雑誌『をちこち(遠近)』
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前川知大の英国劇作駐在員 004

前川 知大
劇作家、演出家

最初の本読みのことがCold Readingと記されていた。準備せず、そのまま本を読んでみる、ということらしい。本読みは一時間半はかかる。各人の読みに9人全員が参加するので、まる二日だ。ここから個別だと思っていたので、他のメンバーの作品を見れるのは有難い。私は二日目なので、初日は皆の作品のリーディングを興味深く見る。喋られたセリフを追うのは困難なので、台本を借り文字を追いつつ読みを聞く。これで少しは理解できる。みんながどんな作品を書いたのか興味があるし、それを見て思ったことも伝えたい。自分の作品が読まれた後に何もコメントされなかったらさみしいし、それぞれ背景の違うメンバーとのコミュニケーションは多いに役に立つはずだ。常に全員参加というのはそういうことだろう。

 俳優を見ているのが楽しい。英語話者の演技は映画などでは日常的に見ているが、狭いリハーサル室で、台本片手に考えながらセリフを読む姿は初めてだ。初めてだが、俳優の仕事というのは万国共通だな、と感じる。外国ということであたふたしがちだが、こういうのを見つけると、ひとつ一つ楽になっていく気がする。そもそも演劇という大きな共通点を持って来ているのだから当たり前か。となると、じゃあ演劇の本場は何が違うのか、それを見つけるのも一つの目的になるだろう。

 皆の作品はバラエティに富んでいた。コメディ、不条理、国の政治状況や歴史を踏まえたものから、宇宙人の出てくるSFまで。言葉の問題で正確にストーリーを理解できたかは怪しいが、俳優の演技もあり、状況や人物の感情は理解しやすいし、楽しめた。今の日本で政治を題材に芝居を作る人はほぼいないし、お客もいないだろう。良い悪いではなく、そういう状況にないというだけだ。なぜ今このような作品を書くのだろう、という素朴な問いは、そのまま自分に返ってくる。自分を取り巻く社会状況や文化を自覚させられるし、自覚せずとも確実に作品に織り込まれているのだ。

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夜はメンバー皆で観劇に行きます

 私のチームの俳優たち、演出家、翻訳家、スクリプトアドバイザーが集まった。英語になった自分の言葉を、現地の俳優たちが喋るのを見るのは、とても興奮する出来事だった。さすがに自分の本だけあって、文字を見なくても俳優の身体だけで理解できる。笑いも生まれている。雰囲気は悪くない。皆どう思うのだろう。初めて自分の作品を上演した時のような興奮だった。読みが終わると、エリスが満面の笑みを向けていた。他の皆も次々に声をかけてくる。まだ初稿であり、作品が良かったわけではないだろう。ただ、英語が駄目で口数の少ない私の言葉が、九〇分にわたって話されたのだ。私が何に興味があり、どんなことを考えているのかは作品を見れば分かる。つまりコミュニケーションができたのだ。「お前、面白いこと考えてるじゃん」という感じで、そこから皆と仲良くなり始めた。壁が一つなくなった。表現をしていてこれほど嬉しいことはない。



プロフィール

前川 知大(まえかわ ともひろ)
劇作家、演出家 1974年生まれ 新潟県柏崎市出身 
SF的な仕掛けを使って、身近な生活と隣り合わせに潜む「異界」を現出させる作風。
活動の拠点とする「イキウメ」は2003年結成。
主な脚本・演出、『散歩する侵略者』『図書館的人生』『関数ドミノ』『奇ッ怪~小泉八雲から聞いた話』 『見えざるモノの生き残り』『狭き門より入れ』『表と裏と、その向こう』など。
第16回読売演劇大賞優秀作品賞、優秀演出家賞、第17回読売演劇大賞優秀演出家賞、 第44回紀伊國屋演劇賞個人賞、第60回芸術選奨文部科学大臣新人賞などを受賞。

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