雑誌『をちこち(遠近)』
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文化・芸術は地域とコミュニティを活性化させる原動力
-日系アメリカ人の活動と創造都市・金沢の取り組みから-【後半】

文化・芸術は地域とコミュニティを活性化させる原動力
-日系アメリカ人の活動と創造都市・金沢の取り組みから-【前半】

毎年3月に実施される外務省主催の「日系アメリカ人リーダー招へいプログラム」。その一環として去る3月6日、国際交流基金日米センター米日カウンシルとの共催で、石川県金沢市にて「日系アメリカ人リーダーシップ・シンポジウム」を開催しました。2000年に始まったこの招へいプログラムでは、全米各地でリーダーとして活躍する日系アメリカ人が訪日し、東京と地方都市にて各分野の識者や専門家との意見交換、文化施設の視察などを行います。2017年は3月4日~11日の日程で、米日カウンシルのアイリーン・ヒラノ・イノウエ会長と共に日系アメリカ人リーダー代表団11名が来日。5日に金沢市を訪れて代表的な文化施設を視察し、翌6日に金沢でのシンポジウムに臨みました。

地域の再生に文化が果たす役割とは? もたらす効果とは?

 日系アメリカ人リーダーシップ・シンポジウムは17回目となりますが、金沢での開催は今回が初めてです。まず、「文化がコミュニティ振興に果たす役割」をテーマに日系アメリカ人パネリスト3名が各自の活動を発表。その後、創造都市と創造経済に関する国際比較研究の第一人者である同志社大学の佐々木雅幸特別客員教授、米日カウンシルのヒラノ会長をモデレーターに、パネリストと福光屋の福光松太郎社長によるディスカッションが展開されました。

 パネリスト3名の発表を登壇順に紹介します。

■レスリー・イトーさん(カリフォルニア州ロサンゼルス)
日米文化会館(JACCC)館長。カリフォルニア・コミュニティ財団やフォード財団など多くの団体で約20年間、芸術振興に尽力してきた。

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「私は日系4世です。私の母方の曽祖父は1902年、19歳の時に福岡からサンフランシスコに渡りました。そこから私たち家族のアメリカでの歴史が始まります。
 曽祖父のアメリカ移住から40年後の1942年、真珠湾攻撃がありました。私の祖父と祖母は西海岸の強制収容所に入れられることになります。あまりに辛い経験だったため祖父母が収容所の話をすることはなく、彼らが重い口を開いたのは私が成長してからのことです。

 私は2013年に日米文化会館、JACCCの館長になりまた。祖父母をはじめとする日系人の歴史を、芸術や文化を通して自分の子供や未来の世代に伝えたいと考えたからです。
 JACCCは日本の文化芸術センターとして、1971年に日系1世2世のコミュニティリーダーによって設立されました。その役割は日本と日系アメリカ人の文化芸術、さらには多様なコミュニティの中心的存在になること。伝統と現代、コミュニティ参加者とクリエイティブな専門家、南カリフォルニアと外の世界をつなぐことです。まさに金沢の取り組みと似ています。
 JACCCのセンタービルはリトルトーキョーにあり、880席のシアター、ギャラリースペース、日本庭園などを備えています。134年の歴史を持つリトルトーキョーは、もはや日系人だけのものではありません。さまざまな人々が文化や歴史を感じられる、また食事やショッピングを楽しめる場所です。そのようなコミュニティとして持続可能な場所だからこそ単に場所を保全するのではなく、文化という文脈を持たせながら、未来の世代のためにこれからも発展させていきたいと考えています。

 リトルトーキョーも歴史的にいろいろなことがありました。大戦時の強制収容、不動産開発のための立ち退き要求。2021年には地下鉄が開通し、ロサンゼルスで2番目に混雑する駅が誕生すると言われています。そうなれば不動産価格も上がるでしょう。小売店には打撃です。
 しかし、文化や歴史は持続していきます。お盆には盆踊りが行われ、さまざまな文化イベントも催されます。JACCCもより多くの人に利用してもらおうと無料のパフォーマンスを企画したり、ウクレレや日本語、韓国語、スペイン語などを教えたり、世代にまたがるようなプログラムを用意しています。
 JACCCとしては特に人、コミュニティとつながりたいと考えています。それは関係を築き、連携し、一体感を持つということです。戦争時に日系アメリカ人に対してあった不当な出来事が二度と起きないように、私たちは、イスラムをはじめとするあらゆるコミュニティをサポートしていきたいと思っています」

■ケン・ラッセルさん(フロリダ州マイアミ)
マイアミ市議会議員(日系人初)。市の管轄である日本庭園の保存に関わっている。日系団体、北西フロリダ日米協会のメンバーでもある。

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「私は1年前にマイアミ市議会議員になりましたが、その前はプロのヨーヨープレイヤーとして生計を立て、世界中を旅していました。そして私の父も、東京生まれの日本人である母も元ヨーヨープレイヤーです。

 今日は緑地についてお話します。文化・芸術を通していかに土地を再活性化できるかというのがテーマです。現在、私は妻と3人の子供と共に、美しい緑地のある公園の前に住んでいます。そこがなんと、非常に毒性の高い物質に汚染されていたのです。到底、受け入れることはできず、私はコミュニティ活動を組織化し、市に対して除染を訴えました。その結果、公園は除染され、活動は大成功を収めます。
 ところが、他の5つの公園も同じように汚染されていることがわかりました。周りからの勧めもあって私は、草の根レベルではなく政治家として除染と緑化に取り組もうと決意します。そして、マイアミ市内の家庭を訪問して今何が必要か説明したところ、日系人で初めてマイアミの市議会議員に選出されたというわけです。

 3つの事例を紹介します。1つ目は既存の公園を再活性化するというもので、イチムラ ガーデンの例です。1957年、リコー三愛グループの創始者である市村清さんが、マイアミ市を訪問した際に寄付をしてくれました。マイアミ市内に日本庭園を作りたいと考え、彫刻や立体作品などを寄贈してくれました。何年か後に庭園は完成したものの、市村さんが亡くなった後に荒廃し、庭園として機能しなくなってしまいました。今、設計に20万ドルかけ、庭園に再び息吹を呼び戻そうとしています。展覧会などを行う空間を新たに設け、茶室や石庭も作る計画です。

 2つ目の事例は、オムニパークと呼ばれるプロジェクトです。ここはスラムとも言えるような荒廃した場所でした。土地の一部は市の運輸局が所有していて、このプロジェクトのために譲ってもらいました。ここはアートや音楽のためのエリア、スケートパーク、飲食ができるスペースにしていく計画で、あと1か月で完成するのでわくわくしています。

 最後のプロジェクトは、終わったばかりのビスケイングリーンです。実はマイアミ市内には緑化するための場所があまり残っていません。その限られた場所を緑化していこうということで、よりアグレッシブに進めました。車線が8本もあって非常に交通が激しく、中央に大型の駐車場もあるようなダウンタウンを、全て緑化するという野心的な試みです。たとえば、車線の1本をバス専用にしました。日中はダンスやヨガのクラスも開けます。

 私は芸術や文化をとても愛しています。だから、マイアミの土地や公園を緑化して文化に触れられる場所にしたいと考えているのです」

■ウェンディ・タカヒサさん(ニューヨーク州ニューヨーク)
モルガンスタンレー社コミュニティ・リレーションズ部取締役。NYの日系アメリカ人コミュニティの中心的メンバーで、和太鼓グループでも活動。

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「私はニューヨークで生まれ育ちました。父はカリフォルニア生まれの日系2世。母は東ヨーロッパ出身のユダヤ人。二人は1950年に結婚しましたが、異人種間の結婚だったため、父は祖父から勘当だと言われ、近所の人にこの地域から出ていってほしいと懇願書を書かれたそうです。そのような経験を持つ両親のもとに生まれたからこそ、私は今、全ての移民が平等であるための活動に取り組まずにはいられないのだと思います。

 今回、金沢21世紀美術館が学校のあった場所に建てられたことを知りましたが、私が住むニューヨークのチェルシーでも似たような動きが進んでいます。廃墟や空きビルが文化や美術に関係する空間に改造、改築されているのです。

 チェルシーは今でこそ観光のメッカですが、かつては貨物列車と倉庫が占める場所でした。ニューヨーク市が盛んに公営アパートを建てた第二次大戦後から1960年代の半ばにかけて、チェルシーにも2000ものアパートが建ち、団地が築かれます。しかし1960年代に大企業が閉鎖され、寂れた場所になりました。
 そんなチェルシーにできた最も有名な劇場がジョイスシアターです。1978年に閉鎖した元映画館を、1982年にエリオット・フェルド バレエが改修工事を行い非営利のダンス劇場としてオープンさせました。現在は年間15万人が訪れます。
 1987年にはディアセンターフォーアートができまた。現代アートのギャラリーです。以降、ギャラリーはどんどん増え、2010年頃はアートギャラリーだらけの状態でした。しかし家賃が上昇し、アートギャラリーは移転を余儀なくされています。
 1997年、オレオクッキーを開発したナビスコ工場の跡地が、チェルシー マーケットに生まれ変わりました。35以上の店舗が入っていて、毎年600万人もの人がやって来ます。
 もう一箇所、多くの人を集めているのが、2009年から2014年にかけて段階的にオープンしていった空中公園のハイラインパークです。30年間も放置されていた貨物列車用の線路が全長約2.3キロの公園に生まれ変わり、200万人が訪れる人気スポットになっています。2015年にホイットニー美術館が移転してきたことで、それまでの倍の人たちがチェルシーに来るようになりました。

 現在、エリアが活性化したことから新しい高層アパートが建ち始めています。でも、開発地区の横には低所得者が住んでいて、チェルシーでは今、大きな所得格差が生まれています。
 覚えておかなければいけないのは、開発するにあたって何が重要か、コミュニティ全体を見て考える必要があるということ。低所得者層の人たちも含め全ての住民が、ここに住んでいて快適でなければいけません。そのためチェルシーでは今、コミュニティを一つにしようといろいろな動きが起きています」

 パネリスト3名の発表に続き、佐々木教授の司会により、会場から寄せられた質問を議題にディスカッションが進められました。

佐々木「最初に一言、私の感想を述べさせていただきます。パワー・オブ・プレイス、つまり場所が持つ力ですが、これが今日のキーワードの一つではないかと思いながら3人のパネリストの発表を聞いていました。つまり、ある場所を起点として文化活動が行われ、それが都市全体の活性化や寛容性につながっていくということですね。
続いて福光さんからコメントをいただきます」

福光「金沢の街づくりを支えてきた経済同友会の先輩たちは、江戸時代から続く文化を大事にしていくことが金沢の街づくりの基本であるという考えを確立してくれました。その姿勢は、今では市民の間にしっかり浸透しています。地元企業が工芸的な経営、工芸的なものづくりをする街となり、クリエイティブな人たちが全国から集まるようになりました。北陸新幹線が開通したことにより、東京のクリエイターが金沢にオフィスやスタジオを移すという現象も起きています。私たちは今後も、400年の歴史を大切にしながらクリエイティブな街づくりを続けていく。この理念が、金沢市民にとっては非常に重要なものなのです」

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福光屋の福光社長。

佐々木「ディスカッションに入ります。会場からたくさんの質問が来ていまして、最も多いのは、日系人としてアメリカ社会でどのようにアイデンティティを保つのかという質問です」

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ディスカッションを進行するモデレーターの佐々木さん。

イトー「私たちロサンゼルスの日系アメリカ人はJACCCや全米日系人博物館などで自分たちのルーツや文化に触れることができます。そういったことが、文化的なアイデンティティを保つ上で助けになっていると思います」

ラッセル 「マイアミには日系人はそれほど多くいません。私は、自分が日系アメリカ人としてマイアミで暮らしていること自体に意味があると思います。私たちのアイデンティティは、歴史としても非常に重要なものです。自分には、日系アメリカ人の文化、歴史を伝え、未来につなげていく責任があると思っています」

ヒラノ 「1942年、ルーズベルト大統領が大統領令9066号に署名し、日系人およそ12万人が強制収容所に送られました。2017年はその75周年にあたり、さまざまなイベントが催されています。2月には国立アメリカ歴史博物館と全米日系人博物館で、大統領令9066号をめぐる展示が行われました。私たちには、日系アメリカ人としてこの歴史を語り継いでいく使命があります」

佐々木「次はラッセルさんへの質問です。グリーンスペースを大事にするのはわかりますが、その理由は何でしょうか」

ラッセル「緑化するとそこに人が集まり、その土地、場所が活性化します。それが新たな活動を生むきっかけになるかもしれません。場所には人を集める力があります。SNSが盛んになり、多くの人が実際にその場所に行かなくても行ったような気になっているけれども、そういう時代にあっても、文化や芸術の場は人を引き寄せる力を持っていると思います」

タカヒサ「私の娘は今21歳の大学生ですが、ハイラインパークがオープンした時には11歳でした。携帯電話で話すこととパソコンに向かうことを唯一の楽しみにしていた彼女が、ハイラインがオープンすると『これは画期的なことだから行かなきゃ』と言って出かけて行ったんです。そこに足を運ぶのと画面を見ているのとでは、まったく違います。ハイラインができた時に、人々は笑顔で挨拶を交わしていました。その場所に今までとは違う状況が生まれました」

佐々木「それでは最後に、金沢を訪れて持った感想など一言ずつメッセージをお願いします」

イトー「ロサンゼルスにいても金沢にいても、どこの市民であっても、私たちは歴史と文化を感じ、自分たちが未来と次世代のために何を守らなくてはいけないか考えるべきだと思います」

ラッセル「金沢に非常に感動し、また嫉妬もあります。この街の歴史、文化や芸術に、誰もが誇りを持っていることに。歴史や芸術が金沢を特別な街にしているのですね」

タカヒサ「今回、私たちは金沢で多くのことを学びました。金沢はどこに行っても伝統を大事にし、同時に新しいものを生み出している。そういう意味で特別な場所だと感じました」

ヒラノ「私は日本には年に何回も来ていますが、金沢は初めてです。訪れるのを楽しみにしていました。今回迎えてくださった金沢の皆さんには豊富な物語と話題を提供していただき、また日系アメリカ人代表団としてもそれぞれのストーリーを持ち寄り、互いに分かち合うことができたと思っています。今回訪れた11人は皆、異なるバックグラウンドを持ち経験も豊富です。これからも皆さんと一緒に何かできれば嬉しく思います。ありがとうございました」

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米日カウンシルのアイリーン・ヒラノ・イノウエ会長。

 場所には人を集める力がある。人が集まればそこにコミュニティが、文化やムーブメント、出会いが生まれる。そして創出も再生も、歴史と伝統を伝え、残しながらできるということ。今回、時間を共有した全ての人が、それぞれの立場で何かしらヒントを得られたとしたら、それほど素晴らしいことはないでしょう。

(編集:斉藤さゆり、撮影:相川健一)

[モデレーター]
佐々木雅幸/同志社大学特別客員教授、大阪市立大学名誉教授。文化庁文化芸術創造都市振興室長、創造都市ネットワーク日本の顧問も兼任。

アイリーン・ヒラノ・イノウエ/米日カウンシル会長。全米日系人博物館の館長を20 年にわたり務めた後、2009 年に非営利団体の米日カウンシルを創設。2012年国際交流基金賞受賞。

[ディスカッサント]
福光松太郎/株式会社福光屋代表取締役社長。石川県酒造組合連合会理事、金沢酒造組合理事長、金沢市創造都市推進委員会実行委員長などを兼任。

[日系アメリカ人リーダー]
デビット・ブーン/CB&I Federal Service社長
ジェーソン・フジモト/HPM Building Supply社長・最高執行責任者
サワコ・ガードナー/ニューハンプシャー州ポーツマス地方裁判所判事
ロイ・ヒラバヤシ/サンホセ太鼓 共同創立者
レスリー・イトー/日米文化会館館長・CEO
リン・ナカモト/オレゴン州最高裁判事
パトリック・オオイシ/ワシントン州キング郡高等裁判所判事
ケン・ラッセル/マイアミ市議会議員
マイケル・タカダ/シカゴ定住者会CEO
ウェンディ・タカヒサ/モーガンスタンレー社コミュニティ・リレーションズ部取締役
ゲーリー・ヤマシタ/サクラスクエアCEO

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