初音ミクが起す社会現象

伊藤 博之
クリプトン・フューチャー・メディア株式会社社長



バーチャル・シンガー『初音ミク』(はつね ミク)は、クリプトン・フューチャー・メディア社から発売されているボーカル・アンドロイド=VOCALOID(ボーカロイド)。
2007年の発売以来、国内のみならず海外でも爆発的な人気をキープし続ける初音ミク、待望の英語版が2013年夏にリリースされる。
生みの親、伊藤博之さんが、世界的な文化コンテンツとなった「初音ミク」の最前線を語る。




「毎日、海外からオファーが来るんです。」
 初音ミクには、世界中からコンサートのオファーがたくさん来ます。まだ行ったことがない国ばかりなので、なるべく多く行ってみたいですね。
 これまでの海外公演で印象に残っているのは、やはり日本国外での初めて初音ミクをお披露目したときのこと。
 2010年、ニューヨークの「New York Comic Con」で「ミクの日大感謝祭」の映像ライブを行なったのですが、コンサート会場に行ってみたら、満員、長蛇の列でホールに人が入れなかったので、急遽、別の会場も開放しました。
 また2011年、米国・ロサンゼルスで開催された『Anime Expo 2011』の一環で、NOKIAシアターでの、初音ミクの初の海外コンサート。チケットは2週間で売り切れになったので、追加席も用意、5000席が埋まりました。自分が思っている以上にアメリカで初音ミクは浸透しているなぁ、と実感しましたね。

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NYアニメフェスにて

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ANIME EXPO 2011:基調講演

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ANIME EXPO 2012:初音ミクのコスプレーヤー

 一番最近の海外コンサートは、2012年10月に台湾、香港で行なったのですが、台湾は7,000名、香港は6,000名のファンが集まりました。その他、シンガポールでもコンサートを開催したことがあります。アジアのほうが、アメリカより人気があります。ファンの年齢層は、香港では中学生や高校生が多く、日本は「おじさん層」が多く、台湾は日本と香港のあいだぐらいかな。
 香港でのコンサートのあとに、ファンに声をかけられたのですが、北京の女子学生で、汽車で30時間かけて初音ミクのコンサートに来た、と言っていました。明日また30時間かけて北京に帰る、と。嬉しかったですね。
 最近はウクライナのキエフとか、なぜかロシアの周辺地域から多くオファーが来ます。でも、初音ミクのコンサートは「電気があれば動くだろう」と思う人が多いみたいですが、もちろん電気だけではなく、結構コストがかかるので、全部のオファーには応えることは、残念ながらできないのですが。

 コンサートだと、フレーズをみんなが口ずさむので、世界のどこであっても、ファンのみんなが日本語で歌ってくれます。それを目の当たりにすると、海外の人たちへ、ある意味、「日本の文化」をアピールしているなぁ、と感じます。 海外で公演するときは、なるべくその土地のクリエイターの制作物を取り入れる、つまり、楽曲をアルバムの曲に入れたり、イラストをポスターに採用したりなどようにしています。例えば、台湾でCDを出したときは、台湾の女子高生が書いたイラストを使わせてもらいました。なるべくその土地のいろんな人を巻き込んで、「国際交流」の側面を持たせるようにしています。

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7,000人を動員した台湾公演



「初音ミク」誕生まで
 コンピューターミュージック専門の会社を設立して18年が経ちました。僕も昔はエレクトリックの音楽を作っていました。VOCALOIDというのは、ヤマハが開発した歌声合成技術とそのソフトウェアのことで、簡単に言うと、音符と歌詞を入力すると歌声に変換してくれる音楽のソフトウェアです。
 バーチャル・インストゥルメントというのですが、ピアノ、ドラム、オーケストラなど、コンピューターを使って楽器を奏でることも出来ます。
 僕が「歌」というバーチャル・インストゥルメントを扱いたいと思っていたら、VOCALOIDがフィットしたので、製品のラインナップの中に、「歌」という楽器が加わったのがきっかけです。
 パッケージのイラストは、「歌っている人格」をアピールするため、コンピューターの中に人がいるという製品のコンセプトのほうが分かりやすいと考えました。ただ、声を提供してくれている「本当の人間」のビジュアル映像を使ってしまうと生々しい感じがするので、アニメのキャラクターを使うことにしました。
 最初に作ったのが「MEIKO」というソフトウェアで2004年。好評だったので、より精緻にキャラクターのコンセプトを詰めて製品化したのが「初音ミク」です。
 以来複数製品を開発しましたが、いまだに「初音ミク」の人気が高いです。



価値観の変換
 「初音ミク」が世界中に広がっている、この社会現象をどう思っているかですが、今までのコンテンツは、プロのアーティストやクリエーターが作り、企業がプロモーションを行い、マスメディアを通して宣伝、そして小売業が販売・流通させてきました。アニメに限らず、市販の音楽も商品からスタートしているんです。売るためのコンテンツとして企業が作ったパッケージが世の中に出回る。つまり、不正なコピーなども行なわれないようにして、販売する地域も、「日本」や「北米」と決めて売っていた。対価を払って製品(複製物)を買って成り立っていたビジネスモデルです。商品がインターネット上で情報共有されて、シェアされて社会に広がるという方法は存在しなかったんです。
 しかし、ボーカロイドのコンテンツや音楽は、そういった既存のビジネスモデルとは全く異なった出発点で、個人的な趣味として、成果物を公開しているので作り方も全然違っています。もともと商売としてはじめているわけではないんです。
 今のインターネット時代、世界中に簡単に個人の情報が伝わります。作者が伝えたいメッセージは、結果として、コンテンツとしてインターネットで世界中に広がっていく、そんな、非常に新しい創作の形だと思います。
 消費者が作った曲がカラオケに入り、コンサートで人を集める。インターネットを通じた新しいマーケティングの方法で、今後もどんどん増えていくと思います。そのスタートが初音ミクなんだろうな、と実感しています。

 今、いろいろな価値が変わっている社会変化の過渡期ではないでしょうか。価値が多様化し、「お金」についての価値が変わって、資本主義ではなく、なにか違う動機に基づいた経済の萌芽を感じます。
 その文脈で、ソフトコンテンツがとても大事になってくると考えています。例えば、Facebookの「いいね」に表象されるもの。「いいね」は、人気のバロメーターであり、気持ちのバロメーター。まだ明確には、気持ちや感情のバロメーターの重要性が声高には語られていませんが、これからの時代、そういった「こころ」に重点が置かれた価値が重要になってくると思います。


 

(写真:CRYPTON FUTURE MEDIA, INC.)
(聞き手:「をちこちMagazine」編集部)





hatsune_miku01.jpg 伊藤 博之(いとう ひろゆき)
クリプトン・フューチャー・メディア株式会社代表取締役。
1965年北海道生まれ。1995年クリプトン・フューチャー・メディア株式会社を札幌市に設立。アメリカ、ヨーロッパなど世界各国に50数社の提携先を持ち、100万件以上のサウンドコンテンツを日本市場でライセンス販売している。会社のスローガンは、『音で発想するチーム』。




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