雑誌『をちこち(遠近)』
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鈴木康広が結んだ「近所」と「地球」

2016年9月に開催した「ロンドン・デザイン・ビエンナーレ 2016」は、世界37か国が参加するデザインの国際展です。その日本代表として選ばれたのは、日常の発見や記憶をテーマにコンセプトからデザインを造形していくアーティストの鈴木康広さんです。近年、美術館での大規模個展を経験し、自らの立ち位置を再確認できたと語る鈴木さんは、ビエンナーレが提示した「Utopia by Design」というテーマに対して、「近所の地球」という言葉で応えたといいます。
鈴木さんが考える「近所」「地球」とはいったい何でしょうか? 日本代表のキュレトリアル・アドバイザーを務めた川上典李子さんと共にビエンナーレを振り返ります。

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アーティストの鈴木康広さん(左)とロンドン・デザイン・ビエンナーレ 2016でキュレトリアル・アドバイザーを務めた川上典李子さん(右)

ビエンナーレに参加して

ー 第1回目の開催となった昨年のロンドン・デザイン・ビエンナーレでは、柏木博さん、川上元美さん、藤本幸三さん、そして川上典李子さんが日本のアドバイザリー・コミッティーとして招集され、出品作家に鈴木康広さんを選出しました。まず、その経緯からお伺いできればと思います。

川上 同ビエンナーレが初開催ということもあって、展示傾向などほとんど未知数だったんです。分かっているのはロンドン・デザイン・フェスティバルを立ち上げた主要メンバーが長年構想した企画がついに実現したということ。そして「Utopia by Design」という全体テーマでした。

 今日のヨーロッパで「ユートピア」というテーマを掲げている以上、戦争や難民問題を始めとする今日の課題に向けた提案が示されるのではないかということは推測しました。その中で日本がどんな方向性を示せるかを考えたときに、コミッティーメンバー全員が共有していたのが、一つの「視点」を提供できる人を選びたいという意識です。視点そのものの重要性を伝えたかった。

ー 視点というと?

川上 理想郷を意味するユートピアを仮想の存在として捉えるのではなく、ある意味では手の届くものとして考えるきっかけを与えるような視点。そして、柔軟な発想によって普段は接続されていないもの同士に橋をかけることのできる視点、という意味ですね。

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ー それを受けて鈴木さんはどんな反応を?

鈴木 すごく戸惑いました(笑)。もちろん、大変光栄なことですが、自分のことは自分がいちばん知らない、という意識が常にありますからね。作品制作と展示の構成は本質的に異なる作業と思っているので、川上典李子さんにキュレトリアル・アドバイザーとしてご協力いただけることになり、スタートを切ることができました。

 ロンドンの話をするために、一度過去に遡らせてください。2001年に「デジスタ」(NHK-BSで放送された作品公募番組「デジタルスタジアム」。メディア・アーティストを特に多く輩出したことで知られる)で《遊具の透視法》を紹介されたことが、作家活動を始める重要なきっかけになりました。今、振り返ってみると、しばらくは作品が一人歩きして広まってゆき、僕が作者としてなんとか追いかけていくかたちでした。その時点で僕はまだアーティストではなかったと思います。
 僕は美術系の大学で教育を受けたので、アートやデザインとはこういうものである、という知識や思い込みがある程度、刷り込まれていたんですね。ですから《遊具の透視法》も、メディアアートの開祖とも言えるマルセル・デュシャンが提起したレディメイドの概念を踏まえて、既製品である公園の遊具・・・・・・つまり戦後日本で大量生産された遊具を使い、かつそれをスクリーンとして転用する意味や公共空間での映像表現としての新しさを追究していました。

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《遊具の透視法》撮影:川内倫子

ー 《遊具の透視法》は、誰も乗っていない球形の遊具を回転させ、その表面に遊具で遊ぶ子供たちの映像を投射する、というものですね。

鈴木 固定したスクリーンに投影するのではなく、残像現象として浮かび上げることで、情報化された映像ではなく、その場で生まれた現象として映像を再生することができたと思っています。当時の風潮として、コンピュータを介してあらゆる事象を情報化して扱うことに価値があると感じていて、積極的にメディア技術を活かそうとした機運がありました。僕自身は新しい技術を取り入れつつも、情報技術に対してどこか拭い切れない違和感を持っていました。それがこの作品に現れていたような気がします。

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 ところが実際に夜の公園で展示をしてみると、当初のコンセプトとはまったく違うところに鑑賞者は反応したんです。小さい子供もおじいちゃんおばあちゃんも、すごく嬉しそうに遊具に関わる昔話や思い出話をする。何がみんなをそうさせるのか、当時はわからなかった。正直に言えば、ほんの数年前まで 言語化することもできなかったんですけど(苦笑)。

ー 言葉にできるきっかけが他にあったのですか?

鈴木 ええ。それが、2014年に水戸芸術館現代美術ギャラリーで開催した鈴木康広展「近所の地球」です。

「近所の地球」って何?

ー ビエンナーレでの個展タイトルが「A Journey Around the Neighbourhood Globe(近所の地球をめぐる旅)」ですから、2つの間には直接的な関係がありそうですね。

鈴木 「近所の地球」は2001年に僕がノートに記した言葉です。「近所」と「地球」は、普段使う言葉としてもなかなかつながらないと思いますが、ここ10数年、「近所=身近なもの」に関わる作品を展開することで、「地球」という日常からかけ離れたスケールへと感覚やリアリティーを押し拡げてきたことに気づいたんです。
 僕は、もともと海外に行きたいとは思わない人間なんですね。日々、近所を歩いているだけでも、多くの発見があって、それによって僕自身も変わることができる。だから個人的には毎日忙しくて、海外に目を向ける暇はないし、「そんなに世界を広げても・・・」という気持ちで活動してきました。
 ところが、近所に留まりがちな僕に対して、うまれた作品はなぜか次々と海外から呼ばれるようになって、作者としては作品の設営に行かざるを得ないわけです。そして、そのたびに自分にとっての新鮮な違和感のようなものを持ち帰ってきました。
 物や情報、人間までもが自由に行き来できる時代に、知識や情報としての「地球」がバラバラに浮遊していて、体験的に知っているような足元にある「地球」とどうつながっているのか、それをなんとかして統合しなければと考えました。その結果、思い浮かんだのが「近所の地球」という言葉でした。

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 地球は広いと言えば広いけれど、情報として正しく、客観的に捉えようとしたら、みんなが同じ視点に立って限られた地球を見ていることになる。一方で近所に留まって様々なものの変化に目を向けることで、次々と思いがけないものに触れることができる。切り口や視点を変えるだけで、地球という場所の広がりや現実味はいくらでも変わっていく。近所での一人ひとりの「地球」のあり方は、比べようもないくらいに多様なんです。
 水戸での個展を準備する過程で、2001年に自分の居場所を見つけるために見出した「近所の地球」を再発見することができました。今思えば、「近所の地球」こそ、僕自身にとっての「ユートピア」。そして、それはどうやら僕だけでなく、みんなの中にも潜在的にあることが展示を通してわかってきました。

ー それがビエンナーレのタイトルにも反映されているのですね。「A Journey Around the Neighbourhood Globe」は、これまで鈴木さんが手がけてきた作品のなかから約70点を厳選して展示用に手を加えたもの、さらに新作で構成されています。現地での反応はいかがでしたか?

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サマセット・ハウスでの日本展示の様子

鈴木 予想以上に時間をかけて丁寧に見てくれる方が多かったです。あと自分のなかで驚いたのが、2002年に海外ではじめて《遊具の透視法》を展示したときとほぼ同じリアクションが、当時はまだ形のなかった作品群によって、ロンドンの人からも返ってきたことでした。僕自身の15年前の感覚が鮮烈に蘇ったのです。

川上 はたから見ていても、びっくりするくらいの反響がありました。なにしろ37か国が参加する国際展なので、他の国際展と同様に、各展示室を短時間で回っていく人が多いのだろうと予測していました。そうでないと見切れない。でも、鈴木さんの展示には少なくとも30分以上いてくださる方ばかりで、廊下に入室待ちの列ができてしまったほどです。展示の一つひとつを前に話しあう親子の姿もありました。また、その場に本人がいるとわかると、走り寄ってきて「あなたが鈴木さんね! よかったわ!」と、じかに感想を伝えて去っていく。休憩時間もなかなかとれませんでしたね(笑)。

鈴木 何かひと言話して帰りたいという気持ちが来場者から伝わってきました。それも《遊具の透視法》のときと似ていて、なぜかみんながとても喜んでくれて、握手までしてくれて、「ありがとう」と言って帰っていく。

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展示室に置かれたユートピアについて尋ねたメッセージ帳には、訪れた人から沢山のコメントが寄せられた。

川上 日本の展示室の空気は他とは違っていましたね。フレンドリーとの言葉を伝えてくれた来場者もいました。最初にビエンナーレの全体テーマを「Utopia by Design」とお伝えしましたが、私たちが推測したとおり、社会の厳しい現状に対して、デザイナーや建築家が状況を共有するための手段や具体的な解決策を見せるという展示が様々ありました。よく考えられた問題提起など、これこそがデザインがなしえることであると私自身すごく前向きな気持ちになりました。でも同時に、社会の深刻さが重く絡み合うような複雑さもあって。

鈴木 それを日本の展示室ではぜんぶ忘れさせてしまったかも(笑)。

ユートピアはどこにある?

ー 「Utopia by Design」というテーマを川上さんはどのように受け止めましたか?

川上 デザインは次の時代をつくっていくための知恵を絞る行為なので、その本質を問うテーマですね。だからこそ簡単には答えを出せるものではないとも思いました。準備段階ではビエンナーレ全体のテーマの背景となっていたトマス・モアの『ユートピア』の研究会も行いましたが、それを直接反映するものにはしないことも早い段階で決まりました。

鈴木 ビエンナーレに参加するまでは、ユートピア=理想郷という認識しかなかったのですが、じつはユートピアには受け入れ難い現実が表裏一体となって実在し、常にそこには両義性があることがわかってきました。関係性からユートピアを捉えるようになりました。

川上 ステートメントでも鈴木さんは「(ユートピアは)ここではないもう一つの場所」と書いていましたね。

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鈴木 僕らが理科の授業で知った地球や、GPSなどから察する地球はどれも情報化された、自分が経験していない地球ですよね。情報化された地球も足元にある地球も、じつは双方ともなかなか生身では実感できない。さまざまなメディアを駆使して自分なりに日々試していくことでようやく見えてくるものだと思います。社会に出るために僕が必要としたのは、そういった自分に合った方法を試していく手応えのようなものでした。2001年に大学を卒業した後、就職せずにアーティストとして自分の進む方向を模索していた自分にとって欠かせないことでもあったわけです。それは一見、飛躍したことのように思われそうですが、そのくらいラディカルに物事を捉え直さないと自分の立ち位置がわからなくなってしまいそうでした。

 そうやって現時点からこれまでの活動を概括してみると、最初に名付けた《遊具の透視法》というタイトルは、その時点では具体性を持ち得ていないにしても、広がりを内包した種のような言葉だったと思います。透視法は一般的には遠近法とも言われますが、前者を選ぶことで潜在的かつ不可視なものへと向かい、発見や決定を先送りにすることができました。
 そして遊具。道具は目的があってつくられたというイメージが強いですが、遊具は直接的に何かをもたらすものではない。でも、遊びを通して人が生きていくためにいつか役に立つようなことを学ぶ道具、といった開かれたイメージがあります。

ー 遊びを「Play」と英訳すると、さらに広い意味を持ちますね。

鈴木 そうですね。広い意味での遊び場みたいなものこそ、僕自身が社会に出る上で求めていたものなのだと思います。みんなが共有している大きな理想よりも、自分がふと思ってしまった、比べようのない、小さなものを相手にしてきたのかもしれません。

川上 今回の《空気の人》がいつもとかたちが違うのも重要な点ですね。 頭の後ろで手を組んで寝ている。

鈴木 昼寝のポーズ。その時期に、ハマったんです(笑)。

川上 非常にメッセージ性の強いポーズにも見えます。

鈴木 頭の後ろに手を持ってくると「降参した」という身振りでもありますね。つまり「戦わない」という印。昼寝のポーズを自発的に選択できるのは、そこがとても平和で、安心できる場所でもあるという象徴です。

川上 現在は、日本でさえも、頭の後ろで手を組んで昼寝して、無防備に荷物を置くなんてできない時代だ、という辛辣なメッセージを受け止めることもできそうです。そもそも、のんびり昼寝をしよう・・・・・・といったピュアな心を持つことさえ難しいかもしれない。昼寝を楽しんでいるこの「旅人」から、私自身、様々なことを考えずにはいられませんでした。

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遠くと近くを見据えた展示

ー 川上さんのもとには、他国のキュレーターからも様々な反応が寄せられたそうですね。

川上 隣室で展示していたのがイスラエル。そして向かい側がフランスとトルコでした。難民問題やテロ問題を抱える3か国です。

 各国から「日本はすごく独特。想像もつかない切り口の展示を実現している」という意見を共通していただきました。イスラエルでは、聴覚障害を持つ人が振動で音を楽しめる装置と、自然・人的災害が発生した場所にファーストエイドとして空から3kgの輸送物を投下するプロトタイプの提示でした。
 そのキュレーターと話をしていた際、遠くに目を向けることと、目の前で起こっていることを解決するのはデザインにとって重要だけれど、デザインを学ぶ学生たちは目の前の問題を解決するだけで精一杯だと述べていたことが記憶に残りました。そして鈴木さんの展示について、「彼の展示はやはりその両方がデザインにとって重要で、個人として何を描きうるかという重要な提案をしている」と評してくれました。
 日本のデザイン界でも鈴木さんの立ち位置はきわめてユニークで、さまざまな刺激を及ぼしていると思うのですが、それは海外の専門家にも伝わったのだと実感できました。「デザインとは、個々の感性をよびさますことで可能となる、未来に進むべき道を示す『方位磁針』のようなもの」という、鈴木さんの考えも感じとってもらえていたと思います。

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鈴木 僕が嬉しかったのは、各国の出展者が滞在中に何度も日本の展示室に来てくれたことです。作り手の共感を呼べたことは大きな励みになりました。

川上 トルコも意欲的な展示で、個人の願い事を紙に書いて、六角形のトンネルをつくるように展示室に設置されたプラスチックチューブに入れる「ウィッシュ・マシーン」でした。空気圧で手紙が室外に運ばれていくのですが、チューブがサマセット・ハウスの廊下に張り巡らされていて、願い事がどんどん移動していくんです。こうした願かけの装置を、やはり難民問題や政治体制で揺れるトルコが提案しているということにも考えさせられます。

鈴木 僕はやはりビエンナーレが「展示」であることの難しさも感じました。ビエンナーレという場では、なかなか願いを書けない人が多いと思うんです。僕も、とりあえず「Hello」とか書いてみて、まずは造形的な機能を試す、というモードになってしまった。コンセプトを伝えることに留まらず、来観者にとってデモンストレーションで終らない展示にすることも重要なことだと思いました。

ー 物事を切実に考えられるのは、自分が住んでいる場所、自分の考えが密接な場所だと思います。「近所性」「部屋性」の設えが自然な所作や身振りを生み出す。そういった効果も造形としてデザインされているのが、鈴木さんの作品に共通する要素ではないでしょうか。

鈴木 本当に不思議な偶然なのですが、サマセット・ハウスの展示室と、普段僕がいる東大の研究室がそっくりだったんです。研究室にはギャラリーがあって、そこにアクリルケースを積層した展示台があるんですね。アドバイザーの皆さんが研究室に来てくださったときに、「この場所をそのままロンドンに持っていけば良いですね」とおっしゃった。そこで、アクリルケースの上に取っ手を付けて鞄に見立てるプランを思いつきました。ロンドンで使うアクリルケースはサイズを改めて新調したのですが、両方の場所を見た人であれば、まるで研究室がそっくりロンドンに移動したような感覚を覚えたと思います。

川上 そこで鈴木さんならではの「見立て」の手法が示されてもいますしね。また、ユートピアがじつはいつもいる場所にこそある、というメッセージも読み取れる。鈴木さんらしい展示になったと思います。

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鈴木さんの研究室にある展示ケースを旅行鞄に見立て、出来上がった作品。

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ロンドン・デザイン・ビエンナーレ 2016に合わせて、けん玉を巡る物語を英語で作成。

これからの教育のかたち

ー 今回、一部の展示作品の制作に「異才発掘プロジェクト」(共同主催:東京大学先端科学技術研究センター、日本財団)の2人の子供たちが参加したと聞きました。同プロジェクトは、学校生活に馴染めない子供たちと共に、新しい学びの場の可能性を模索するものですが、鈴木さんはどのようにその取り組みを受け止めましたか?

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鈴木 子供たちが制作に参加したのは今回がはじめてだったので、僕もとても新鮮でした。彼らを見ていると「自分のなかにもそういう自分がいるなあ」と感じて親近感を覚えます。例えば、僕自身は国語や数学が不得意だったことで、ものをつくる必要性が生まれたと思っています。苦手なものがあることで芽生えた視点こそ、捉え方を変えるヒントになるのではないかと。
 一般的な教育というのは、経験や体験を抜きにして知識として教えることがスタンダードになっていますよね。それは一般的にはある程度仕方ないことでもあるけれど、それ以外の選択肢が少ないことはとても窮屈だと思います。自分が作品をつくることではじめて何かに気づけたように、異なる手順や通路からしか生まれない発見が多くあって、それは人によって違うからこそ生きてくる。異才発掘プロジェクトに参加している子供たちを見ていると、それを再認識します。

川上 Tくんは、もう一人のNくんと一緒にロンドンまで来てくれましたね。学校から足が遠のいてしまっている子が飛行機に乗ってロンドンまで来た、というのがすごいことですよ。デザインにおいても、違うジェネレーションの人が同じ場に参加することはとても重要で、異才発掘プロジェクトは、その場として機能していると感じました。

鈴木 苔的ですよね。

ー 苔ですか?

鈴木 近所を散歩していて常に気になるものに苔があるんです。苔って湿気がないとダメなんですけど、日当たりがいいところでもけっこう自生している。つまり、そこには人間の感覚では見えないけれど湿気や水があるということ。苔からある種の場の特性が見えてくる。
 地域でのアートプロジェクトが隆盛すると、どのように参加してもらうかがプロジェクトの核になるようなものが多くありますよね。でも、そこで「こういう風に組織したいから、こういう土台をつくる」っていうのはあまりピンとこないんです。それってかなり短期的に成果を見たい、という欲望に裏打ちされていますよね。でも、実際にはそれはコントロールできないはずで、どこから生えるかわからない才能や興味がたまたま結びついた結果、生まれた成果には、それがどんなに小さなことでも感動がうまれるんです。
 TくんもNくんも、実は異才発掘プロジェクトの中でも今回たまたま参加したメンバーなんです。その偶発性や、多少気長に待つことのできる時間感覚を持つものとして、苔の発生は参考になると思うんです。木の成長だと、人の一生よりも長くなってしまうから・・・(笑)。

 通常、計画通りに仕事をこなし、成果を約束することがデザイナーには求められますが、極端な言い方をすると、すぐに成果が生まれなくても、いつか別のかたちで生きてくる可能性や変化に気づく感性を呼び覚ましていくことが重要になってくるかもしれない。
 人間には重要な局面で部分と全体を統合する、直観としか言えないような感性が備わっているのではないでしょうか。僕が2001年以降に取り組んできた「近所」と「地球」をつなげるプロジェクトは、まだまだ足がかりに過ぎないものですが、僕自身のリアリティーを起点に、構想を具現化していくプロセスに、多くの予想外の関わりが生まれました。

 この先、情報がますます飛び交う地球上で、人類がその土地に感謝し、多様に生きていくために、デザインはますます重要な概念になっていくと思います。科学的に分析し切れないものや、意図を超えた予想外の現象をもデザインに招き入れるとき、日本列島で培われた自然(他者)を受け入れる姿勢や感性は、デザインの基礎として広く生かされるのではないでしょうか。
 その時と場にあるものと普遍的なものがつながる「近所の地球」を巡る鞄を携えて、ロンドン・デザイン・ビエンナーレに出かけたことで、近所から世界へと視野を広げる貴重な機会になりました。

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聞き手/編集:島貫泰介
対談撮影:桧原勇太

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撮影:中川正子

鈴木康広(すずき・やすひろ)
1979年静岡県生まれ。2001年東京造形大学デザイン学科卒。日常のふとした発見をモチーフに記憶を呼び起こし共感を生み出す作品を制作。国内外の展覧会をはじめ、パブリック・スペースのコミッションワーク、大学の研究機関や企業とのコラボレーションにも積極的に取り組んでいる。2014年水戸芸術館にて個展を開催。2014毎日デザイン賞受賞。作品集に『近所の地球』(青幻舎)など。現在、東京大学先端科学技術研究センター中邑研究室客員研究員、武蔵野美術大学空間演出デザイン学科准教授。2017年8月に箱根 彫刻の森美術館で展覧会を開催予定。

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Photo by Takaaki Koshiba

川上典李子(かわかみ のりこ)
デザインジャーナリスト、21_21 DESIGN SIGHT アソシエイトディレクター
デザイン誌「AXIS」編集部を経て1994年よりフリーランスのジャーナリストとして活動中。1994~96年にはドムス・アカデミー・リサーチセンターの日伊デザインプロジェクトにエディトリアルディレクターとして参加。2007年より21_21 DESIGN SIGHT の企画に関わるほか、日本のデザインに関する展覧会のキュレーションを手がけており、最近では「新 現代日本のデザイン100選」展(2014年より各国巡回中)共同キュレーター。

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