06 スイスの空の青とともに

河瀨直美
映画監督



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ピアッツァグランデ(昼)

 スイスのロカルノでは今年で65回目を迎える映画祭が8月の初めから中旬にかけて開催されていた。わたしが初めてここを訪れたのは2000年の夏。今から12年前になる。「火垂」という作品がメインコンペに選出。招待された。一番驚いたのは、8000人を収容するという屋外上映会場である。ピアッツァグランデという名の広場であるが、映画祭の映画上映中はこの広場の入り口がすべて封鎖されて巨大スクリーンに映画が登場する。夜空を見上げながらの鑑賞は格別だ。この広場に面している場所で暮らしている人は、迷惑なんじゃないかなと想像するが、そこはイタリア系スイス人。ベランダで毎夜繰り広げられる祭典を楽しんでいるようだ。

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ピアッツァグランデ(夜)

 今年は養母の死に伴い、完成させた「塵」という映画のプレミア上映ということで、養母に関わる他のプライベートドキュメンタリーも上映していただき「オマージュto河瀬直美」として特集があった。また、自身がプロデュースする「なら国際映画祭」のナラティブ企画で製作したメキシコ人監督ペドロ・ゴンザレス・ルビオの作品が新鋭監督の部門にノミネートされていたこともある。結果この作品は見事グランプリをいただくことになった。懐かしいロカルノで最高のご褒美をもらう夏となった。

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メキシコ人監督ペドロ・ゴンザレス・ルビオと

 「塵」は養母の最後の2年間を描いた作品ではあるが、わたしにとっての養母という特定の人物に特化しない印象を観客のみなさんにはもっていただくようだ。鑑賞し終えたほとんどの人がその方自身の親のことを語り出す。涙を流しながら、自分は母にとってどんな存在なのだろうと話される方もいる。親子の関係というのは、近いからこそ難しい部分もあって、普段は棚上げにされているような感情が、そこを想うきっかけとともに、堰をきったように溢れ出す。養母の死はわたしにとって大きな人生の転機ではあるが、「塵」を観ると、養母はまだそこにいて、いつも見守ってくれているように思う。そう思えるのも映画のもつ醍醐味なのだろう。プライベートな作品だからこそ、その醍醐味も大きい。

 映画上映後の余韻を抱えながら、アテンドしてくれたファビオさんに、ご自身のお父さんとの思い出の場所でもある、山の小屋に連れて行ってもらった。マジョレー湖を眼下に見下ろす山の上の小屋には電気がなく、夜はランプで過ごすのだという。簡易のトイレはあるが、下水が完備されているわけではなさそうだった。この山の出身であるというファビオさんは、普段はITメーカーに勤務しているというが、文化的な行事を通してこうして他国の人間と関わることが好きで映画祭の期間中はパートで映画祭に従事する。主にゲストにアテンドすることが仕事だ。小屋のベランダでは、一本のワインをあけて、皆で呑んだ。こうして自然に触れながら、なにをするでもなく、過ごすひとときは旅の一番贅沢な過ごし方なのではないかと思う。

 昼食は夏の間だけオープンしているという山のレストランでポリンタというとうもろこしの焼き物を食べた。このあたりの名物だ。むかしポリンキーというお菓子が日本にもあったが、その味ととてもよく似ていた。また山の上の風景はアルプスの少女ハイジが過ごした村に似ていた。小さなブランコがあり、少女たちがケラケラと笑いながら風をうけてそれを漕いでいる。目をつぶるとその姿は、スイスの空の青とともに鮮明に焼き付いて離れずにいる。





kawase01_00.jpg 河瀨直美
生まれ育った奈良で映画を撮り続ける。
「萌の朱雀」(96)カンヌ国際映画祭新人監督賞を史上最年少受賞。
「殯の森」(07)カンヌ国際映画祭グランプリ受賞。
「玄牝-げんぴん-」をはじめドキュメンタリー作品も多数。
自らが提唱しエグゼクティブディレクターを務める『なら国際映画祭』は今年9月14-17日に第2回を開催〈http://www.nara-iff.jp/〉。
奈良を撮りおろした作品「美しき日本」シリーズをWEB配信中〈http://nara.utsukushiki-nippon.jp/〉。

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