JF便り 日本研究・知的交流編・11号 国際シンポジウム 「人の移動と文化的アイデンティティ~日独社会への示唆~」 開催報告

日本研究・知的交流部
欧州・中東・アフリカチーム (担当:後藤愛)


去る2009年3月11日から12日に、国際交流基金(ジャパンファウンデーション)は、コンラート・アデナウアー財団(ドイツ)と特定非営利活動法人関西国際交流団体協議会との共催により、標題のシンポジウムを開催しました。

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シンポジウム開催告知チラシはこちら (PDF/2,147KB)

参加者一行は2009年3月10日に開催地である大阪市港区に現地入りしました。翌11日は終日の非公開専門家会議、そして12日は午前中に神戸市の多文化共生に関する施設を2カ所サイトビジットで訪れ、午後には前日の議論を踏まえて、一般の方々と「人の移動と文化的アイデンティティ」についてさらに討議を深めるための、公開シンポジウムを開催しました。


■概要
本事業は、ジャパンファウンデーションにおける知的交流事業の一環として企画されました。知的交流事業では、欧州地域と日本およびアジア地域の共通課題を両国・地域の専門家や市民の対話ための場(フォーラム)を設定し、各種テーマに関するシンポジウムを開催しています。今回は、2007年度にシンポジウム共催をしたコンラート・アデナウアー財団(ドイツ)と日独が共通にもつ課題に関するシンポジウム開催事業の第2年目として行ないました。(第1年目であった2007年度は「家庭と仕事 (Family and Work)」のテーマで2008年3月に東京にて開催。)

■実施報告 
その1:3月11日 水曜日/専門家会議

jf-stu11_01.jpgここでは、翌日のシンポジウムで登壇するパネリストたちが、各専門から報告を行ない、参加者全員と議論を行ないました。井口泰関西学院大学教授の基調講演「人の移動をめぐる日本とドイツの現実」で始まり、続いて「自治体レベルの政策」(第1セッション)、「国レベルの政策」(第2セッション)、「アジアとヨーロッパにおける地域統合の視点」(第3セッション)、という3部構成で各参加者が報告・議論を行ない、更にアジアとヨーロッパが相互に学び合える点は何かにつき、また翌日のシンポジウムでの方向性について議論を行ないました。


■実施報告
その2:3月12日 木曜日 午前/サイトビジット

一向は、大阪を離れて神戸に向かい、(1)社会福祉法人こころの家族の運営する「故郷の家 神戸」(神戸市長田区)と、(2)たかとりコミュニティセンター内の「FMわぃわぃ」(神戸市長田区)を訪ねました。

(1)「故郷の家」では、在日コリアンのお年寄りが安心して暮らせるためにという理念で建てられた老人ホームの様子を視察しました。特に、入居者が日本語とハングルのどちらで話しても対応できる多言語環境を整えていること、文化行事が多く楽しみながら暮らせるところに、参加者の関心が集まりました。また、海外の参加者からは、仏教もイメージが強い日本において、キリスト教の精神に基づいて建てられた本施設が異なる宗教を受け入れている点にも関心が示されました。

(2)「FMわぃわぃ」では、1995年の阪神・淡路大震災の被災直後に、外国人住民に対して偏見があらわになった例などの紹介があり、そのときの問題意識から、コミュニティセンターで多文化共生のための活動が恒常的に始まったとの紹介がありました。また非常事態における多言語放送の必要性を痛感した経験から、神戸の経験が2007年の新潟県中越沖地震の際に活かされ、支援を提供したことなどが語られました。参加者からは、被災の際の深刻な被害の経験を糧に、日本全国に経験知を広める試みに関心が示されました。

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(3)朝の空き時間を利用して、神戸から世界へ移民船が出航していったのを記念した「神戸港移民船乗船記念碑」も訪れました。

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■実施報告
その3:3月12日 木曜日/公開シンポジウム14時から18時

神戸市のサイトビジットから大阪市に戻り、公開シンポジウムが開催されました。
(参加予定の日本経済団体連合会産業第一本部井上洋本部長は急用により欠席。)

【基調講演】
井口泰教授の基調講演「人の移動をめぐる日本とドイツの現実」では、日本とドイツの移民の状況に関する概説が行なわれ、特に本日のシンポジウムでは、(1)アイデンティティの問題、(2)アジアとヨーロッパという地域同士の比較の視点、(3)ローカル/ナショナル/リージョナルという3つのレベルの観点、という3つの軸から議論を進めるという方向性が示されました。

【第1セッション】
前日の専門家会議からの報告
「自治体レベル、国レベル、地域レベル:人の移動とアイデンティティに関する現状と課題」

jf-stu11_07.jpg第1セッションでは、中山暁雄氏(国際移住機関駐日代表)のモデレートによって、「外国人」と「移民」の定義は異なることについての解説に加え、移民に関する課題は、一部有識者や政策関係者のみでなく、本日のように市民を巻き込んだ議論の積み重ねこそが求められており、本シンポジウムもその文脈の中にあるとの話がありました。

北脇保之教授(東京外国語大学)が自治体政策に関するセッションの報告、ブレント・アスラン氏(ドイツ・トルコフォーラム議長)が国レベルの政策に関するセッションの報告、そしてポントゥス・オドマルン氏(エジンバラ大学講師)が地域統合に関するセッションの報告を行ないました。 「同化」「分離」「多文化主義」という3つのモデルを移民受入国が時々に応じて採用してきたことにも触れられ、「管理」という観点から語られることの多い「移民」に関する政策議論において、移民の個人としての尊厳や人権を守るための施策について、自治体、国、地域のそれぞれのレベルで、より深い議論が必要であろうとの指摘が行なわれました。


【第2セッション】
パネルディスカッション
「アジアとヨーロッパの人の移動と地域統合:個人・国家・地域におけるアイデンティティの今と未来」

jf-stu11_08.jpg井口泰教授(関西学院大学)をモデレーターに、大石奈々准教授(国際基督教大学准教授)、トマス・クフェン氏(北ライン・ウェストファリア州移民長官)、太田泰彦氏(日本経済新聞社編集委員兼論説委員)、エヴィ・アリフィン氏(東南アジア研究所客員研究員)がパネリストとして登壇しました。

モデレーターから、(1)人材育成、(2)国と地方との連携、(3)受入国側としてするべきこと、双方向性という論点、(4)(ヨーロッパ人、アジア人といった地域に根ざした)アイデンティティの可能性、という4つの論点が示されたことを受け、受入国側でも留学の奨励や制度の整備などで多文化に適応でき好奇心をもった人材を育てる必要性や、公教育における移民のための多言語教育の現状と未来像について議論がなされました。また、国籍による「日本人」「ドイツ人」といった区別と、人々の見た目が多様化していることも指摘され、見た目で短絡的に国籍を判断することをせず、想像力をもって接することの大事さに話が及びました。

最後に座長総括として、井口泰教授から、アジアの今後の成長を見越し、アジアとともに歩む日本という位置づけから日本の将来像を改めて考えること、そして国籍で差別されることなく個人が尊厳を持って暮らせる社会の実現に向けて、議論と実践を続けてゆくことの重要性が再確認され、シンポジウムは終了となりました。

■会場来場者からのコメント
3月12日の公開シンポジウムには晴天にも恵まれ、84名の来場者にお越しいただきました。途中、2度設けられたパネリストに対する質問票回収の時間には、時間ぎりぎりを使って、用紙いっぱいにコメントを書き込む来場者が多数いらっしゃいました。アンケート回答者(49名)のうち9割以上の方から「とても満足」または「まあ満足」の評価をいただきました。前向きなコメントとして「聞き応えがあった」「パネリストの議論が有意義だった」「アイデンティティについて興味深い考えを聞けた」「学ぶこと大だった」などをお寄せいただいた一方、「日独比較の視点がもっとほしかった」「移民に固有のアイデンティティの問題について聞きたかった」「時間が足りなかった」などの意見も頂きました。

■終わりに
jf-stu11_06.jpg3月12日のシンポジウムにご来場・ご参加いただいた皆様、大変ありがとうございました。2日間という短い期間に非常に多くのことを議論する試みでありましたが、参加者および来場者の皆様にとって、新しい視点を得て、アジアとヨーロッパにおける多様な人々の共生を考えるきっかけとなっていることを、主催者一同、願ってやみません。
皆様の「移動」と「アイデンティティ」の探求が多運に恵まれますように!

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