雑誌『をちこち(遠近)』
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地球の裏側、日本と南米を繋ぐ音楽 "TRANS-CRIOLLA"

前田佳子
国際交流基金
文化事業部 舞台芸術チーム

時差12~13時間、フライト搭乗時間合計約24時間... 日本から見て丁度地球の裏側にある国々では、建国から200年の節目が迎えられています。2010年8月に実施された松田美緒、ヤヒロトモヒロ、ウーゴ・ファトルーソトリオ公演は、アルゼンチン、ウルグアイ、チリの建国200周年を祝うために企画されました。国際交流基金(ジャパン・ファウンデーション)では、この南米公演のような海外での公演事業を通じて、日本の優れた舞台芸術を海外に紹介し、日本理解の促進や、国際文化交流のきっかけ作りも行なっています。

3カ国それぞれが抱える苦しい歴史の中、人びとの心を支えてきた最も重要な要素のひとつが音楽です。大切な要素だからこそ、その土地の音楽に敬意を表し、それぞれの国のアーティストとともに、200周年をお祝いしたい...そんな思いが結実し、まさに日本の音と南米の音が混ざり合い、会場全体が一体となった6回の公演でした。南米の音楽を歌い続けてきた期待の若手歌手:松田さんの伸びやかな歌声、南米の音楽と深く向き合ってきたヤヒロさんの、彩り豊かでぶれない芯のあるパーカッション、そして、エキサイティングでリズミカルだけれどとても温かい、ウーゴさんのピアノ、アコーディオン、タンボールの響きがあってこそ、各地のミュージシャンとの素晴らしいセッションと夢のようなツアーが実現しました。ここでは、各公演での様子について、少しずつご紹介したいと思います。


ツアー最初を飾るアルゼンチンのブエノス・アイレス公演。
提供:Marcelo Chiodi

まずはじめはアルゼンチンのブエノス・アイレス公演。当初予定されていた巨匠エドゥアルド・ファルーの出演は残念ながら叶いませんでしたが、彼の名曲『Las Golondrinas(つばめ)』が会場中を包みこみました。マルセロ・チオディによる人柄をそのまま写したような温かいフルート、ケーナ、チャランゴの音色、会田桃子によるパワフルなタンゴ・バイオリンの響きが音の幅をさらに拡げ、『日より下駄』『ねんにゃこころちゃこ(秋田の子守唄)』『みんな夢の中』といった日本の歌も、アルゼンチンの人びと、アルゼンチンに住む日系の人々の心に響いたと思います。

次にブエノス・アイレスから飛行機で約1時間、チェ・ゲバラはじめ政治的オピニオンリーダーを沢山輩出してきた重要な場所:コルドバ大学での公演には、ギタリスト:オラシオ・ブルゴスが参加してくれました。一見強面のオラシオさん、彼のギターは人の心の琴線に触れる繊細な音色がします。『Ultimo Café(最後のコーヒー)』や松田さんとのデュエット『La Pomeña(ポーマの女)』は特に印象的で、会場全体からの割れんばかりの拍手が今も耳に残っています。


ウルグアイのサン・ホセ公演終了後、
アンケートを書いたり感想を話し合ったり、
ロビーはしばらく人だかりでした。
©Japan Foundation

そしてついに、ウーゴさんと、音響・照明・ローディーとして参加してくれたスタッフたちの本拠地ウルグアイへ。ウルグアイには「カンドンベ(Candombe)」という素晴らしい音楽とダンスがあります。カンドンベは、アフリカから奴隷として連れてこられた人々が、政府から禁じられながらも続けてきた魂の音楽。ウルグアイを代表するカンドンベ・グループ:レイ・タンボールのディエゴ・パレデス、フェルナンド・ヌニェス、ノエ・ヌニェスの叩くタンボール(Tambor 太鼓)の音は、胸の奥にズシンと響く経験したことのないような音でした。『Templando Momentos(時を温めて)』という愛らしい曲の作者:ニコラス・イバルブルの爽やかなギターの音もさらなる魅力を加え、さらに、一流のカンドンベ・ダンサー:フェルナンド・ロボ・ヌニェス(カンドンベを語る上で非常に重要な人物、一流の太鼓職人でもあります)、アドリアーナ・グラルテの2人も参加してくれました。


ウルグアイのモンテビデオ公演会場入り口。
チケット完売の張り紙が!
©Japan Foundation

首都モンテビデオから車で1時間半ほどのサン・ホセで実施した公演終了後のこと、若いウルグアイ人女性が近づいてきて、こんなメッセージを伝えてくれました。「私はカンドンベのパレードの中心地として有名なイスラ・デ・フローレス通りの出身なんだけれど、今日、はじめてカンドンベがいかに素晴らしいものかを実感して、大好きになりました。本当に素晴らしい公演をありがとう!もっといろんなところで、特にイスラ・デ・フローレスでも演奏してもらいたかった...」
モンテビデオ公演でも、1曲終わるごとに漏れ出るようにつぶやく「Muy bien(すごくいい)」という観客の声や割れんばかりの拍手...日本の音とウルグアイの音とが一体となって人びとの心に届いたことの証にほかなりません。


チリのサンティアゴ公演。
日本の子守唄やウルグアイのカンドンベ、
チリのヌエヴァ・カンシオンが
同じ舞台の上で響き渡りました...
©Pablo Carvacho

そして最後に、2月の大地震で、町にも人びとの心にも傷跡残るチリへと渡りました。公演地のひとつ、バルパライソでは、多くの文化施設も被害に遭っており、8月の時点では2箇所でしか公演が出来ない状態でした。貴重な2つの会場のうち、「Sala Rubén Darío」という、「近代化の父」と呼ばれるニカラグアの詩人の名を冠した、雰囲気ある洞窟のようなバルパライソ大学内の会場で上演しました。客席に収まりきらないほどの地元の音楽好きや学生たちが来場し、密度の濃い空気の中で、ヤヒロさんのパーカッション、ウーゴさんのピアノとタンボール、そして、「2人の歌姫」の声が響き渡りました。


ツアー最後を飾ったサンティアゴ公演も大盛況!
©Pablo Carvacho

チリといえば、素晴らしい詩と歌の文化が息づく場所です。世界的に有名な詩人:パブロ・ネルーダもチリ出身ですし、古くから歌われてきたフォルクローレの歌を現代の文脈で歌い、創作された「ヌエヴァ・カンシオン(Nueva Cancion 新しい歌)」は、圧政などに苦しむ人びとにとって心の武器であったに違いありません。
チリで実施された2回の公演では、「ヌエヴァ・カンシオン」の流れを汲み、現代のチリを代表する人気実力派歌手:フランチェスカ・アンカローラが共演してくれました。フランチェスカさんは日本語で『ねんにゃこころちゃこ』を、松田さんは「ヌエヴァ・カンシオン」の立役者の1人、ヴィクトール・ハラの名曲をスペイン語と日本語で、一緒に歌いました。ヴィクトール・ハラの曲は、決まって客席からも大合唱...心に響くステージでした。ツアー最終公演のサンティアゴ公演は、1000人規模の大型会場。会場側も今回の企画趣旨に賛同し、熱意を持って協力してくれ、最終日にふさわしい、盛大な公演となりました。


在チリ大使館スタッフ撮影

ツアー終了後、この公演に関った人たちの間で最も知られる日本語は、「Saiko dayo (daio) !(最高だよ!)」に違いありません。各地のアンコールで演奏された『Saiko(最高)』というアフリカの島国カーボヴェルデの歌を口ずさみながら、会場を後にする人たちがたくさんいました。アンケートの結果によれば、いわゆる「日本関連」の公演に足を運ぶのは初めてという方の割合は50~80%、音楽が地球の裏側にある日本と南米の距離を縮めた瞬間を目の当たりにしました。 公演に出演してくださったアーティストの皆さん、プロフェッショナルな仕事ぶりで公演を支えてくださったスタッフの皆さん、現地で温かく懸命に受け入れ準備をしてきてくださった日本大使館や現地機関の皆さん、会場に足を運び時間と空気を共有してくださった観客の皆さんに、心から感謝しています!

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