雑誌『をちこち(遠近)』
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ジャパニアー

岩田草平


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「アディバシの家」と「アディバシの給水塔」


「ジャパニアー!」(「日本人だ!」)
 周りの木々が震えるような大声でソムナットが私の存在を仲間たちに伝えた。ソムナットとの出会いはこんな風だった。それから2年ほどがたち、今ではソムナットは活動の中心人物で、「アディバシの給水塔」や「アディバシの家」という私の制作物の現地コーディネーターだ。彼がサンタル族の仲間の中から良い土壁職人や藁屋根職人を連れてきて、私がイメージするフォルムや材質作りの手助けをしてくれる。

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左:「アディバシの家」と私、右:「アディバシの家」制作過程
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左:「アディバシの家」東側、右:「アディバシの家」内部


 3年半前に文化庁の若手芸術家在外研修員として始めてインドの地を踏んだ。当初は怒涛のような人の波やラフな人当たりに当惑し、ここで一体私は何が出来るのだろうかと思った。インドといえばヒンズー社会で、観光ガイドブックなどにもヒンズー文化の遺跡や聖地などを巡るものしか出ていない。私も最初のうちヒンズー社会やイスラム社会とばかり接していたのだが、インド滞在が1年をすぎた頃に出会った友人に運よく「アディバシ」の存在を教えてもらえた。「アディバシ」とはサンタル族を含むインドの先住少数民族の総称で、今なお自然の中で半自給自足の生活をおくっている人びとで、彼らの村は電気が通っていないことが多い。

 サンタル出身の社会学者ボロ・バスキはサンタル族についてこう書いている。「サンタル族はインドの先住少数民族で、少数民族のうちでは最大の同族コミュニティーであり、バングラデシュ、ネパール、ブータンなど近隣諸国にも住んでいる。元来は密林の狩猟採集民だったが、やがて森林を伐採して農耕をはじめた。現在では通常の農耕民である。サンタル族は 他のコミュニティーの隣人として文化的社会的距離を保持しつつ、何世紀にもわたって生きてきた。彼らの文化は口承、歌、儀式で維持、 伝承されている。彼らはインドの貧困コミュニティーの一つと見なされているが、 素朴、正直、平和的、陽気な性格の持ち主で、独特の米ビールを好み、冗談好きである。十二の通婚可能氏族に下位区分される。その宗教はアニミズム的で、祖先の霊、家の霊、村ごとに保存されている原始林の霊など、霊魂(ボンガ)は至るところに存在する。山上の樹木や岩も霊魂をもっている。これらの霊魂を鎮めるために複雑な儀式と生贄を捧げるが、それらは通例ダンスと米ビールを飲むことで終る。」

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左:生活の基礎となる稲作、右:酒場

 サンタル族などの「アディバシ」は指定カーストとして現在でも差別をうけている。しかし、私は彼らの技術、世界観、一人ひとりの個性に強く魅せられた。全てが土で作られた村社会の居心地のよさ、何十種類もの土の配合、建築や塗装、料理なども作り出す大地に根ざした知恵。土と共に練り上げられた文化。農耕により鍛えられた人体の、土壁に写る美しいシルエット。何種類もの闇。初めて自然の中に佇む人間がきれいだと感じた。人を通過して背景の景色が見えてくるような透明感がある。その透 明(トランスペアレント)な環境と精神は、コミュニティーの枠にとらわれ個人所有に固執している社会とは異質のものだ。

 そんな村社会に出会うことで、私のイマジネーションも敷居を越え、広がり始めた。アート界の住人を意識し作品を作ることを止め、村に必要な給水塔や図書館などを私のデザインで作り始めるようになった。「給水塔が作品なんて今まで聞いたことがないな」、「支援を目的としたNGOと勘違いされるだろうな」といった考えが湧いてきて、芸術としては評価されがたい領域に踏み込んでいるスリルを感じた。土を使った建造物の未知の美を人々に示し、独自のデザインの公共物を作ることで私にしか出来ないアートを産み出したい。

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左:「アディバシの給水塔」、右:「アディバシの給水塔」を使うサンタル族
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左:「村民図書館」、右:「村民図書館」内部


 活動拠点のサンタル族の村でこれまでに制作したのは、「村民図書館」や「アディバシの給水塔」、アーティストや多分野の専門家が滞在できるレジデンス「アディバシの家」などである。給水塔を動かすために政府と交渉して、村に電気を引いてきた。村人はインドの近代化とそれに伴う村の発展を強く望んでいる。しかしそれは、古い美しい習慣を捨て、コンクリートとトタンの家々が立ち並ぶように変化することと同じ意味でもあるのだ。その流れを外部の人間が止めようとすることは出来ないけれど、その村にアーティストや民俗学、建築学、農業など多分野の専門家が集い、村の人びとと共に活動できる実験的なプロジェクトを展開していくことは可能だし有意義だろう。





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岩田さんが主催する「8人の日本人アーティスト 東洋の交感」のカタログ








japanea01.jpg 岩田草平 Sohei Iwata
1979 滋賀県生まれ。現在インドを拠点に活動。2008 東京藝術大学大学院先端芸術専攻修了。2008-2009 文化庁若手芸術家海外派遣員。2010-2011 タゴール国際大学客員研究員。助成金:2010 吉野石膏美術振興財団。2011 ポーラ美術振興財団。主な展覧会・プロジェクト:2003-2007「アートプロジェクトSICE(Sarajevo International CultureExchange)」(サラエボ/ボスニアヘルツェゴビナ) 主宰。2008 -2012「アパムナパート」プロジェクト、タゴール国際大学 ( シャンティニケタン/インド) 主宰。 2010「デリー・フィールドワーク "In Context:public, art, ecology"」Khoj International Artists' Association( ニューデリー/インド)。2011「ソーシャルダイブ」3331 Art Chiyoda (東京)。



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