雑誌『をちこち(遠近)』
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アメリカから日本の子供たちへ 米国若手ジャーナリストが届ける『元気メール』

日米センター 事務局長
小川忠


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夏の到来を思わせる湿気を含んだ暑さのなか、2011年6月、米国の駆け出しジャーナリストたちが、東日本大震災の被災地、気仙沼、石巻、陸前高田を回った。彼らが全米各地から集めてきた被災者への応援メッセージ、通称『元気メール』を被災者の皆さんに届けるためだ。
このプロジェクトの発端は、2009年8月の神戸にさかのぼる。国際交流基金日米センターは、米国の日本への相対的関心低下が懸念されるなか、将来の知日層形成の種まきとして、米国の有力ジャーナリズム大学院で学ぶ大学院生たちを日本に招く事業をこの年に開始した。そこで神戸出身者の私は、故郷への思いをこめて、招へい日程に「ひねり」をいれた。ジャーナリズムの原点として災害報道の実際を知ってほしいと考え、1995年に阪神・淡路大震災を経験した神戸を研修日程に組み込んだのである。
神戸で彼らが学んだのは、復興過程において、災害によって破壊された社会的絆を復活させること、被災者を孤立させないことがいかに重要か、ということだ。阪神・淡路大震災では避難所から仮設住宅に移る過程で、孤独死や自殺という悲劇的な事例が生じていた。
瓜谷幸孝さんも災害後の孤独感から自殺を考えるまでに追い詰められていた被災者の一人である。彼を救ったのは、中国やモンゴルから彼の事務所に続々と届いた数十通のファックスだという。「遠く離れていても、いつもあなたのことを考えている」の一言が彼に生きる力を蘇らせた。それから瓜谷さんは、内外で大災害が発生するたびに、日本からの応援メッセージを送るためのボランティア活動を続けている。瓜谷さんの震災物語を、ドライなはずの米国ジャーナリストの卵たちが瞳をうるませながら聞き入っていた姿は、今でも鮮明に私の記憶に残っている。
そして今年3月の東日本大震災。「神戸の悲劇を繰り返してはならない」「世界中から応援のメッセージを被災地へ」という瓜谷さんのアピールに、卒業してジャーナリズムの道を歩み始めていた米国の若者が動いた。様々なルートを通じて、米国の小学生たちが描いた応援の絵手紙が、またたくまに7千通集まった。これらの絵手紙は日米センターを通じて、瓜谷さんのもとに送られ、神戸のボランティアたちが絵手紙一通、一通に翻訳文をつけてくれた。こうして太平洋を越えた多くの人々の善意のリレーによって、『元気メール』プロジェクトが成立したのである。
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今回の東北訪問では、エマーソン大学ポール・ニワ准教授を団長とする5名のメンバーが、南気仙沼小学校、気仙沼小学校、石巻の避難所を訪問して、被災者の人々に直接『元気メール』を届けた。津波で校舎が破壊され、教室を間借りして授業を受けている南気仙沼小学校の子どもたちが、『元気メール』を受け取った時の笑顔を見てほしい。この笑顔こそが、震災で傷ついた大人たちを奮いたたせ、生きる力、希望の光を与えてくれる。
genkimail03.jpg genkimail04.jpg 気仙沼小学校にて:「元気メール」を見て微笑む児童

避難所で『元気メール』を受け取った、凛とした佇まいの女性がつぶやいた。「私たちは過去に何度も自然災害や戦争をくぐりぬけてきた。それを考えれば、今回の震災を経験した子どもたちも、きっとたくましく未来を生きてくれると信じてる。」その日の夜の反省会で「被災者を元気づけるはずの私たちが逆に力をもらった」とニワさん。その言葉に共鳴するように皆が強くうなずいていたのが印象的だった。
genkimail05.jpg genkimail06.jpg 避難所にて:「元気メール」を贈呈して

津波で孤立無援の状態にあって、多くの命を救うために行政、警察、消防、自衛隊と連絡をとりながら災害医療体制の構築に苦闘した石巻赤十字病院の石井正医師、新聞発行の設備が津波で破壊される状況にあって、6日間にわたって壁新聞という形で新聞を発行しジャーナリスト魂を見せた石巻日日新聞の近江弘一社長、そして行政、企業、NGO関係者、立場は違えども皆が口にしたのが、復興のこれからの課題は、被災者の「心のケア」の問題が重要となってくるという点だ。
『元気メール』を届ける東北の旅は、米国の若手ジャーナリストにとって、物資の支援、経済的支援だけでは解決できない重要な領域が災害復興にはあることを教えてくれる貴重な体験になったに違いない。

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■ 東日本大震災からの復興に貢献する事業の一環として、国際交流基金日米センターは、主催事業「東日本大震災被災地と米国をつなぐ『元気メール』プロジェク ト」を実施。若者達を代表して5名の米国人ジャーナリストが2011年6月26日から7月4日まで来日し、被災地の宮城県気仙沼市、石巻市、岩手県陸前高田市、そして、東京、神戸を訪問した。
http://www.jpf.go.jp/cgp/exchange/usjjf/news02.html

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