。 2014年に始まった芸術祭は、国際交流基金アジアセンターと三陸国際芸術推進委員会が主催し、三陸地域とアジアの伝統芸能団体が互いに行き来して芸能を教え合うだけでなく、新たな共同制作を行う等さまざまな展開を見せています(国際交流基金アジアセンターは2015年から連携)。三陸でこれほど多くの伝統芸能が伝承されているのはなぜなのか、そして三陸とアジアの伝統芸能には、いったいどんなつながりがあるのか――。青森県、岩手県の三陸沿岸4市3町を舞台に、2019年10月26日~11月4日に開かれた芸術祭を訪ねました。

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インドネシアの伝統芸能を笑顔で習う中学生たち(岩手県久慈市立夏井中学校にて)

2019年に東北を訪れたのは、インドネシア・バリ島の「バロンダンス」ダンサーとガムラン(インドネシア各地のさまざまな打楽器合奏の総称)奏者の計3名。幼い頃から舞踊やガムランに親しみ、世界的に有名な精鋭ガムラン楽団「スダマニ」のメンバーです。バリ舞踊を代表するバロンダンスは、善の象徴である聖獣バロンと悪の象徴である魔女ランダの戦いを表し、男性2人組が獅子舞のように、長い胴体と大きな面を持つバロンの中に入って演じます。日本のガムラン演奏ユニット「トゥラン・ブーラン」と共に、三陸各地で交流や発表を行いました。

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バロンダンスとガムラン(久慈市立夏井中学校にて)

「苦しんでいる人がいるからこそ」台風に負けず開かれた夏井中とバロンダンスの交流

今回の芸術祭は、2019年10月12日に東日本に上陸し、列島で猛威を振るった台風19号の豪雨被害の中での開催となりました。河川の氾濫や土砂崩れ等により、福島、宮城、岩手3県で死者は53人、2人が行方不明のままです(河北新報社調べ、河北新報オンラインニュース2019年12月28日付)。2019年3月、東日本大震災以降やっと全線開通したばかりの三陸鉄道も、線路の路盤が流出するなどし、直後は約7割の区間が不通となってしまいました(現在も一部不通区間が残っていますが、2020年3月20日に三陸鉄道・リアス線全線で運行再開を目指し復興が進んでいます)。岩手県釜石市で13日に開催予定だったラグビーワールドカップも大会史上初の中止となり、三陸国際芸術祭も一部のプログラムが中止を余儀なくされました。

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芸術祭当日も夏井中学校前の田んぼには土石流のあとが残っていた

岩手県久慈市の山あいにある夏井地区でも、伝統芸能「夏井大梵天神楽」とバロンダンスの交流が市立夏井中学校で予定されていましたが、台風による山崩れで校内の駐車場や運動場に大量の土砂が流入し、付近の道路やJR八戸線も不通となり、開催が危ぶまれていました。ところが、台風後の週明け、先生や全校生徒51名が半日かけて泥をかき出し、インドネシアからのゲストを迎える準備をしてくれていたのです。当日も通行止めは一部に残り、無残にも土砂に覆い尽くされた田んぼが被害のひどさを物語っていました。

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復旧作業をする生徒たち(夏井中学校提供)

夏井大梵天神楽は700年前から伝わり、結婚式の余興や、祭りで神に奉納されるおめでたい芸能でしたが、10年くらい前から担い手不足で存続できなくなり、2018年から夏井中学校が協力し、学習の一環として全校生徒が伝統芸能を学ぶ取り組みを始めました。
交流会で、生徒会長の工藤廉汰君が「全校生徒51人で、一人ひとりが伝統を受け継ぐという気持ちで芸能に取り組んでいます。台風で大きな被害に遭いましたが、苦しんでいる人がいる中だからこそ、夏井の爽やかな風を届けられるよう舞を頑張りたい」とあいさつすると、夏井大梵天神楽保存会のメンバーや保護者らから大きな拍手が送られました。

生徒たちは早速衣装を身に着け、迫力のある神楽を披露。2019年2月に三陸国際芸術祭でインドネシア・ジャワ島に伝わる伝統芸能「ジャティラン」の演舞グループを迎えて交流した際は、お囃子や歌は保存会の大人たちが担当していましたが、今回はすべての役を生徒だけで演じ切りました。
バロンダンスとガムラン演奏を披露した、トゥラン・ブーラン主宰の櫻田素子さんは「夏井では、元々自然と一緒に生きてきて、自然のサイクルに合わせてお祭りが行われていると思いますが、バリ島でも全く同じ。二つの文化は全く違うかもしれませんが、精神や生活の中で文化がどうあるかは共通なのではないでしょうか」と生徒たちに語りかけました。

お互いの舞踊を教え合い、生徒たちの輪の中にバロンダンスのメンバーも入ると、自然に生徒たちが自分の扇子や衣装を貸し、振りをやって見せ、言葉を介さずともみるみる距離が縮まっていきました。

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手をつないでのけぞる動きが特徴的な「夏井大梵天神楽」を一緒に踊る

ある生徒は「バロンを初めて見て、国ごとにさまざまな文化があってすごいと思ったし、自分たちの神楽を教えた時も上達が早くて驚いた。とても楽しかった」と満足気。久慈市教育委員会の後忠美教育長も「夏井地区に古くから伝わる神楽を受け継ぐ夏井中の活動は地域の宝。異なる文化圏の伝統芸能を学び合うことは、お互いに刺激となっていつまでも心に残る思い出になり、伝統芸能の進化発展にも寄与するものと思う」と交流を見守っていました。
台風にも負けず、地域の伝統芸能を支える子どもたちの力、そして言葉を超えて通じ合う伝統芸能の力に多いに励まされた一日でした。

「震災から8年たった今こそ文化交流の力が必要」

三陸でこれほど伝統芸能が盛んなのはなぜなのか、芸術祭プロデューサーでNPO法人ジャパン・コンテンポラリーダンス・ネットワーク(JCDN)理事長の佐東範一さんに疑問をぶつけてみました。
「場所が不便だったからではないでしょうか。普段隣の町と交流することもあまりなく、他に祭りがあることも知らなかった。だから逆に東京からの文化に侵されず、自分たちの芸に自尊心を持てたのかもしれません」

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大槌町での公演後のシンポジウムに登壇した佐東さん

佐東さんは、「人は誰でもダンスができる」という考えのもと、地域の中でダンスをする「コミュニティダンス」というイギリス発の活動を行っていましたが、三陸の伝統芸能に出会って「日本には元からあったんだ」と気づいたそうです。
「芸能があることで、人が集まり、人と人をつなげる理由になっている。こんなすごいことを脈々と子どもから高齢者までが地域でつないで支えているんです。さらに彼らは伝統に満足せず、もっといいものにしようとしています。地域の中で起きていることにカルチャーショックを受けましたね」
東日本大震災後、佐東さんはダンサーと避難所を訪れ、体をほぐす運動などを教えるボランティアをしていましたが、そのうちに違和感を持ち始めました。「支援者と被災者というような関係性が固定されるのが気持ち悪かった。当時、慰問や支援に多くのボランティアが訪れることに地元の人たちが疲れてしまう『支援疲れ』が起きていたり、一部の被災者からは『自分たちが立ち上がらなきゃ』という声も上がったりしていました。一緒に何かをやっていく形でないと迷惑になってしまうのでは、と考え直しました」
地元の人が主体になれる活動として、たどり着いたのが伝統芸能でした。さらに、三陸の伝統芸能がバリ舞踊とどこか似ていることに気づき、アジアとの交流事業を2014年にスタートさせました。

「地元の人が子どもの時から遊びながら体で覚えている伝統芸能の踊りは、実はプロのダンサーにも難しい。芸能は神にささげたり、悪霊払いをしたりと壮大な思想があって、その中で身体が動き、今も代々受け継がれていたものをバトンタッチする途中である――そんなあり方を信頼しています。芸能の一つの動きにもいろんな意味が詰まっていて、お互い習う、教え合うという関係性は、一つの文化を伝えるような深い交流だと思います」
震災後の2012、13年にアメリカ在住のアーティストが大槌町にボランティアで泥かきにきて、祭りに感動して習いに来たこともあったそう。恩恵を受けるのは習う側ばかりではなく、教える側も、動きを質問されることで、あいまいに伝えられていたことを見直すきっかけになるなど良い影響が出たそうです。

交流の輪は少しずつ広がり、2018年11月には青森・岩手の自治体や民間団体により「三陸国際芸術推進委員会」が発足するまでになりました(2019年12月現在16自治体、4民間団体が参加)。佐東さんも、三陸全域に芸能への思いがある人がこんなにもいるのかと、改めて驚いたといいます。推進委員会では、芸術祭期間以外も、日本から三陸の伝統芸能を担う若者や研究者らを東南アジアに派遣しています(国際交流基金アジアセンターの支援)。伝統芸能を通じた交流に限らず、自然災害も多いアジアと被災の教訓を共有し、復興における郷土芸能の役割や被災地の郷土芸能の保存等について調査研究を行い、防災に生かす取り組みも行っています。

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宮城・岩手の高校芸能部やOBがバリを訪れ、バロンダンスのメンバーと交流を深めた(2018年3月)

震災からまもなく9年となり、被災地では復興も進んできていますが、今必要なことは何なのでしょうか。
「岩手の陸前高田や大船渡も何十メートルものかさ上げ工事を行い、区画整理も進んできましたが、いったいどれだけの人が戻ってくるか。まず人を呼ぶ必要があると思います。文化による復興は今こそやらなければいけない。文化関係者はどんどん被災地に来るべきだし、今こそ文化芸術の力でやるべきことがあるんです」

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被災地各所には津波の浸水区間を示す看板が設置されている

伝統芸能を習うことで芸術をとらえ直す

伝統芸能を教える取り組みは、地域外にも開かれ、波及しています。
芸術祭内では、大船渡市内の5つの伝統芸能を全国からアーティストが習いに行く「大船渡まるごと芸能体験館 ✕ 三陸国際芸術祭」(大船渡市郷土芸能活性化事業実行委員会主催)という企画も行われました。俊敏な動きが特徴的な「仰山流笹崎鹿踊り」には、滋賀で伝統芸能の伝承に取り組んでいる演出家・武田力さんの姿も。
「伝統芸能を通して、芸術というものをとらえ直したい。経済至上で、都市に人口が流出している今こそ、人間が生きる営みである伝統芸能をどう伝えていくのか、伝統芸能の本質はどういうものなのか、リサーチを続けていきたいです。今やらないと、担い手はどんどん少なくなっていってしまう」と危機感を語っていました。ダンス以外も音楽家等さまざまな人が参加し、伝統芸能は多くのアーティストにも創作や芸術について考える大きなヒントを与えています。

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「仰山流笹崎鹿踊り」の装束を身にまとい記念撮影をする武田さん(後列左から2人目)ら参加者

後編に続く

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三陸国際芸術祭 https://sanfes.com/

国際交流基金アジアセンターによる「三陸国際芸術祭-秋-」レポート

三陸国際芸術祭は、冬会期として2020年3月1日~15日にも、階上町(青森県)、普代村、洋野町、田野畑村、宮古市、大船渡市(岩手県)で「触レル」をテーマに開催されます。三陸で力強く息づく伝統芸能に触れ、それらを育む地域の魅力をぜひ体感してください。
https://jfac.jp/culture/events/e-sanfes2019-2020-winter/

※2020年2月28日追記
「三陸国際芸術祭 冬」プログラムは、新型コロナウイルスの感染拡大防止の観点から、中止となりました。

取材・文・写真:寺江瞳(国際交流基金コミュニケーションセンター)
写真:井田裕基

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