北米の観客がみたロボット演劇

宮井 太(ジャパン・ソサエティー 舞台公演部副部長)



 国際交流基金(ジャパン・ファウンデーション)は、ジャパン・ソサエティー(在ニューヨーク)との共同プロデュースにより、2013年1月から3月にかけて、平田オリザ(劇作家・演出家)が主宰する劇団「青年団」によるアンドロイド演劇『さようなら』とロボット演劇『働く私』の北米巡回公演を行いました。
 アンドロイドとロボットによる演劇は、アメリカやカナダの観客にどのように受け止められたのか、ジャパン・ソサエティーの舞台公演部副部長の宮井太さんにレポートいただきました。



大盛況だった北米ツアー
 芸術家の重要な役割の1つが、これまで誰も見たこと(考えたこと)のないものを見せる(考えさせる)、ということであるならば、平田オリザさんは今回の北米ツアーでその役割を十分に果たしたと言えるでしょう。ロボット演劇としては初めての北米ツアーとなった今回、平田オリザ作演出の2作品 『さようなら』と『働く私』は驚きと共感を持って、北米の観客や劇場関係者らに受け入れられました。

 その結果は数字にも表れています。北米ツアーにおける平均動員率(満席率)は96%にのぼり、フリン・センター(バーモント州バーリントン)とカナディアン・ステージ(カナダ・オンタリオ州トロント)では、ツアー実施の数ヶ月前に早々と追加公演が決定するなど、同事業は実施前から高い注目を集めました。

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(左)フリン・センター(バーモント州バーリントン)、(右)カナディアン・ステージ(カナダ・オンタリオ州トロント)

 結果として、カナダとアメリカの6都市での全18公演で2,833名(最大座席数:2,942席)を動員しました。また、公演内容に関するアンケート結果も、「大変満足した」と「満足した」の割合が全体の9割を占め、「今回の公演が日本の文化や技術への試みを理解する上で有効だったか」、との質問にも83%が「大変役立った」「役立った」と回答するなど、大変好意的な反応を得ました。

 ニューヨークに拠点を置く非営利文化団体ジャパン・ソサエティーと国際交流基金との共同プロデュースで実施されたこの「青年団+大阪大学ロボット演劇プロジェクトの北米ツアー」は、2013年1月30日のウェクスナー・センター (オハイオ州コロンバス)での公演を皮切りに、カナダとアメリカの6都市6会場を42日間で周る長丁場のツアーとなりました。
  このレポートでは、ロボット演劇に対する北米の観客や劇場関係者、メディアの反応、そして制作の現場について私感を交えながら報告したいと思います。

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アンドロイド演劇『さようなら』は、平田オリザと石黒浩(ロボット・アンドロイド開発者/大阪大学&ATR知能ロボティクス研究所)の長年にわたる芸術と科学の相互学術的な協力の結果生まれた、人間俳優とアンドロイドの共演作。人間とアンドロイドが共存する近未来的な設定で、死を目前にした少女と、その語り相手のアンドロイドの会話劇を通して、人間らしさや、人間の生と死とは何かという疑問を投げかける作品
Photo: Julie Lemberger


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ロボット演劇『働く私』は、人間とロボットの共演による、ほろりとさせるコメディー仕立てで、一組の夫婦と2体のメイド・ロボットが共に生活する近未来を舞台に、本来、働くことを目的として発明されたロボットが、なぜか働く「意欲」を失ったというストーリーで、働くことの意味を問いかける作品
Photo: Julie Lemberger




驚きと共感
 ウェクスナー・センターの舞台芸術部ディレクターのチャック・ヘルムは、「日本人はロボットや人工知能の研究で非常に洗練された活動を行ってきたが、彼らは人間的な性格を持つ存在としてこれら(人工物)を見ている。観客たちはロボットやアンドロイドの振る舞いに共感する、といったことを体験できたが、これはこの公演の驚くべき要素である」と答えています。
"The Japanese have always been very sophisticated about how they develop robotics and artificial intelligence. But they really view ... them with kind of human characteristics," "The audience's empathy for the robots and the androids and what they go through is actually sort of the surprise element of this show." (The Lantern, January 30, 2013)  

 また別の新聞の記者は、「作劇に登場するロボットやアンドロイドは、人間を凌駕するパワーと知能のせいで恐れられる存在として描かれることが多かったが、今回の公演ではそういった力は持ち合わせながら、主人である人間よりも、感情的に繊細で安定した能力を備えている。それが、"生身"のロボットとアンドロイドが人間と競演するこの心掻き乱される内容の作品のテーマである。danceviewtimes, February 9, 2013」といった記事を掲載しています。

 彼らはロボットやアンドロイドが生身の人間以上に繊細で、慈愛に充ち、時に人間より思慮深く行動する存在として舞台で描かれていることに驚き、生身の役者に感じるよりも、もっと素直に、その"人間性"に心動かされ共感している自分に驚かされたようでした。ビレッジ・ボイス紙やショー・ビジネス・ウィークリー紙は、その様子を以下のように伝えています。

「イクエが(働く意思を失ったロボットである)タケオをせめて散歩に誘おうとするシーンや、(ロボットの)モモコが(気力を失った主人の)ユウジを元気付けようと、彼の得意のカレーの作り方を教えてくれるように頼むシーンなどには、本当の意味でのやさしさがある。」
There is real tenderness in the scenes when Inue (原文ママ) tries to convince Takeo to at least take a walk, while Mimoko (原文ママ)tries to lift Yuuji's funk by asking him to teach her to cook his favorite curry. (The Village Voice, February 6, 2013)

「(アンドロイドが死期の迫った少女にみせる優しさや慈悲深さには、全く不自然な部分がなく人間的で)だからアンドロイドが放射能汚染地域に送り込まれるとき、彼女は"喜んで"それを受け入れ、そして観客たちは悲しい気持ちで彼女を見送ることになる。」
So when the android is sent off to work amongst nuclear ruins after her client's death, she is "happy" to be of use, and the audience is sad to see her go. (Show Business Weekly, February 15, 2013)

 こういった反応は、実は日本の観客の反応とそんなに違わないのではないでしょうか。"物に魂が宿る"といった考え方があまり一般的でなく、また日本のようにロボットやアンドロイドが(鉄腕アトムのように)人間味を持って描かれることが少なかった北米の観客にとって、『さようなら』や『働く私』での描かれ方は、しかし新鮮だったようです。



"生身"のロボットの演技
 率直に言えば、ロボットやアンドロイドは単なる物体であって、現状では"人間性"を持つようには作られていません。実際、ロボットやアンドロイドは、役柄の心情や台詞の文脈を理解して演じているのではなく、すべての行動は事前にプログラムされ、袖に控えるオペレーターがボタン操作することで、決められた動きを再現しているに過ぎません。しかし、観客はロボットたちに"人間性"を感じ、共感している自分に気づいて驚くようです。

 これは、戯曲の妙はもちろんですが、技術的な試行錯誤と緻密な調整のうえにもたらされた努力の産物でもあります。『さようなら』の出演者のブライアリー・ロングさんは、コロンバス・ディスパッチ紙とのインタビューで、「生身の役者に起こるような公演ごとの微妙な違いというものがない代わり、台詞や演技のタイミングは常に同じです。こちらの台詞が早すぎると、ロボットの呼応までにおかしな間ができてしまうし、遅すぎると、ロボットの台詞が始まってしまう。ロボットからの呼応に合わせるために、台詞や動作のタイミングには非常に神経を使いますし、ロボットとの対話のリズムが非常に難しいところです。The Columbus Dispatch, January 31, 2013」、と答えています。平田さんの役者への注文も非常に細かく、「あと0.5秒遅く」とか、「間を0.3秒短く」といった具合で、長年、平田さんとともに舞台を作ってきた役者さんたちだからこそ可能な領域と言えるでしょう。

 ロボットへの注文も同じく非常に繊細です。「首の角度をあと5度傾けましょう」といった指示をプログラマーに与え、プログラマーがその指示に従ってデータの打ち直しを行います。そして演技を見直すと、確かに前よりもよりロボットが「考え込んでいる」「なにかを躊躇している」ように見えてきます。面白いのは、平田さんのロボットへの指示と、人間の役者への指示がほとんど同じということです。これはリアリズム、メソッド演劇が盛んなアメリカの演劇人にとっては、面白い事実として受け止められたのではないでしょうか。



芸術家がもたらす新たな価値観
「ロボットやアンドロイドが日常生活の下僕として存在する生活とはどのようなものだろうか。その答えは日本人が持っているかもしれない。日常生活にロボットを融合させる研究では日本が最先端であるように、東京の青年団と大阪大学ロボットシアタープロジェクトが、人間に対するテクノロジーの効果について問う"生"の演劇作品にロボットを融合させている。」
What would life be like with robots or androids as servants? The Japanese might have an answer. Just as Japan has been on the cutting edge of integrating robots into daily life, Seinendan Theater Company of Tokyo and the Osaka University Robot Theater Project have been integrating robots into live theater pieces about the effect of technology on people. (The Columbus Dispatch, January 31, 2013)

 実際には体験できない事象を観客に見せることで、観客に想像力と考える素地を与えることも芸術家の重要な役割と言えます。ロボットは人間の日常生活に入り込み、人間と生活を共にするほどには進化していません。しかし、そういった未来はすぐそこまでやって来ています。その時ロボットと人間はどのように共生できるのか。(これは異文化コミュニケーションの問題をも提起していますが) 映画ではすでにCG技術の進歩によって、そういった生活の擬似体験ができるようになりましたが、演劇ではそれを、より実感を持って体験することができます。映画ではどこか絵空事の感覚が否めないのですが、舞台の場合、そこに生身の人間と、生身のロボットがいて、観客と同じ空間で共生する様を目の当たりにすることができます。観客たちの反応が今後のロボット開発の助けとなることはもちろんですが、ロボット演劇は北米の観客たちに最先端の科学技術と共生する未来について考える機会を提供しました。

 また別の要素として、コロンバス・アライブ紙は、「アンドロイドやロボットが不死という性格を持つにもかかわらず、彼らの存在は、良かれ悪しかれ、生身の登場人物の人間性を強調する。例えば『さようなら』の台本には、福島第一原発での放射能漏れ事故の場面が東日本大震災以降に追加された。先端技術が我々にもたらす痛みを考える一方で、同時に観客は、先端技術がもたらした恩恵についても連想する、例えば、アンドロイドが舞台上で演じるといった。(Columbus Alive, January 31, 2013)」との感想を掲載しています。

 今回の原発事故では、放射能汚染のため人間が入って作業できない場所にロボットを派遣してこれに当たらせる、という発想がありました。最先端の科学技術によってもたらされた未曾有の厄災に対して、最先端の科学技術が投入される。危険地域で活動するロボットの開発ではアメリカが先進国ですので、こういった対応は非常に分かりやすいものだったと思います。
 しかし、『さようなら』では、先端技術(アンドロイド)が「人の心の癒し」というソフト面に活用されています。科学技術と向き合う日本人のメンタリティの表れとも言えるでしょう。(余談ですが、ここでもアンドロイドを受け取りに来た作業員がアンドロイドに頭を下げる場面がありますが、物体であるアンドロイドに"すまない""ありがたい"と思う気持ちを示す人の心というのは、興味深いものだったかもしれません。)



ツアーを振り返って
 今回のツアーでは、仕込み時間のほとんどはロボットの調整作業に使われました。劇場ごとの作業を簡潔にするため、アクティングエリアは各地とも同じサイズに設定され、それに合わせて日本でプログラムを準備して来ました。それでも、ツアー1箇所目のウェクスナー・センターでは、ドレス・リハーサル中にロボットが舞台から落下する、という事故がありました。幸い大事には至らず、パーツは現地調達と日本からの取り寄せで対応することができました。

 また公演以外にも、ニューヨークのジャパン・ソサエティーでは石黒浩教授による講演会、平田オリザさんによるワークショップやニューヨーク市立大学での特別講義、出演者も参加してのアフター・トークなどを実施しました。さらに、ウェクスナー・センターではオハイオ州立大学の技術系と劇場系の学生がそれぞれの立場から参加したディスカッションを、カナディアン・ステージでは、平田さんの別作品のリーディング公演や学生による自作ロボットの品評会など、多彩な関連事業を開催しました。教育アウトリーチ活動は時にアーティストに負担をかけることもありますが、公的な助成を受けて開催される海外公演や、新しい試みを海外で紹介する事業では重要な活動です。とくに海外の観客や劇場関係者は、例え英語が流暢でなくても、アーティストの生の声を聴きたがります。平田さんの話は明快で海外の人にも分かりやすく、平田さんというアーティストや作品、そして日本文化を多角的に理解する助けとなりました。

 北米に限らず海外の観客や劇場関係者は、「現在の日本文化を切り取る作品」「新しい価値観を提供してくれる作品」「これまでに見たことのない作品」を望む傾向にあります。そこには「なぜ、この作品を海外の観客に見せる必要があるのか」といった問いかけがあります。今回のロボット演劇ツアーがこの問いかけに十分に答えるものであったことは、観客や劇場関係者、メディアの反応からも言えるのではないでしょうか。

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ニューヨーク公演では、2月8日と9日の公演後に、平田オリザ・石黒浩両氏のよるトークも実施された。特に2日目の公演は、インターネットを通じてイリノイ大学劇場でも同時配信され、公演後のトークには、イリノイ大学で配信映像を見た観客も参加した。写真は、ニューヨークのトーク会場の背後に写っているのはイリノイ大学から中継で質問する観客。
Photo: Japan Society






robot_north_american01.jpg 宮井 太(みやい ふとし)
1967年和歌山県生まれ。96年、セゾン文化財団・コロンビア大学奨学生として渡米、99年、コロンビア大学大学院・芸術経営プログラムを修了。 同年7月より、ニューヨークに拠点を置く非営利文化団体であるジャパン・ソサエティー舞台公演部に勤務し、主にプロダクション・マネージメントを担当する。2004年より現職。


white.jpg 平田オリザ「青年団」 アンドロイド演劇『さようなら』・ロボット演劇『働く私』
北米巡回公演日程

■ コロンバス(アメリカ・オハイオ州)
日程:2013年1月31日 (木曜日) ~2月2日 (土曜日)
会場:Wexner Center for the Arts

■ ニューヨーク(アメリカ・ニューヨーク州)
日程:2013年2月7日 (木曜日) ~2月9日 (土曜日)
会場:Japan Society

■ フィラデルフィア(アメリカ・ペンシルベニア州)
日程:2013年2月15日 (金曜日)、2月16日 (土曜日)
会場:Philadelphia Live Arts

■ バーリントン(アメリカ・バーモント州)
日程:2013年2月21日 (木曜日)、2月22日 (金曜日)
会場:Flynn Center for the Performing Arts

■ トロント(カナダ・オンタリオ州)
日程:2013年2月26日 (火曜日)~3月2日 (土曜日)
会場:Canadian Stage

■ ピッツバーグ(アメリカ・ペンシルベニア州)
日程:2013年3月8日 (金曜日)、3月9日 (土曜日)
会場:The Andy Warhol Museum




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