前川知大の英国劇作駐在員 006[最終回]

前川 知大
劇作家、演出家

 

三日間のワークショップを終え、またチームで話し合いだ。ミーティングルームでじっくり議論し、休憩するかと劇場地下のカフェに行き、紅茶を飲みつつ結局脚本の話になる。夕方には、参考になるかもと芝居を観に行き、帰りにパブで芝居を肴にビールをなめる。「どんだけ演劇好きなんだよ」と私なんかは日本にいるとつい斜に構えてしまうが、彼らと一緒にいると実に素直にそんな日々を楽しめる。演劇に携わっていることへの、彼らのプライドの持ち方が羨ましい。文化的、社会的な背景の違いはもちろんあるし、隣の芝が青く見えるだけだと言うかもしれない。でもこの演劇に対する態度は、今回の滞在で最も刺激になったものの一つだ。

 プログラムは脚本修正の方向性を決めるところまでで、書くのは自国に帰ってからだ。なのでワークショップとそのフィードバックミーティングで実質終了、残された二日ほどは観劇や地元劇作家との交流、パーティなどが予定されていた。最後の観劇はイギリスが世界に誇るナショナルシアターだった。久しぶりに9人で行動。人種も国籍もバラバラの男女9人組、日本人の感覚だと「どんな集まりだよ」と思ってしまうが、ロンドンでは特に珍しい風景じゃない。それでもこの9人で駄弁りながら劇場へ歩いてることが面白かった。プログラム・ディレクターのエリスいわく、今年のメンバーは特に仲が良いとのことだ。

劇場への道すがら、ふと年齢の話になった。一ヶ月近く一緒にいて初めてのことだ。私はギクリとした。以前の回で書いたが、私のキャラは英語が苦手で自己表現が上手くできない足でまとい、である。「ったく、しょうがねぇな、トモはよぉ」といつも皆から助けられ、時に崩壊した英語発言で笑いを取る、そんなキャラだ。英語能力がそのまま序列になるのである。国際社会は厳しい。なので自然と皆、私をボーイのように扱うようになり、私もその立場に安住した。 が、私はこう見えて36という立派なオッサンである。彼らからはどう見えてるんだろう。アジア人は若く見られるし、キャラのイメージもあるとはいえ、トモは20代前半?」とか言われると、どう答えていいか分からなくなる。やっぱりか、と思う。こういうキャラだから年齢の話にならなきゃいいなーと思っていたのだ。 「俺36だよ」  かつてないリアクションだった。そんなに聞き直さなくてもいいだろう、という驚きっぷり。想像した通り、皆私と同世代か歳下であった。「リアリィ?!」と大声で連呼する韓国のイヒャンよ、君は同じ東アジアなんだから分かるだろ?そんなに驚かなくても...

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そうしてついに最終日、あっという間であった。英語に慣れ、皆とも仲良くなった頃だったので、本当にさみしく思った。夕方からfarewell party、いわゆる絶頂宴会である。劇場地下のカフェを貸切だ。劇場スタッフがテーブルを移動したり仮設のステージを作ったり、照明を吊ったりしている。手際も使う機材も、飲み屋レベルをはるかに越えている。全部プロ仕様。劇場ならではである。ステージにはDJブースが作られ、マイクスタンドも立った。 不思議そうに見ているとスタッフが話しかけてきた。「今日はカラオケパーティだ、カラオケ発祥の地、日本から来たお前は歌わなくちゃいけないぜ」...最後に試練が待っていた。「ちょ、え?やだよ、ていうか日本語の曲ってあるの?」「無いね」「ムリムリ、勘弁して!」「これは義務だ」

 

9人の作家と劇場スタッフ、ロンドンの若手作家や俳優たち、沢山の人が集まった。パーティは朝まで続き、これをもってプログラム終了。皆とハグして再会を誓う。涙を流して別れを惜しむ者もいた。 いやぁ楽しかった。ところで私がステージでどうなったかは、ご想像にお任せする。

 

 

プロフィール

前川 知大(まえかわ ともひろ)
劇作家、演出家 1974年生まれ 新潟県柏崎市出身 
SF的な仕掛けを使って、身近な生活と隣り合わせに潜む「異界」を現出させる作風。
活動の拠点とする「イキウメ」は2003年結成。
主な脚本・演出、『散歩する侵略者』『図書館的人生』『関数ドミノ』『奇ッ怪~小泉八雲から聞いた話』『見えざるモノの生き残り』『狭き門より入れ』『表と裏と、その向こう』など。
第16回読売演劇大賞優秀作品賞、優秀演出家賞、第17回読売演劇大賞優秀演出家賞、第44回紀伊國屋演劇賞個人賞、第60回芸術選奨文部科学大臣新人賞などを受賞。

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