ニューヨーカーが楽しんだ桜と和菓子の多彩な世界 

虎屋文庫 研究主幹
中山圭子



日本からアメリカ合衆国へ桜の木が寄贈されてから100周年となる今年3月、国際交流基金(ジャパンファウンデーション)は、日本を代表する和菓子の老舗「虎屋」とジャパンソサエティ(ニューヨーク)の協力・共催により、ニューヨークにて「桜」をテーマに和菓子を伝える講演(レクチャー)、実演(デモンストレーション)、ワークショップを実施しました。
専門家としてニューヨークに赴いた、虎屋文庫研究主幹の中山圭子さんに、大盛況だった和菓子紹介事業についてレポートしていただきました。



活発な質疑応答が行われた講演
2012年3月21日、およそ190名のお客様を迎え、ニューヨークのジャパンソサエティにて和菓子のレクチャーとデモンストレーションを実施しました。
レクチャーでは『ニューヨークタイムズ』紙ダイニング・セクションレポーターでフードジャーナリストのジュリア・モスキンさんの司会で、四季折々の自然風物を形にした和菓子の魅力について、通訳の時間を含めて40分ほど、画像をお見せしながらご紹介しました。また、材料・歴史ほか今の和菓子事情についても触れ、日米桜寄贈100周年ということにも関連し、桜餅や桜の意匠、桜の和菓子についてもお話ししました。

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司会(NY_Times_Julia_Moskin記者)とのトーク
写真:George Hirose


質疑応答のセッションでは、まず司会のモスキンさんから、「アメリカの食のスタイルに、和菓子はどのようにとりいれられるだろうか」「小豆の味はなかなかアメリカ人に受け入れられないが、チョコレートとあわせるなどのやり方についてどう思うか」「日本食がフランス人シェフの料理などに影響を与えているが、和菓子の場合はどうか」などの多彩な質問がありました。
続いて、会場のお客様からも「東京と京都の和菓子の違いは何か」「(震災以降)原材料の入手しにくさは問題になっているか」「東南アジアの菓子の影響はあるのか」「干菓子の現状について」「菓子それぞれの甘みの幅はあるのか」「色づけは何を使っているのか」など、活発な質問が多数あり、私自身も大変刺激になりました。

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質疑応答
写真:George Hirose




五感で楽しめる大好評の実演
レクチャーの後は職人によるデモンストレーション。「寒紅梅」、「遠桜」という2種類の生菓子を、遠くのお客様からも見やすいよう、通常の3倍の大きさで作ってお見せしたところ、会場からは感嘆の声も聞かれました。

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通常の3倍サイズ(御所に納めるサイズ)の「寒紅梅」を作る古牧工場長。和菓子職人として25年以上の経験を持つ。
写真:George Hirose


その後の試食レセプションでも、デモンストレーションを引き続き行い、生菓子2種類(「遠桜」と、今回のためにデザインした生菓子-菓銘はお客様方に自由にイメージして頂くこととしました-)に加え、「雲井の桜」、「四季の富士(春)」、「夜の梅」、「おもかげ」といった羊羹も試食して頂きました。
また、和菓子の原材料や干菓子、桜の葉や花の塩漬けも展示して、原料の手触りや桜の香りも体験して頂けるようにしました。展示・レクチャー・質疑応答・デモンストレーション・試食と、五感で楽しめるプログラム内容は好評だったといえるでしょう。

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レセプション中も古牧工場長とともに、虎屋赤坂本店で和菓子オートクチュールを担当する和菓子職人、頼富博貴さんが実演を披露。少しでも近くで見たいと聴衆が詰め掛けた。
写真:George Hirose

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皆様に試食して頂いた「遠桜」(左)と今回の事業のためにオリジナルでデザインされた生菓子。
写真:George Hirose

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桜葉や花の塩漬も展示。原料の手触りや桜の香りも体験できるのは、実演ならではのお楽しみ。
写真:George Hirose


レセプションでは、「東北に2年間いる間に、餡の味に親しんだので、今度日本を訪ねる折は温泉まんじゅうを食べたいです」と話してくれた若いアメリカ人男性、「虎屋NY店をよく利用しました」というアメリカ人の年配のご婦人など、和菓子ファンのコメントがうれしかったです。
また、NYで和菓子作りを続けていらっしゃるメアリーベス・ウェルチさんに11年ぶりに再会できたことも、忘れられない思い出です。ウェルチさんが日本に滞在していらっしゃった折、親交があり、帰国された後もたまにメールのやりとりをしていましたが、今回の再会で、ウェルチさんが和菓子づくりに以前とかわらぬ情熱を注がれていることがわかり、感銘を受けました。



生菓子作りに挑戦!
 翌22日には、和菓子作りを体験するワークショップを、2回実施しました。まずは職人による「手鞠桜」や「遠桜」ほか桜モチーフの生菓子の実演。その後、お客様方が餡を包む作業からそぼろづけまでを体験できるよう、「遠桜」を2つずつ、作って頂きました。完成後は煎茶と一緒に召し上がって頂きながら、ご質問にお答えする時間を設けました。

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いかに綺麗に「そぼろ」をつけるかを説明する古牧工場長
写真:George Hirose

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参加者の手を取りながら、そぼろ作りのコツを教えする頼富さん
写真:George Hirose

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「遠桜」の餡を包む作業から体験。最後に真剣なまなざしで「そぼろ」をつける
写真:George Hirose


 この日も前日に引き続き、ウェルチさんが参加してくださいました。師として仰ぐ人もないまま、一人でこつこつと和菓子作りに励んできた彼女にとって、今回は職人から技術上のコツなどを習得する、またとない機会になったようです。ウェルチさんは感激のあまり涙をうかべていらっしゃいました。海外での和菓子作りや和菓子紹介は、彼女のような方から、広がっていくのではないかとも感じました。

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自身の和菓子作品集を見せながら頼富さんに質問するメアリーベス・ウェルチさん。

国際交流基金とジャパンソサエティの共催で、NYでの和菓子紹介に参加できたことは、私自身にも大変意義深い機会となりました。親日家が多いこともあって、今回のイベントの反応はとてもよかったといえますが、一般のアメリカ人には、まだ和菓子は遠い存在であることを実感したのもまた事実です。
時間はかかりそうですが、和食を「ユネスコの無形文化遺産に」という動きもおこっていますので、和菓子についての関心をより広げられたらと思います。今回のイベント参加は、世界における和食や和菓子の文化について新たに考えるきっかけになったといえ、この経験をいかし、今後も和菓子を通じて日本の魅力を伝えることができるよう努めていきたいと思います。




中山圭子
東京芸術大学 美術学部芸術学科卒業。卒業論文で「和菓子の意匠」を研究。
現在、株式会社虎屋の和菓子資料室、虎屋文庫にて資料の保管研究および展示業務に従事。『事典 和菓子の世界』(岩波書店)『江戸時代の和菓子デザイン』(ポプラ社)等、著書多数。




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