雑誌『をちこち(遠近)』
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地道な継続がつくる、近い未来の多文化共生社会とは?
岡﨑広樹×楠めぐみ×真田ありさ×山野真悟

日本全国で国際文化交流活動を行う団体を支援する「国際交流基金地球市民賞」。2017年度は3団体が選出されました。外国人住民と日本人住民の交流に力を入れる埼玉県川口市の「芝園団地自治会」。外国人旅行者を日本の一般家庭に招き、食事をともにするマッチングサービスを行う「Nagomi Visit」。そして、かつては違法店舗が立ち並んでいた初黄はつこう・日ノ出町地区でアートによるまちづくりを推進してきた「黄金町エリアマネジメントセンター」。日本の生活環境が変化し、多文化共生がうたわれる今日、これらの団体はどのような問題意識を持ち、日々活動しているのでしょうか? それぞれの運営にかかわるキーマン4名に話を聞きました。

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左から、黄金町エリアマネジメントセンター事務局長の山野真悟さん、Nagomi Visit代表理事の楠めぐみさん、副理事の真田ありささん、芝園団地自治会事務局長の岡﨑広樹さん

日本と外国の生活習慣の違いに悩む

―埼玉県川口市芝園町は、2017年時点の住民人口が約4,800人。そのうちの半数以上が外国人住民という環境です。芝園団地では、自治会役員を外国人が務めたり、中国語教室を開いたりするなど、活発な交流を行なっている印象を持つのですが、地球市民賞の授賞理由には「2011年に生活習慣の違いなどから住民の不満がピークに達しました。」とあります。本日は、芝園団地自治会を代表して岡﨑広樹さんにおいでいただきました。実際にどのような課題に直面していたのでしょうか?

岡﨑 おおまかに言えば、生活習慣の違いが顕在化したということです。2009年に外国人の住民が2,000人を超えて、そのころからゴミの捨て方だとか、騒音、さらには廊下に大便・小便が放置されるケースが増えてきたんです。芝園団地の外国人住民のうち9割は中国人なのですが、中国の地方部では野外で用を足すというのがまだあって、その生活習慣を日本でも続けてしまう人がいたんだと思うんですね。日本の常識に照らし合わせると「それはさすがに……」ということで、UR都市機構と市役所、そして住民側の自治会の三者で協議することになったんです。

―たしかに、うんちがその辺にあったら誰だって困っちゃいますね(苦笑)。

岡﨑 そうなんですよ。そこで、管理事務所に中国語の通訳ができる人が常駐し、入居時やお知らせの掲示で、外国語で案内するようになったんです。
 芝園団地に中国人の住民が増えるようになったのには理由があります。1980年代半ば以降留学生などが増え、1990年代後半ころから生活しやすい東京近郊に居住しはじめたこと。また、2002年頃に日本と中国間でIT技術者の試験制度が相互認証されることになり、来日するIT技術者が増えて、本人、家族、知人が住みやすい環境として芝園団地を選んだこと。そういった世の中の流れが影響しているのだと思います。団地は入居差別もありませんし、社員寮として企業が借り上げることもできる。そういったことも大きいでしょう。

―大勢が生活するなかで、食べ物や伝統といった習慣の違いがよりいっそう見えてきた、ということですね。

岡﨑 僕自身が団地に住むようになったのは2014年で、当時、通訳者の常駐といった取り組みで事態は多少収まっていると感じました。でも、日本人と外国人のあいだに不信感があるのも感じました。それで、もう少し交流の機会を持てたらな、と思って自治会に参加することにしたんです。

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2014年に芝園団地へ移り住み、団地自治会の事務局長を務める岡﨑さん。
撮影:相川健一

ホームビジットで知る、コミュニケーションの可能性

―Nagomi Visitについて代表理事の楠めぐみさん、副理事の真田ありささんにお話をうかがいたいと思います。Nagomi Visitでは、どんな活動をなさっているのでしょうか?

 2011年にスタートしたのですが、私個人が「やってみたかったから」というのがきっかけです。以前、私は観光情報を英語で発信するwebサイトを運営している会社の社員として働いていました。(3.11の)震災以前も、外国人観光客の数は右肩上がりでぐんぐん伸びていたのですが、普通に観光地を訪ねるというのが主流で、それだけではない体験を提供したい、と思ったんです。自分が海外を旅行していちばん楽しかったのが、現地の人の家を訪ねて、ご飯をごちそうになることでした。観光地を回るよりも、その国や街のことを身近に感じられますし、個人的にも仲良くなれますからね。
 でも、それは知り合いがいないと難しい。そこで、テストとして当時の会社の同僚で海外のゲストを招きたいという人たちに協力してもらって、Nagomi Visitの原型のような食事会を開いたんです。

―反応はどうでしたか?

 意外な盛り上がりがありました! 英語が喋れる人はもちろんコミュニケーションできるんですけど、言葉がわからなくても例えば音楽の趣味がたまたま一緒だったりして、延々とミュージシャンの名前を言い合うだけでも楽しい雰囲気になる。そういうつながり方もできるんだな、というのはすごく大きな発見で、日本でホームビジットをする意義を改めて発見できたように思います。
 現在は日本全国に約900世帯の受け入れ可能なご家族がいらっしゃって、ネット上で外国人観光客とのマッチングを行う、というのがNagomi Visitのメインの業務になっています。

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自身の経験をもとにNagomi Visitを始めたと語る代表理事の楠さん。
撮影:相川健一

なりゆきで始まったアートプロジェクト

―山野真悟さんは黄金町エリアマネジメントセンターの事務局長を長年務めていらっしゃいます。横浜の初黄・日ノ出町地区一帯をアートエリアにして、国内外のアーティストが滞在して制作する環境を整え、さまざまなイベント・展覧会を行ってきましたが、そもそもこの事業に関わった理由はなんだったのでしょうか?

山野 じつを言うと、最初はだまされたようなところがあるんです。このエリアにはずっと違法飲食店舗が立ち並んでいて、約10年前にその一斉摘発があったんですね。それで生じた空き家をどうしようか、という課題が持ち上がりました。そこで、アーティストやクリエイターが集まるエリアをつくろう、という話になった……らしいんです。僕はその思惑を後から聞きました(笑)。
 最初にお誘いをいただいたときは、空き家や高架下に新設された文化施設を使った展覧会を企画してほしいという内容でした。それを2008年に実施してけっこうな数の来場者があったのですが、これが終わるとまた閑散としてしまう。そこで初めて、行政側から「地域とアートの取り組みが一体化したNPOをつくりたい。アーティスト・イン・レジデンスをやりたい。だから残ってくれ」と言われたわけです!

―いまの黄金町周辺を知っている人からすると、意外な経緯ですね。芝園団地の岡﨑さんも、Nagomi Visitのお二人も、能動的に活動を始めた印象を持ちましたが、山野さんはちょっと違いますね。

山野 主体的じゃないんです(苦笑)。展覧会を企画することになるまで黄金町に来たこともありませんでしたし、そもそも街づくりの専門家でもないですから。でも、NPOの立ち上げの依頼をされたときに「これは自分にしかできないかもなあ」と妙なことを考えたんです。

―それはまた、なぜ?

山野 地域のなかで何かをしようとするとバランス感覚が必要です。アーティスト、地域のコミュニティー、さらには行政や警察、いろんな要素が絡んできます。キュレーターだけだったら「とにかくよい展覧会をつくればよい」というアート寄りの発想になってしまうだろうし、過激なことをやりたくなるアーティストを放っておいてしまうかもしれない。そうすると、他の人たちと対立する場面ばかりになってしまう。そこで、いかにして間を取りながら進めていくか、っていうのを僕は90年代から街場で展覧会を企画しながら身につけてきました。その経験は黄金町でも生かすことができるだろう、と思ったんです。

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街場で展覧会を企画してきた自身の経験を生かし、黄金町エリアマネジメントセンターの立ち上げに携わった事務局長の山野さん。
撮影:相川健一

他者に対する目、相互理解の欠如

 私たちの場合、実績はありませんでしたが、個人の"思い"が強かったからスタートできたのだと思っています。真田と私はもともと同じ会社の同僚で、ネットに関する知識・技術を持っていました。ゲストが外国人観光客である以上、ネットを使うことは大前提でしたから、この技術をひとまずは持っている、というのも大きかったですね。

真田 楠がNagomi Visitを始めるというのを知って、私は「なんでもいいから手伝いたい!」という勢いで加わりました。楠よりも先に私は会社を辞めていて、世界一周の旅をしてる最中だったんですね。南アフリカで人の家に泊まったりして、ゲスト側の気持ちがわかる立場だったんです。帰国後すぐに、ホスト家族のプロフィールを英語で書くことから手伝いを始めて。
 私は日系アメリカ人で、アメリカで生まれ育ちました。日本で外国人が暮らしていると、好奇な視線を受けることがいまだに少なくありません。そういった環境も含めて、自分にとって日本をもっと住みやすい環境にしていきたい、という個人的な気持ちがずっとありました。もしNagomi Visitのような活動が活性化すれば、来日する外国人の数が増えて、身近な距離で日本人と関わりを持つ機会も増えてくる。いきなり住民同士として関係を持つよりもやりやすいだろうと思っています。

 私の夫はデンマーク人で、日本に長く住んで日本語も堪能ですが、やっぱり特別な目で見られてしまいます。例えば旅館にチェックインするときも、夫の名義で予約したのに、フロントの人が応対するのは日本人の私。もちろん、目を合わせるのが照れくさいとか、英語で何か言われても困る、という宿の人の気持ちもわかるんですけど、そういうことがあるたびに私としては、日本人の外国人に対する受け入れ方を恥ずかしく感じてしまいます。そういうことを変えていくための方法として、ゲスト側とホスト側が共通のニーズを持って交流するNagomi Visitは、よいシステムだと思っています。

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Nagomi Visitのサービスを通じて、外国人旅行者は日本の一般家庭での「ホームビジット」を体験することができる。

―岡﨑さんが住む団地の場合だと、全員が意識を共有するということはまずないですよね。それゆえの苦労もあるのでは?

岡﨑 難しいです。とにかく問題は単純なんですよ。中国人だから、外国人だから、という以前に「隣にいる迷惑な人」に怒っている、ということだから。日本人の目線で言えば、日本とは違う生活習慣を持ち込んだ中国人に困らされているという図式になりますけど、中国の人からすれば、母国と同じように暮らしていて悪気はないのに、何が悪いのか理由も分からずに苦情を受けるので、一方的に責められた気持ちになる。
 自分が団地の住人になって、日本人と外国人の両方に話を聞くようになってまず思ったのは、双方がそれぞれに怒ったり、困惑しているということ。差別とか偏見ではなくて、話が通じないから困る、そして怒る、ということでした。その事実がわかってくると、自分はどちらの立場にも立てないことがわかってくる。双方の怒りは、その人の立場でみれば正当なものだから。

―お互いが攻撃されているような気持ちになっているのだから、加害者、被害者と簡単に分けられない。

岡﨑 同時に確信したのは、これを放っておいても交流は生まれないということでした。沈静化していても、何らかの出来事をきっかけにしてさらに悪化することは十分にありうる。そこで、悪い感情がたまらないようにするために積極的に交流の機会をつくろうと考えたんです。

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芝園団地では、日本人住民と外国人住民のための交流の場を積極的に設けている。

交わることで変わること、見えてくること

山野 岡﨑さんの話を聞いて、「大変だな……」としみじみ思いました。黄金町には、活動を応援している地域の人がいて、どっちでもないよって人もいて、積極的に反対って人もいます。さらに、元の街に戻ってほしいって人も当然いる。でも、私たちNPOの立場というのは、そういう意見の異なる人をつなぐことが性質上できないんです。私たちが行動するときは、行政や警察と一緒に目的を共有して動かざるをえない。何がよくて、何が悪いのかをかなりはっきりと言わないといけないのがNPOなんです。
 そこにジレンマを覚えることもあるのですが、一方で、それをひょいっと超えることのできる存在がいる。それがアーティストです。さまざまな状況に親和性があって、コミュニティー全体を見ながらいろんな人と接点を持つ立ち位置をつくりやすいのは、意外や意外、アーティストなんですよ。
 黄金町の活動を始めた当初は、地域のなかにどうやってアーティストをなじませればよいかをずっと考えていました。私たちNPOが意図的に何かをしないと、関係は結ばれないんじゃないかと思っていたんです。でも、アーティストのほうが関係をつくるスピードが素早かった。

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様々な意見をもつ黄金町のコミュニティーの人々と接点をもち、関係をつくることができるのはアーティストだという。

―個人であること、しかも外から来た人であるってことが、たくましい適応性をアーティストに身につけさせるのかもしれないですね。

山野 地域におけるアーティストの役割は、じつはかなり大きいと今は確信しています。多くの人が、作品としてのアートには興味はなくても、アーティストという存在にはかなり興味を持っているんですよ。子どもたちも含めて。
 だから最近考えているのは、一時的な滞在ではなくて、アーティストを定住させることです。黄金町でも芝園団地と同じように外国人が増えています。また、日本人の新しい住民も増えています。そういう状況では、地域のコミュニティーの一体感がどんどん薄れていきます。その一体感を失わないようにする切り札が、アーティストの定住、そしてアーティストの数が増えていく、という構想なんです。

岡﨑 ちょっとわかります。交流のために僕らが最初にやったのは、防災講習会でした。そんなに人は集まらないだろうな、と思っていたら、意外にも日本人も外国人も大勢参加したんです。その後に、例えば国際交流イベントを企画して、団地に住んでいる外国人にブースを出してよ、って声をかけると出してくれる。学生と一緒に立ち上げた「芝園かけはしプロジェクト」をやってみると、さらに人が来る。つまり、機会さえあれば、みんな参加したいと思っているんです。もちろん、それを自発的に始めるのはなかなか大変ですから、そこは僕ら自治会が先導しないといけないですけれど、場をつくることで人は集まる。そして集まることで、次に取り組むべき課題や問題も見えてくる。

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「芝園かけはしプロジェクト」考案のイベントで、住人たちが差別的な落書きのあった机にカラフルな手形を付してアート机を制作。

大きい理想よりも、小さい活動を続けていく

―みなさんの今後の目標はなんでしょうか?

 Nagomi Visitを始めて7年目ですが、参加者を増やしたいというのはずっと変わらないですね。最初に立ち上げた3か年の事業計画目標が、まだ2年目の半分くらいまでしか達成できていないので、まだまだやるべきことも多いです。でも、自分たちが想像していなかった反応もあって驚かされます。「Nagomiと出会って人生が変わった」とおっしゃるホストの方もいますし、招いたゲストとその後も交流を続けて、ゲストの国へ逆ホームビジットの旅に行った人もいるんです!

―自発的に交流が広がっている。

真田 それから、当初からネット上ですべての仕事が済むように整備をしてきたのも継続できている理由です。ほとんど2人での作業ですけど、いまはブラジル在住の仲間に事務的な仕事をお願いできているし、私も海外の旅先で仕事をすることができます。子どもが生まれたりすると、女性はライフスタイルを変えざるを得ない場面も多くなりますよね。それに対応できるのも、この仕事のスタイルのよいところ。

岡﨑 将来の日本が、多文化共生になるのは間違いないですよね。外国から新たに来る人だけじゃなくて、日本に根付いて二世三世と世代を重ねる人も現れてくるなかで、さまざまな習慣、教育、生活が混在してくるでしょう。そのなかで問題が顕在化するのは避けられない。それは芝園団地に住みはじめて約4年が経ったいま、すごく感じることです。そしてそれは大きな問題ではなくて、身近な問題なんですよ。
 理想論で言えば「話せばいいじゃない。わかりあえるはずだ」となる。でも現実はそうじゃない。個人の気持ちも含めて近い距離で付き合いながら、少しでもよい方向に持っていく。それは、すごく大変ですけど、逆に地道にやっていかなければ、他の国で起こっているような差別や排他の問題が確実にもっと起きるでしょう。それがわかっているので、これからも地道なところに目を向けようと個人的に思っています。

 それ、すごく共感するお話です。去年、娘が生まれたんですよ。ハーフだから、見た目もかなり外国人っぽい。生まれた途端「ハーフなのね」って言われ続けて1年が経ちました。
 それで、いよいよ私も当事者になったと思ったんです。親として、彼女の日本での立ち位置について話をする場面もこれから出てくるでしょう。そのときに、先ほど言っていた「(日本が)恥ずかしい」と思ってしまうような状態で話をしたくない。だから、少しでも早く自分がよいと思っている多文化共生社会になっていてほしい。これは大きなビジョンですけど、ホームビジットを地道に増やしていけば、少しずつ変わっていくというのが答えかなって。

真田 国際交流って響きには、すごく硬さがありますよね。そもそも、日本人として日本に暮らすならば、外国人と積極的に交流しなくてもいいわけです。でも、いまの状況を変えたいと願うなら、本能的にわくわくする、好奇心を刺激するような発信を通じて変えていくのがいいのかな、って最近は思っています。アメリカで『ブラックパンサー』という映画が大ヒットしていますけど、あれは黒人が主人公で、アフリカ人であることを誇りにしてみんなが暮らす架空の国を舞台にしています。例えばそういうポップカルチャーなど、日常で身近なものがきっかけになるというのがとても有効ではないでしょうか。

山野 黄金町はエリア自体が多国籍な街なんですが、毎年開催している「黄金町バザール」というイベントでは、主にアジア圏のアーティストを招いて、3か月のあいだ、意識的にいろんな人種の人々を同居させちゃうんですね。
 そうすることで国内外のアーティスト同士が仲良くなって、イベント終了後も交流を続けて、日本人が相手の国にレジデンスで訪ねていったりするようになる。こういうアクションを繰り返していくことが、将来の交流を促すと思っています。だから、これができる環境をこれからも残していきたい。アーティストや黄金町にかかわる人がいろんなコミュニティーにタッチして、横の広がり、縦の広がりをつくり、そして帰っていく。あるいは旅立っていく。私の唯一の希望はその環境がずっと続くことかもしれないですね。

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2017年度国際交流基金 地球市民賞 授賞式(2018年2月27日)
撮影:相川健一

インタビュー・構成:島貫泰介

芝園団地自治会(Facebook):http://www.facebook.com/shibazonokakehashiproject/
特定非営利活動法人Nagomi Visit:http://nagomivisit.jp/
特定非営利活動法人黄金町エリアマネジメントセンター:http://www.koganecho.net/

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