ASEANにおける人的交流とエンパワーメント <2>
現地駐在職員が語る 最新!ASEANってこんなところ
ミャンマー、フィリピン、シンガポール、タイ、ベトナム編

2024.5.2
【特集081】


特集「ASEANにおける人的交流とエンパワーメント」(特集概要はこちら)

日本ASEAN友好協力50周年を迎えた2023年、国際交流基金でもさまざまなイベントやワークショップを開催しました。
ところでそもそも、ASEAN加盟国ってどの国?それぞれの国の文化って?そして今どうなっているの?
考えてみると意外と知らないことも多いのではないでしょうか。そんな、ご近所なのに実は知らないASEAN最新事情を、現地駐在の国際交流基金職員のとっておき話とともにご紹介します。

ASEANとは?

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ASEAN(Association of Southeast Asian Nations/東南アジア諸国連合)は現在、
東南アジアの10か国が加盟する地域共同体。
国際交流基金ではそのうちの8か国に拠点を置き、各国との交流を深めています。

最新!ASEANってこんなところ
ブルネイ、カンボジア、インドネシア、ラオス、マレーシア編はこちら


ミャンマー連邦共和国

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【面積】 676,590km²(日本の約1.8倍)
【人口】 約5355万人(2021年推定値)
【首都】 ネーピードー
【政治体制】 大統領制、共和制(ウィン・ミン大統領)※2021年2月1日の政変前の体制
【主な言語】 ミャンマー語(公用語)、シャン語、カレン語など
【主な宗教】 仏教、キリスト教、イスラム教、ヒンドゥー教、精霊信仰など
【通貨】 チャット

【地理】
ASEAN諸国の最西部に位置し、中国、タイ、ラオス、インド、バングラデシュにも隣接。国土は南北に長く、その中心に大河エーヤワディー川が流れる。北はヒマラヤ山脈に近く雪山が見られるが、南はマレー半島に位置しているため白砂が輝くビーチもあり、地域によって気候が大きく異なる。天然ガスやベースメタル、ルビーやヒスイをはじめとする宝石などの天然資源にも恵まれている。

【歴史】
9世紀頃からさまざまな王朝が栄えたが、19世紀後半にイギリスの植民地となり、第二次世界大戦中は一時的に日本の統治下に置かれたことも。1948年にイギリスからから独立。独立後はビルマ式社会主義経済政策の推進と、その後の軍事政権に対する各国の経済制裁によって経済が低迷したが、2011年の民政移管に伴って大きく成長した。2021年の政変により、現在は再び軍事政権下にある。なお、かつての国名はビルマで、1989年にミャンマーに改称。

【主要産業】
働いている人の約半分が農業に携わる農業国。主な輸出品門は、衣類、天然ガス、米、豆類、ベースメタル・鉱石など。

【日本との関係】
第二次世界大戦の際、ミャンマー独立運動の指導者であるアウンサン(アウンサンスーチー氏の父)は旧日本軍の支援を受けて反英独立闘争を展開。日本がミャンマーを統治下に置いた時期もあり、戦後もさまざまな経済協力を行っていたものの、1988年の軍事クーデター以降は支援を大幅に縮小していた。2011年の民政移管を受け、軍事政権時代に縮小していた経済支援を再開し、多くの日系企業が進出し始めたが、2021年の政変以降は、国際機関やNGOによる人道支援のみとなっている。

現地駐在の国際交流基金職員が教える
ミャンマーとっておき話

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語る人:下里 雛乃 職員
大学でミャンマー語を専攻し、ミャンマーには留学経験もあり。国際交流基金職員としての駐在歴は現在8か月。


今のミャンマー...不安定だが、助け合う気持ちは強く、伝統文化が生きている
現在のミャンマーは非常に複雑な状況にあります。2011年の民政移管以降は「アジア最後のフロンティア」として注目され、日本企業も数多く進出して今後の経済発展が期待されていました。しかし、2021年の政変以降は状況が一変して社会に大きな混乱が生じ、外国人が旅行しづらい状況が続いています。

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最近は不安定な状態で、残念ながらよいニュースもあまりないですが、本来のミャンマーは思いやりがあふれる素晴らしい国です。それを象徴していると感じるのが世界寄付指数におけるランキング。決して経済的に豊かな国ではないのにも拘らず、ミャンマーは何度も世界1位になっています。途上国なのでミャンマーでの生活は決して楽なものではありませんが、困っていると誰かが助けてくれることが多く、私自身もミャンマーの人々の思いやりに何度も救われました。人々の助け合い精神がミャンマー社会を支えていると言っても過言ではないと思います。

ミャンマーにはもともと暮らしていたとされる135もの民族のほか、インド系や中国系もいて、多様性にあふれる民族構成となっています。そうした多様なバックグラウンドを持つ人々が、民族ごとの伝統を残して生活している背景には、伝統文化を大事にする人が多いというほかに、諸外国と比べて発展が遅れたこと、かつては海外との交流が薄かったことも関係があると言われています。ヤンゴンなどの都会でも民族衣装のロンジーという巻きスカートを日常的に身につけている人がたくさんいます。

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現代カルチャーでは、アニメやマンガをはじめとする日本のコンテンツも人気ですが、今はとにかくK-POPが大人気。また、隣国であるインドの映画もよく上映されています。


日本と共通点も多い国民性。そして意外な人気コメディアンとは?
ミャンマーの人は真面目で勤勉な人が多く、控えめな傾向にあるため、国民性は日本と比較的似ていると感じます。その好例が、日本語の「すみません」に当たる言葉。「すみません」はほかの言語には訳しにくいと言われていますが、ミャンマー語には「アーナーバーデー」(恐縮です、申し訳ないです)という、とてもよく似たニュアンスの語の言葉があります。

また、ミャンマーの人にとって日本には「桜が咲いて雪が降る国」というイメージがあるようですが、とくに桜には親近感を持たれていると感じます。ミャンマーには、国を代表するパダウという花があるのですが、この花は、ミャンマー暦の新年(4月)に咲き、1日で儚く散ってしまう小さくて黄色い花です。日本の桜の儚さがパダウに似ていることに親近感を覚えるのかもしれません。

日本に旅行に行きたいという人も多く、なかでも大人気なのが鎌倉の大仏。もともと仏教国であるのに加えて、「鎌倉大仏(高徳院)の境内で売られているミニ仏像をお土産にもらうと、もらった人が日本に旅行に行ける」というジンクスがあり、お土産として人気があるため、多くのミャンマー人はこのミニ仏像をたくさん買って帰ります。

また、伝統衣装ロンジーの中でも、日本の着物柄の布を使ったものは「キモノロンジー」と呼ばれて愛されているのですが、東京・西日暮里にある生地店「ミハマクロス」に行くとキモノロンジー用の布が買えるということで、こちらも大人気です。

旅行以外で面白いのは、「バカ殿様」などの志村けんさんのコントが大人気であること!ミャンマー語の字幕を付けた動画がたくさんSNSでシェアされています。オーバーアクションの分かりやすい笑いが好まれているようで、志村さんが亡くなったときにはミャンマーでも報道されるほどでした。


教師育成が追いつかないほど日本語学習者が急増中
「日本は第二次世界大戦で負けたにもかかわらず、国民が努力して経済発展に成功した安全な国」。お年寄りから若者まで、日本に対してこのようなよい印象を持ってくれているので、親日的な方が多いと思います。また、日本は比較的給料や治安がよく、受け入れ体制も整っているので、今は国を出て留学や就労を希望する方が非常に増えています。

日本への関心が高まっているので、ヤンゴン日本文化センターが主催する日本文化紹介イベントも、すぐに定員が埋まってしまう人気ぶりです。日本から人を呼ぶのが難しい状況なので、ミャンマー国内にある物的、人的リソースを用いて可能な範囲で企画していて、今年1月にお正月体験として餅つきやかるた取りなどを実施したイベントでは1日600人が訪れてくれました。最近は日本のさまざまな地域に行って留学、就労する方が増えているため、東京などの都会だけでなく地方文化へも関心は高く、昨年実施した沖縄のエイサー体験イベントにもたくさんの方が集まりました。

日本語能力試験(JLPT)も年2回実施しているのですが、2023年は約20万人が応募するほどの盛況ぶりでした。応募人数では中国に次ぐ世界2位ですが、ミャンマーが人口5000万人強の国であることを考えると驚異的な数と言えます。日系企業が増えた時期には、在ミャンマーの日系企業で働くために日本語学習者が増えたのですが、今は「日本に留学したい」「日本で働きたい」という若者が中心。背景には国内経済の低迷もあると考えられます。

また、ヤンゴン日本文化センターでは、ミャンマー人日本語教師の育成事業にも重点的に取り組んでいますが、日本語教師も急激に増えているため、私たちの事業が現地のニーズになかなか追いついていないのが実情です。日本語教育機関への支援のためにはまずはその実態を把握することも重要だと考え、日本語教育機関の状況調査については、本部が主導する3年に一度の全世界的な調査とは別に、ヤンゴン日本文化センターでも独自調査を行い、情報収集にも積極的に取り組んでいます。


日本との関係が急速に近づいている今だからこそ、どうかミャンマーへの関心を持ち続けてほしい!
個人的に日本に紹介したいミャンマー文化といえばお茶文化です。日本にもお茶文化はありますが、ミャンマーのお茶文化は日本のものとは違っていて面白いです。まず、お茶の飲み方は主に2パターンあり、一つは日本の緑茶やほうじ茶のような甘くないもの。もう一つは練乳を入れた甘いミルクティーで、こちらはイギリス植民地時代にミルクティーから影響を受けたもののようです。また、飲むだけではなく、茶葉をサラダにした「ラペットウッ」という料理もあります。ミャンマーの国民食として広く愛されおり、日本のミャンマー料理店にも必ずあるので、ぜひ試してみてください。

最後に、ミャンマーは2021年の政変以降、厳しい状況が続いている国です。それにもかかわらず、日本におけるミャンマー関連の報道は減少しています。その一方で在日ミャンマー人の数は急増しているため、今後はみなさんも日本国内でミャンマーの方に出会う機会があるかもしれません。日本とミャンマーの関係は新たな形で近づいているので、どうかミャンマーへの関心を失わずに持ち続けていただきたいです。また、冒頭にも言いましたが、ミャンマーはさまざまな民族が集う多様性豊かな国なので、ミャンマーという国だけではなく、これから出会うミャンマーの方のバックグラウンドや独自の文化にもぜひ注目してみていただきたいです。そうすることで、ミャンマーという国の面白さをより一層感じていただけると思います。


フィリピン共和国

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【面積】 298,170km²(日本の約0.8倍)
【人口】 約1億1020万人(2021年推定値)
【首都】 マニラ
【政治体制】 立憲共和制(フェルディナンド・ロムアルデス・マルコス大統領)
【主な言語】 フィリピノ語、英語
【主な宗教】 キリスト教(主にカトリック)
【通貨】 ペソ

【地理】
11の大きな島を中心に、7000以上の島々からなる群島国家。人が暮らしている島は約2000で、それぞれに独自の歴史・文化がある。

【歴史】
16世紀から約300年間はスペインの植民地であり、その後50年のアメリカ支配、日本の軍政を経て1946年に現在のフィリピン共和国として独立。

【主要産業】
ビジネス・プロセス・アウトソーシング(BPO)産業を含むサービス業がGDPの約6割。近年は半導体などの加工製品の輸出も。一次産品では、日本が輸入するバナナの約8割がフィリピン産。

【日本との関係】
20世紀初頭に日本からフィリピンへの移民が始まり、アジア最大の日本人移民社会が形成されていた。戦中には日本の軍政が敷かれ、戦後の混乱期に取り残された家族やその子孫であるフィリピン日系人とそのコミュニティーも存在するほか、日本の高度経済成長期には労働者として多くのフィリピン人が来日した。現在では約30万人が日本に暮らしている。

現地駐在の国際交流基金職員が教える
フィリピンとっておき話

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語る人:阿部 航 職員
民間企業から国際交流基金に転職。東京本部勤務を経てマニラへ赴任。3年4か月のフィリピン駐在を終え、2024年3月から関西国際センターに勤務。東南アジアが好きでよく旅していたが、実はフィリピンには行ったことがなかった。


今のフィリピン...マニラの渋滞は世界一!「ルールと運用は別」なお国柄
私が赴任した2020年のフィリピンは、コロナ禍で世界でも異例の厳しいロックダウンを行っていたこともあり、空港や街中、レストランやショッピングモールでも人がまばらで、今の賑やかな日常は全く想像できませんでした。少し心配していた治安についても、怖い思いをしたことはありませんでしたが、それは当時のドゥテルテ政権が薬物犯罪を厳しく取り締まった影響だといわれることもあります。

ロックダウンの時のプロトコルは非常に細かく厳しくて、例えばマスクの上にフェイスシールドもしなくてはいけないとか、ショッピングモールに子どもは入れないとか、首をかしげたくなるようなルールもありました。それでも、細かいルールがすべて厳格に運用されているかは別の話。公共のスペースにはライフルやショットガンなど大きな銃を持った警備員もいて、初めは驚くのですが、「銃は持っていても実弾の携行を許されていない人もいる」という話も聞きますし、モールに入るときには必ず手荷物検査がありますが、それも本当に見ているかというと怪しいところ。ルールと実際の運用の違いに、戸惑いを感じることは多くあります。

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渋滞する夜のマニラ
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象徴的なのは交通事情。道路の通行レーンもあってないようなもので、皆が我先に割り込もうとして詰まってしまうのは日常の風景。有名な公共交通機関であるジープニーは、乗客を乗り降りさせるためならどこでも平気で止まるほどで、世界渋滞都市ランキング(広域首都圏対象)でマニラが世界一になったのもうなずけます。

公用語はフィリピノ語で、第2公用語が英語。しかし多民族国家なのでさまざまな方言があり、たとえばセブなどで話されているビサヤ語はマニラのタガログ語話者にはわからないこともあるといいます。


外国支配の歴史も影響?自らのルーツ、アイデンティティを探し続ける
生活していてとくに感じるのは子どもへの寛容さ。泣いていればみんなであやしてくれて、冷たい視線を感じることはありません。そのわけは、彼らの生活スタイルにあるのかもしれません。フィリピンの人にとって「家族」の範囲は広く、日本で言う「親族」はみな「家族」。皆が一緒に暮らしていることも多いといいます。コミュニティーの結束も強く、ローカルな「バランガイ(村、地区を表すフィリピンの最小の地方自治単位)」と呼ばれるエリアに入れば、小さな家々がひしめき合う路地で、お兄ちゃんお姉ちゃんと小さな子、異なる年齢の子どもたちが一緒に遊んでいる風景がよく見られます。皆が小さな子どもに慣れているのだと思います。

仕事をしていると、ちょっと権威主義的で、階層意識のようなものがあるのも感じます。上司、警察、政治家など、「お上」の言葉には基本的に従順。言葉遣いの中に「サー」とか「マム」が多いのも特徴です。オフィスでも、現地スタッフにサー付けで呼ばれるのが丁寧すぎて逆に居心地が悪く感じることも。

こうした背景にはスペイン300年、米国50年と植民地時代が長かった影響もありそうです。実は、「フィリピン固有の文化とは何か」というテーマは、文化芸術分野でもよく語られるテーマですが、それも他国の支配を受け、強く影響を受けてきたということと無関係ではありません。多様な先住民族の伝統や文化を守ろうという動きも活発です。

そんな中で印象的なのは、フィリピンでは国歌と国旗をとても大切にするということ。例えば映画館では、1日の最初と最後の上映回では国歌が流れ、多くの人が立ち上がり、胸に手を当てて歌う姿が見られます。多様な民族、文化からなるフィリピンという国が、共通のアイデンティティをどこに求めるのか、常に意識する必要があるのだろうということを感じます。


見渡せば日本文化。楽しみ方はフィリピン風で。
日本文化が当たり前に浸透しているので、日本の人は驚くかもしれません。牛丼チェーンや日系居酒屋も多数進出していて人気があるだけでなく、現地発の食品、雑貨やファッションブランドなども「わびさび」、「かわいい」、「着物」など、日本的なコンセプトをうまく(時には大胆に)取り入れています。マニラ日本文化センターで携わった事業で印象的なのは、2023年6月に実施した和太鼓倭の公演。マニラとダバオで、合計4000人もの人が足を運んでくださったあの熱気は忘れられません。またJFF(Japanese Film Festival)では、バスケットボールが盛んなフィリピンでも大人気のスラムダンクの映画『THE FIRST SLAM DUNK』の無料上映に入りきれないほどの人が訪れ、大きな反響がありました。音楽公演でも、映画でも、感動や興奮、笑いといった感情を隠さず外に出して、観客同士で共有して楽しむのは、日本にはない、私がフィリピンで好きなところのひとつです。

YAMATO LIVE! 2023 Philippine Tour


「フレキシブル」で「イベント大好き」なフィリピンあるあるエピソード
私がベビーベッドを購入したときのこと、ベッドの枠はあるけれどマットレスの在庫がなく、どうしたものかと思っていたら、なんと、明らかに大きさの違う、他のベッドから取ってきたと思われるマットレスを運んできてカットし、完成させて届けてくれたということがありました。日本では考えられないことですが、実にフィリピンらしいエピソードだと思っています。(ただしマットレスカバーの縫合は雑で、やり直さなくてはいけなかったのもフィリピンらしいところです)
レストランでも、メニューに書かれている料理がないのは日常茶飯事。むしろ何があるかを聞いたほうが早い。メニューにないものも、相談してみたら案外あっさり対応してくれたりします。そうしたことをいちいちストレスに感じていては眉間の皺が深くなるので、「フレキシブル」と捉えるのが、フィリピン生活のコツですね。

また、フィリピンの人はとにかくイベントが大好き。例えば小さな子どもの誕生日はド派手で、トランポリンにクレーンゲーム、ピエロやフェイスペインティングのアーティスト、さらに屋台まで呼んでもてなします。それにしょっちゅう呼んだり呼ばれたりしているので、大変じゃないかと聞いてみたら、大変でもやるんだと言うので、やはり好きなのでしょうね(笑)。

個人的にお勧めしたいのはライブです。2日間で朝から夜中まで20組くらいが出るフェスでも、日本円で2000円の席からと、リーズナブルに好きなアーティストをたくさん聴けます。ただしタイムテーブルはあてにならないこともあるのでご注意を。フィリピンの人はみんな歌が大好きでしかも上手ですが、そんなフィリピンの音楽シーンを、ぜひ生で楽しんでいただきたいと思います。


シンガポール共和国

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【面積】 726km²
【人口】 約564万人(2022年)
【首都】 なし(都市国家のため)
【政治体制】 立憲共和制(ターマン・シャンムガラトナム大統領)
【主な言語】 マレー語(国語、公用語)、英語、中国語、タミール語(公用語)
【主な宗教】 仏教、イスラム教、ヒンドゥー教、キリスト教
【通貨】 シンガポール・ドル

【地理】
国土面積は東京23区程度。マレー半島南端のジョホール海峡に面した都市国家で、緑豊かな町並みからガーデン・シティとも呼ばれる。

【歴史】
16世紀にジョホール王国が支配していた領域が英国の植民地となり、その後自治州に。マレーシア成立時にその一州として参加するが、1965年に分離、独立した。

【主要産業】
電子産業によって高度成長を遂げ、その後付加価値の高い製造業、金融、情報通信、バイオテクノロジーなどの産業を育成。1人当たり名目GDPは日本の約1.8倍(2021年)とASEAN諸国の中でも最高値。

【日本との関係】
2002年に「日本・シンガポール新時代経済連携協定」を締結。日本にとっては初めての経済連携協定であり、貿易や投資、金融、情報通信、人材育成などを含む二国間の経済連携を目指す。


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タイ王国

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【面積】 513,120km²(日本の約1.4倍)
【人口】 約6609万人(2022年、タイ内務省)
【首都】 バンコク
【政治体制】 立憲君主制(マハー・ワチラロンコン・プラ・ワチラクラーオチャオユーフア国王、セター・タウィーシン首相兼財務大臣)
【主な言語】 タイ語
【主な宗教】 仏教
【通貨】 バーツ

【地理】
ASEAN諸国の中でも屈指の観光地。首都バンコクほか、スコータイやアユタヤなどの世界遺産、プーケットやパタヤなどのビーチリゾートと観光資源が多い。

【歴史】
18世紀には現在のチャックリー王朝が成立し、1932年に立憲革命。1980年代から90年代にかけて民主化が進む。ASEAN諸国の中で唯一植民地にならなかったことから独自の文化が育まれた。

【主要産業】
就業者の3割が農業に従事しているが、GDPでは製造業の割合が最多。観光も重要な産業で、新型コロナウイルス感染症拡大前の2019年には海外からの観光収入が605億ドル(世界第4位)とGDPの約12%を占めた。

【日本との関係】
日本とタイには、600年にわたる交流の歴史を背景に、伝統的に友好関係がある。タイ全土への日本人の訪問人数はASEAN諸国中で最多。

現地駐在の国際交流基金職員が教える
タイとっておき話

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語る人:勝賀瀬 麻理 職員
ロサンゼルス駐在、東京本部勤務経験を経てバンコクへ赴任。タイ生活は現在4年目。


タイの今...バンコクの都会度は東京以上?大都市と伝統の混在が魅力
バンコクはここ数年、都市圏単位での在留邦人数(外国で暮らしている日本人の数)で、ロサンゼルス都市圏に次ぐ世界2位をキープしています。何らかの形でタイに関わりがあるという人も多いはずで、ASEAN諸国の中でもとくに日本人にとって馴染みの深いのはそのためもあるかもしれません。

タイと言えば、タイ料理や三輪車タクシーのトゥクトゥク、仏教寺院などのイメージがわくと思うのですが、付け加えておきたいのは、現在の首都バンコクは大都会だということです。毎年のように鉄道の新路線が延伸し、新しいビルやモールがオープンしていて、都会度ではもはや東京以上かも。伝統ときらびやかな都会の楽しみが混在しているのが、現在のタイの姿です。

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他人同士でも日常的に助け合う。謙虚さと気遣いの文化に共感
タイ=「ほほ笑みの国」とよく言われますが、これはまさにその通り。よそ者でも優しく迎えてくれる雰囲気の根底には、他人同士であっても支え合いながら生きる精神があるように感じます。相手を助け、逆に自分が困っていたら助けを求める、ということが日常的に行われているんですね。

人との距離感が近いとも言えるのですが、他人との距離感に無頓着というわけではなく、タイの人はとても謙虚で「自分を律する」ことも大事にします。子どもの頃から、日本以上に、怒りをあらわにしたり文句を口に出したりしてはいけないと教育されるそうで、それも影響しているかもしれません。

面白いなと思ったのは、職場でお土産を配った場面でのこと。日本であれば「嬉しい!」と喜んでみせると思うのですが、意外と反応が薄かった んですね。あるときそのことをタイ人との間で話題にしてみたら、「嬉しそうにしすぎると、『次もください』というプレッシャーになってしまうから」という答えが。その人個人の考えかもしれませんが、そういう考え方もあるのかと新鮮に感じました。「気遣い方」は違っても、相手に対する気遣いという意味では日本とタイで通じ合う部分があるようです。


世界的観光立国として、新しいコンテンツも積極的にプロモーション
バンコクは、「世界の魅力度ランキング」などの調査では常に上位に入る都市です。大きなハブ空港もあり、世界の人が観光地として魅力を感じています。

国をあげてのプロモーションにも積極的で、お寺やリゾートなど従来の観光資源だけでなく、多彩なコンテンツを柔軟に売り込んでいるのを感じます。日本に対しても、タイフェスティバルにアイドルを派遣したり、「BL観光」として俳優を派遣、聖地巡礼を呼び込んだりと、幅広いテーマで柔軟にプロモーションを行っています。

実は日本のさっぽろ雪まつりにも観光局が例年チームを派遣していて、2024年には国際雪像コンクールで準優勝を果たしたんですよ。
https://www.snowfes.com/news/874.html

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典型的日本カルチャーから一歩進んだ深い部分への理解がある
バンコクにはすでに日本のコンテンツが溢れていて、参加者数万人規模のポップカルチャー関連イベントなども民間で開催されています。アニメ、マンガといったコンテンツのファンが日本愛を下支えしてくれているのは間違いないのですが、最近では解像度がさらに高まっていると感じます。たとえば食ならオムライスのように、日本人が必ずしも日本らしいと思っていないものについても、「洗練されていて日本らしい」と楽しんでくれているのです。

日本の実写映画についても、細やかで日本らしいと評価する声を聞きました。大きなドラマやアクション、ミステリーといった要素がない作品でも、日本の映画には人間の生き様が表現されていて、心が温まる、そういうところが好きだと言ってくれるファンがいるのです。


人の優しさ、長い歴史と多彩な文化が感じられる国
少し前、トゥクトゥクに乗っていて子どもの帽子が風で飛ばされてしまったことがありました。降りて引き返すこともできず諦めかけていたら、近くの屋台のおじさんが気づいて拾ってくれて、たまたま走っていたバイクの人にパス、バイクの人がトゥクトゥクのところまで届けてくれたのです!人に手を貸すことに躊躇せず、大げさでなく日常的に支え合っているタイの人の姿を実感したできごとでした。

タイは国としての歴史が長く、ASEAN諸国の中で唯一、一度も植民地化されていない国です。そんなこともあって、全国的に見ると、異なる王朝の歴史や文化圏があり、建物のつくりや食べ物も異なっていて多彩です。バンコクはとても魅力的な都市ですが、もしタイを訪れる機会があれば、そうした地域の文化の違いを味わってみるのも楽しいと思いますよ。


ベトナム社会主義共和国

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【面積】 331,310km²(日本の約1.8倍)
【人口】 約9489万人(2021年推定値)
【首都】 ハノイ
【政治体制】 社会主義共和制(ヴォー・ヴァン・トゥオン主席、ファム・ミン・チン首相)
【主な言語】 ベトナム語
【主な宗教】 仏教、キリスト教(カトリック)
【通貨】 ドン

【地理】
地形は南北に細長く、四季のある北部、熱帯性気候の南部と変化に富んでいる。古都フエやホイアンなどの歴史的名所や、奇岩で知られるハロン湾などの観光資源も。

【歴史】
19世紀フランスの植民地時代を経て1945年に独立。ベトナム戦争後の南北統一後は社会主義体制となるも、1986年に市場経済システムを採用、外国に対して開放化を図るドイモイ(刷新)政策で経済的な発展を遂げている。

【主要産業】
農林水産業のほか、低賃金の労働力を背景に外資の製造業を誘致し、輸出主導型で成長。繊維・縫製品や履物、携帯電話やPC、電子機器とその部品などを主な輸出品目としている。

【日本との関係】
日本での外国人労働者数のうち約4分の1がベトナム人で国籍別では最多。ベトナムからの労働者派遣先としても日本が最大シェアを占める(2023年)。留学生もASEAN諸国からの在日留学生中約7割をベトナム人留学生が占める(2021年)。

現地駐在の国際交流基金職員が教える
ベトナムとっておき話

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語る人:大須賀 翔哉 職員
ハノイ駐在歴約1年半。ベトナム以外では、和食の料理人として4年ほどイタリアで、旅行会社勤務時に半年ほどスペインで暮らした経験を持つ。


今のベトナム...高層ビルとノンラー姿が混在する面白さ
ベトナムは政治的には社会主義の国ではありますが、経済面では資本主義を取り入れているので、基本的には日本と同じような感覚で普段の生活を送っています。経済的にもハノイ、ホーチミン、ダナンなどはかなり発展した大都市で、高層ビルが建ち、また、都市によっては地下鉄の建設が進んでいます。しかしそんな風景の中にまだまだ古い町並みも残っていて、ノンラー(植物の葉で作られた円錐状の帽子)をかぶった人が自転車に乗って物を売っていたり、路地では軒先で果物や野菜を売っていたりして、活気があるというか、何だかホッとするというか、そういうギャップが面白いと思います。

文化面では地理的に近い中国文化の影響が残っています。現代のベトナム語はアルファベットで表記されますが、漢字(「漢越語」)で書かれていた時代もあり、漢語由来の言葉も残っています。一方で、旧宗主国であるフランスの影響でバゲットを食べたり、シチューのような料理があったりもします。そうしたさまざまな要素が残っているところもベトナムの面白さですね。

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©ASEAN-Japan Centre
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ホーチミンの夜景

日本との交流の歴史は8世紀にまで遡る!?朱印船時代の国際ロマンスも
日本とベトナムの外交関係樹立は1973年ですが、両国の間にはそれよりずっとずっと以前から、長い交流の歴史があります。古くは8世紀頃から、仏教関係の人が行き来していたと言われています。また、16世紀頃のいわゆる朱印船貿易で、ホイアンという中部の町に日本人が来ていたことが記録に残っています。

さらに17世紀には、鎖国前の日本との間を行き来していた長崎商人の荒木宗太郎という人が、広南国(現在のベトナム中部)のお姫様と結婚したというエピソードも。これをもとに2023年、日越外交関係樹立50周年を記念して、『アニオー姫』というオペラが製作、上演され、さらにその内容がマンガ家東村アキコさんの作画でマンガ にもなりました。

ホイアン・ラブ

このエピソードは、長崎の有名な祭りである「長崎くんち」の演目としても取り入れられていて、7年に一度、『御朱印船』という演目で奉納されているんですよ。


日本語を使って仕事をしたいという人がたくさんいる印象
ベトナムの人の日本への感情はとてもポジティブな印象です。こちらが日本人だと分かると屋台で野菜を売っている人がたくさんおまけをしてくれるなんていうことも。年明けの日本の地震を知っていて、路上ですれ違った人が「大丈夫か」と心配をしてくれたこともありました。

「日本語を使って働く」ことにメリットを感じているのか、日本語を話せる人も多いです。ベトナムでは小学校から外国語を学びますが、そうした「第一外国語」の一つとして日本語が採用され、英語より先に日本語を学ぶ学校も少ないながらあるほど。大学で日本語を学んだ優秀な人材も多く、そういう人がIT業界や製造業などに就職することが、日本の企業がベトナムに進出しやすい理由になっているのではないでしょうか。


狂言公演に2万人!日本の伝統文化が意外な大人気
日本のアニメやマンガはもちろん人気なのですが、ベトナム人アーティストと話をしていると、浮世絵など日本の伝統的な芸術をとてもリスペクトしてくれているのが分かります。意外と人気があるのが人形。地方で日本人形を展示したときには、都市部と違って日本のことを全く知らない人も多い中、「日本文化への入り口」として大きな関心を持ってもらうことができました。

もう一つ驚いたのは、在ベトナム日本国大使館との共催で狂言の公演を行ったときのことです。地方での公演を実施した際に、地方政府が「たくさんの人に見てもらわなければ」と2万人の会場を用意してくれて、なんとそこがいっぱいになったのです!日本ではそこまで大きな会場で上演することはないということで、狂言師の方も動揺するほどでしたが(笑)、多くの人が本当に楽しんでくれていた様子でした。

ベトナムには、独自の伝統芸能として水上人形劇があり、国としても力を入れています。そのようなことと関係して、狂言や人形など日本の伝統文化にも興味を持ってくれるのかもしれませんね。


asean_jf_42.jpg ©ASEAN-Japan Centre


朝5時からの大音量も「お互い様」。大勢で鍋をつつく習慣も
公共の場所で大音量でカラオケをしているとか、朝5時から大音量でラジオ体操をしているといった光景は、ベトナムでは日常茶飯事。その背景には、今を楽しみ、一生懸命生きようとする気持ちがあるからと想像します。ちなみにそんな大音量をベトナムの人は気にしていないのかというと、実はそうでもないようなのですが(笑)、お互いに「しょうがないね」という感覚のようです。

個人的なおすすめは鍋料理。ベトナムの人は鍋が大好きで、真夏にも汗をかきながら食べています。そもそもベトナムには大勢で一緒にご飯を食べる習慣があり、日本のように一人で食事をしていると、隣の人が心配して、「大丈夫か、一緒に食べようか?」と声をかけてくれることも。そうやって「大勢で食べる」代名詞とも言うべき料理が鍋で、10人くらいのグループから、多いときには30人くらい集まって食べることもよくあります。ベトナム人が人との関係を大切にする様子がよく表れている習慣で、私自身も、そうした場で得た人間関係から仕事の幅が広がったこともありました。

治安という意味では、もちろん場所によっては注意が必要ですが、基本的にはとても安全で、スリの話さえ多くは聞かないほど。ただし交通安全については全く別!凄い勢いでバイクが行き交っていて、信号もあってないようなものなので、ベトナムに来られる際には交通事故にだけは気をつけていただければと思います。


インタビュー・文:木村 康子

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