雑誌『をちこち(遠近)』
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国際交流基金の関連事業

インドの壁画文化 村人と壁一面の巨大アートを作る 

おおくにあきこ
特別非営利活動法人 ウォールアートプロジェクト



 インドの中でも、教育環境が未整備で、2011年の調査で識字率がようやく50%を超えたビハール州。その南部に位置するブッダガヤは、釈迦が悟りを開いた地で、世界各地からの巡礼者で絶えず賑わっている。オレンジや臙脂色の袈裟姿のお坊さんたちがあまりの排気ガスとほこりのせいか、マスクをしてぞろぞろと歩いている。
このブッダガヤの街と小さな村々を分断している川幅800mのニランジャナ川。ふだんはごうごうと流れている川が、2月の乾季には水が一滴もなくなり、子どもたちの格好の遊び場となる。
この河川敷でアーティストの遠藤一郎率いる凧隊が繰り広げる壮大な凧プロジェクトは、「ウォールアートフェスティバル(WAF)」のお祭り気分を一気に盛り上げるアートパフォーマンスだ。

india_hekiga01.jpg 遠藤一郎と凧隊による『未来龍印度大空凧2 "Dream is flying over the rainbow2"』。1080枚の虹色の連凧は最多記録。遠藤一郎のメッセージ「GO FOR FUTURE」の掛け声とともに大空へ。

india_hekiga02.jpg 遠藤一郎×淺井裕介『未来へ象』。インドでは、神聖な動物とされる象に祭りの際にペイントする習慣がある。同じ染料で、遠藤は太陽と月、ヒンディー語で「未来へ」と描き、淺井は植物を描いた。


子どもたち、村人たちが将来の夢を描いた凧を手作業で1枚1枚繋げ、そして空高く揚げる。午後4時の凧揚げの時間になると、どこからともなく村人たちがぞろぞろと100人近く集まり、凧揚げの手伝いをしてくれる。一見派手な凧プロジェクトだが、実際には、揚げる前には、100枚連なる連凧をゆっくりと展開していく。降ろした後は、1枚1枚重ねてきちんとしまわなくてはならない。アートはとても地道な作業なのだと、凧プロジェクトは教えてくれる。

india_hekiga03.jpg フェスティバルの2週間ほど前から、毎日4時から日没にかけて凧あげをした。世界遺産、マハボディー寺院がシルエットになる時間帯。

 この2月で3回目を迎えたWAF。橋を渡った先の、のどかな農村部にある学校を舞台とした芸術祭で、もともとは東京学芸大学の学生50人がアルバイト代を貯めて現地NGOに校舎を贈ったのが始まり。2006年のことだ。しかし学校は建てただけでは終わらない。その後の支援が肝心であることに気付いたことから、学校の白い壁をキャンバスにした芸術祭のアイデアが生まれた。現地の人たちが気づいていない、白い壁の使途を伝えるソフト面での支援だ。私は、息子の小学校のPTAのリーダーをしていたことが縁で、この学生たちと知り合い、会場となったニランジャナスクールの校長先生とも仲良くなり、巡り巡って、ニランジャナスクールでWAFを開催することになった。
 当団体、ウォールアートプロジェクトはたった2人でスタートした最小人員のプロジェクトだった。一人は日本にいる私、もう一人はインドで学生をしながらインドの若者たちと実行委員会を組織した"おかずくん"こと浜尾和徳。そんな小さなプロジェクトがなぜこんなに大きな芸術祭(日本からのボランティア参加50人以上、観客動員3日間で3200人)を開催しているのか......不思議に思われがちだが、そのあたりのことはまた、参加アーティストたちとの報告会(*)で伝えたいと思う。
 3回のWAFにフルエントリーしてきた淺井裕介のアートワークは、WAFのあり方を次々と示唆してくれた。現地で採集した土と水だけで描くことで、村人たちが普段の農作業で親しんでいる土の新しい価値を伝えた。

india_hekiga04.jpg 淺井裕介『泥絵:八百万(やおよろず)の物語』
スジャータ村周辺の土、藁灰、水、藁 
縦630㎝×横415㎝×高さ310㎝の教室の壁面および天井


会場が学校であることや、アートがアート以外の価値を持たないようにと考えた末、描いた絵は、作家と相談しつつ、当プロジェクトの判断で消してきている。今回は、WAF本番のたった3日間の展示の後、子どもたちといっしょに絵を消すワークショップを行った。泥絵は、消すことで再び土に戻る――今この時代にあって、循環することの意味を、淺井は自らの作品を消すことで、身を切る思いで伝えた。
また彼は、自らの絵を残す方法を模索し、たどりついたのが、子どもたちが自分の分身を絵の中に加筆し、絵から物語を紡ぐワークショップだ。いつでも見ることのできる絵の中で勉強することは得難いアート体験だ。しかし、それを体験した後に消えてしまう絵で物語を編むことは、さらに深く心を耕す、まさにアート行為に身を置くことなのではないだろうか。

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ワークショップで子どもたちは真剣に物語作りに取り組んだ。

india_hekiga06.jpg スポンジを使って土を溶くようにしていくと泥絵は消えて土に還っていく。

ウォールアートフェスティバルには、インドの作家も招待している。今回、ファインアートの分野では、壁面彫刻で知られるアルワール・バラスブラマニアムが参加し、サインペン、木を燃やした炭などの身近な材料で不可思議な太陽を教室に出現させた。この太陽からはクレヨンで描いた光が放射状に放たれ、その光の上に子どもたちが、いちばん大切にしているものを描くというワークショップを開催した。「私はこの地にいきなりやってきたエイリアンのような存在です。だから子どもたちといっしょに描きたかったのです」

india_hekiga07.jpg アルワール・バラスブラマニアム「Light River」
水性ペンキ、マーカー、木炭、オイルクレヨン、色鉛筆
縦457㎝×横366㎝×高さ366㎝の教室の壁4面および天井


 インドには優れた壁画文化があり、前回のWAF2011ではビハール州のミティラー画家、今回はワルリ画家を招いた。先住民族のワルリ族たちは、自分たちの暮らしの様子をシンプルな丸と三角と線で実に生き生きと表現してきている。参加したラジェーシュ・チャイテャ・バンガードは、この村の子どもたちのために、未来をテーマにした絵を、4つ目の壁に描いた。

india_hekiga08.jpg ラジェーシュ・チャイテャ・バンガード「ワルリ ペインティング」
赤土・ポスターカラー・定着剤 
縦610㎝×横366㎝×高さ305㎝の教室の壁4面


ウォールアートフェスティバルの3つの目的。
1 子どもたち、村人たちにアートの力を伝えたい。
2 WAFを見学に来てくれた人、取材に来てくれたメディア、ボランティアとして参加してくれた人たちを通じて、世界の人たちに、ここの子どもたち、村人一人ひとりが、この地でこんなふうに生きていることに思いを馳せてほしい。
3 村が注目され、活性化することで、教育システムやインフラの整備につなげていきたい。

 スジャータ村の学校で3回の芸術祭を開催してきた私たちだが、次回は、ワルリの里に移り、新しい一歩を踏み出す予定だ。なぜ、スジャータ村を後にするのか、と聞かれる。心残りはある。でも種撒きはした。あとは、子どもたちから芽が出てくることを根気強く待ち、今度は現地の成長した子どもたちが中心になってWAFを開催してくれたら......。再び一緒に進む日を願っている。

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凧揚げ最終日、子どもの一人が「フェスティバルは終わっても"GO FOR FUTURE"は終わらないよね」と遠藤に告げたという。

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N.S.ハルシャ 「われらの橋」油性ペイント 
ブッダガヤとスジャータ村の間にある橋の上の柱277本の上 WAF2011
※子どもたちとのワークショップを行なった。子どもたちは、自分の「夢の村」を事前に想像を膨らませ、柱に描いた

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N.S.ハルシャ 「ペインティング フォー グッド スリーピング」
水性ペイント 
縦180㎝ ×横100cm  WAF2011 
ニランジャナスクールドミトリーの床の上




写真/三村健二




■関連イベント インドの子どもたちにアートの力を伝える~Wall Art Festival 日時 2012年5月16日 水曜日 18:30~20:30 (開場18:00) 場所 国際交流基金 JFIC 内容 WAF2012のドキュメンタリー写真展示、および、ドキュメンタリ―映像上映。 出演 遠藤一郎(未来美術家)、高須賀千江子(即興ダンサー)、おおくにあきこ(ウォールアートプロジェクト・プロデューサー)浜尾和徳(ウォールアートプロジェクト現地コーディネーター)、ほか
http://www.jpf.go.jp/j/about/jfic/event_s/cmp/120516.html






india_hekiga10.jpg おおくにあきこ
特別非営利活動法人「ウォールアートプロジェクト」理事長。フリーライターとして女性雑誌をフィールドに執筆。母親としてPTAの会でリーダーをとして活動したことをきっかけにボランティア活動開始。当プロジェクトを立ち上げ、WAF2013に向け快走中。 WAFオフィシャルウェブサイト http://wafes.net/ 



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