雑誌『をちこち(遠近)』
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「世界でいちばん小さな詩」の広がり

大高 翔(俳人)

 俳人の大高翔さんは、2010年より海外で俳句ワークショップを開催し、句会体験や季語の解説を通じて、世界に俳句の魅力を伝えると共に、その普及に努めています。国際交流基金は、2016年にパリ日本文化会館、2018年にローマ日本文化会館およびニューヨーク日本文化センターにおいて、大高さんによる俳句ワークショップを開催しました。現地でのワークショップの様子や、海外における俳句の受容、句作を通じた参加者との交流などについて、大高さんにご寄稿いただきました。

はじめての海外俳句ワークショップ

 外国の人はどんな俳句を詠むんだろうか、一緒に句会をしたらどんなふうなのだろうか—。十年前のある日、素朴な疑問が沸き上がった。何か月経っても、実際にやってみて確かめたいという思いが募るばかり。俳句入門書を執筆していた当時、担当編集者だった方に話してみると、意外にも「いいですね!」と笑顔が返ってきた。
 まさに奇跡と思えるような出会いが重なり、半年後に海外での俳句ワークショップは実現した。2010年の初夏、新刊『親子で楽しむ こども俳句塾』(明治書店)を携え、ニューヨークの紀伊國屋書店で、親子のための俳句教室を開催。そして、ニューヨーク日本人学校や、日本語を学ぶ学生たちを対象として開催したイェール大学とヴァッサー大学での俳句ワークショップを終えた頃には、次はいつどこで、と考え始めていた。
 はじめての俳句が生まれる場面に立ちあうおもしろさにすっかり魅了され、以来、これまでに、アメリカ、イギリス、フランス、ドイツ、イタリア、チェコの各地で、俳句ワークショップを行った。

俳句の特徴

俳句は世界でいちばん短い詩、そして、海外でもHAIKUと言えば説明なしで通じる、日本特有の文芸だ。俳句の特徴は、まず十七音という短さ、季節を詠む、「切れ」を持つ、ということだが、さらに加えるならば、「座の文芸」、つまりコミュニケーションの文芸であるという点だ。
小説や詩などの文芸の創作は、孤独のうちに行われるのが普通だが、俳句は仲間と「吟行」(創作のために散策にでかけること)をしたり、感想を言い合う「句会」をする。感謝や歓迎の意などを句で表現する「挨拶句」が多く詠まれるのも、「座」で詠むからこそ。
 海外での俳句普及に取り組むなかで、日本ならではの詩の魅力に、わたし自身があらためて魅せられていた。そして、コミュニケーションとしての俳句をもっと伝えたい、体験してほしい、と方向性が定まった。

俳句ワークショップの意義

 俳句の知識にとどまらない体験の、具体的な二本柱は、共に創作すること、他者の句を味わうこと。それは、互いを尊重しあう幸福感や、他者に寄り添って得るあらたな視点への扉なのだ。それぞれの作者にとって自らの感性を凝縮した俳句による交流は、心を開き合う機会である。時に言葉をも超えて、心と心がじかに触れ合う瞬間がある。それを限られた機会のなかで深く共有し得ることが、わたしにとっての俳句ワークショップの意義だ。

パリ日本文化会館

 なかでも、2016年12月、パリ日本文化会館にて行った俳句ワークショップは、大きな挑戦だった。新米5kgと共に、大きな希望を抱えてシャルル・ド・ゴール空港に到着したのを覚えている。パリの皆さんと、まず炊き立てのご飯でおにぎりを握り、それをテーマに句を詠む句会をするという内容。
 これは、2012年から非常勤講師を務める京都造形芸術大学においてのプロジェクト「訪問俳句団」を共に運営する、同大の准教授・川合健太(俳号は牛蒡)氏のアイデア。氏曰く、「パリ」から「パリパリ」と発想されたのこと。そのアイデアを聞いた時、わたしは「オノマトペ俳句(俳句においてオリジナルのオノマトペなどを効果的に使った句)」が頭に浮かび、「音」という観点で俳句を紹介することに、興味がわいた。豊富なオノマトペは日本語の特徴でもあり、季語とともに紹介することで、日本語の深い魅力を広く伝えることもできる。

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(左)俳句ワークショップが行われたパリ日本文化会館の外観。
(右)おにぎりを握ってのにぎやかな交流を経て、心地よい緊張感のなか、句会を始める。

おにぎりから生まれた俳句

 おにぎりを握る体験は初めて、という参加者がほとんどだった。かつて、長女が通っていた保育園で習った、こどもにも作りやすい、食品用ラップフィルムを使ったおにぎりの作り方を紹介することにした。これなら素手でご飯に触れず衛生面でも安心なうえ、匂いや温度はしっかりと感じ取ることができる。この体験は、参加者の五感を敏感にし、場をひとつにしてくれた。その雰囲気が自然と創作欲につながったのか、パリの人々がおにぎりを頬張りながら、15分ほどでさらさらと俳句を完成させたことには、おどろかされた。
 参加者の間でもっとも人気があったのは、この句だ。

Le nuage de riz
a quitté l'île à l'automne
Pour me nourrir à l'aube de l'hiver
—PHYSALIS

ごはんの雲が
秋に島を離れた
冬の明け方私を食べさせるために
<直訳>スロコンブ 都

新米の雲秋津島飛び立てり
<意訳>大高 翔

日本から持参した新米のおいしさに感激してくれたと言う。これは、わたしたちにくださった挨拶句なのですね、と言うと、作者は嬉しそうに、恥ずかしそうに微笑んでくれた。

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初めておにぎりを握る体験をする参加者がほとんどだったというおにぎり句会の様子。
(左)まず簡単な握り方のデモンストレーション。出来上がった三角の形に「おぉ~」とめずらしそうに見入ってくれた。
(右)炊き立てのごはんの熱さや香りも感じてもらい、それぞれが選んだ好きな具材で、おにぎりを作る。

Pari nori noir,
Les grains blancs étincellent.
Chaleur de l'hiver.
—KURI

パリ黒い海苔
白い粒光る
冬の暖かさ
<直訳>スロコンブ 都

パリパリの海苔へ新米艶めきぬ
<意訳>大高翔

こちらは、日本語とフランス語の響きに耳をすませたくなる句。色と質感の対比も表現されていて、五感でおにぎり作りを楽しんでくれたことが伝わってくる。俳句には、一瞬で過ぎていく時間をこうして刻みつけることも可能なのだ。

パリっ子の手にも新米光りたる

参考:川合健太「パリパリ」
https://magazine.air-u.kyoto-art.ac.jp/essay/2547/

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参加者の作品。「パリ」とおにぎりの海苔の「パリパリ」という音をかけたオノマトペ俳句になっている。

ローマ日本文化会館

 2018年10月、ローマ日本文化会館での俳句ワークショップも、この場所ならではの内容で開催することができた。1962年に建てられた海外初の日本文化会館であり、日本庭園をも有している。この庭園を、気持ちの良い秋晴れのもとで吟行し、句作に取り組んだ。日本語を学ぶイタリア人と日本人らがグループになり、交流を図りながら、日本語で句を創作する。
 イタリア留学経験のある国際基督教大学の上級准教授・矢内賢二氏と前述の川合氏とともに、和服を着た「訪問俳句団」として訪れ、まず俳句の説明や秋の名句の紹介などを行った。吟行、創作のアドバイスの時間は、個別に対話しながら、なごやかな交流が実現した。
 日本語上級者との交流で、「和歌の縁語を使った句が詠みたい」という希望が出て、おどろく。庭園の池の「鯉」に「恋」の意味をかけた表現を使ってみたい、など日本文学に造詣の深さを感じさせる要望が嬉しかった。秋の明るさや豊かさが溢れだしてくる全二十六句から、一部を紹介する。

秋晴れの遠くむこうに故郷あり

かえる

秋の風香りゆたかなローマかな

空のした町のぜんぶが紅葉いろ

ジュゼッペ

はぐれ鯉秋色うつす水鏡

草も木も色あざやかに枯れてをり
(※添削前:秋の草色あざやかな枯れた松)

流池

天高きローマを映し水しづか

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(左)「訪問俳句団」が参加者に俳句の説明や秋の名句の紹介を行う様子。
(右)ローマ日本文化会館の日本庭園にて俳句ワークショップの参加者と記念撮影。

ニューヨーク日本文化センター

 2018年12月、ニューヨーク日本文化センターと日本クラブが共催する「JF日本語講座」受講者を対象とした俳句ワークショップも忘れがたい。平日夜、仕事を終えた後、日本クラブに集まった参加者たちは、初級・中級がほとんどだったので、英語での作句になるのでは、と予想されていた。しかし、実際には、全員が日本語での作句を試み、周りの協力を得ながらも句を完成させた。この教室では、俳句とよばれるまでの歴史から講義し、「俳句の心」とは、誰かに、何かに詩を投げかけること、と話した。日本語でも英語でも、どちらの言語でもよいので、「俳句の心」を大切に詠んでみよう、と呼びかけた。

 参加者の句を挙げての公開添削には、おどろくほどの集中力で聞き入ってくれ、静かで力強い反応があった。冬をテーマに取り組んだなかから、添削後の二句を挙げたい。

枝の雪払い思い出軽くする

シェリー

新しきジャケットの肩雪白し

デイビッド

マンハッタン飾りつけゆく夜の雪

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ニューヨークでの俳句ワークショップにて。

「世界でいちばん小さな詩」の大きな力

 わたしはひとりの実作者として、十代から約三十年、俳句と向きあってきたが、その間の悩みや迷いの一つひとつに意味があったのだと、俳句ワークショップのなかで感じることがある。俳句との初めての出会いに立ち会う時、これまでの大小さまざまな失敗も、初々しい挑戦者たちのさらなる一歩の手助けになったりする。これまでの試行錯誤が、時を経て実を結んでいく充実感は、挑戦者の句だけでなく、わたしの句にも反映しているのだと思う。あらためて、世界でいちばん小さな詩に、大きな力があるのだと感じられるとき、世界のまだ見ぬ友へ俳句の力を届けたいという希望が、また胸に湧いてくる。
 俳句体験を通しての反応で興味深いのは、「生活の出来事が、詩に成り得る」ということが、おどろきをもって受け入れられること、次いで、作者がわからない状態で句を評価し合うという「句会の平等性」。日本人にとっては、半ば当然の文化だが、海外では、すばらしい日常の習慣、立場を超えて詩を真摯に味わう仕組み、といった感想を受け取ることがある。参加者が俳句体験後も、日々の発見を心に留め、時に句に詠み、生活を豊かに楽しんでくれることを願っている。

小さな歩み

 これまでの代表的な活動を振り返ると、ご参加くださった方々、通訳をはじめとした心強いサポートなど、ご尽力くださった方々の顔と名前が浮かんでくる。たくさんの思いがつながらなければ、続けてこられなかった。この場を借りて、心から感謝申し上げたい。
 今後も、俳句により日本文化を体験する機会を多くの人々に広げていきたい。小さな活動だが、いつも、いきいきと柔らかな表情に出会えるから。世界がほんの少しでも、俳句によって平和になると信じているから。ささやかな詩を心の内から紡ぎ出すことは、自分を肯定するだけでなく、自然や他者、他国の文化を思いやることを促してくれるのだと思っている。それは、どんな国においてもどんな時代においても、人々が胸にともし続けたいと願う灯なのではないだろうか。

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大高 翔(おおたか しょう)
俳人。藍花俳句会副主宰。京都造形芸術大学非常勤講師。1977年徳島県生まれ。13歳より作句。第四句集『帰帆』にて2016年度「第一回俳句大学大賞」、2010年度「徳島県阿波文化創造賞」受賞。

公式ホームページ:http://www.shootaka.jp

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