雑誌『をちこち(遠近)』
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本当の多様性とはなんだろう?
May J.が見た、東南アジア現代美術の今

東京・六本木の国立新美術館森美術館の2館で同時開催中の「サンシャワー:東南アジアの現代美術展 1980年代から現在まで」。今年、設立50周年を迎えた東南アジア諸国連合(ASEAN)の各国で活動するアーティスト86組を集めた同展は、東南アジアのアートシーンを紹介する展覧会として、世界的にも過去最大の開催規模を誇り、国内外から多くの注目を浴びています。
政治や歴史、民族性についての直接的なメッセージは、日本や欧米の現代美術とは異なる、東南アジア独自の表現を感じさせてくれます。
そんな同展を、歌手のMay J.さんが訪ねました。お父さんが日本、お母さんがイラン出身、家系をさかのぼるとロシア、トルコにもつながる多彩なバックボーンを持つMay J.さんは、この展覧会をどのように見て、何を感じるのでしょうか?
May J.さんと一緒に「サンシャワー展」を見ていきましょう。

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フェリックス・バコロール《荒れそうな空模様》2009/17年 森美術館

東南アジアから、視点を変えて世界を見る

最初に訪れたのは、国立新美術館。9つのセクションで構成される「サンシャワー展」のうち、5章がここで展開されています。

May J. すごくアートに詳しいわけではないんですけど、話題の展覧会はチェックしていて、プライベートで見に行ったりしています。国立新美術館に前に来たのは「ダリ展」(2016)だったかな。音楽もアートも自分のメッセージを伝える表現手段。だからとっても興味があるんです。
でも、この展覧会は絵や彫刻とはかなり違った作品が多いと聞いています。現代アートって難しい内容のものも多いから、理解できるかな……。

たしかに「サンシャワー展」に集められた作品のなかには、インスタレーションと呼ばれる空間を生かした形式のものや、伝統芸能や民俗工芸と親和性のあるもの、あるいはカラオケや露店といった予想外のスタイルを持つものも少なくありません。東南アジアの文化的多様性をまるごと盛ったような同展に、May J.さんが戸惑いを覚えるのも無理からぬこと。そこでガイドとして登場したのが、国立新美術館研究員の米田尚輝さんです。米田さんは、国立新美術館、森美術館2館のキュレーターに東南アジア各地で活動する現地のキュレーターを加えた14名の「キュレトリアル・チーム」の一員として、2015年から綿密なリサーチを行なってきました。

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国立新美術館でMay J.さんをご案内したのは、同館研究員の米田尚輝さん。

米田 最初のセクションのタイトルは「うつろう世界(Fluid World)」。ASEAN地域にはつい最近まで内戦・紛争が続いていた国も少なくありません。また日本と比べて人種も文化も圧倒的に多様です。ですから、アーティストの作品にも「自分たちは何者なのか?」という個人のアイデンティティーを問うものが多い。あるいは、旧宗主国から独立を果たした国のアーティストには、国そのもののアイデンティティーを作品の主題にする人もいます。東南アジアを紹介する本展の導入として、地図に着想を得て制作された作品を集めました。

ボルネオ島、マレーシアサバ州出身のアーティスト、イー・イランの《うつろう世界》(2010)は、同地の伝統的な技法であるバティック(ろうけつ染め)によって、世界地図を描いた作品です。しかし表面のほとんどが雲のような白いモヤモヤで覆われています。

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イー・イラン《うつろう世界》(「偉人シリーズ」より)2010年 国立新美術館

May J. これは何を意味しているんですか?

米田 はっきり見える地域は、ご覧の通り東南アジアが中心に置かれています。この地域の多くの国々では、さまざまな人種の人々が国境を越えて移住しており、そのために海洋ルートも用いられていました。東南アジアの海域が、活発な人的移動を支えている水路であったことが強調されているのがわかりますか?

May J. 本当ですね。日本では、他の文化圏から移住してきた人と接点を持つことが少ないので忘れてしまいがちだけど、実際にはたくさんの民族が住んでいる。私自身も、イランにルーツがありますからね。世界を違う視点で見せることで、鑑賞者に発見を促しているんですね。

続くセクションは「情熱と革命(Passion and Revolution)」。第二次世界大戦後、植民地支配からの独立、その後の内戦、民族間の闘争、軍事政権による独裁などを経験してきた東南アジアの国々には、「革命」と、それをもたらす「情熱」が息づいています。
ここでMay J.さんの目に入ったのは、指文字を描いた9枚のドローイングです。

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FX ハルソノ《声なき声》1993-94年
シルクスクリーン、キャンバス、木の椅子、スタンプ
キャンバス:各143.5 x 95.5 cm 木の椅子:各23 x 38 x 32 cm (9点組)
所蔵:福岡アジア美術館

米田 インドネシア・東部ジャワ出身のFXハルソノの《声なき声》です。この指文字が表しているのは、D、E、M、O、K、R、A、S、I。つまりインドネシア語で「デモクラシー(民主主義)」です。最後の小指を立てた「I」の手はロープで結ばれていて、「インドネシアでは完全には民主主義が実現されていない」とアーティストは訴えているんです。でも、いつかは必ず民主主義が訪れるはず、という願いも込められています。

それぞれのドローイングの前には紙と、アルファベットが刻まれたスタンプが置かれています。

May J. スタンプラリーみたいだけど、どういうことなんだろう……。ああ! 9個のスタンプを押すと「DEMOKRASI」が完成するんだ!

米田 そう。民主主義を鑑賞者それぞれが「手に入れる」ことができるんです(笑)。

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FXハルソノ《声なき声》1993-1994年 国立新美術館
9個全てのスタンプを押すと「DEMOKRASI」が完成。

宝探しもアートになる?

1980年代以降の、東南アジアのアートシーンの記録が集められた充実の「アーカイブ」セクションを抜け、歩を進めていくと、どこからともなく騒々しいお経が聞こえてきます。

May J. 以前インドネシアに行ったことがあるんですけど、現地のヒンドゥー教寺院で流れていた放送に似てますね。

その正体は、アングン・プリアンボドの《必需品の店》(2010/2017)。ガラクタのような役に立たないものをたくさん並べて、しかも鑑賞者に売ってしまう、という露店のようなインスタレーションです。先ほどの放送は、売り物の一つである謎の機械から発せられていたのでした。

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アングン・プリアンボド《必需品の店》2010/17年
木、商品、ビデオ
展示風景:「サンシャワー:東南アジアの現代美術展 1980年代から現在まで」国立新美術館、2017年
撮影:上野則宏 画像提供:国立新美術館

そして、その隣の空間にはタイのスラシー・クソンウォン《黄金の亡霊(どうして私はあなたがいるところにいないのか)》(2017)。なんと5トンにも及ぶ糸が床一面に敷き詰められています。そして、その中には最初は9本の金のネックレスが隠されていました。

米田 見つけたネックレスはお客さんがお土産として持って帰れます。かなり高額なものらしいですよ。

May J. 宝探しみたい! 探してみます!

そう言って、糸の山に足を踏み入れるMay J.さん。でも、なかなかネックレスは見つかりません。

May J. すごく面白い経験ですけど、作家さんは何を意図しているんでしょう?

米田 クソンウォンは、現代社会の消費文化と経済を参照して作品を作っているのですが、糸の山に埋もれた高価なネックレスをがんばって探す人の姿に、欲望のあり方を見出しているようですね。そういう意味では、ちょっと皮肉がこもった作品なんです。

May J. 私も作家の思惑にまんまとハマってしまったんですね。楽しいけど、ちょっと悔しい!

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スラシー・クソンウォン《黄金の亡霊(どうして私はあなたがいるところにいないのか)》2017年 国立新美術館
「宝探しみたい!」とネックレスを探すMay J.さん。

80年代生まれのアイデンティティー

さて、ここからは後半の会場である森美術館の紹介。ガイドは、同館アソシエイト・キュレーターの徳山拓一さんにバトンタッチです。

徳山 国立新美術館は1980年代以前から活躍するベテラン作家が多く出品しているのですが、この森美術館では30代、40代を中心とする若いアーティストで構成されています。その中でも特に現代性を感じさせるアーティストといえば、タイのコラクリット・アルナーノンチャイです。1986年生まれの彼は、ほぼミュージックビデオそのものと言える映像作品を作っています。本人が作詞・作曲、出演して披露するヒップホップは、タイという国が抱える困難さや、ポップカルチャーなどいろいろな文化に影響を受けたハイブリッドな存在である自分と、自分たちの世代について語っています。

May J. アートというよりも、本当に歌手、ポップスターみたいな人ですね。でも展示されているのは映像だけじゃないですね。クッションが置かれていたり、ちょっとステージ風になっていたり。

徳山 クッションのデニム生地は、アルナーノンチャイと仲間たちのユニフォームなんです。彼は友人とのコミュニティーも作品の題材にしていて、展示空間も誰もがリラックスできて、しかもその場その場でもパフォーマンスできるようなインスタレーションにしています。こういった共有・シェアの感覚は、日本の若い世代にも通じるものではないでしょうか。

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コラクリット・アルナーノンチャイ《おかしな名前の人たちが集まった部屋の中で歴史で絵を描く3》2015年 森美術館
森美術館でのナビゲーターは、同館アソシエイト・キュレーターの徳山拓一さん。

歴史や伝統を若い感覚で捉え直し、表現に反映するスタイルは、アルベルト・ヨナタンの《ヘリオス》(2017)にも見てとることができます。花と天使を象徴するオブジェ、約2000個が壁を覆っています。

May J. パターンが連続していて、目が変になりそう! しかも、これって全部陶器なんですね。ひょっとして手作業ですか?

徳山 そのとおりです。花と天使は旧約聖書に出てくるシンボルなのですが、このように装飾的に表現するのはイスラム文化の特徴。東西文化のハイブリッド性は東南アジア全体に見られる特徴で、ヨナタン自身もそのことにとても自覚的なアーティストなんです。

徳山さんによると、厳格なクリスチャンの家庭に生まれたヨナタンは、高校生のときに自ら無宗教であることを選択したといいます。しかし、作品のなかでは自分自身を構成する文化や信仰へと目を向け、自らのアイデンティティーを追求し続けているのです。国立新美術館で感じられた「自分たちは何者なのか?」という問いは、ここにもありました。

徳山 毎日細かい手作業を続けるだけあって、本人はとても真面目。でも、見た目は全身にタトゥーを入れていて、好きな音楽もデスメタル(笑)。そういう意外なギャップからも、東南アジアの空気を感じました。

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アルベルト・ヨナタン《ヘリオス》2017年 森美術館
花と天使を象徴する2000個の陶製オブジェ。細かい手作業に感心するMay J.さん。

「違う」から共感できるもの

2館にわたって見て来た「サンシャワー展」も、そろそろ終わり。最後に見る作品は、フィリピンのフェリックス・バコロール《荒れそうな空模様》(2009/2017)です。

May J. わぁ、とってもきれい!

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フェリックス・バコロール《荒れそうな空模様》2009/17年 森美術館

天井を色とりどりの風鈴が彩る視覚的にも楽しいインスタレーションですが、より印象的なのは「チリンチリン」という心地よい音色です。一つひとつは安価な風鈴ですが、アートとして見て、聴く体験は、値段をつけることをためらうほど尊く、繊細です。

徳山 これは9つのセクションに属さない、展覧会全体を象徴する作品なんです。「サンシャワー」とは「天気雨」の意味で、亜熱帯地域でよく見られる気象現象のこと。フィリピンは嵐が多い国なので、各家庭の軒先に風鈴を吊るして、それが鳴ると嵐が来る前触れなんですね。急激に成長している東南アジアの国々が、これから迎える未来は危険な嵐なのか、それともみんなが幸せになるような健やかな風なのか。その二面性を、私たちはこの作品に託しています。

May J. 自分自身も二面的なバックボーンを持って生まれ育ったので、その感覚はよくわかります。同時に、私も常にアイデンティティーを探っているので、アルナーノンチャイさんやヨナタンさんの表現にも強く共感します。

東南アジアに限らず、世界の多くの国はさまざまな民族が同居し、混ざり合って生きるハイブリッドな社会です。そんな多様な環境だからこそ、自分自身のアイデンティティーは表現の大きなテーマになるのでしょう。それは、音楽に打ち込んできたMay J.さんにとっても大きな課題であるようです。

May J. 私は母が外国人ということもあり、中近東や英語圏の異文化を知りながら育ったので、言葉や宗教が異なることへの偏見がありません。それは、今のように日本語や英語で音楽を届ける自分の活動にすごくポジティブな影響を与えています。だから「サンシャワー展」の作品に共通する、違っていることが当たり前で、その中から自分を発見していく意識に共感を持てました。

今回の展覧会探訪は、May J.さんにとって特別な体験になったようです。では、最後の質問。アートと音楽のあいだで共感できることはありますか?

May J. もちろん! 音楽もアートもものすごく自由で、どんなかたちでも表現できる場所です。政治的な主張もあれば、個人的な願いもあって、差別に対する怒り、世界がこう変わってほしいという祈りを込めることができる。
7年前にインドネシアでライブを行ったのですが、そのときの記憶が今も強く残っています。ジャカルタの街は、ヒジャブ(イスラム教徒の女性が着用しているベール)をつけている女性がたくさんいて、保守的な土地という印象を受けました。でもライブはものすごく自由だったんですよ。男性も女性も入り混じって、はじめて聴くはずの私の音楽に思い思いに合いの手を入れてくれて、すっごくノリがよかった。音楽って言葉を超えて心が通じるんですよね。
それはきっとアートも一緒。糸の山の中からネックレスを探そうとするところから、私もアートの一部になって、アーティストとだけでなく、鑑賞する人同士のあいだにもコミュニケーションが生まれる。それって、とっても嬉しいことですよね!

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アルベルト・ヨナタン《ヘリオス》2017年 森美術館

インタビュー・テキスト:島貫泰介
May J.さんの撮影:相川健一

diversity-may-j-asean-art_13.jpg May J. (めい じぇい)
日本、イラン、トルコ、ロシア、スペイン、イギリスのバックグラウンドを持ち多彩な言語を操るマルチリンガルアーティスト。幼児期よりダンス、ピアノ、オペラを学び、作詞、作曲、ピアノの弾き語りをもこなす。圧倒的な歌唱力とパワフルかつ澄んだ繊細な歌声、そして前向きでポジティブなメッセージが共感を呼び、幅広い世代から支持を受けている。 2006年7月12日ミニアルバム「ALL MY GIRLS」でメジャーデビュー。記録的な大ヒットで社会現象にもなった、2014年公開のディズニー映画「アナと雪の女王」の日本版主題歌を担当。 同年の第65回紅白歌合戦に初出場。 2015年1月には自身初となる、日本武道館の単独公演を開催。2017年3月国際交流基金主催全米桜祭り開会式においてオープニング公演を実施。
2017年10月25日に8枚目のオリジナルアルバム「Futuristic」がリリース予定。
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