欧州評議会会議報告(下) ―ストラスブール:新しいまちづくりに向けた本気のチャレンジ

土井佳彦(NPO法人多文化共生リソースセンター東海、代表理事)





● この記事は前回からの続きです・・・↓
欧州評議会会議報告(上) ― 防災における「インターカルチュラル・シティ」と多文化共生



 2014年6月10日、ストラスブール駅前に掲げられた万国旗を目にした瞬間、それまでの緊張がすうっと解けて、安堵感と懐かしさを感じました。

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欧州評議会の本部があるストラスブール市の駅前

初めてこの街を訪れたのは5年前。 当時のことをふりかえってみましょう。



CCRE(外国籍住民諮問会議)誕生
 「フランスのストラスブールという街でおもしろいことをやってるらしいから、ちょっと調べて来て」という依頼に、フランス語はもちろん英語も片言しかできないのに、ヨーロッパに行ける!という不純な動機から二つ返事でお受けしました。

 その"おもしろいこと"というのは、移民(≒長期滞在の外国人)が多く暮らすこの街で、彼らにまちづくりのキーパーソンになってもらおう!という取り組み。「なんだ、そんなの日本でもやっているじゃないか」と思うかもしれませんが、その"本気度"がハンパじゃないんです。

 たしかに、日本でも「外国人市民会議」とか「外国籍住民懇談会」などといった、その街に暮らす外国人をメンバーに、外国人にとっても暮らしやすいまちづくりに向けて議論する場をもうけている自治体があります。でもそれは多くの場合、行政が主体となって年に数回、公募したわずかな外国人からご意見を"頂戴"し、その後の行政施策の"参考"にするにとどまっているのではないかと思います。そのため、この場で出た意見がその後の施策にどう反映され、どんな課題がどう改善されているのかを一般市民が知ることはとても難しいことです。もしかすると、意見を出したメンバー自身も、その後どうなったのかわからないままかもしれません。こうした状況には、私も以前から疑問をもっていましたが、どうしたらいいのかわからなかったのです。そんなとき耳に入ってきたのが、ストラスブールのCCRE(Conseil Consultatif des Résidents Étrangers:外国籍住民諮問会議)という取り組みでした。

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ストラスブール市の旧市街地は世界文化遺産に登録されている

 2009年9月、CCREに関する調査依頼を受けた私は、ストラスブール市役所を訪ねました。出迎えてくれたのは、スポークスマンのファリド・スリマニ氏。アルジェリア出身の移民で、当時UDEES(ストラスブール外国人学生団体)の会長を務めていました。

 スリマニ氏によれば、CCRE は2009 年6月20日につくられた新しい組織で、市の管理下にある公的機関。左派の前々市長の時代('91~'01)に、CRE(Conseil des Résidents Étrangers:外国籍市民会議)という同様の組織があったのですが、右派の前市長になって解散させられ、再結成を公約のひとつに立候補した現市長の当選によってこの4月から結成準備がはじまったとのこと。そこからの取り組みこそが、ここでみなさんにご紹介したいことなのです。

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ストラスブール市役所の正面玄関

 まず、4月30日にCCREへの参加を希望する外国人市民が立候補し、抽選で 40人(!)が選ばれました。40人の内訳(国籍別割合)は市が統計をもとに決めた割合に従っていて、日本人も1名選ばれたのだそうです。次に、一定の基準を満たしている外国人支援団体50 組と、それ以外で市長に任命された外国人の権利保護等を趣旨とする5団体が加わりました。この中から、事務局(無償ボランティア)を選出する選挙キャンペーンが5月中旬に始まりました。6月15日に選挙があり外国籍市民の投票によって13名が選出され、その中から 18日にスポークスマン(=スリマニ氏)を選出、6月20日に市長から正式発足が宣言されました。こうして、①外国人代表市民40名、②外国人支援団体50組、③市長に任命された外国人権利保護団体5組、①〜③から選出された事務局13名、それに各課担当の市長補佐7名を合わせたCCREが誕生しました。日本では信じられない規模ですよね。

 でも、これだけではありません。さらに注目したいのが、CCREの活動プロセス。CCREでは、事務局が中心となって6つの委員会と4つの作業部会を結成し、今後取り組むべき具体的なプログラムを考えます。各委員会には事務局と市長補佐が1,2名ずつ入っています。事務局が考えたプログラム案は、総会で発表され、参加者(一般市民)によって採択されたものだけが今後事務局を中心に関係者の協力を得て取り組まれていくことになります。つまり、まちづくりに対して意見を出すだけでなく、何を重要課題として取り上げるか、それをどう改善していくかを考え、市民の合意と関係機関の協力を得て解決に向けたアクションを起こし、そのプロセスと結果を定期的に公開していくまでの一切をCCREメンバーが担っているのです!こんな話、日本では聞いたことがありません。

 ただ、このときはまだ組織が立ち上がったばかりで、具体的なアクションを起こす前の準備段階でした(第1回総会は筆者が訪れた翌週に開かれました)。そして今回、5年ぶりにストラスブールを訪れ、CCREのその後についてお話を伺う機会を得ました。



5年たって...
 対応してくれたのは、ストラスブール市の職員で、CRE(i)担当のエミリエン・マテール氏。現在、CREは2期目(2012年9月〜2015年9月)に入っていて、1期目(2009年9月〜2012年8月)にやり残した事業(ii)とこれまでの取り組みの見直しを中心に活動していて、特に「CREの活動をより多くの一般市民に知ってもらい、外国人・外国人コミュニティの存在を市民に受入れてもらえるように努めている」とのこと。例えば、街で働いている移民や移民女性をテーマにした写真展を学校や図書館などで開催したり、職場における外国人の排除や医療費の負担における外国人排除、移民女性による起業などをテーマに市民討論会を行ったりしたそうです。

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中央がマテール氏。左は通訳の吉崎佳代子さん、右は同行者の菊池哲佳さん

 今年になって、日本でも人口減少・労働力不足の観点から、外国人の受入れ拡大に関する議論がメディアをにぎわせています。そこで多くの国民が懸念していることの一つが、外国人を地域で隣人としてどう受入れるのか、という問題。日本よりずっと以前から多くの移民を受入れ、法整備も行われているフランスでも、近年改めてこの点が重要課題になっていることに驚きました。

 マテール氏いわく、「地域や国のルールを守るというのは、市より国がやること。市としては、フランスにおける"価値"である『自由」や『男女平等」といったことを外国籍市民に教えるのが大事な役割。そのために、外国人女性向けのオリエンテーションガイドブックを作成し、強制的な結婚や女性の割礼はダメだ、といったフランス社会の一般的な規則を伝えている。ただ、これをどのようなニュアンスで伝えるかが難しいところ。一口に外国人と言っても、国籍や宗教などそれぞれの背景によって受け取り方や伝えるポイントが変わってくる。だれにどのような配慮をしたうえで翻訳すべきかが難しい」のだと。日本では、その点はあまり考慮されず、既に日本語で出されている情報を単純に他の言語に置き換えたものが多いようです。裏を返せば、ここではとても丁寧な仕事をされているのだと思いました。これこそ、外国人当事者が施策の担い手になっていることの成果だと思います。

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マテール氏(中央)に日本の取り組みを紹介する筆者(右)

 また、当市がここまで積極的に外国人をまちづくりのキーパーソンとして育成・活用し、人の多様性を街の魅力にしていこうとする背景には、市を「ヨーロッパの首都」としてPRしていることも大きな理由になっているそうです。



直面する移民の高齢化問題
 最後に、一つ興味深い話をご紹介します。2012年下旬、市長がCREに対して"移民の高齢化"について意見を求めたのだそうです。これは、外国人労働者(1950年代に人手不足を理由に海外から招き入れた建設業従事者等)がフランスに残り、エレベーターがないなど高齢者に合わない古い住居に住んでいたり、一般市民と接点がなく隔離されていたり、年金の全額受給条件に満たなかったりする人がいることが顕在化してきたことが背景にあります。家族が母国に帰り独居老人になっていたり、死亡後どこに埋葬するかで周囲の人が困っているのだとか。この問題は国会でも取り上げられていて、2012年に実態調査が行われ、最近レポートが発表されたそうです。

 すでにご存知の方もいらっしゃるでしょうが、日本も今まさにこの問題に直面しています。戦前からの在日コリアン、戦後の中国帰国者やインドシナ難民はすでに高齢者の生活費の工面や介護が喫緊の課題になっています。そして80年代から増加してきた国際結婚移住女性や南米日系人も高齢化してきていて、彼・彼女らの中には近くに頼る人のいないシングルマザーや無年金・無保険者も少なくなく、母国に帰ることさえ困難な人が大勢います。それに対して、私たちは、日本社会はどんな対応を考えていくべきでしょうか。効果的な解決策を見出し成果をあげるには、きっとCREのような外国人住民の主体的な参加を可能にする仕組みとそれを受容する日本人の理解が必要だと感じました。

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早朝のオランジュリー公園。市の鳥、コウノトリと



【参考】 CRE website
http://www.strasbourg.eu/vie-quotidienne/democratie-locale-vie-democratique/instances-democratie-locale/conseil-residents-etrangers


(i)CCREは、CREに名称を戻していた。
(ii)1期目は、①外国人の受入れ、②男女平等の権利、③異文化コミュニケーション、④義務教育以降の学校生活、⑤地域格差(特に住環境)の縮小を重要課題に挙げ、①と⑤を含む3つの報告書をまとめている。





europe_conference02_07.jpg 土井佳彦(どい・よしひこ)
NPO法人多文化共生リソースセンター東海、代表理事。大学卒業後、日本語教師として在日外国人への日本語教育に従事。2008年より、東海地域の多文化共生分野における中間支援組織の設立に参画し、代表に就任。地域の日本語学習環境整備とともに、東日本大震災以降は災害時の外国人支援体制づくりにも注力している。静岡文化芸術大学(企業と言語教育)、日本福祉大学(比較文化論)で非常勤講師を務める。




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