雑誌『をちこち(遠近)』
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国際交流基金の関連事業

消えたアジア外交?-ベトナムで考えた日本外交の盲点

添谷芳秀(慶應義塾大学教授)



 会場を埋めつくした数百人の熱気と射るような眼差し――ハノイとホーチミン市で学ぶベトナム国会大学人文社会科学大学の学生たちの日本への関心は、想像以上に高かった。ソフトパワーとパブリック・ディプロマシーについてわかり易く要点を衝いた渡辺靖教授のご講演とは趣を異にして、私に与えられた演題はちょっと硬めの"The Rise of China and Japan's Responses: Implications for Regional Security(中国の台頭と日本の対応:東アジア地域の安全保障への影響)"であった。
 講演では概ね以下のようなことを述べた。まず、中国のナショナリズムには近代史に対する屈辱意識と大国化から生まれる自信が混在しており、それが今日の国際関係を揺さぶっている。尖閣諸島問題については、今や「中華民族の復興」という中国の「夢」を公然と語る習近平体制の中長期的戦略の中に位置付けられており、国際法上の正統性を唱える日本の主張には全く聞く耳を持たない。日本とベトナムにとって中国の台頭が突きつける問題は本質的に共通しており、文字通り対等な立ち位置からその分析と対応を共有しなければならない。

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ハノイ人文社会科学大学での講演

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ホーチミン市人文社会科学大学での講演



ベトナムにとっての「隣人」中国
 今日のベトナムでは、中国がらみの内容を公開の場で語ることは極めて敏感な問題である。私の演題についても、事前に党に通報しなければならなかったと聞くが、幸い修正要求等はなくそのまま認められた。一般的にベトナムの人々の中国嫌いは徹底している。しかしベトナム共産党政権は、内心では中国を恐れ、しばしばあからさまないやがらせや脅迫を受けても中国との安定的関係の演出に腐心している。知識人はもちろん学生たちも、こうした中国問題の機微を皮膚感覚で理解している。
 そんな中国とどう付き合うのか、彼らに答えがあるわけではない。というより、答えを出すのを最初からあきらめているような趣さえある。彼らの議論には「いやな隣人だけれども、正面から歯向える相手ではない」という苦悩が滲み出ていた。講演会場の熱気には、袋小路から抜け出せない息苦しさと、出口の光が見えるのではないかという日本への期待が入り混じっているようにも思えた。



日本の対ASEAN外交
 では、日本外交の現状はどうか。今回再び政権を担うことになった安倍晋三首相の最初の外遊先は、他ならぬベトナムであった(本年1月16日)。翌17日のタイ訪問を経て、18日にはジャカルタでASEAN外交に関するスピーチをする予定であった。しかし、アルジェリアでの邦人拘束事件への対応のため帰国を早め、「開かれた、海の恵み―日本外交の新たな5原則」(2013年1月18日)と題する政策演説は幻となった。しかし、その草稿はその後、官邸や外務省のホームページに掲載され、事実上の公式声明として扱われている。

 それは「アジアの海を徹底してオープンなものとし、自由で、平和なものにする」ことを日本の国益と定義し、その目的達成のために重要なのが、第一に日米同盟であり、第二に「海洋アジアとのつながりを強くすること」であると述べる。そして、後者の意味でASEANとの関係が日本外交の基軸であるとし、以下の5原則を掲げるのである。
① 遍的価値の浸透
② 法とルールによる海の支配
③ 自由でオーブンな経済
④ 文化のつながりの充実
⑤ 未来をになう世代の交流



アジア外交の感性
 振り返ってみれば、戦後日本の東南アジア外交は、声高に価値を語ることには禁欲的に、民主化の前提として経済成長や社会的安定の重要性を強調してきた。それは、アジアの複雑性への配慮があったからである。そしてその外交は、経済支援や文化交流を軸に、日本と東南アジア諸国との間に一定の共感を生んできた。
 ベトナムの人々の熱気が示したように、今日の中国の台頭がもたらす新たな地政学的挑戦は、決して日本だけの課題ではない。同時に、中国との付き合いを止められないアジア諸国の悩みは、日本の悩みでもある。今日、日本とASEAN諸国の間には、文字通り対等なパートナーとしての新たな共感を育み、中長期的戦略を共有するチャンスがあるはずなのである。
 しかし、残念ながらベトナムで痛感したのは、近年の日本の価値外交からは、アジア外交の感性が消滅してしまったのではないかということであった。中国への対抗意識が透けて見える価値外交でアジア諸国との関係を束ねようとしても、積極的についてくるアジア諸国はベトナムを含めどこにもいなさそうである。普遍的なものを目指すにせよ、まずは東南アジア諸国との共感に支えられたものでなければ、日本外交は独りよがりに陥ってしまうだろう。





vietnam_diplomacy01.jpg 添谷 芳秀(そえや よしひで)
1987年ミシガン大学にて博士号を取得(国際政治学)。上智大学国際関係研究所助手、財団法人・平和安全保障研究所研究員などを経て、現在、慶應義塾大学法学部政治学科教授、同東アジア研究所所長・現代韓国研究センター長。専門は国際政治学、アジア太平洋・東アジアの国際関係、日本外交。
1993~94年 国際交流基金安倍フェローとして、米国東西センター訪問研究員。2001~04年 独立行政法人・経済産業研究所ファカルティーフェロー、2006年にソウル大学国際大学院訪問教授。外務省政策評価アドバイザリー・グループ・メンバー、国際文化会館評議員、米国アジア協会国際評議員などを務める。
最近の編著書に、『現代中国外交の六十年―変化と持続』(2011)、『日本の世界貢献とシヴィル・ソサエティ』(2008)、『日本の「ミドルパワー」外交』(2005)など。



編集部より
添谷先生には、国際交流基金が主催するベトナム日本研究巡回セミナー「日本の国際関係~日本・中国・米国関係と東南アジア~」の講師として、ハノイ及びホーチミンでご講演をいただきました。もうお一人の講師、渡辺靖先生によるエッセイ「日米関係をベトナムから再考する」もあわせてお楽しみください。




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