訪米記―ともに歌う、ともかくも

松浦理英子
小説家

出版まで、そして出発まで

  『親指Pの修業時代』が英語に翻訳されアメリカで発売されたことには格別の感慨を催す。膨大な読書人口を有するアメリカ及び英語圏に作品を送り出すのは、日本語を始めとする英語訳が簡単ではない言語を使って書く作家の抱く夢の一つだと思うが、私の場合はそれに加えて、この作品は九〇年代に一度アメリカの出版社と出版契約を結び、前払い金を受け取り翻訳者にも紹介されていたにもかかわらず、先方の都合で出版キャンセルとなった、という経緯がある。それから十年以上が過ぎ、英語訳の夢はおろか『親指P』という作品のことさえ頭の隅に吹き払われてしまっていた。

  しかし、英語版『親指P』の、黒地にタイトルを銀色と鮮やかなピンク色で印字した、ポップであると同時にいわくありげな、しかし俗悪には陥らず品位を保った美しい表紙に、珍しい生きものであるかのように見入るうちに、少女時代から性革命の国として太平洋のこちら側から眩しい思いで眺めていたアメリカに自作を問える喜びがじわじわと湧き起こって来たし、国際交流基金ニューヨーク日本文化センターより招聘を受けて、アメリカの読者と直接自著について語り合えることになると、これまでメールのやり取りしかしていなかった友人と初めて直接会うかのような、期待と少々の恐れが胸に満ちて来た。

十七年というタイム・ラグ

  それにしても、二〇一〇年二月二十二日から三月二日までの今回の訪米は、日本国内での出版から十七年後である。この作品で書かれた性愛観が異文化圏で、しかも十七年のタイム・ラグがあって、はたして今共有すべき問題として受け止められるのかどうか、不安でなかったというと嘘になる。私自身も、この十七年の間に『親指P』を踏まえてさらに思想的にも技法的にも前進した作品を書いているつもりなので、そのことをアメリカの読者に知らせたいという強い気持ちがある。滞在中に行なう講演の草稿は、そんな気持ちを反映し、最新の作品にまで触れたものになっている。

  十七年というタイム・ラグに関しては、滞在中あちこちで「十七年前と現在では日本の男女のあり方はどう変わったか。また、作品の受け止められ方に変化はあったか」という質問を受けた。諸外国から女性蔑視がきわめて強いと見なされている国から来た者としては、これは是非とも答えたい事柄で、「近年の日本は、最も女嫌い(ミソジニスト)だった世代の男性が第一線を退くなどして力を弱めた一方、頑固な思い込みなしに女性に自然に向かい合うことのできる男性がふえているので、とても居心地がよくなった」と説明するたびに、私の口調には嬉しさが滲み出していたことと思う。

日本の男女関係について

  そんなふうに私は日本の上の世代の男性に対してはかなり批判的なのだが、それについていくつかの質問を受けた。

たとえば〈日米エクスチェンジ〉というニューヨーク在住の日本人と日本に関心を持つアメリカ人からなるグループとのミーティングでは、アメリカ人の男性から「男女の不平等は必ずしも男性にのみ責任があるとはいえないのではないか」との意見が出された。論理的には至極まっとうだし、その男性が進歩的だからこそできた質問だろう。「かつての日本の男性の女性嫌悪はアメリカ人には想像もできないくらい強く恐ろしいものだったので、不平等に充分に立ち向かえなかった女性の責任を問うことはできないと思う」と日本の立ち後れを強調しなければならなかったのは、日本人として無念だった。

  ただ、他国の人々への説明は難しい。先鋭的な内容の本の販売に力を入れることで知られるマクナリー・ジャクソン書店でのイベントで、聴衆の日本人女性の質問に答えて「おっしゃる通り、日本人は欧米に比べて男女の外見的な差異も少ないし、セクシャライズのプレッシャーも強くないので、その分楽なところもある」と話したところ、後で「あの時、アメリカ人の聴衆は腑に落ちない表情をしていた」と教えられた。通訳の方は正確に訳してくださったのだが、アメリカ人の聴衆は、私が身なりやセクシュアリティについて言ったことを、性役割の話と受け取ったのかも知れない。性役割についての話になると、確かに日本の男女平等指数は世界的に見て決して高い方ではないので、納得してもらえないのも無理はない。この件は聴衆ともっと活発に意見交換すべきだった。

性愛観をめぐる議論

  最も多彩な質問が出たのは、やはり作中の性愛観についてだった。もちろんそれは嬉しいことである。

  ニューヨーク郊外のバード・カレッジでは男子学生から、「作品の最後で主人公が女性の恋人ではなく男性の恋人を選んだのは、性別に囚われているせいではないのか」という意味の質問を受けた。「そういうふうに読む人は日本にもいるけれども、そうではなく、逆に性別にも性にまつわる新旧のイデオロギーにも囚われていないからこそ、主人公は性の流儀が自分と合う相手を性別にかかわりなく選ぶことができたのだ」と答えた。

  シアトルのパナマ・ホテルではクィア・グループに入っているという女性から、「ジェンダーを越えることをテーマとする小説で、女性の足の親指が男性器になるという設定にしたのはなぜか」という、セクシュアリティを研究している人ならではのたいへんいい質問が出された。「変化した親指は形こそ男性器そっくりだけれども、機能からすると実は女性器のクリトリスに相当する」という私の説明は、意表を突くものだったのではないだろうか。作者である私自身、そのことに最初から気がついていたわけではないからだ。

  コロンビア大学内のドナルド・キーン日本文化センターでは、中高年のアメリカ人女性から「性転換している登場人物が出て来るが、なぜあのように平凡な人物を出したのか」と訊かれた。その登場人物のどこを指してどのような意味で「平凡」と言っているのかわからなかったが、「作者としては平凡だと思わない。むしろ、男性から女性に性転換しながら、理想の恋人を〈ペニスを持った女性〉とするあの登場人物は、非常に独得だと考えている。私は、男であれ女であれ同性愛者であれ性転換者であれ、レッテルでまとめて同一視はしたくない。一人一人の個性を見たい」と答えた。少したってから、その人は無表情で退場した。できれば追加の質問も受け、議論を深めたかったのだが。

  日本でも同様だが、セクシュアリティ論を学んでいる人は、セクシュアリティ論のコードに則った質問をして来る。答える私は、既存のセクシュアリティ論のコードに沿った小説は書かない。すべて自前で感じ考えたことを小説に投入している。それゆえに曲解され嫌われることもある。セクシュアリティ論の本場であるアメリカで、攻撃的な質問を浴びることもあるかと思っていたが、概して友好的に対話できたのはよかった。

ともに歌う、ともかくも

  アメリカにはセクシュアリティを研究するような進歩的な人々だけではなく、人種差別者もいれば、規範から逸脱した人々を激しく憎み暴力行為に及んだりする超保守的な人々もいることは、ニュースや文献で知っていた。私はアメリカでは全く知られた存在ではないので、イベントの場所にその類の人が嫌がらせに現われるということはまずないに違いないのだが、万が一現われたらどう対応するか、ということも考えないではいられなかった。結論をいえば最後までそうした人は現われず、安堵すると同時に、友好的でものわかりのいい人々とだけ会っていたのではアメリカと充分に出会ったことにはならないだろう、とも考えた。

  まあ運命によってはいつかアメリカで敵対者とぶつかるかも知れないし、日本でもさんざん不快な思いをして来たのだから、この上アメリカでまで嫌な目に遭わなくてもいいような気もする。さしあたっては、アメリカで日々苦労を重ねているマイノリティがいることを忘れないでいたい。

  充実した旅だった。イベント以外にも、美術館を回ったり、アメリカ人編集者のお宅に招待していただいたり、シアトルの動物園に出かけたり、と楽しい時間を過ごせた。アメリカ人編集者Eさんには、かねがねアメリカ人に尋ねてみたかったことを尋ねることができた。「私の発声はトルーマン・カポーティに似ていませんか?」「いや、カポーティの声は高いが、あなたの声は低いから似ていないよ。」

  私は自分の声が緊張している時などに甲高く裏返るように感じていたのだった。カポーティに似ているとしても悪い気はしない。Eさんの言う通り、普段喋る声は低めに抑えている。しかし、歌うとソプラノである。ニューヨークに大雪が降った夜、コロンビア大学の大学院で日本語または日本文学を学ぶ人たちも交えて、韓国人経営のカラオケ・ボックスに行った。院生の若者たちはたくさんの日本の歌を上手に歌った。私はルー・リードやリアーナやアリシア・キーズを歌った。歌による交歓もまた忘れがたい思い出である。

略歴

松浦理英子(まつうら りえこ)
小説家

青山学院大学文学部仏文科卒。在学中に書いた『葬儀の日』が文學界新人賞を受賞。1987年刊行の『ナチュラル・ウーマン』で女性同士の恋愛を描き、注目を集める。『親指Pの修業時代』で女流文学賞を、2008年に『犬身』で読売文学賞を受賞。『ナチュラル・ウーマン』はフランス語、イタリア語、中国語、スロベニア語に翻訳され、『親指Pの修業時代』はフランス版、イタリア版、台湾版、英語版が発売されるなど、海外での評価も高い。

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