雑誌『をちこち(遠近)』
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新たな社会づくりに向けた壮大な実験室――東北

レナータ・ピアッツア(HASEKURA2.0 ファウンダー/ディレクター)



 東北地方とヨーロッパとのビジネス交流を通じて、東北地方の文化や経済を活性化し、東北地方の未来を切り開くイノベーションを生み出すことを目指して2013年より開始されたプログラム「Hasekura2.0」。そのプログラム名は、伊達政宗の命を受け、遣欧使節としてスペインを経由してローマに到達した武将・支倉常長に由来しています。リスクを恐れないリーダーであり、創造力と交渉力に長けたイノベーターでもあった支倉常長の冒険者精神は、21世紀に受け継がれ、国際舞台で活躍する東北のビジネスパースンを支援するこのプロジェクトの象徴となっています。(2014年11月8日 JFICイベント2014 トークセッション「『クールTohoku』のフロントランナーたち~国際交流ビジネスプログラムHasekura2.0の挑戦」を開催)プログラムの創始者でありディレクターであるレナータ・ピアッツア氏より、その経緯や展望についてご寄稿いただきました。



日本への「愛」をめぐる物語

 この2年半、私は2カ月おきに約3週間滞在という日程で定期的に日本を訪れてきました。その理由は、「愛」としか言いようがありません。とはいえ、皆さんが想像するような愛とは違います。
私は、東北地方、そして私と同じ信念を持つ人々を深く愛するようになりました。それは、「ピンチはチャンスになる」、「未来を今以上に良いものにできる」という信念です。要は自分の考え方次第なのです。
 夢見がちな理想主義者のたわごとに聞こえるかもしれませんが、夢がなければ何も実現せず、アイデアなしに結果は生まれません。

 この物語は2011年3月11日直後に始まりました。その背後には、理屈では説明できない無数の「偶然という名の必然」が存在します。
 スティーブ・ジョブズも2005年にスタンフォード大学卒業式のスピーチで、こう語っています。
 「...他の人と違う点を辿っていても、その点がどこかに繋がると信じることが、自分の気持ちに従う自信を与えてくれます。そしてそれが人生に大きな違いをもたらすのです。」

 それではまず私の物語を紹介しましょう。

 私は25年間、日本を研究し、旅し、そこで働き、この国を愛し、時には憎みさえしてきました。そのため、震災後に東北を訪ねて支援の手を差し伸べるのは、自然なことでした。
 被災地で目にした光景は、想像をはるかに超えたものでした。(「Summer grass-- A 'gaijin' among volunteers by RENATA PIAZZA」)
 けれど私が伝えたいのは、変わり果てた東北の物語ではありません。私たちの未来や創造性、革新性、それに世界における日本の役割をめぐる物語なのです。


 2011年6月、短期滞在・長期滞在を問わず日本に住む外国人が大慌てで国外脱出を図っていた頃、私は太陽が輝くバルセロナから東北に移住する決意を固めました。
 1年後、私は仕事を辞め、家を売り払い、夫と離婚し、茫然と見守る母に3人の子どもをいったん預け、わずかなお金と3カ月の観光ビザ、それに以前の仕事を通じて得た有用な人脈だけを頼りに、東北での冒険に乗り出したのです。

 するとすぐに、自分がここに来た理由がはっきりしました。未曾有の危機の只中にあった東北には、同時に無限の可能性もある。私はこのビジョンを――私と同じく――祖国の未来を築くため過去を清算して駆けつけた、数多くの日本の若手起業家(いわゆる「Uターン」「Iターン」が中心)と分かち合いました。

 現実は必ず、プラスとマイナスという正反対の2つの視点から見ることができます。東北を例にとると、今回の震災や、それ以前から既に困難な状況にあった東北地方のマイナス面に目を向けることもできる一方、震災を機に、あらためてこれまでのやり方に疑問を投げかけることで、日本全体の未来を考え直すこともできます。政府が言う「復興」という視点に立つことも出来ますが、私の周囲の起業家が好んで使う「再生」という視点に立つこともできます。

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サン・クガ・ダル・バリェス(スペイン)を視察するHASEKURA2.0のメンバー、右端がレナータ・ピアッツア氏



支倉プログラム発足

 しかし、この視点にはまだ欠けているものがあります。私が「再生」プロセスの根幹をなすと考える要素は、東北の人が生み出すものと外の世界とのつながりです。

 日本で地域発の現象がいわば「正式に認知」されるには、いったん東京を経由する必要があります。地域で生まれたものは東京の評価を受けられなければ、存在しないも同然なのです! これは一極集中型の政治制度や、日本がここ数十年に経験した地域と都会の断絶の弊害のひとつだと思います。緑豊かで人口が少ない農村部を指す「田舎」という言葉は、「ふるさと」と同義でもありますが、今ではやや否定的な意味を伴う、時代遅れの事象を形容する言葉になっています。

 他方で――魚は釣りあげられて初めて、それまで自分が水の中にいたと気づくように――地域の人の多くは昔も今も、自らの地域の美しさや豊かさ、その可能性や価値を意識していません。
 ゲーテをはじめとするドイツロマン派の作家が、シチリア島の美しさを再発見したのも、バルセロナが誇る建築家ガウディの才能を、日本人の繊細な審美眼が見出したのも、理由あってのことです。外から来た人間の方が、その地の住民には見慣れた風景の魅力を評価しやすいものです。

 そこで私は、重要な使命を自分に課したのです。私と同じ志を持つ小規模な社会起業家を、東京を経由せず欧州諸国の起業家と直接結びつけるのです。そうすることで、経済基盤の活性化を通じて東北の再生プロセスを支援できる上、上手くいけば新たなものを生み出せるはずです。

 2013年6月~2014年7月の日本スペイン交流400周年事業が、チャンスを与えてくれました。1613年に慶長遣欧使節団を率いた支倉常長の先駆的な精神にあやかって、私は2013年3月、2人の積極的な日本人女性の協力を得てNPO法人支倉プログラムを発足させました。

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ファヨン(スペイン)の視察

 私はスペインの外務省の関連機関で10年間働いた経験を通じて、官公庁の得意分野や、税金を有効に活用するためどんな点を改善する必要があるかを垣間見ることができました。
 他方で、諸外国との関係を推進するため、大企業や著名な芸術家、1回限りの人気イベントばかり支援したがる官公庁の姿勢にやや批判的にもなっていました。
 いずれにせよ、官公庁は既に有名企業・著名人の支援に忙しいため、張り合う必要はありません。自然な流れとして、私は国際関係という市場におけるニッチ分野を探しました。

 私は(自分が知る限り)他の団体とは違うアプローチをとりました。私が協力する人々のメンタリティも、普通と異なり独創的だったからです。

単に「支援」するだけでなく、自らが「推進」する
文化交流の促進でなく、ビジネス発信を行う
モノを売るのでなく、モノガタリを紹介する
活動の目的は、短期的な利益でなく長期的な社会貢献にある
けれど何より重要な点は、これら全てを達成する「方法」にある

 私が初めて訪日した20年前、日本では「国際化」という言葉が流行していました。
 20年たった今、企業や個人の合言葉は「グローバル化」です。とはいえ、こうした言葉が人気を集めた理由や、これらのうち一方、または双方のコンセプトが本当に日本社会に浸透しているかどうかは、また別の話です。

 どちらの言葉も、東北の起業家が築こうとしている新時代にそぐいません。
 彼らの外の世界との結びつきは、必然的に全く新たな言葉で表現される必要があります。彼らには、海外の動向を真似するだけで終わってほしくないし、自らのアイデンティティや独自性を失う危険をおかしてほしくもありません。グローバル化するため他の人と同じようにする必要はなく、国際感覚を身につけるため外国人になる必要もありません。
 私は自分が目指すものを明確に理解していましたが、それを表現する適切な言葉が見当たりませんでした。
 冒頭にあげた偶然、当初は脈絡なく散りばめられた点が描き出す一本の道。支倉プログラムにはそれが必要だったのです。

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「支倉プログラム2.0の世界」のイメージ図

 2013年9月、私は建築家の岩崎駿介氏が茨城県に自力で建てた素晴らしい邸宅に招かれました。
 岩崎氏は、横浜のみなとみらいの開発計画にも参加していました。数年前のある日、彼は超文明社会から逃れようと決心し、妻の助けを得て9年がかりで田舎に自力で家を建てたのです。
 岩崎氏の自宅を訪れた夜、私がつたない日本語で支倉プログラムのコンセプトを紹介すると、彼は目を輝かせて言いました。「それはつまり"インターローカリゼーション"ですね?」
 それこそが、ようやく見つけたキーワードでした!この時ほど、「師匠」と私のようなしがない弟子の力量の差を痛感したことはありません。



新たなつながりがビジネスチャンスへ

 私が協力したい相手には共通点があります。彼らはみな、強力な独創性と革新性を持ち、環境と社会に与える影響に配慮して事業プロジェクトを推進しています。これらのプロジェクトは、国内の政府・団体・マスコミが重要とみなすが故に、日本社会全体の問題と認識されている主要な課題への解決策として考案されたものです。
 課題にはたとえば、社会の急激な高齢化、出生率減少、農村部の過疎化に加え、原子力に代わる再生可能エネルギーの早急な必要性や、食糧安全保障・食糧自給の重要性なども含まれます。
 この機会に、僭越ながら私なりの「課題」の捉え方を説明したいと思います。私はこうした課題をむしろ、「挑戦しがいのあるチャンス」と呼ぶべきだと考えています(コインの表裏と同じく、ここにも二面性があるのです!)。

 これらの課題をもとに、支倉プログラムの活動分野を次の4つのテーマに分けました。

a) 責任ある観光業
b) スマート・コミュニティ
c) 食育と食文化
d) デザインと伝統工芸

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(左)ファヨン(スペイン)の視察、(右)Smart City Expo World Congress(SCEW)

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(左)かぼちゃの種をまく小学生、(右)豆腐、味噌、海草の使い方をデモンストレーション

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(左)nanimarquinaのラグの展示、(右)カタルーニャ政府による工芸品とファッションの展示

 東北ではこれらのテーマが積極的に追求されていました。こうしたテーマに対し、ヨーロッパには参考になる例や確立された慣行が存在します。
 国際交流基金、外務省、フィラ・デ・バルセロナからの財政支援、日本とスペインの30以上の団体の協力、バルセロナの日本人社会と数人の大学生インターンの真摯な努力、それに友人や家族の貴重な助けがあったおかげで、支倉プログラムは2013年10月から2014年7月までに、起業家、職人、デザイナー、大学教授、全国団体・地方団体の代表、農家、社会起業家に加え、ミシュランで星を獲得したシェフなど、約30人の素晴らしい方々をバルセロナにお招きできました。

 支倉プログラムを通じて、新たな東北に対する国際社会の関心が高まり、日本人参加者の間に生まれたつながりが新規協力プロジェクトに結びつき、海外での新たなビジネスチャンスへの道が開け、新製品開発の発想源がもたらされ、同じ志を持つ起業家どうしの出会いの場が生まれたのです。
 むろん、まだなすべきことは多く、改善点も多々あります。しかしこの1年間で、たとえ資金は少なくとも、情熱があれば野心的な目標を達成できると証明できたと思います。

 再びスティーブ・ジョブズの言葉を借ります。「時間はかかるかもしれませんが、道の途上で振り返ると点が1本の線を描いているのが見えるでしょう。その線こそが、あなたが最終的な目標にたどりつくためにたどるべき道なのです」。

 私の言葉は、理想主義的で夢見がちに聞こえるかもしれません。けれど、夢やアイデアこそが大切です。なぜなら夢がなければ何も実現せず、アイデアなしに結果は生まれないからです。





 トークセッションでは、同プロジェクトの良き理解者でもある国際交流基金の原秀樹がファシリテーターを務めました。原より、今回のセッションに関してレポートがありましたので紹介させていただきます。

帰国報告会に参加して

"今日は「復興」という言葉は使わないでください。"

 帰国報告会のファシリテーターとして、レナータさんと事前打ち合わせをしている時に言われたセリフだ。これがこの事業の雰囲気を物語っている。「復興」ではなく「再生」、「支援」ではなく「推進」、「モノづくり」ではなく「モノガタリ」。レナータさんが打ち出すコンセプトはどれもポジティブで、日本という湿った土地に南欧の乾いた暖かい風を吹き込んでくれる。そう、それこそが今日本に必要な風だ。
 一度この風に当てられると、誰しもが自分をもう一度奮い立たせ、新しいチャレンジに創造的に立ち向かってしまう。「支倉2.0プログラム」参加者の帰国報告が、いずれもプログラムで得られた新しい出会いへの感謝と未来への期待感とで満ちていたのは、決して参加者個人個人の資質だけが原因ではないだろう。レナータさんの(彼女の言葉によると)「ビジネス発信」プロデューサーとしての能力に脱帽だ。
 報告会で話題となった「インター・ローカリゼーション(地方同士の国際的結びつき)」、これが「支倉2.0プログラム」のキー・コンセプトだ。今世紀初頭にベストセラーとなったトーマス・フリードマンの"The World Is Flat(フラット化する世界)"は、人々にグローバル化による世界経済の一体化への幻想を抱かせた。しかし近年リチャード・フロリダ等が提唱するように、一体化したのは各国の大都市ばかりで、いずれの国も地方は置いてきぼり、という事実が指摘されている。日本の地方においても「国際化」とは、多くの場合、東京や大阪などの大都市を通して、海外と繋がることを意味してきた時代が長かったが、ようやくここに来て地方が直接海外と繋がるという傾向が見えてきたように思う。ただその場合も、繋がる相手方がニューヨークやパリといった大都市ばかりでは問題意識が違いすぎて交流が継続しない。同じような規模で、同じような課題を抱えた地域同士が繋がることで、単なる交流を超えて、問題解決への糸口を見つけることができる。これがインター・ローカリゼーションだ。プログラムのサブテーマである「責任ある観光業」、「スマート・コミュニティー」、「食育と食文化」、「デザインと伝統工芸」などは、東北ばかりでなく、日本中の様々な地域から発信していけるものだろう。むしろ都会よりも特色があって、かつグローバルには紹介されていない「宝の山」となるかもしれない。
 レナータさんと話していると、これまで自分は水が半分入ったコップの足りない部分だけを見て悩んでいたのかも知れない、と気づかされる。恐らく「支倉2.0プログラム」に参加した他の日本人も同じように思ったのに違いない。南欧の風は「課題」さえも「Opportunity(機会)」に変えてしまうのだ。今後も「支倉2.0プログラム」から目が離せない。(国際交流基金 事業戦略課長 原秀樹)

写真提供:全てHASEKURA2.0





creating_new_social_tohoku07.jpg レナータ・ピアッツア Renata Piazza
HASEKURA2.0 ファウンダー/ディレクター
イタリア・シチリア生まれ。ヴェネチア大学日本語学科卒業、早稲田大学政治経済学部客員研究員、ロンドン大学東洋アフリカ研究学院(SOAS)卒業。全日空、東京三菱銀行(ロンドン)を経て、スペイン外務省直轄外交機関カサアジアにプロジェクト・コーディネーターとして勤務。以後日本ならびにアジア各国関連の講演会、展示会、セミナーなど経済・文化交流活動に従事。その後、現職。カサアジアから国際交流基金に研修に来ていた経験がある。




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