雑誌『をちこち(遠近)』
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伝統について考えている人間は独りぼっちではない
「伝統のチカラ、芸能のカタチ」
木ノ下裕一(木ノ下歌舞伎主宰)インタビュー

2016年度よりスタートした「伝統のチカラ、芸能のカタチ」事業。東南アジアと日本の伝統のチカラを再発見し、現代の芸能のカタチを考えるプロジェクトは、インドネシア伝統芸能の研究者、演劇制作者、画家、雑誌編集者などが集い、賑やかにキックオフされました。その中において、近年活躍著しいのが、日本の伝統芸能の研究者であり、歴史的文脈を踏まえつつ現代における歌舞伎演目上演の可能性を発信する団体「木ノ下歌舞伎」を主宰する木ノ下裕一さんです。2016年度にはインドネシアでのフィールドワークやそれに向けた勉強会、作家・詩人の池澤夏樹氏との対談イベントなど、多彩なアプローチから事業命題の探究を行ってきました。その木ノ下さんが昨年度の経験を通じて得た「気付き」について振り返り、今年度の展望を語ります。

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「木ノ下歌舞伎」を主宰する木ノ下裕一さん。
「伝統のチカラ、芸能のカタチ」の活動を振り返り、今後の展望を語る。

[Q1]2016年度の事業活動を振り返って一言

 9月にインドネシアでフィールドワークを行ったのですが、その渡航前に何度か勉強会を開きました。社会人になると、改めて勉強するとか、その道のエキスパートから直接レクチャーを受けられるとか、こういう機会はほとんどなくなります。その時間が持てるという幸せ、豊かさ。これは本当に感謝。自分の活動に照らし合わせると、僕はインドネシア芸能の情報がほぼゼロの状態で勉強させてもらったので、「こういう風に誘ってもらえたら興味が湧くのか」、「急に知らない単語が沢山出てくると頭の整理が追いつかなくて大変だぁ」など、自分が日本の古典芸能をレクチャーするケースに置き換えて考えることが出来た。僕自身が芸能初心者の視点に立てたという経験はとても大きいです。国際交流基金アジアセンターの遠藤雄さんのレクチャーではインドネシアにまつわる数字をクイズ形式で学び、あの方法だとよく分かるし、何より楽しい。初めての人に何を伝えるか? どう伝えるか? その際に気をつけることは何か? 等々、身を以て体験し、その後の知恵になりました。

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インドネシアについてのレクチャーをする遠藤さん。

「芸能が生きている」という感じがした

 次にインドネシアでのフィールドワーク。ひとつはインドネシア芸能を生で観た、肌で感じたということ。「芸能が生きている」という感じがして、日本ではあまり味わえない新鮮な感覚でした。古典芸能の史料によると、江戸時代の歌舞伎は日の出から日没までの上演が基本なんですよ。その間お客さんは、ずっと舞台を凝視しているわけではなく、ご飯を食べたり、休憩をしたり、おしゃべりをしたり、退屈な場面は観なかったりと、客席を動き回りながら、自由に振舞っていたらしい。何となく想像はつくけれど、一体どういう感覚で観ていたのだろう? と前々から不思議に思っていて、その感覚がワヤン・クリッを観て何となく分かりました。もしかしたらこういう観劇感覚なんじゃないだろうか? と。ワヤンも6時間以上の上演を何本も観ました。長時間上演なのに空間が散漫にならず、みんなそれぞれ観劇を楽しんでいる。会場のどの角度からも観られる。食べながら観られる。空気があるし、匂いもあるし、力の抜きどころもあるし、五感を使って全身で観られる。こういう芸能の見方があるんだ! と思いましたね。もし僕がインドネシアに生まれていたら、あれは入場無料だし、ニートで仕事もせず毎晩ワヤンを観に行って完全夜型人間になっていた(笑)。それを体感出来たのは大きかったです。帰国してから文楽を観る目が少し変わり、ここは抜くとか、逆に集中するとか、呼吸を意識するようになった。義太夫節に乗りにいこうとして身体が動き、ちょっと目立つ奴になっちゃった(笑)。全身で観るというのはワヤン体験をきっかけに変わったことです。そういう見方の豊かさを知り、観劇後に目だけが疲れるとか、少なくとも目と耳だけの観劇方法ではなくなりました。

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全身で観ることを気が付かせたワヤン・クリッ体験

質感が同じで色々な形の愛が見られた

 もうひとつ、インドネシアでは沢山の人々と出会いました。多様な芸能の担い手とか、アーティストとか、本当に色々な活動があり、それぞれが興味深かったです。自分の活動と結びつけて考えることが出来たし、いいなと思うものもあれば、ちょっとよく分からないと思うものもありました。でも、改めて振り返ると、やはり尊かったと思います。芸能やアートに対してみなさん大事にしているものが異なり、でもそれに対する愛情のかけ方は同じで、大事にしているものが異なるから表現に多様性が生まれる。どれがいいという話ではなく、色々な形の愛が見られたという、それに尽きると思います。お会いした時間はお一人につき大体二時間程度ですが、その短い時間にもかかわらず共通して感じとれたのが、芸能に対する切実さでした。「芸能にはもっと色々な可能性があるはずだ。伝統芸能を取り巻く環境はどんどん変化していってるし、現代と古典が乖離していっているのも感じる。何とかしないといけないけれど……、でもそれを何とかするのが芸能でしょ? 現代を意識するのが芸能でしょ?」という。そういう感覚をみなさんお持ちで、真摯に取り組んでおられるようにお見受けしました。しかも、インドネシアの芸能者の方々には「俺すごいだろ」感がない。芸能を担うことをごく自然と楽しんでいるように見えました。

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左:本事業の参加メンバー時松はるなさん(画家/イラストレーター)のイラストを交えながら、インドネシアでの体験を語る。
右:時松さんならではの視点で捉えたインドネシアの日常。

こういう先人がいるから頑張れる、という気持ちに

 池澤夏樹先生との対談は、とても楽しかったです。古典の新訳で大評判の河出書房新社「日本文学全集」(池澤夏樹個人編集)について色々お話を伺ったのですが、頷けることばかりで。古典を現代化する際のひとつの大きなモデルを提示して下さった。こういう先人がいるから頑張れる、という気持ちになりました。最も印象的だったのは、池澤先生が対談最後に仰った「古典を現代化するというのは、究極、愛です」という言葉。これが聞けて本当に良かった。僕がいくら「愛です」と言っても、「そうですか、あなたは古典が大好きですものね」という反応で終わってしまうけど、池澤先生があの対談の最後に「愛です」と仰るのは重みが違う。愛というと精神論っぽく聞こえるかもしれませんが、究極的にはそれが全てを生み出している気がします。愛の形は色々あるけれど、結局はそこなんですよね。インドネシア渡航中は、主に現地で見た活動が好きか? 共感できるか?できないか? ということを考えていて、日本に戻ってきてから池澤先生と対談させて頂き、池澤先生が「愛」と仰った。そこからもう一度振り返った時に、インドネシアで見たものは「様々な愛」であったと、そういう考えに至りました。

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2016年11月、ロームシアター京都で開催された池澤夏樹×木ノ下裕一対談

[Q2]事業を通して得た「学び」のこと

 以前の僕は他人の作品を観て、あれは好きだとかこれは嫌いだとか、そういう好き嫌いが激しかった。嫌いな作品に対してそれが何故嫌いか? ということを調べたり考えたりするタイプの人間でしたが、その許容度が上がりましたね。それはこの一年で様々な経験をしたからでしょう。この作品が好きか嫌いかは置いておいて、それにかけた愛情は誰にも踏みにじれないと思うようになりました。国や民族や宗教が異なれば、それは自分の価値観だけで測ることは出来ない。インドネシアで出会った人達は、会えば会うほどみんなバラバラで、どなたも尊いと思った。一方、日本で出会う人、対話する人の範囲は、どうしても自分に近い人々の範囲になってくる。それ自体が悪いことだとは思いませんが、おそらく見ている世界が無意識に狭くなってしまうのかも。フィールドワークで言うと、国も社会状況もあれだけ異なるアーティスト達と連続的に対話をするという機会そのものが自分の想像の枠を超えていた。それが非常に良かったのだと思います。

伝統の外側から伝統へ愛情を注ぐということ

 具体的な話をすると、シギット・スカスマンとの出会いがありました。インドネシアでのフィールドワークの終盤にスカスマンのアトリエを見学させて頂き、故人であるスカスマンはもういらっしゃらないけれど、僕自身はとても共鳴することが出来た。彼の自作の人形を見ていると、ジャワの影絵芝居のワヤン・クリッを心から愛していたこと、そこに愛情の全てを捧げていたことがよく分かる。それはどんな資料より、どんな文献よりも、あのアトリエへ入ることではっきり見えた。人形遣いであるダランの家系に生まれていない画家が、アーティストを集めて自分なりのワヤンを上演する。スカスマンと活動を共にしたアーティストが現在活躍していることも含め、ひとつの運動体だったと思うのです。そこに木ノ下歌舞伎の活動と似ている部分と憧れる部分の両方があり、自分と共通すると思えること、自分には敵わないと思えること、どちらも感じた。伝統芸能の世界ではある意味で部外者だったけれども、だからこそあれだけのことを成し得た自由さ、人を集めて運動体にしていくことの拡がり、インドネシア芸能史を変えていった足跡、「嗚呼、自分もこういう存在になれたら……」と思いましたね。それはとても良い出会いでした。僕がやっている活動は一体何か? ということを改めて考えた。「伝統の外側から伝統へ愛情を注ぐということ」。これはフィールドワーク中に何度も考えたことです。美術家のエコさんがワヤンの創作チームを率いていたり、歴史上の人物で言えば、バリで有名なケチャッのヴァルダー・シュピースもそう。それら全てが僕の活動に繋がることです。

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インドネシアでの出会いを語る木ノ下さん。

木ノ下さんが共鳴を覚えたスカスマンのアトリエを訪問

地続き故の切実さがあった

 ただ、いまインタビューを受けつつ若干喋りづらいのは、2週間程度のフィールドワークで僕の創作スタイルが激変しましたとか、そんなことはないんですよ。むしろ簡単に変えられたら堪らないですよね(笑)、じゃあ今までの僕の活動は何だったんだ? ということになりますから。これが「2週間で即効性がありました!」とかお答え出来たらいいのでしょうけど、そういうものでもないと思います。ただ……、伝統について考えている人間は国外にもたくさんいる、けっして独りぼっちではないと気付けたことが結構デカくて。インドネシアのジョグジャカルタにかつてスカスマンという人間がいて、僕はスカスマンの想いや苦労が、それなりに分かる。伝統を何とかしなければ先細っていくかもしれないという危機意識、それに対して今まさに何かしらの働きかけをしている人に出会い、「伝統について悩む人間は自分だけではない」と思えたことは、非常に大きい。そこに対する切実な想いに触れることは、即効性はともかく、本当に得難いことでした。これがインドネシアだったから良かったのか、はたまた別の国でもそう感じるのか、それについては正直よく分かりません。でも仮にヨーロッパならまた違った結果になったと思う。木ノ下歌舞伎の公演でパリに行ったけれども、フランスで感じたことと、インドネシアで感じたことは、やはり別物でした。フランスでは古典の現代化自体がある種のブランドになっているというか、すでに古典そのものに一定の理解があるようでした。だから、古典への愛情はある。ずいぶん予算規模は小さくなったらしいけど、国や行政からの助成もまだ手厚い。それ自体は素晴らしいことなのだけど、その反面、インドネシアほどの切実さはなかったように思う。インドネシアでは全てが切実でした。ワヤンが滅びたらダランは廃業するしかない。しかも多くの芸能が劇場公演ではなく、ああいう特殊なコミュニティ(街、祭礼、儀式)の中での上演で、生活に直結しつつ、人々の暮らしの中に生きてきた芸能ですから、その分、生き残り方を模索するのが難しい。劇場の中に閉じ籠って「伝統芸能でござい!」というわけにはいきませんから。芸能と暮らし。芸能とアーティストの関係。それらがもっと地続きで、それ故の切実さがあった。その切実さを調査中一貫して感じたのがインドネシアでした。

[Q3]今年度への期待。また自身の成長について

 まず言いたいのは、普通に考えたらインドネシアからアーティストを呼んできて、日本の伝統芸能と並べて上演するとか、そういう手段を選択した方が目に見える成果は出やすいと思うんですよ。一般の人が触れる機会も増えるだろうし、単純に分かり易い。一方この事業は、公開のイベントも行っていますが、主に「学ぶ」ことを重視している。インタビュー冒頭にも言いましたが、こんな贅沢なことがあるだろうかと。だからこそ責任重大で、僕はすごく大きな借金を背負ったような気がしています。2017年度はインドネシアからアーティストを招いて、日本で様々なものを見てもらい、ディスカッションを重ねてより深い理解を目指したい。他にイベントを開催したり、年間活動をまとめた冊子を作成したり、そんな計画を進めている最中ですが、やはり「学ぶ」プロジェクトですから、すぐには成果が出ない。僕がこの一年で圧倒的なスキルを身につけて、その成果がはっきり目に見えることはあり得ず、その辛さがあると思います。でも……、だからこそ、だと思うんですよ。スカスマンのアトリエで身に染みましたが、やはり残るものは人なんです。スカスマンの人形は残っているけれど、作品も、公演も、残っていない。でも、スカスマンと同じ時を過ごした人々はその遺伝子を分有して、現在も伝統の担い手として活躍している。結局、芸能を何とかしたいと思ったら、一番に育むべきは人なんです。作品を上演したら、それはそれで大変だし、エネルギーが必要なことですけれども、それは単発で終わってしまう。もちろん単発の良さもありますが、でも、人を育て、人に物事を考えさせ、議論を発展させていくことに、敢えて踏み込んでいくアジアセンターの、心意気のすごさ、ね!2020年には東京オリンピックがあり、文化予算はその前後で激変するでしょう。そういう時期だからこそ、ヒトなんです。この事業でいえば、交流ですよね。お互いに交換し合う。「私達は一人ではない。孤独ではない」と思い合う。これはアーティストにとって大きな力になると確信しています。

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人を育むこと、交流をすることが芸能にとって大切と語る。

関係なさそうな情報が予想外に大切だった

 僕自身の活動に関してお答えするならば、時間のかけ方が変わったと思います。作品創作に関する時間のかけ方。日本で公演活動をしていると、どうしても一回のスパンが短いし、どんどん消費されてしまう。気分的にも「これが終わったら次、次が終わったらあれ」みたいな考え方になり、気が付くと視野が狭くなってしまったり。昨年度アジアセンターでやらせて頂いた勉強会、フィールドワーク、ディスカッション、これらを通してひとつの議論が深まっていくことは非常に豊かなことですが、それだけではなく、実は僕の作品創作にも影響しています。このプロジェクトでは時間をかけてひとつのテーマを掘り下げていく。そうすると、直接関係なさそうな情報が予想外に大切だったと気付くことがあります。その丁寧さというのは、僕が身を以て体験しながら学んだこと。これが一番大きい。作品創作に一年間を費やすというのは、今までやりたいと思いながらなかなか出来なかったこと。その大切さをこの事業で学んだので、今後はとにかく時間を割きたいと思っています。これまでは最短距離ばかり目指していました。フィールドワークもするけれど、関係のある土地だけ巡るとか。でも、旧所名跡を駆け足で回るより、瀬戸内海をぼーっと見ていた方が得るものが多いかもしれない。これはインドネシアで気付いたこと。博物館も良かったけれど、ジョグジャカルタの風を受けながら2時間位考えごとをしたり、ああいう時間って大切なんですね。アジアセンターの前田佳子さんや遠藤さんが心血を注いで組んでくれたプログラムから得たものは、とても大きいと考えています。

解凍と冷凍を繰り返して伝承される「型」

 そして、やはり熱量は大事だなぁという話になってしまうのですが、前田さんも遠藤さんも、インドネシアの伝統芸能が大好きで、その熱量がはっきり伝わってくる。それが非常に大きくて、僕としても入りやすかったし、すぐ馴染むことが出来ました。歌舞伎でも文楽でも能でも「型」があるじゃないですか。それが受け継がれているわけですが、型というのは「これをやればここまでの表現は出来ますよ」という最大公約数が書き込まれたもの。それさえ守ってくれればここまでは行けるよと、それを伝承したものが型です。木ノ下歌舞伎では完全コピー稽古というものがあり、現代演劇の俳優に型をコピーしてもらうのですが、初めは何となくコピーしていても、稽古を続けていくにつれ、「こういう理由があって振り向くのか」とか、「手が動くのはこういう理由か」とか、その理由に俳優さん自身が気付く。つまり、古典芸能の様式だと思っていたものは、全てリアリズムで動いているのです。この型は、冷凍食品みたいなもので、そのまま食べても美味しくないし、かと言って放っておくと腐っていく。つまり、型を解凍する為には「熱」が必要なんです。どういう熱を与えて、更にアレンジを加えて、もっと美味しく食べるにはどうしたらいいか? その解凍と冷凍を繰り返して伝承されるものが、型と言えるんじゃないでしょうか。

熱がないと解凍は出来ません

 この解凍と冷凍の例えは、インドネシアで思いついたわけではないけれど、きっとインドネシアで得た数々の気付きが、僕の思考全体に影響を与えている。いま振り返ると、インドネシアでは様々な解凍例を見ました。熱の違いも見ました。ワヤン人形ひとつでも色々な型があるじゃないですか。平面的な人形が立体的にもなった。スカスマンのアトリエでは色が入った革人形を見た。バリで会ったウィジャさんの人形は、革人形という概念を超えていました。でもあれがウィジャさんの解凍方法で、ご本人も「若い頃からやっていて批判もされたけど、これが自分のワヤンだと思うから気にしない」と仰っていて、解凍方法の多様性とは正にそういうことだと思います。インドネシアで見た様々な解凍方法は、僕自身の好みではない解凍方法もありましたが、そのやり方はひとつではないということを学んだ。それは池澤先生も同じで、日本の古典文学をアーティストに翻訳させるという解凍の仕方。そして、これら全てに共通しているのは、解凍に必要な「熱」があること。熱がないと解凍は出来ません。もしかしたら、こういう解凍方法をひとつひとつ学んでいるうちに、僕自身、他人の作品を許容出来るようになったのかもしれない。作品の形は違えども、それは各々が大事にしているものの違いだけなんですよね。

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時松さんが、木ノ下さんのインタビューをイラストとテキストで表現。

「トキマツのトキメキ」
「伝統のチカラ、芸能のカタチ」を通じて体感したことを、時松はるなさんがその都度絵に書き留め、事業の過程を紹介しています。

聞き手/編集:園田喬し
インタビューの撮影/桧原勇太

まもなく完成!『伝統のチカラ、芸能のカタチ 2016-2017』

think-tradition-not-alone_10.jpg いまの私たちにとって伝統芸能とは何か。異なる背景をもつ事業メンバーが、様々な形で伝統/古典の現代化を試みる人々との対話を通して、それぞれの立場から現代社会における伝統芸能の意味や役割、そのあり方について模索する。思わず身構えてしまいそうな重厚なテキストがあるかと思えば、心温まるタッチの中に洞察力の光るイラストエッセイもある。インドネシア芸能に関する解説があるかと思えば、木ノ下さんが深く共鳴したスカスマンを偲ぶコラムもある。旅行に役立ちそうなグルメ情報だって掲載されている。伝統芸能の入り口はいつだって多様だ。どこから入るにせよ、伝統芸能について考えるきっかけを与えてくれる一冊。まずはぜひ手にして欲しい。

■入手方法は10月5日に公式WEBサイトの「お知らせ」でお知らせします!■

think-tradition-not-alone_09.jpg 木ノ下 裕一(きのした ゆういち)
1985年和歌山市生まれ。木ノ下歌舞伎主宰。小学校3年生の時、上方落語を聞き衝撃を受けると同時に独学で落語を始め、その後、古典芸能への関心を広げつつ現代の舞台芸術を学ぶ。2006年に古典演目上演の演出や補綴・監修を自らが行う木ノ下歌舞伎を旗揚げ。代表作に『黒塚』『東海道四谷怪談--通し上演--』『三人吉三』『心中天の網島』『義経千本桜--渡海屋・大物浦--』など。 2015年に再演した『三人吉三』にて読売演劇大賞2015年上半期作品賞にノミネートされる。また、2016年に上演した『勧進帳』の成果に対して、2016年度文化庁芸術祭新人賞を受賞。2017年度京都市芸術文化特別奨励制度奨励者。2016年博士号取得(芸術博士)。2016年度より国際交流基金・アジアセンター主催による「伝統のチカラ、芸能のカタチ」事業に参加。その他古典芸能に関する執筆、講座など多岐にわたって活動中。

園田 喬し(そのだ たかし)
演劇ライター、編集者、演劇雑誌『BITE(バイト)』編集長。2000年代前半より演劇作品の制作現場へ参加するようになり、小劇場から商業演劇まで幅広い公演の劇場業務を経験。2005年より演劇専門誌『演劇ぶっく』の編集部員として数多くの劇作家、演出家、俳優、スタッフにインタビューを行い、国内現代演劇の最先端を取材する。この頃より年間150〜200本程度の演劇作品を鑑賞し、首都圏を中心に日本各地の劇場へ足を運ぶ生活が始まる。演劇ぶっく副編集長を経て、現在は自身が代表を務める演劇雑誌『BITE』を発行、マスメディアの取材対象になりにくい小劇場シーンを積極的に取り上げ、観劇環境の更なる整地を目指している。この他、演劇専門誌、公演パンフレット、公演情報ウェブサイト、フリーペーパー等での執筆、演劇コンテストや関連事業に携わるなど、その活動範囲は多岐に渡る。2016年度より国際交流基金・アジアセンター主催による「伝統のチカラ、芸能のカタチ」事業に参加。

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