JF便り 日本研究・知的交流編・3号 アジアのパブリック・インテレクチャル、アメリカと対決

日本研究・知的交流部
小松諄悦


1995年、アジア・センターの設立を契機にはじまったプログラムに、「アジア・リーダーシップ・フェロー・プログラム(ALFP)」があります。

国際文化会館との共催のALFPは、アジア全域から、パブリック・インテレクチャル(PI)(公共の利益を常に追求している社会のありとあらゆる分野の知識人)6~8名に、2カ月間日本に滞在し、「変動するアジアにおけるPIの役割」などという主催者が設定した大きなテーマの範囲内で、個々の関心のトピックを研究する機会を提供するプログラムです。
同時に、日本の識者によるセミナー、日本で話題となっている場所の視察などをおこないます。当然その間に、フェローどおしの意見交換が昼夜をとわずおこなわれます。希望すれば、1カ月滞在を延長することもできます。

ALFPは、アジアの知的コミュニティを形成することを目的として計画されました。2カ月間、おなじ屋根の下で、おなじ釜の飯を食べ、フェローのあいだの信頼関係を醸成していくことが期待されています。


jf-stu3-1comasiaprev.jpg2005年に、ALFPが10年の節目を迎えるにあたり、それまでのフェローのレポートを編纂して本にまとめる計画が、フェローたち自身から出されました。賛同するフェローによる論文29編をまとめた単行本゛The Community of Asia: Concept or Reality?" (アジア共同体―概念?実体?) (Anvil出版のWebサイト)が、2006年5月、2004年度フェローのカリーナ・アフリカ・ボラスコ氏が所属するフィリピンのAnvil出版から発行されました。

この機会に、この出版物のプロモーションをかねて、アジア域外のPIとの対話をおこなうことにしました。これにより、アジアのPIの考えていることを世界に発信し、アジアのPIが世界のPIを理解するとともに、アジアのPIどおしの相互理解、信頼をいっそう深めることに役にたつのではないかという期待からでした。

いろいろ検討した結果、この域外対話を、ハワイのイースト・ウエスト・センター(EWC)で行うことにしました。永年の友人Charles Morrison EWC所長の英断で、協力してくれることになったのでした。
2006年5月19日10カ国12人のフェローが、EWCに集いました。迎えるは、EWCフェロー、ハワイ大学教授、現職・元外交官など、多彩でした。ALFPフェローが出版物に掲載のペーパーにもとづき発表し、これにアメリカ側がコメントする形で、ワークショップは進められました。

知的刺激にみちた意見交換が緊張を引き起こしたのは、発表ペーパー・タイトルの変更を要求されたALFPフェローが、アメリカ側に反攻を仕掛けたときでした。
もとのタイトルはDemocracy: Floating Significance(民主主義:浮揚する意義・重要性;民主主義の重要性は、民主主義を受け入れる国や社会の歴史的、文化的背景によって異なる、という意味か)。
これが、話し合いの結果、しぶしぶFloating Signifier(民主主義の概念が一定しない、という意味か)に変更させられたことに対する不満を爆発させたのでした。

この変更を要求したEWCの真意は、わかりません。民主主義を世界に浸透させることを外交の最大の柱としている米国政府ですので、世界の民主主義がぐらついているような内容の議論は、米国政府の資金援助を受けているEWCとしては、表に出しづらかったのでしょうか。
アジアのフェローは、政治で民主的成果を発揮するために国王の力を借りなければならない自国の例を紹介して、一律的民主主義を伝道しようとするアメリカの価値の半強制的輸出の姿勢にたいするいらつきをストレートに表現していました。それはまた、民主主義を標榜していながら、シンポジウムのタイトルの自由を認めない姿勢にたいするいらつきでもありました。

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あくる日のシンポジウムでも、アジアのフェローは、挑戦的でした。「そもそも民主主義の効用とは、いったいなんだろうか?」と挑発的でした。
アメリカ側は、多くの参加者が、アジア側のいらつきの原因と、論点を理解できずにいたようでした。アジア側の論者は、留学その他でアメリカに長く滞在し、アメリカ側に発した問いについて、長期間自問してきています。問いそのものに重みがあります。
価値観を共有することと、価値観を押しつけられたと感じてしまうこととの、埋まることのない落差。
五月晴れの軽やかなハワイの5月のなんと重い時間であったことでしょうか。


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