雑誌『をちこち(遠近)』
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シカゴ:1893年コロンビア博覧会

在シカゴ総領事館
免田 征子

「シカゴといえば?」
「1871年の大火」
というのが答えのひとつだそうなのである。

日本人の感覚からすると若干不思議だが、シカゴのサッカー・チームの名前は、ここからの着想で、「シカゴ・ファイアー」である。ちなみに、カリフォルニア州サンノゼでは「サンノゼ・アースクウェイクス」と自然災害仲間。

かくまで有名なシカゴの大火で、街の5分の3が焼けたといわれている。その後、わずか20年後の1893年に、世界コロンビア万国博覧会の開催地としてシカゴが選ばれた。

現在のシカゴ市南部に美しい白い建物群が人工池や運河の間に建設され、その荘厳な様子は世界中に報道されて、シカゴが「灰の中から不死鳥のごとくよみがえった」ことを知らしめた。現在も、当時の建物の一つは科学産業博物館として活用されているので、当時の面影を想像することができる。

Okakura Tenshin's book 'Illustrated Description of the Hooden (1893)'
Okakura Tenshin's book
"Illustrated Description of the Hooden (1893)"

この万博で、日本政府は日本から宮大工を送り込み、平安・室町・江戸時代の建築様式をそれぞれ組み合わせた鳳凰殿というパビリオンを建設した。不死鳥(鳳凰)が使われたことは、大火からよみがえったシカゴを思わせ、喜ばれたといわれている。万博後、鳳凰殿は長くシカゴ市内の公園に残り、一時は茶店としても使われていたが、残念ながらその後に消失してしまった。

唯一焼け残ったのは4枚の欄間で、それぞれシカゴ美術館とイリノイ大学に分かれて保管されていたが、うち2枚は、今秋、シカゴ美術館の日本ギャラリーの拡張オープン後、修復され、ギャラリー内に一緒に展示されることになった。来年の夏頃には公開される予定なので、シカゴ美術館を訪れる方はお見逃し無く。

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