雑誌『をちこち(遠近)』
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ミゾレ ~ 鈴木光司 in モスクワ ~

モスクワ日本文化センター
プシュコーワ・アナスタシア



11月のモスクワは実に憂鬱な天気が続く。日はどんどん短くなり、晴れる日は月に多くて4~5日。芯まで氷るような冷たい風が吹き、雨だか雪だからわからない物が毎日のように空からパラパラと降る。風邪を引いてしまったら、いつまでたっても治らない、実にうんざりする天気だ。

「これは、みぞれ;霙っていうんだよ。」
モスクワ名物でもある渋滞の中をゆっくりと走る車の隣の席には、「リング」の原作者、鈴木光司氏が座っていた。
「ミゾレ・・?」
「そう。この雨だか雪だかわからないもの」
「ミゾレ」という言葉をつけたとたん、車窓の外の景色は少しだけ綺麗に見えるようになった気がした。

車は、今年13回目を迎える「Non Fiction」展の会場へ向かっていた。読書が大好きなモスクワ市民が首を長くして待っているこの図書展には、国際交流基金から毎年日本人作家が一人参加し、今年は鈴木光司氏がロシアを訪れることになった。世界的に有名な作家だけに、モスクワ滞在日程には2回の講演のほかに、インタビューがひきもきらない。鈴木氏は、講演で、インタビューで、そして会場から会場へと走る車の中で、常に笑顔を浮かべ、色々なことを熱く語ってくれた。

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子供の時に、目的を三つ立てたそうだ。一つは、当時初恋の人だった女性と将来結婚すること。もう一つは、作家になり、ベストセラーを書くこと。そして、大好きなヨットで太平洋を横断すること。最初の二つは見事に達成した。初恋の人だった女性と結婚し、娘を二人授かった。そして、育児の合間に将来ベストセラーとなった「リング」を書いたと言う。三つ目の目的の太平洋横断も、今では単に時間の問題だそうだ。また、日ロ間の友好関係を深めるために、自分の大好きなヨットとシベリア鉄道でロシアに来てプーチンと会う企画を、10年ほど前に立てていたそうだ。大学ではフランス文学を専攻し、物理学、哲学、数学にも実に詳しい鈴木氏は、世界そのものの構造について知りたい、人間と言うものがどこから来て、どこに行くのか知りつくしたいと、熱く、大きな身振り手振りをつけて力強く話した。

講演を聴きに来た学生や、インタビューをした記者。誰もが鈴木氏の熱心な語り口に夢中になり、彼が放つ暖かいオーラに魅了された。講演の後も質問が絶えず、鈴木氏はいつまでも答えてくれた。講演の前後は、会場入口で待っているファンと一緒に写真を撮ったり、ファンが持ってきた本や写真にサインをしたり、他愛ない会話をしたり・・・。そんな鈴木氏の顔にはいつも笑顔。

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そんなパワーの秘密は、まわりの世界に対する尽きることのない好奇心のほかに、実はもう一つあった。「昼寝」。そう、鈴木氏は、インタビューの後や講演の前、ちょうどいい場所を見つけては、昼寝をしていたのだ。「昼寝って、すごいよ。少し昼寝をしただけで、フルチャージできるから」。ちなみに、事務所の小さな会議室は、鈴木氏の絶好の昼寝場所になった。

帰国の朝、ホテルでチェックアウトを終えた鈴木氏の荷物は、小さなカバン一個だけ。荷物を持つのが嫌いだそうだ。そして、最終日も事務所でお昼寝をした鈴木氏は、「ロシアはいい国だ。ぐっすりと昼寝ができるということは、いい国だという証拠だよ。」と、笑いながら言い残し、帰国した。

鈴木氏は、とある新聞での自叙伝的な小説の連載のため、自身の人生をふり返ったとき、「自分はなんて幸せなんだろう!」ということに気がついたという。今年のモスクワはなかなか冬が訪れない。まだ雪も積もっていない。でも、毎朝どんよりとした曇り空から降ってくる「雨だか雪だからわからない物」を見るたび、私は「ミゾレ」という言葉を思い出す。そう、どんなことも、見方一つでいくらでもいい方向に変わることを、あきらめなければ夢はきっと叶うことを、鈴木氏は教えてくれた。よし・・・頑張ろう!



■ 鈴木光司さんのロシアでの図書展参加と講演会についてはこちら



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