雑誌『をちこち(遠近)』
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国際交流基金の関連事業

国際交流基金がマンガに助成する? ―『劇画漂流』英語版、インドネシア語版出版・翻訳助成事業

阿部 幸
国際交流基金
文化事業部 映像・文芸チーム

「MANGA」という言葉が国際化した現在、数多くの日本のマンガ作品が商業ベースでさまざまな言語に翻訳・出版され、多くの海外の読者の手に届いています。他方、「民間ベースでは成り立たない日本文化紹介」を使命とする国際交流基金は、マンガの紹介事業にどのように取り組むか、これまで多くの試行錯誤を重ねてきました。 今回ご紹介する『劇画漂流』の英語及びインドネシア語での翻訳・出版事業への助成は、基金とマンガとの関わりを示す一例です。

『劇画漂流』からA Drifting Lifeへ

辰巳ヨシヒロ著『劇画漂流』は、戦後の復興の中で漫画を書き始めた少年時代から、漫画家仲間や編集者との間の葛藤の中で「劇画」というジャンルを築き上げていくまでを描く、辰巳氏の自伝的な作品です。著者の辰巳ヨシヒロ氏は、この作品で第13回手塚治虫文化賞マンガ大賞(2009年)を受賞しています。 この受賞に先立つ2008年11月、カナダのDrawn & Quarterly Publications社(以下、D&Q社)より、『劇画漂流』英語版"A Drifting Life"の翻訳・出版事業に関し、「日本理解促進出版・翻訳助成」プログラム(以下、「出版・翻訳助成」)への申請がありました。 D&Q社はすでに2005年度に国際交流基金の出版・翻訳援助を得て辰巳ヨシヒロ氏の短編集を出版した実績がありました。しかし、短編集の翻訳・出版だった前回の事業とは異なり、820ページにも及ぶ『劇画漂流』は、同社が出版してきた本の中でもっともページ数の多いものであり、なおかつ戦後の日本社会の様相を背景として織り込んだ同書を的確に翻訳し、出版にまで結びつけることは、同社にとってもチャレンジングな事業だったといえます。(今回、翻訳を担当したのは、2008年度に日本研究・知的交流部の日本研究フェローシップを得て多摩美術大学で60年代東京のアングラ文化を研究していた米国在住の元フェロー、Taro Nettleton氏でした。)

国際交流基金がマンガに助成する?

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A Drifting Life 表紙

一方、国際交流基金においても、マンガ作品への出版・翻訳助成への申請の受付は、通常はあまり経験のない試みでした。 出版・翻訳助成は、日本文化を紹介する書籍の翻訳、出版にかかる経費を一部援助することで、日本文化を紹介する書籍の翻訳・出版を促すプログラムです。優れた図書であるにも関らず、商業ベースでの出版が難しい本を主な対象としてきました。そのため、すでに次々と翻訳・出版されているマンガ作品は、これまで出版・翻訳助成の対象となることはほとんどありませんでした。 今回、助成対象として『劇画漂流』英語版"A Drifting Life"の翻訳・出版事業を採用したのは、この作品が「劇画」に光を当てることで、日本のマンガ史のある重要な側面を伝えるとともに、いまだ知られていない劇画作家たちの紹介につながると判断したためです。また、背景として描かれている戦後の日本社会の姿を映し出すものとして、日本を知る上でも好著と期待したからでもあります。すでに何作か海外で作品が出版され、辰巳氏の欧米での評価が高まりつつあるこの時期をとらえ、数百ページに及ぶ本作品が、より安価に、より多くの人の手にこの作品が届くよう、国際交流基金の助成が必要と考えました。"A Drifting Life"への助成事業は、「海外ですでに流通しているMANGA」と、「日本文化の一面としてのマンガ史」との間をつなぐ試みだったと言えます。 2009年、"A Drifting Life"の翻訳は無事完成し、D&Q社から出版されました。

アイズナー賞 受賞のニュース

2010年夏、D&Q社より、"A Drifting Life"が、米国アイズナー賞(Eisner award)でBest Reality-Based Work賞と Best U.S. Edition of International Material-Asia賞をダブル受賞したという連絡がありました。アイズナー賞は、日本でいえば手塚治虫文化賞にあたる、優れたマンガ作品に贈られる賞です。アジア部門だけではなく、全世界を対象とする部門での受賞という快挙でした。
今回の受賞は、これまで「劇画」を知らなかったマンガファンにも、『劇画漂流』が知られるきっかけになることでしょう。ニュースをみた英語圏の読者が、"A Drifting Life"を手に取り、「劇画」の世界を知っていくことにつながるかもしれません。

インドネシア語版『劇画漂流』の誕生

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Hunyut 表紙

今年は、『劇画漂流』をめぐってもう一つうれしいニュースがありました。2010年度の出版・翻訳助成で採用したインドネシア語版『劇画漂流』"Hunyut"の出版です。 色鮮やかなカバーが目を引くインドネシア語版の『劇画漂流』"Hunyut"(全4巻)では、表紙をめくると、目次の次に「マンガの読み方」を解説したページが出てきます。日本のマンガは、縦書きのせりふを右から左へと読み進めていきますが、横書きのインドネシアでは人々は左から右へ読み進めるのが習慣になっています。日本語の原著のコマ割で、インドネシアの読者に正しく受け取られるかどうか、助成の審査時には懸念されていましたが、出版元のPenerbit Nalar社は、原著にも英語版にもない「コマの流れの方向」の解説を加えることで、こうした懸念を乗り越え、『劇画漂流』をインドネシアの読者に向けて生み出しました。

最後に

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Hunyut コマの読み進め方解説ページ

英語版、インドネシア語版の新たな『劇画漂流』が誕生したのは、優れた原作はもとより、熱意のある翻訳者、出版社の尽力があったからに他なりません。こうして誕生した英語版、インドネシア語版を目にした世界中の編集者たちの手によって、他の言語での翻訳が生まれていくかもしれません。あるいは、「劇画」を一つの切り口に、いまだ紹介されていない作品や作家の紹介につながっていくかもしれません。『劇画漂流』の翻訳・出版事業は、今後の発展の可能性をまだまだ秘めています。
そして、マンガというジャンルに限らず、これから多くの人に知られるべき日本文化紹介の「芽」を、国際交流基金の文化交流事業が支援していく事が出来れば、我々としても、これほどうれしいことはありません。

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