雑誌『をちこち(遠近)』
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アメリカの旅 武術研究者・甲野善紀

甲野善紀
武術研究者



 2012年3月に国際交流基金の大岡寛子女史から、思いもかけないアメリカでの武術の実演と解説、そして講習会の依頼を頂いた。当初は日時も迫っていたので、とてもお引き受け出来ないと思っていたのだが、大岡女史の熱意と、海外の講習の際は常に同行している長男の陽紀が行く気になったことなどもあり、5月22日、陽紀と私は成田を発ち、アメリカのテキサス州ヒューストンに向かった。
 ヒューストンに着いたのは午後の日盛りで、気温は34℃とのこと。上空から初めて見たアメリカ大陸のヒューストンは、道が日本にくらべて白いのが、まず印象として飛び込んできた。後に帰国後、この道の白さはヒューストンが暑いので、アスファルトは路面が熱で軟化してしまう恐れがあるため、コンクリートにしているのだという説を、ある人から聞き納得した。


ヒューストンから始まったアメリカの旅
 初めてアメリカの土を踏む私にとっての驚きは、入国手続きの厳重さだった。手続きのためのゲートは、いくつもあったが、長い人になると10分くらいもゲートを通過するのに時間がかかっている。漸く我々の番になったので、私は今回、在米の日本総領事館から我々を招いていることを証明する書類を国際交流基金の大岡女史から貰っていたので、それと今回のイベントの広報用のチラシなどを陽紀に渡して説明してもらうことにした。そうすると、係官は武術のようなことに関心もあったのか、「センセイ?」と語尾の上がった発音で私に笑いかけ握手を求められ、入国手続きはきわめて迅速に終った。どうやら「センセイ」は、武術・武道の指導者の呼び名として「和製英語」ならぬ「米製日本語」として、かなり流通しているらしい。

 アメリカでの初めての仕事は、ヒューストン市にあるシャープスタウン・インターナショナル・スクールの中等部での実演とワークショップ。そのインターナショナル・スクールに着いてみると、門のあたりに私を歓迎する意味の看板が出ており、これには驚いた。 通訳はロサンゼルスで合気道を教えられている日本人の松岡晴夫氏。松岡氏の門人のエリック・デ・ヴァルパイン氏が助手として参加。松岡氏は今回アメリカでの私の演武解説のために要る刀(模擬刀)を貸して下さったりと、いろいろと協力を頂いた方である。
 さて、中学生対象では話よりも実演、出来るだけ希望者に体験してもらうようにしたところ、自分たちの仲間が体験していると、生徒たち全体が盛り上がることが分かってきたので、次々と生徒たちに体験してもらった。内容は体術の基本的なものから、剣術、杖など。この学校の韓国人の校長先生も体験を希望されたのだが、その体験中のユーモアのある表情と仕草を見て、「ああ、これがアメリカなのだなあ」と実感した。このインターナショナル・スクールの後は、同じヒューストン市内の空手道場International Martial Arts Karate Houstonへ。ここで武術好きなアメリカ人対象の講習会。私が想像していた以上の熱心さで、私も時間を忘れた。

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ヒューストンのシャープスタウン・インターナショナル・スクールで中学生約150名を対象にレクチャーとワークショップを実施。希望する生徒が、基本的な体術、剣術や杖を次々と体験し、大いに盛り上がった。特に、剣術では、両手の間を空けて柄を握ったときと、両手を寄せて持ったときとでは、いかに剣の動き始めの起こりの気配が違うかを実感してもらった。


空手道場での手裏剣術の演武
 翌日は、山本条太・在ヒューストン日本国総領事が食事に招いて下さったので、メキシコ料理店へ。別の所用で少し遅れて食事に参加された山本総領事は、私の日本の道具作りの職人の話などに熱心に耳を傾けて下さり、私も大いに話し甲斐があった。

 そして、その後は再び前日と同じ空手道場へ。2日目で顔なじみの方も何人か出来、終わり頃は、昨日と同じく用意してあった大きな石膏ボードを的に手裏剣術の演武。
 私の演武は針型と分類される根岸流の流れのもので、八角に削られたミサイル型の剣を使う。これを1間~5間(約1.8~9.09メートル)の、どの距離でも直打法という剣を4分の1回転以上は回転させない方法で飛ばす。手裏剣という言葉は有名だが、現在、ほとんどの人たちは日本人でも星型をした「車剣」と分類される手裏剣をイメージするらしく、こうした武術としての手裏剣術に関する知識は、日本でも、おそらく1万人に1人も持っていないと思う。
 それだけに、この講習会に参加されたヒューストン駐在の空手をされているイタリア総領事に代表されるように、「手裏剣というのはハリウッド映画に出てくるようなもので、正式の武道ではないと思っていたが...」といった質問が出るのも無理のないことだと思った。そこで私は、手裏剣術が弓の矢とは違い、距離によって飛ばし方を変えねば、的に刺さりもしないことなどを解説し、日本の古武術の中でも、その難度の高さが最もハッキリとした形で現れるものであることなどを解説した。

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ヒューストンの空手道場International Martial Arts Karate Houstonでは、日本の武道衣を来た愛好家たちが待ち受けていた。武道愛好家約40名を対象に、2日間にわたって、ワークショップを行った。ヒューストンだけでなく、ナッシュビル、ミネアポリスでも実施された武道愛好家・経験者向けのワークショップでは、アメリカ人参加者と直接、多数の質疑応答を交わした。

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(左)なかでも、星型の「車剣」ではなく、針型(八角に削られたミサイル型)の手裏剣を用いた演武は、ステレオタイプな手裏剣のイメージを大きく塗り替えるものとなった。手裏剣術は、日本の古武術のなかでも最も難易度が高いものだといわれていることも解説。
(右)女性の愛好家も熱心な眼差しで、甲野氏の実演に見入った。



ナッシュビルでは植村花菜さんも参加
 ヒューストンの次に訪れたテネシー州ナッシュビルでは、その風景の美しさに圧倒された。テネシー州と言えば、子どもの頃に観た映画『デイビー・クロケット/鹿皮服の男』の、西部開拓の英雄デイビー・クロケットが私の記憶に刷り込まれていたが、この地での講習会は、昨年日本でヒットした異色の歌、「トイレの神様」を歌って紅白出場も果たした歌手の植村花菜さんが、夕方からの私の講座に出たいとナッシュビルの出発を延期されたということで、講座ではひときわ積極的に参加して下さった。

 ナッシュビルで驚いたのは、ホテルの部屋のメイクのキメ細やかさである。アメリカは日本などと較べれば万事大雑把だと、何人もの人に聞かされていたが、このナッシュビルでは、日本でも見かけない細やかな気配りに驚かされた。例えばバスルームなどのタオルが花が開いたように畳んであり、その中に体を洗う小さなタオルが入っていたり、シャワーのカーテンの顔の高さが透明で外が見える。そのため、狭いバスタブの空間がずっと開放的になる。また、ナッシュビルだけではないが、アメリカのホテルの石鹸は日本のホテルの石鹸に較べて香りがずっと穏やかで、これは意外だったが、私には有り難かった。それから、コンセントが日本のホテルよりも圧倒的に多いのも便利だ。


テネシー州から、ケンタッキー州、そしてミネソタ州へ
 ナッシュビルの翌日は、ケンタッキー州のルイビルへ。ルイビルではフレージャー歴史博物館での講演と実技。参加者は、ここでの講演が一番多かったと思う。講演の後、この地で空手をやっているという日本人の佐藤氏から質問を受け、少し話と実演をしたが、佐藤氏がなんとアメリカで空手をやっている日本人牧師であったことを知り、大変驚いたが、驚いたと同時に信仰の力というものをあらためて知った気がした。なぜなら、佐藤氏の「人としての存在が爽やか」が、深く心に残ったからである。こういう人に出会うことは旅の醍醐味の一つである。

 講演と講習会の最後はミネアポリス。ここでも熱心な武術愛好家と何人も出会えた。特に当地の剣術道場「改心道場」のアメリカ人道場主から、日本でかつて刀匠によって作られた正真正銘の日本刀を貸して頂き、演武できたことには感激した。
 私が実演した「刀の柄を両手を寄せて持つ」という日本の武術愛好家も殆ど知らないような持ち方での演武と解説に、熱心な米国の武道愛好家は、その有効性には認識を新たにされたようだったが、「甲野先生のような両手を寄せて持つ持ち方を、私の居合の先生に納得させるにはどうしたいいだろうか」という質問まで出て、これには私も苦笑せざるを得なかった。


アメリカの旅の終わりに~自国とは何かを改めて考える
 10日間で5都市を訪問し、8件のレクチャー・デモンストレーションとワークショップを実施という強行軍の旅だったが、いろいろと気づかされることもあった。
 良くも悪くもグローバル化は時代の流れであり、今後ますます各民族の文化的特色は薄れていくことだろう。しかし、そうであればあるほど、自分の国に対する思い入れが深まるということも事実のようで、ミネアポリスで、いろいろと世話をして頂いた日本人留学生諸氏の、日本に対する関心を見ていても、その思いを深くした。これが今後どういう形になってゆくかは、国家というものの存在意義そのものを問うことになりそうだ。
 そもそも自国とは何かということを考えてみれば、自国の文化と切り離しては考えられないことだと思う。このことをあらためて本気で考えるようになったのは、今回アメリカに来たからだと思う。また縁があれば今後も海外に行くことになりそうだ。





kouno_america06.jpg 甲野善紀(こうのよしのり)
武術研究者。1949年東京に生まれる。1978年松聲館道場を建て、独自の武術研究に専心し始める。その研究は、スポーツ、楽器演奏、工学、介護などに応用され成果を挙げ、2003年NHK教育テレビ「人間講座」で『古の武術を学ぶ』と題して8回にわたって放映された。2007年から3年間、神戸女学院大学の客員教授も務める。
現在、各地で主に武術に関する講座や講習会を行う。著書に、『剣の精神誌』(筑摩書房)、『武道から武術へ』(学研パブリッシング)、『自分の頭と身体で考える』(養老孟司と共著、PHP研究所)『身体を通して時代を読む』(内田樹と共著、バジリコ、文庫版:文藝春秋社)など多数
Twitter: http://twitter.com/shouseikan




甲野善紀氏 米国・武道レクチャー・デモンストレーション及びワークショップの日程

◆ヒューストン(テキサス州)
5月23日(水)
レクチャー・デモンストレーション(中学生向け) 於:Sharpstown International School
ワークショップ(武道愛好家向け) 於:International Martial Arts Karate Houston
5月24日(木)
ワークショップ(武道愛好家向け) 於:International Martial Arts Karate Houston

◆ナッシュビル(テネシー州)
5月25日(金)
ワークショップ(武道愛好家向け) 於:School of Dance Music

◆ルイビル(ケンタッキー州)
5月26日(土)
レクチャー・デモンストレーション(一般向け) 於:フレージャー歴史博物館

◆ミネアポリス(ミネソタ州)
5月28日(月)
レクチャー・デモンストレーション(一般向け) 於:ミネソタ大学
ワークショップ(武道愛好家向け) 於:ミネソタ大学
5月29日(火)
ワークショップ(武道愛好家向け) 於:ミネソタ大学

◆シカゴ(イリノイ州)
5月30日(水)
<非公式日程> シカゴ市内剣道場往訪




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