ドミニカ共和国訪問記

難波祐子(キュレーター)



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カリブ海を臨むレストランからの眺め

 ドミニカ共和国の首都、サントドミンゴにて2014年2月20日から3月30日を会期として開催された巡回展「未来への回路 - 日本の新世代アーティスト」に伴い、国際交流基金(ジャパンファウンデーション)は、キュレーターとして活躍中の難波祐子氏を派遣し、一般及び美術関係者、美術に造詣が深い方々を対象として、最新の日本現代アートについての講演会を開催しました。
 まだ日本の現代アートがあまり知られていないドミニカ共和国を訪れ、美術館に足を運び、人々と交流し、どのようなことを感じたのでしょうか。難波氏に訪問記を寄せていただきました。



ドミニカでの日本現代美術展

 国際交流基金の巡回展「未来への回路-日本の新世代アーティスト」がドミニカ共和国の首都サントドミンゴ市で開催されるのを機に、日本の現代美術の状況について講演をしてほしいという依頼を受け、2014年3月3日から7日まで同市を訪問する機会を得た。私にとっては人生初のドミニカ訪問ということで、在ドミニカ共和国日本国大使館にご協力いただき、2本の講演会の合間を縫って、できる限り現地の美術館を訪問したり、美術関係者と交流を深めたりする時間を調整していただいた。そんな駆け足訪問ではあったが、普段日本ではあまり知ることのないドミニカの美術の状況について、せっかくの機会なのでレポートしてみたい。
 「未来への回路」展は、2004年に国際交流基金が企画した同基金の現代美術作品コレクションによる展覧会で、1990年代後半以降の日本の現代美術を絵画、写真、ビデオ、彫刻、インスタレーションなどで紹介する展覧会で、世界各地を巡回している。私の講演でのミッションは、この展覧会の出品作や作家について、日本の現代美術に馴染みのないドミニカの方々にわかりやすく解説することと、それに加えてここ10年ぐらいで新たに顕著となってきた日本の現代美術の動向などについて、自分が関わってきた展覧会の例などを用いながら話すことであった。講演では、1990年代以降のグローバル化の流れの中で、日本の現代美術がどのような傾向を見せたか、またそれが他国の事例と比べた際に何か共通点があったか、あるいは日本独自の動きがあったかなどを「アニメ・マンガ」「侘び寂び」「間」「手仕事」「日常性」「参加型」「領域横断」などいくつかのキーワードにまとめながら紹介した。講演の冒頭では、日本のマンガやアニメの画像を見せながら話をしたが、会場からキャラクター名が次々と挙がるなど、その浸透ぶりがうかがえた。また質疑応答の際には、ドミニカのアーティストから、「グローバル化の中でも自分たちのルーツとなる文化の持つ色が、個性としてそれぞれの国の美術に出てくる面に共感を覚えた」というコメントが出た。またベジャス・アルテス美術館での講演会の後には、現地美術関係者との交流会も設けていただき、日本とドミニカの美術事情について情報交換を行う機会を得ることができた。

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(左)「未来への回路」展、展示風景(ベジャス・アルテス美術館)
(右)ベジャス・アルテス美術館外観




3つの美術館を訪問して

 巡回展の会場となっていたベジャス・アルテス美術館は、国立の美術館で、元宮殿だったネオクラシック様式の建物を改装し、13,000平米の敷地内には、美術館のほか劇場も併設し、国立バレエ団や交響楽団を擁している。美術館部分は、中央のドームを囲むように展示室が配されて2フロアに分かれており、国内外の美術を紹介する展覧会を定期的に実施している。私が訪問した際には、2階が基金の巡回展、1階はドミニカのさまざまな女性を撮ったドミニカ人アーティストによる写真のグループ展が開催されていた。今回の滞在では、このベジャス・アルテス美術館のほか、サントドミンゴ市内の2カ所の美術館を訪問することができた。
 1つ目の訪問先は、私立のベジャパルト美術館で、ホンダの現地ディーラーであるベジャパルト氏の個人コレクションを公開する美術館だ。建物の1階は、ホンダのショールームになっていて、一見、どこに美術館があるのだろうと思わせるが、奥にエレベーターがあり、5階にあがると立派な美術館が迎えてくれる。常設展示室は、ドミニカの美術史を辿れるような構成になっており、館長のマーナ・ゲレーロ・ヴィジャローナさんが案内してくださった。

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(左)ベジャパルト美術館の入っている建物1階にあるホンダのショールーム
(右)ベジャパルト美術館常設展示室入口。入口左手の肖像画は、ベジャパルト夫妻が描かれている


 ドミニカでは、戦前からヨーロッパの美術アカデミーで見られたようなロマン主義やネオクラシック風の油画が、独学で絵を嗜んでいた画家たちによって盛んに描かれていた。だがスペインの内戦(1936-39)を逃れてヨーロッパ各地からドミニカに渡ってきたアーティストたちを中心に1942年にサントドミンゴ市内に美術アカデミーが創設された。アカデミーでは、画一的な教育ではなく、アーティストたちがそれぞれのスタイルを自由に教えるリベラルな美術教育が行われ、1つのスタイルに縛られない個性的なドミニカのアーティストたちが数多く育った。実際にベジャパルト美術館のコレクションにある作品もキュビズムあり、シュールレアリスムあり、ドイツロマン主義ありという感じで、どの作品もとてもクオリティが高かった。同館では、常設展示のほか、コレクションによる企画展示も定期的に行っている。

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ドミニカを代表する画家の一人ハイメ・コルソン(1901-1975)の作品。ドミニカのダンス「メレンゲ」を主題に描いている
Jaime Colson
Merengue
1937
Óleo sobre tela
52 x 68 cm
ベジャパルト美術館蔵


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ドミニカの女性作家セレステ・ウェス・イ・ギル(1891-1985)の1940年の彫刻作品。女性のヌードを主題にすることは、当時のドミニカではスキャンダラスな出来事であったが、作家が大統領の娘であったため、このような大胆な表現も許されたのだとか
Celeste Woss y Gil
Modelo mulata
1940
Barro
34.5 x 51 x 26 cm
ベジャパルト美術館蔵


 2つ目の訪問先である近代美術館は、地下1階から地上3階まで4フロアあり、充実した近現代のドミニカ美術のコレクション展示のほか企画展も実施している。滞在中には、ドミニカを代表するアーティストの1人であるホルヘ・ピネダの個展のオープニングがあり、プレスや美術関係者などかなりの数の出席者で賑わっており、現地の美術関係者の層の厚さを実感した。ピネダは、欧米で美術教育を受けた他の多くのドミニカ人アーティストと同様に、国際的に活躍している。展覧会では、欧米の美術史や言説も意識したドローイングやインスタレーション作品が展示され、非常に面白かった。またこれら3カ所の美術館を訪問して、ドミニカの文化史を色濃く反映している質の高い近現代のドミニカの美術が、日本にもっと紹介される日もそう遠くはないと思われた。

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近代美術館外観

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ホルヘ・ピネダの作品。2つの壁にドローイングがされていて、その中央にドローイングをしている子どもの彫刻が配され、この子どもが落書きをしているような錯覚に陥る
ホルヘ・ピネダ
*Me voy: Sur*
2006
インスタレーション
木彫、テキスタイル、壁にチャコールでドローイング
サイズ可変
近代美術館(サント・ドミンゴ)蔵


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日本の龍安寺石庭へのオマージュ作品。白い小石の部分は、結婚式などで用いるコンフェッティ(紙吹雪)が敷き詰められている。瞑想して心を空にした際の心理状態を理想的な幸福の姿と解釈した作家が、今日の「幸福」とは何かについて考える手がかりとして石庭を作品化した
ホルヘ・ピネダ
*I´m so fucking happy*
2013
インスタレーション
コンクリートブロック、木、コンフェッティ、岩
5 x 10 m
作家蔵


 ドミニカ滞在最終日に近代美術館を訪問していると、制服姿の中学生ぐらいの一団が、鑑賞を終えて展示室から出てきた。ドミニカでも学校の美術館鑑賞の時間があるのだな、と思ってその光景をぼんやり見ていると、その中のまだ幼い顔立ちの男の子が歩み寄ってきて、私の右肩に片手をポンと置いて「ハロー」と声をかけてきた。突然の挨拶にちょっと驚いていると、「日本人ですか」と英語できいてきた。そうだと答えると、ほどなくクラスメートと思われる女の子を連れて来て、「彼女は日本が大好きなんだ」と紹介してくれた。女の子は恥ずかしそうに笑っているだけで、言葉は交わさなかったけれど、とりあえず「ありがとう」とお礼を言っておいた。彼らの日本に対するイメージがどんなものなのか尋ねることはできなかったが、少なくともドミニカの若い世代の中にも日本に興味を持ってくれる人がいることがわかり嬉しかった。何より屈託のないカリブ海のように爽やかな彼らの笑顔に、機会があればまたこの国を訪れて、もっとこの国のことを知りたいという想いを強くしてこの地を後にした。





visit_to_dominican_republic10.jpg 難波祐子(なんば・さちこ)

キュレーター。東京都現代美術館学芸員を経て、展覧会やワークショップの企画運営を行う株式会社I plus Nを設立。企画した主な展覧会に「こどものにわ」(東京都現代美術館、2010年)、「呼吸する環礁(アトール)―モルディブ-日本現代美術展」(モルディブ国立美術館、マレ、2012年)など。共編著に「ビエンナーレの現在」、著書に「現代キュレーターという仕事」など。 札幌国際芸術祭2014プロジェクトマネージャー(学芸担当)、ヨコハマ・パラトリエンナーレ2014キュレーター。
(Photo:Kenichi Aikawa)




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