雑誌『をちこち(遠近)』
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「スポーツ文化を基点とした対話」の現在とこれから

【特集070】

この秋、ラグビーワールドカップが日本で開催され、国内でのラグビーの人気もますます高まっています。そんな中、世界ではSDP(Sport for Development and Peace)とよばれる、開発や平和のためにスポーツの理念を広める運動が注目されています。2018年度の国際交流基金アジア・フェローシップとしてASEAN4か国に滞在し、ラグビーを通じたSDPの現状をリサーチされた向山昌利氏に、現地でのご経験やスポーツを通じた国際交流の可能性について、ご寄稿いただきました。

向山 昌利
流通経済大学スポーツ健康科学部准教授

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現地調査のため、乗り合いバスのジプニーで移動する筆者(フィリピンにて)

2018年夏、国際交流基金アジア・フェローシップに選ばれ、フィリピン、ラオス、ベトナム、シンガポールに約40日間滞在した。この滞在の目的は、ラグビーに注目してアジアにおける "Sport for Development and Peace(開発と平和のためのスポーツ)"(以下、SDP)の現状を理解することであった。SDPとは、(主に開発途上国に住む)人々が潜在能力を発揮できる社会環境整備を、スポーツを通じて目指す考え方や実践を意味する。

主なSDPは「より良い生活」や「より良い社会」を実現できる能力を、スポーツに参加することで身につけてもらうことを目的としている。具体的にいえば、SDPは参加する住民に対して、フェアプレーやスポーツマンシップといった社会的に重要だと思われる価値を、経験を通じて分かりやすく理解させることができると考えられている。ここには、スポーツの価値を身につけた彼・彼女達が、「より良い生活」や「より良い社会」の実現に向けて貢献してくれるだろうという期待があるのである。

SDPが注目されるようになった背景には、貧困、紛争、環境破壊といった国際的な課題を克服できる唯一の最適解があるのではなく、複数の手法を組み合わせながらその克服を目指す以外に手立てがなさそうだという共通理解がある。そこに、国際的課題を克服する手法のひとつとして、スポーツに対する期待が生まれたのである。たとえば、若者の間で高い人気を誇るスポーツは、彼・彼女らを主体的に開発プロジェクトに巻き込むことを可能にする。また、政治的に中立であるイメージを持つスポーツは、国際的な課題を抱える国や地方の政治エリート達からも受け入れられやすい。このようにオーソドックスな開発プロジェクトとは異なる特徴を持つSDPは、従来からのプロジェクトと相互補完的な役割を担える可能性があると考えられたのである。

近年のSDPは、オリンピックやサッカーワールドカップのようなスポーツ・メガイベントをきっかけに推進される点に特徴を持つ。たとえば、東京2020オリンピック・パラリンピックでは、「世界のよりよい未来をめざし、スポーツの価値を伝える」取り組みとして"SPORT FOR TOMORROW(スポーツ・フォー・トゥモロー)"というSDPが推進されている。加えて、ラグビーワールドカップ2019においても"Asian Scrum Project(アジアン・スクラム・プロジェクト)"(以下、ASP)というラグビーを活用するSDPが、日本ラグビーフットボール協会を中心として推進されている。ASPは、アジアにおけるラグビーの普及を通じて、日本とアジア諸国の友好親善を実現することを目的としている。ASPはラグビーをプロジェクトで用いる競技として活用するだけではない。日本のラグビーが大切にしている価値、すなわち「ノーサイドの精神」や「ワンフォーオール・オールフォーワンの精神」といった価値もプロジェクトを運営する際の基盤として活用している。

ASPのプロジェクトのひとつが、昨夏アジア・フェローシップの主なフィールドとなったフィリピン、ラオス、ベトナムなどで実施されている"Pass It Back(パス・イット・バック)"(以下、PIB)である。ChildFundという国際NGOが実施しているPIBの目的は、貧困などの困難な立場にある若者が、ラグビーを活用するカリキュラムを通じて、自らを取り巻く課題を解決できるライフスキルを身につけることである。

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雨上がりの牧場でラグビーの練習に励む少女たち (ラオスにて)

私にとって印象に残ったことは次のような内容であった。まず、ラグビーをプレーするたくさんの女性の姿である。この背景には、女性がスポーツに参加する機会が文化的に制限されているという現地社会の特徴があるように見受けられた。すなわち、そもそもラグビーが女性にとって数少ないスポーツのひとつだったということが影響しているように思われたのである。また、現地社会にPIBを通じて新しく紹介されたラグビーは、知名度の低さゆえに男性的でも女性的でもなかった。よって、すでに人気があるために男性的とみなされていたサッカーなどと比較して、性的に中性とみなされたラグビーの方が、多くの女性達に、より魅力的に映ったとも考えられた。

次に、PIBはカリキュラムに参加する子ども達だけでなく、プログラム全般を運営する若い指導者に対してもライフスキルを習得できる機会を提供していた。年長者の社会的役割が小さくない現地社会の中で、プログラムを運営する役割も兼ねる指導者が、日常生活ではなかなか得ることができない責任ある役割を果たしながら就労する機会を、PIBは提供しているように見えた。また、若い指導者にとって、指導する子ども達の将来の可能性を拡大するという意味において、PIBは貴重な社会貢献の機会でもあった。このように、昨夏のアジア・フェローシップを通じて、アジアにおけるラグビーを活用するSDPがライフスキル養成の機会となるだけでなく、ジェンダー不平等の是正や若者の雇用創出の機会としても推進されている点を理解できたように思う。

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ベトナムにて、コーチインタビュー調査の準備にあたる様子

SDPが目指す「より良い生活」と「より良い社会」の具体像は、SDPを提供する側ではなく、SDPに参加する住民自身によって描かれることが重要だという共通認識がSDPの現場で生まれつつある。一方で、この認識をより深化させるためには、SDPが目指すべき具体的な姿を、現地社会の人々に検討してもらうだけでは不十分であるようにも思う。SDPを提供する側も、現地社会の世界観、価値観、生活様式や社会関係を深く理解することを通じて、プロジェクトがどのように位置付けられているのかを知る必要性を感じるのである。そこでは、SDPを「スポーツを通じた異文化交流」と捉え、その実態を理解しようと努める姿勢がまずは重要になってくると思う。つまり、SDPを「提供する側」から「提供される側」への一方向への介入と捉えるのではなく、「スポーツという文化を基点とした他者との対話」という双方向の営みとして位置付けることが求められるのである。

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プレーに参加するメンバーは年齢や性別、経験も多様(ラオスにて)

以上のように、スポーツを通じて「より良い生活」と「より良い社会」の実現を目指すSDPがスポーツ・メガイベントを契機に推進されている。スポーツ・メガイベントを契機としたSDP推進という潮流は、競技成績(メダル獲得数など)や経済波及効果などと比較すると、あまり注目されていないように感じる。確かに、国際的課題の克服の必要性を実生活で認識できるような機会は少ない。しかし、この潮流は、人種、国籍、宗教などにかかわらず全ての人々の「より良い未来」の創出につながる大きな可能性を持つ。この可能性の拡大に向けて、筆者はフェローシップ活動を通じて語り合った仲間とともに歩みを進めたいと考えている。

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向山 昌利(むこうやま まさとし)
流通経済大学スポーツ健康科学部准教授(スポーツ社会学、スポーツマネジメント)。「開発のためのスポーツ」の研究と実践に取り組んでいる。
2018年度アジア・フェローシップに選ばれ、ラグビーを活用する国際開発プログラム調査をASEAN4か国で実施した。

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