雑誌『をちこち(遠近)』
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椰子の木とスケートボードと日本語能力試験

日本語試験センター 熊谷純一



2011年12月4日、北半球から南半球に至る世界60の国・地域で日本語能力試験が実施された。今回、全世界で196ある試験実施都市のひとつ、アメリカはロサンゼルスの試験会場となる南カリフォルニア大学に試験当日に行ってきたのでその様子をお届けします!

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試験会場の南カリフォルニア大学

試験会場の朝は早い。椰子の木のイメージが先行し暖かいものとすっかり思い込んでいたロサンゼルスは、朝から風が強く吹き付けかなり肌寒い。それぞれ資材を車に載せて会場へとやってきたスタッフと合流し、まずは試験資材を建物内へとせっせと運び込む。ペンや消しゴム等の細かい資材は持っていく部屋ごとに予めまとめられている等、作業をスムーズに行うための細やかな心遣いが随所に光る。資材がきちんと揃っていることを確認した後、それぞれの試験教室を担当する監督員を集めてミーティングが行われた。朝からの集合ということで、朝食にクリスピードーナツとスタバのコーヒーが配られた。

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左:教室備品
右:監督員ミーティング


説明会が終わると、監督員は担当する部屋へとそれぞれ散らばり、各机を等間隔に揃え、黒板に試験時間や注意事項を書き込み、聴解試験用のCD・ボリューム等をチェックし、試験部屋となる各教室を試験用に整える。問題無く準備が完了したら、午後に受験生を迎えるまでしばしの昼食休憩。ちなみに、ランチはサブウェイのサンドウィッチ。朝・昼の食事ですっかり気分はアメリカン。

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左:聴解試験で使うラジカセ他
右:試験時間を白板に書く


昼の休憩を終え、外に出る。開場迫る試験棟周辺を見渡すと、受験生たちが試験前のひと時を思い思いに過ごしていた。単語集や参考書を片手に追い込みにかける人、一緒に試験を受けに来たと思われる仲間と談笑する人。自分が大学の入学試験を受けた時なんかは、試験が始まるぎりぎりまで単語帳や用語集を片手に、耳にはイヤホンを突っ込んでいたっけ。あの独特の緊張感がどうも苦手で、好きな音楽を聴いて平常心を保てるよう心がけていたけど(試験の前は必ずWeezerの『Pinkerton』を聴いていた。そういえば、Weezerはロサンゼルスのバンド!)、この日のロスの試験会場を包む雰囲気は和やかで、少し安心した。開場すると、受験生達は自分の受験番号が書かれた受験票を片手に、一斉に建物の中に入っていく。皆これまでの成果が存分に発揮できますように!と思っていたら、僕の後ろをさっとスケートボードに乗った受験生が軽やかに通り過ぎて、そのまま校舎の中へと入っていった。さすが、アメリカ!自由を感じた気分だ。

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左:開場直前
右:スケートボードに乗った受験生


開場からやがて試験開始時刻へと移ろうとする頃には、既に入り口の前は閑散としていた。日本語能力試験では、試験開始後10分までなら部屋に入ることができる。つまり、10分までの遅刻は認められているが、それ以降の遅刻の場合は失格となってしまう。ドラマは通常このようなタイミングで起こるものだ。受験票を忘れて慌てて取りに戻り、その後階段を駆け上がった為に、息を切らして会場入り口に到着する頃には足を引き摺りながらへろへろの状態だった男子受験生。往年のマラソン選手のように、靴が脱げながらも何とか懸命に走りきり、試験開始後10分までの入室に何とかぎりぎり間に合った女の子。入り口でIDを忘れたことに気付いた娘の為、父親が車を走らせ身分証を家まで取りに行き、駐車場で待機していたと思われる弟が入り口で待つお姉さんにバトンのごとく身分証を手渡す。そんなハリウッド映画のワンシーンのような、アメリカンファミリーの強い絆を感じさせるファインプレーも見られた。

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左:会場サイン
右:試験イメージ(本当はアンケートに答えているところ)


試験中は各棟に設置されたヘッドオフィスに詰めていたので、試験中の各部屋の様子を個別に見ることはなかったが、さすがに試験が開始されると、廊下には張り詰めた空気が流れていた。試験開始から2~3時間、長丁場の試験を終えた受験生達が一斉に教室を飛び出した。それぞれ試験がうまくいった人、うまくいかなかった人はいるだろうが、試験を実施する側としては試験自体に大きなトラブル無く終了したことに、ほっと胸をなで下ろした。ロスの受験生とスタッフの皆さん、一日お疲れ様でした!

ほぼ毎日のように国籍様々な受験生からの電話やメールで問い合わせに応対しているものの、東京の四谷にあるオフィスからは、なかなか受験生の顔が見えてこない。彼らは何の為に日本語を勉強し、何の為に日本語能力試験を受けるのか。せっかくの機会なので、受験生をつかまえて話しを聞いてみることにした。

まずは、ユタ州から11時間かけて車でやってきた5人組。彼らは、「JETプログラムに参加したい」「日本語教師になりたい」と日本語と日本語能力試験を使ってやりたいことを、ストレートにぶつけてくれた。しっかりとした目標があって、そこに向かって突き進む様子が目に浮かぶ。

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五人組(皆ピースサインなのは日本好きだからなのか)

お次は、サンフェルナンド・バレーからやって来た3人組。こちらは試験終了後に話しを伺った。Susanさんは、2011年9月に2週間ほど、沖縄・福岡・東京など日本を旅したばかり。日本の食事の美味しさに加えて、女性ひとりでも安心して旅ができることに驚いたという。ちなみに、彼女は地元のテレビで毎週放映されているという、日本の人気テレビ番組『ネプリーグ』を楽しみにしている。日本のバラエティ番組で画面の下などによく登場するテロップ。あれがすぐ消えてしまうって不満を言っていた。あの字幕は何の為にあるの?って聞かれたけど、それをうまく説明するのはちょっと難しいんだよなぁ。

お祖父さんに連れられて行ったリトルトーキョー(ロサンゼルスのダウンタウン内にある日本人街)で観た『座頭市』の話しを、Jaredさんはお父さんからよく聴かされて育った。ファミコンで遊び、また、スーパーマンやバットマンのようなスーパーヒーローとは違った、身近にもいそうなキャラクターの多く登場する日本のマンガに興味を持ったのは、そのような環境の影響もあるかもしれない。大学の必修外国語には、迷わず日本語を選んだ。大学を卒業した後は、仕事の傍らマンガの翻訳グループに参加して好きなマンガを英語に翻訳し、直訳ではないナチュラル且つできるだけ原作の雰囲気を壊さない日本語訳を心がけている。そんなJaredさんも、将来はJETプログラムに参加して、日本での生活を夢見ている。

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三人組(左がSusanさん、真ん中がMathewさん、右がJaredさん)

2011年の日本では、大地震・津波とそれによる原発事故等、ある人は日常生活が根底から覆されるような、本当に色々なことがあった。それにも関わらず、目を輝かせて「日本に行きたい」と言ってくれる日本語学習者達の生の声が聴けたことは、素直に嬉しかった。日本語能力試験が、海を隔てた遠い所に暮らす日本のファンでいてくれる人々と日本とを結ぶ、架け橋で今後もあり続けますように。

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