雑誌『をちこち(遠近)』
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前川知大の英国劇作駐在員 005

前川 知大
劇作家、演出家

 ColdReadingの翌日、演出家、スクリプトアドバイザー、翻訳家とミーティングをした。「この作品は面白い、でもこのままでは、この面白さは伝わらないだろう」と彼らは言った。私達はひたすら議論した。台本に書かれている、あるいは書かれていない情報を整理する。また個々の情報を物語のどこで出すことが効果的なのか考える。主人公の行動目的を明確にし、ストーリーラインを太くする。テーマを自覚する。全ては観客により伝わりやすくするためだ。語りたい物語があるなら、伝える努力を怠ってはいけない。私は劇作する時常にそう思っていたので、彼らとの共同作業は心地よく、刺激的で、とても生産的だった。(翻訳家が同席する時は通訳もしてくれるので深い議論ができる)

 それからの一週間は書き直し期間だ。寮は個室だが、キッチン、リビング、バスルームは共有スペースで、私はよくリビングにパソコンを持ち込んで執筆した。気分転換にもなるし、他の作家と会えるからだ。コミュニケーションの時間を増やしたかった。英語にも慣れてきていたし、一対一なら落ち着いて会話できる。「進んでる?」「難航してるよ」......話題はスポーツや映画、自国の文化、あと当然演劇。「きみの国では演劇人は食えてるの?」「まさか」

 書き上げたものを大急ぎで翻訳し、今度はそれをワークショップ形式で再検証。稽古場は夏休みの小学校を利用する。私のチームには二十代から五十代の俳優7人が集まった。演出家の仕切りで、シーンごとに読んでは俳優と意見交換していく。膨大な質問が出た。私と演出家は、それに答える中で沢山のものを発見した。「この人はなぜこんなことを言うの? なぜこんなことをするの?」という基本的な質問は、日本の俳優に言うのと同じように、作者の私の解説で解決するものから、文化の差に根ざしたものまで多岐にわたった。文化の差がどれほど障害になるのか興味があった。怒りや悲しみ、人の感情そのものは世界共通だろう、でもなぜ怒っているのかは、文化によって理解できないことがある。その差を埋めていく作業は、そのまま作品の理解になった。障害は感じず、むしろ楽しい作業だった。

 このプログラムは、単なる英訳を作ることではなく、英語で上演されることを前提とした、英語版がオリジナルとなる戯曲を作るものだと理解している。私の日本語の「文体」以外は、翻訳できないものはほとんどなかったように思う。つまり俳優たちは登場人物を理解したし、書かれた出来事やテーマを楽しんだ。写真05.jpgのサムネール画像三日間、朝から晩までこのワークショップを続けた。私達は作品を通じてコミュニケーションし、お互いとその背景について理解した。私は自分の作品に、ある程度の普遍性があることを実感し、嬉しかった。このプログラムは戯曲の完成で終わる。いつか自分の作品が海外で上演されるということは、決して不可能ではないのだと感じたし、意欲が出た。

 

 

プロフィール

前川 知大(まえかわ ともひろ)
劇作家、演出家 1974年生まれ 新潟県柏崎市出身 
SF的な仕掛けを使って、身近な生活と隣り合わせに潜む「異界」を現出させる作風。
活動の拠点とする「イキウメ」は2003年結成。
主な脚本・演出、『散歩する侵略者』『図書館的人生』『関数ドミノ』『奇ッ怪~小泉八雲から聞いた話』『見えざるモノの生き残り』『狭き門より入れ』『表と裏と、その向こう』など。
第16回読売演劇大賞優秀作品賞、優秀演出家賞、第17回読売演劇大賞優秀演出家賞、第44回紀伊國屋演劇賞個人賞、第60回芸術選奨文部科学大臣新人賞などを受賞。

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