雑誌『をちこち(遠近)』
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プロダクトデザインは日本の多様な文化や生活様式を伝えた――ブダペスト応用美術館でのWA展と「女性的」なハンガリーのデザイン

アンドレア・ベルク
ブダペスト映像空間ギャラリー共同ディレクター


wa interior3.jpg ブダペスト応用美術館へ「WA」展がやってきた

国際交流基金からブダペスト応用美術館で展覧会を企画しないかとの申し入れを受けたのは2008年のことだった。この申し入れは、いくつかの理由でとても良い時期に届いたといえる。第一の理由は、2009年が日本とハンガリー両国にとって記念すべき年で、日本とハンガリーの国交が樹立されてから140年目に当る年だったことである(2009年は日本・ハンガリー外交関係開設140周年・外交関係再開50周年)。さらに日本のデザインは、純粋に美術品の展示という意味だけでなく、現代日本の文化や生活様式が持つ多彩な面を知ってもらうという意味でこの上ない題材なのであった。しかし、それだけでなく、この企画はブダペスト応用美術館にとってもある一つの機会をもたらしたのである。


wa interior4.jpg ブダペスト応用美術館はハンガリーのアールヌーヴォー様式を採用して1896年に建造され、現在では19世紀から20世紀への転換期に達てられた象徴的なモニュメントとしての価値を持つに至っている。この美術館は当初、現代応用美術を展示し、普及に努めることを目的に作られた。しかし、20世紀に入ると、歴史的、文化的な要因により歴史的に古い時代の美術品が収集され展示されるようになり、現代美術との接点を次第に失っていった。

現代美術に関連した新しい構想が打ち出されたのは2008年になってからのことだ。ハンガリーではデザインを専門的に扱う美術館は存在していないため、古い伝統的なコレクションを現代の博物館学的なアプローチと並存させ得る新しいシステムを作ることが目標として据えられた。私はこの構想に完璧にマッチした「WA」展を通して、デザインを巡る考え方を示し、デザインについて深く考えたことがないと思われる多くの人々にもそうした考え方を届ける良い例を示すことができたと考えている。



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このアールヌーヴォー様式の記念碑的な建物は、単に展覧会を行うための空間であるというわけではない。この展覧会のために充てられた1階のホールは、大規模な建築構造物(柱、波打つデザインのアーチ、および印象的なガラス天井)で区切られている。建造されてから100年以上経過するこのヨーロッパ風の空間を、現代日本のデザインに調和させる作業は困難を極めた。私たちは、豪華な装飾をあしらった空間の雰囲気とは対照的に、ミニマムな内装に配置することで展示物の存在をより際立たせることにした。さらにこれらの展示物の存在感を強調するため、インパクトのある色彩を採用した。今回は、ブダペストに先行して「WA」展が開催されたパリで制作された展覧会カタログの色でもあり、そしてもちろん日本の国旗を想起させる色でもある、チェリー・レッドを採用した。展示室でメインとなる壁をチェリー・レッドに塗装した一方、他の壁は純白色で統一した。展覧会のテーマについて解説するポスターにもチェリー・レッドを使用した。


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また、来場者が一番最後にたどり着く展示コーナーには、子どもたちの遊び場となる空間を配置し、その付近に触れて楽しむことができる作品をいくつか置いた。結果的に、この空間はあらゆる年代の人たちが集う賑やかな人気スポットとなった。最後に作品に触れて楽しむことができる美しい空間を作ることができたお蔭で、様々なデザイン作品に対する人々の理解度を高めることに貢献できたと考えている。


そうして迎えたオープニングも大成功であった。オープニングの日には嬉しいことに、キュレーターの柏木博氏が日本から駆けつけ、報道関係者や一般の来館者を対象に展覧会のガイドを務めて下さった。私たちは美術館のスタッフと一緒に、様々な世代の来館者の関心を呼び起こす特別イベントをいくつか企画した。中でも好評だったのはKÉK(現代建築センター)と共同で企画した「ペチャクチャナイト」だった。ハンガリーのデザイナーや建築家たちに混じり、日本人のキュレーター、川上典李子氏もいくつかの展示物について紹介してくれた。子どものいる家族を対象にして行った「ファミリーデイ」もまた大変好評だった。今回の展覧会のコンセプトに鑑みれば当然、かつ自然の流れであるが、この日は特に「遊び心」にスポットが当てられた。

展覧会が始まって1週間後には、なんと日本とハンガリー両国の外交官と一緒に秋篠宮殿下と妃殿下が会場をご訪問された。


この展覧会は多くのメディアが好意的に取り上げてくれ、特に専門的技巧、美意識、および伝統と現代的な発想とニーズが融合した展覧会であると表現された。批判らしきものといえば、カタログの価格がハンガリーの来館者にとっては少し高かったということくらいだった。展示されているものがその場で販売されていないという点についても不満の声が寄せられたが、展示物の販売は現実的に難しく、さまざまな国を巡る展覧会としてはそれは致し方ないことだろう。





ハンガリーのデザインは「女性的」?


ハンガリーと日本のデザイン事情を比較すると、興味深い類似点と相違点が存在することに気づく。

ハンガリーでは戦後、産業の面でも美術の面でも、それまで続いていた伝統が失われ、断絶してしまっているような状況にある。現代のハンガリーには大量生産を行うような産業が存在せず、したがって産業デザインも弱い。しかしその一方で、手工芸の伝統は古くから続いており、その価値は今でも高く評価されている。私は、現代ハンガリーのデザインは「女性的」であるという印象を抱いている。テキスタイル、ファッション、ジュエリーなどがその最先端だ。もちろん、デザイナーやアーティストの中には男性も大勢いるが、彼らのデザインの主な買い手となっているのはやはり女性なのである。

wamp1.JPGこの事実を裏付ける証拠の一つとして、首都の中央広場で月1回の頻度で開催される「日曜デザインマーケット(WAMP)」というハンガリーで最も人気が高いデザインの定期市場がある。この催しは、かつてバスターミナルとして使われていたが現在は「デザインターミナル」と呼ばれているバウハウス様式の建物の付近で開催されている。ハンガリーのデザインのために一度も使われたことのないこの建物の付近で、最も活気あるデザインマーケットが開催されていることは、残念ながら極めて皮肉な象徴といえる。


この市場で売られているのは、主に衣服、アクセサリー、ジュエリー、室内装飾品、および玩具で、「WA」展のカテゴリーでは「かわいい」という分類に当てはまるタイプのものである。今回の展覧会に対する来館者の評価に話を戻すと、ファッションのために十分な空間が割かれていなかったことが悔やまれる。私は、日本の有名ファッションデザイナーの作品がもっと多く展示されていれば、さらに高い評価が得られたのではないかと考える。


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私はハンガリーで生活している1人として、この国の人々が日本の文化に対して強い共感や関心を抱いているといつも感じている。そして、国際交流基金は両国の結び付きをより深いものにするために大きく貢献している。この場を借りて、関係スタッフのご協力とご支援に感謝の意を表したい。






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「WA-現代日本のデザインと調和の精神」展

ブダペスト応用美術館

2009年4月9日~5月31日







Andrea_Berg_portrait_web.jpgアンドレア・ベルク

ブダペスト生まれ。美術史と庭園工学を学ぶ。

ブダペスト美術館の学芸員としての経歴を持つ。

現在は、ブダペスト映像空間ギャラリーの共同ディレクターを務める。

専門分野:現代美術、庭園美術

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