世界の映画館 <3>
フリーライター・編集者 岡﨑 優子さん寄稿
「映画の愉しみ方」(後編)

2023.8.10
【特集079】

特集「世界の映画館」(特集概要はこちら
日本では静かに最後まで鑑賞するのが映画館のマナー。でも、ほかの国の映画館では、それは当たり前ではないかもしれません。映画は世界中で愛されているエンターテイメントですが、人々はいったいどんな映画館で、どんなふうに映画を楽しんでいるのでしょうか?世界各地の映画カルチャーをご紹介します。

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映画の愉しみ方(後編)

岡﨑 優子
2023年7月寄稿

7.アメリカ

世界の中でもダントツのスクリーン数、入場者数、興行成績を誇るアメリカの映画事情は、日本でも何かと耳にすることが多い。世界有数の興行会社、AMCエンターテイメントやリーガル・シネマズが展開するシネコンがコロナ禍で苦戦を強いられたニュースは何度も目にした。その状況に甘んじず、2社のシネコンでは今なおさまざまな施策が行われている。
例えば、AMCはプライベート上映のレンタル制度をスタート。99ドルで映画館を貸し切り、映画をレンタル上映できる新プランは話題になった。その一方で、2023年2月には座席の位置によって料金を変動させるシステムを導入。戸惑う映画ファンが多かったという。

AMC、リーガルのほか、シネマーク、ユナイテッドなど、北米にはいくつかのシネコンのチェーンがあり、IMAXなどの大画面のスクリーンを備えているところも多い。中には65ミリ、70ミリで撮影された作品用の大画面を映せるところもあるそう。日本では国立映画アーカイブにしか70ミリを上映する施設がないので、羨ましい限りだ。
3Dや4DX、ScreenXなど、特別な上映施設があるのもシネコンの強み。また、設備といったハード面だけでなく、クラシック映画の周年記念のときにはその上映会を行ったり、各地域のエスニックコミュニティのニーズに合わせた外国映画を上映したりと、特別なイベントを開催するなどソフト面も充実している。

その一方で、ディスカウント映画館と呼ばれる二番館や独立系映画館など、小さな映画館も存在する。ディスカウント映画館は比較的少ないスクリーン数でセカンドランの作品(すでにシネコンでは上映していない新作や昔の作品)を上映しているが、最近、数が減ってきているのは寂しい。
ちなみに独立系映画館の多くは1スクリーンのみで、クラシック映画や有名な作品のリバイバル上映、映画ファン向けのキャストやスタッフの「Q&Aセッション」「〇〇ナイト」「映画マラソン」といった特徴あるプログラムを提供している。

深夜上映も日常的に行われ、既に何年も前から定番となっている『殺人ゲームへの招待』『ザ・ルーム』『ロッキー・ホラー・ショー』などの上映では、何度も作品を観ているファンが劇中人物のコスプレをしてきたり、クラッカーを鳴らしたり、決め台詞のところで叫んだりする。一過性ではなく、毎年新しいファンが増えているのが素晴らしい。

変わり種映画館の代表格は、保存団体によって維持管理されている歴史的な映画館。新作の上映は行わないものの、クラシック映画の上映、ときにはオーケストラの生演奏付き上映会を行っている。

映画館以外での上映も多種多様。ドライブイン・シアターは以前から人気が高く、コロナ禍が落ち着いた今でも各所で開催されている。その名のとおり車を止めて車中から映画を観るのだが、ローラーブレードを履いたウエーターが車までやってきてスナックやドリンクなどの注文をとってくれる。今は窓を開ければ映画の音声が聞こえるが、最初にドライブイン・シアターが登場したころは、ラジオで音声を聞いていたそうだ。
また、ニューヨークのセントラルパーク(公園)や、ロサンゼルスのハリウッド・フォーエバー(墓地!)などさまざまな場所で屋外上映会が行われているほか、ビーチに自分たちでテントを張って夜に映画を観ている人を見かけることも多いのだとか。

okazaki_2_001.jpg 屋外上映では芝生に座ってピクニックのように鑑賞することも(The Northfield Drive-in Theatre、ニューハンプシャー州)

8.カナダ

カナダには、シネコンとミニシアターが多数点在し、メジャーな作品だけではなく、ドキュメンタリー、インディーズ、アートなど、さまざまなジャンルの作品が楽しまれている。

機材トラブルで上映が中断した現場に居合わせたことがあるが、ブーイングやクレームは一切なく、上映再開時には拍手が起こるなど終始なごやか。鑑賞中は笑い声や溜息、拍手などもよく聞かれ、映画鑑賞環境は極めてよいと言えるだろう。

また、世界的に有名なトロント国際映画祭を筆頭に、多文化国家ならではの多彩な映画祭が全国各地で開催されている。その一つ、トロント日本映画祭では20作品以上の最新作を上映、日本から監督や俳優が招かれた。この映画祭を日本に逆輸入した「トロント日本映画祭 in 日比谷」も過去4回開催。日本では珍しい英語字幕付きの映画祭で、日本在住の外国人にも喜ばれている。
ほか「全カナダ映画の日」には全国各地の映画館や図書館など1000カ所以上で映画を無料上映、人気を集めている。

9.メキシコ

近年、アカデミー賞ではアルフォンソ・キュアロン、アレハンドロ・ゴンザレス・イニャリトゥ、ギレルモ・デル・トロと、メキシコ人監督の作品が数多くノミネート。『ゼロ・グラビティ』『バードマン あるいは(無知がもたらす予期せぬ奇跡)』『レヴェナント:蘇えりし者』で史上初の3年連続オスカーを獲得したエマニュエル・ルベツキ撮影監督など、ハリウッドはメキシコ映画界に席巻されていると言っても過言ではないだろう。

そんな逸材を輩出したメキシコでは、みな子どものころから映画をよく観ている。週末の映画館は家族連れが多く訪れ、本当によく笑う。それが日本映画でも、たとえ監督が笑わせる意図のないシーンであっても(!)。 
クスクス笑いからゲラゲラ笑いまで、反応はさまざま。この笑い声を聞くと、皆が同じ空間と時間を共有して映画を観ているんだなぁと、感慨深いものがある。エンドロールを最後まで観ないのは万国共通。やはりメキシコでもそれが一般的なようだ。

ちなみに、メキシコの映画館の入場料金は600円程度。中にはリクライニングシートがあり、席からレストラン&バーメニューが注文でき、バーカウンター付き待合室(飲み物有料)まであるVIPルームも。そんな豪華な席を1400円程度で楽しむことができるのは、映画ファンにとっては堪らない環境だろう。


okazaki_2_002.jpg アグアスカリエンテス劇場での日本映画祭準備の様子。メキシコでは劇場で映画上映することもある

また、メキシコならではの映画館の特徴は、ポップコーンと並び「ナチョス」が売店メニューにあること。ナチョスとは、トルティーヤ・チップス(トウモロコシの生地を薄くのばし型抜きしたものを、揚げたり焼いたりしたもの)にチェダーチーズを溶かしてかけたスナックで、ハラペーニョという辛い唐辛子サルサを好みで添えて食べる。チェダーチーズは「増し増し」することもでき、映画のおともに欠かせない人気メニューの一つだ。

10.ロシア

ウクライナ情勢悪化後、海外からの映画が上映できなくなっているロシア映画界。加えて、コロナ禍の影響を受け、閉館に追い込まれた映画館も多く、映画産業は厳しい状況にある。ただし、フランス映画やイタリア映画などの新作は上映され続けており、モスクワ国際映画祭には西側からの参加作品もあったという。

ソ連時代からロシア国民にとって映画は主要な娯楽の一つであり、芸術として高く評価してきた。「これまでに出会ったことがない新しい何か」を求め、映画の製作年を問わず、有名監督や著名作品、ヨーロッパ等で評価された作品に対する彼らの興味は尽きない。
新作映画でもレトロスペクティヴでも、著名な作品、著名な監督に観客が集まる傾向が強く、小津安二郎特集や黒澤明特集を実施した時には、『東京物語』や『七人の侍』など過去何度も上映されている作品の方が、滅多に見られないロシア初公開作品より観客を集めていたという。

モスクワなど大都市の映画館は、娯楽施設として重要な役割を果たしており、平日の夜や休日は、家族連れやカップル、友人グループで大いに賑わう。定番の新作映画を上映する映画館、字幕上映を売りにする映画館(ロシアでは吹き替えが一般的だけに、本来の音声で楽しみたい観客には大人気)、インディーズ映画を専門とする映画館、ロシアのクラシック映画を専門とする映画館など、種類もさまざま。

外国映画を上映する映画祭も非常に人気が高く、その名の通り一種のお祭りとして捉えられている。日本映画祭開催時はコスプレで来る人も多く、プログラム内の映画は必ず全部観ないと気が済まない強者も。ある年の映画祭では、観た作品の数を競い、勝者は映画祭グッズを獲得できるコンテストを開催したところ、全作品を鑑賞した来場者が予想以上に多く、賞品の振り分けに困ってしまったこともあったという。

ウクライナ情勢が落ち着き、これまでのようにロシア映画を世界中で楽しむことができ、ロシアでも海外作品が楽しめる環境、ロシアの映画人と交流できる状況に戻ることを祈るばかりだ。

11.イギリス

アメリカと並び、映画産業の盛んなイギリスも、これまでアルフレッド・ヒッチコック、リドリー・スコット、クリストファー・ノーランなど、映画史に名を刻む名監督を輩出してきた。『007』シリーズを撮影したパインウッド・スタジオはじめ、『ハリー・ポッター』シリーズや『ゲーム・オブ・スローンズ』のロケ地巡りツアーなども人気を集め、映画は観光客誘致にも貢献している。

イギリスは建築規制が厳しく、なかなか新しい建築物を作ることができないのが実情。そのため、ホールや劇場を映画館に転用したり、昔ながらの古い映画館をそのまま残していたりと、映画館巡りも映画ファンの楽しみの一つになっている。「観るべき映画」のみならず、「訪れるべき映画館」の情報もインターネットで入手できる。

近年では、カップル用のソファシートや、ふかふかのクッションにレッグルームを十分にとった高級映画館も登場。さらには、国立劇場やオペラハウスで上演された作品の動画上映や、題名をふせた「シークレット・シネマ」、劇中歌を一緒に歌える「シングアロング」といったイベント要素を取り入れた映画上映など、さまざまな工夫が凝らされている。

12.ドイツ

エコ先進国であるドイツでは、映画館においてもエコロジーが重要テーマになっている。FFA(ドイツ連邦映画局)は2018年から「緑の映画館」(Grünes Kino)と題し、環境に配慮した持続可能な映画館運営のためのハンドブック配布など情報提供を行っている。

また、冬が長く寒いドイツにとって、夏は大事なバカンスシーズン!日没は22時、長い夜を彩るエンターテインメントとして、さまざまな屋外シネマイベントが歴史的建造物やビーチ、ドライブイン・シアターなどの形式で実施される。
ケルンでは、地元のビール会社「Sion」のスポンサリングにより、ライン川沿いのボート上で屋外映画上映が実施、活況を呈している。さすがビール祭り=オクトーバーフェストで盛り上がるドイツならではの光景だ。

13.イタリア

イタリアでも映画鑑賞は人気のエンターテインメント。夕食後にカップル・友人と一緒に映画を観に行くことが多く、21時前後からの上映が一般的。土曜日の来場者が一番多いという。ただ、上映開始時間どおりに来ない観客が多く、途中から入場する人も多い(これは公共交通機関、交通渋滞や駐車場の問題かもしれない)。
入場料は上映時間帯によって異なり、最も人の多い週末・夜間上映は平均9ユーロ。平日の日中の上映は7ユーロ前後と、日本よりも安価というのも羨ましい。

中心地にある映画館はほぼ単館系。ショッピングモール内などのシネコンは郊外に位置する。最近、マーベル・シリーズなどのハリウッド映画が若者に人気だが、基本的に外国映画は吹き替え上映。イタリアには吹き替え声優養成の専門学校があり、世界的にもそのレベルの高さが広く知られている。オリジナル音声・字幕上映は一部の映画館のみでしか行われていないが、現在の若い人たちはオリジナル言語を好む傾向にあるようだ。

14.スペイン

スペインでは、欧州内でも名高いシッチェス国際映画祭をはじめ、サンセバスチャン国際映画祭などの大きな映画祭から、よりニッチな顧客を対象としたNITS オリエンタルシネマ映画祭など、年間70件以上の映画祭が各地で開催される。期間中は、気になる映画を無料で観ることができるのも嬉しく、国民にとって映画は身近なエンターテインメントの一つとなっている。

映画館も歴史ある昔ながらの老舗館、カフェスタイルで鑑賞できる映画館、野外上映会、ドライブイン・シアターなど、観るスタイルによって足を運ぶ映画館は変わる。
映画の楽しみ方も日本と大きく違い、歓声や拍手は当たり前。気になることがあれば、ポップコーンを片手にその場で隣のパートナーと熱い議論を交わすこともしばしば。自分なりの楽しみ方がそれぞれあるようで、本来怖がるシーンで笑いが起きるホラー映画や、グロテスクな殺人シーンでヤジが飛んだり、笑い声が起きたりするサスペンス映画も多い。そんなお客さんを見るのも映画鑑賞の楽しみの一つになっている。
日本映画ではアニメ作品の人気が高く、『ONE PIECE FILM RED』が上映された時は、主人公のルフィが出てくるだけで、アイドル並みの拍手と黄色い声で会場が溢れた。


okazaki_2_003.jpg 大盛況の日本映画ナイトの様子(バルセロナ県ビックにて)

15.ハンガリー

ハンガリーでは、夏になると日没時間がかなり遅くなるため、野外上映会が各地で開催される。例えばマルギット島の夏の映画祭では、500人くらいの人々が集まり各自、公園内の運動場にシートを持ち込み、21時くらいから映画を観始めるという。
また、街のど真ん中にあるビルの屋上で実施される野外上映会もあり、映画館の中で観る時とは違う雰囲気の中、観客は映画を楽しんでいる。いつまでも暗くならない夜を屋外で映画を観て楽しむことが、ハンガリー独自の文化なのだとか。

一方、「URÁNIA FILMSZINHAZ」や「PUSKIN MOZI」といった、まるでオペラ劇場のような豪華絢爛な映画館もある。こちらもまた、野外の上映会やショッピングモールにあるシネコンとは全く違う雰囲気で映画を楽しむことができる。

16.エジプト

北アフリカのエジプトにはミニシアターのような小規模な上映施設はほとんどなく、ショッピングモール併設のシネコン、あるいは町の中心部にある映画館へと市民は足を運ぶ。
特に、イスラム教の犠牲祭やラマダン明けの休暇などを目がけて新作映画が公開されるため、休暇の時期には映画館に若者が殺到する。


okazaki_2_004.jpg カイロ市内の映画館の外観。大きな看板が目を引く

ただ、時間通りに上映が始まらないところもあり、19時からの上映予定であれば20時くらいからスタートすることも。来場者もそれを承知で、19時半頃を目指して来場したりするのだから、特にクレームがつくわけでもない。
しかも、映画の途中で5~10分くらいの休憩があることもあり、その時は唐突に映像が止まってしまう。観客もそれはいつものことと、トイレに行ったり電話をしたり食べ物を買いに行ったりと、その休憩時間を思い思いに過ごしている。


okazaki_2_005.jpg 休憩中のスクリーンの様子

また、上映中も、携帯が鳴ったり、かかってきた相手と話したりするといったことが頻繁に起こる。にもかかわらずブーイングもなく、終始穏やかで、まったりとした時間がまた心地よい。
本編が終わると照明がつき、観客はほぼみな立ち上がり、エンドロールは観ないで帰り支度。映画は本編で終わり、が当たり前のようだ。

17.ケニア

エジプトより南へ約3000km下ったところに位置するケニアでも、映画は人気のエンターテインメント。首都ナイロビには大型ショッピングモールに最新設備が整ったシネコンもあるが、下町にはインド映画を専門に扱う映画館、大人気のカンフー映画を新旧作品揃えるアクション中心の映画館など、観客の好みにあわせたミニシアターがいくつかある。

さらに、ナイロビより東へ約1000km、ほぼソマリアの国境に近いところに、ラムという小さな島がある。住人のほとんどがイスラム教徒で、イスラム教の開祖ムハンマドの生誕を祝う聖者生誕祭(マウリド)の時は、小メッカとしてアフリカ諸国から多くのイスラム教徒が訪れる。
今でこそトゥクトゥクが街中を走るようになったが、十数年前までは軍の車1台しかなく、人々の交通手段はもっぱら徒歩かロバ。街の風景も人々の生活も100年前とほぼ変わらないのでは、と思うその田舎町にも映画館は2つあった。

そのうちの一つは、毎週末、モスクがある敷地内で上映される野外シネマ。ヤシの木に白い布を貼り、波の音を聞きながら星空の下での映画鑑賞はノスタルジックな体験だった。上映されるのはインド映画や、ハリウッドの古い映画など、毎週ジャンルも趣向も違う内容。何が上映されるのか、特に告知もないが、彼ら特有の口コミでその日の上映が知らされ、内容に合わせて家族連れが訪れたり、カップルが訪れたり、男同士がつるんできたり、年配者が子どもに連れられてきたり......。その情報網にも驚かされた。
次の日はもっぱら映画の話で盛り上がり、観てきた話し上手の子が観に行けなかった人にストーリーを話して聞かす光景が微笑ましかった。



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岡﨑 優子(おかざき ゆうこ)旅行本、料理本、ビジネス誌、週刊誌などの編集・ライターを経て、1994年にギャガ・コミュニケーションズ(現ギャガ)出版部に入社、DVD&Blu-ray業界誌、ゲーム業界誌の編集に携わる。2005年よりキネマ旬報社で映画専門誌、書籍、パンフレットなどの編集業務に携わる。現在、フリーライター兼編集者として活動する傍ら、2018年6月より東京・西荻窪でアフリカ、アジア、中南米を中心とした世界の手仕事を紹介する雑貨&ギャラリー「HAPA HAPA」を営む。

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