雑誌『をちこち(遠近)』
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ビデオゲーム-日本とイギリスの文化の共振

東京大学大学院情報学環教授 馬場 章



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Amusement Arcade / Dick Thomas Johnson


■コンテンツの深層に切り込む

2012年2月21日(火)と22日(水)の両日にわたって、国際交流基金ロンドン文化センターで日本のビデオゲーム(日本ではテレビゲームと言う、以下たんにゲーム)をめぐる講演会が開催された。

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講演会の様子

2000年代にはいり、日本政府が音頭を取って、映画、マンガ、アニメ、ゲームなどを「コンテンツ」と総称して、日本を代表する文化あるいは産業として積極的に海外へ紹介し、かつ、売り込むようになった。それを受けて、海外では日本のコンテンツを取り上げる催し物が格段に増えた。これが「クールジャパン」である。その背景には、コンテンツを知的財産として重要視するようになったという変化がある。そして今やクールジャパンの範囲はコンテンツにとどまらず、食やファッションにまで広げられた。

日本政府がコンテンツに注目し始めたとき、コンテンツの研究をしている私たちは、政府がやっと日本のポップカルチャーにも注目するようになった、と喜んだものである。しかし、日本政府が取り上げる以前から、実は、海外ではずっと以前から日本のコンテンツが受容されてきたことは周知の通りである。コンテンツには、経済的側面(商品性)と芸術的側面(作品性)がある。

コンテンツの経済性の代表例としては『ポケットモンスター』(ポケモン)がある。1996年にゲームソフトとして登場した(ポケモン)は、国内で子どもたちの爆発的な人気を集めてマンガ、アニメにもなった。そして現在にいたるまで、次々とシリーズのゲームソフトが発売されて続けている。また、ポケモンは国内だけでなく海外にも輸出され、海外でも人気を集めている。メディアミックスで展開するポケモンの経済効果は、全世界で2兆円を超えるといわれる。

コンテンツの芸術性の代表は、スタジオジブリの『千と千尋の神隠し』だろう。2001年に公開されたこの長編アニメ作品は、映画批評を集計するウェブサイトで満点近いスコアを獲得した上、作品の完成度やエンターテインメント性が高く評価され、ベルリン国際映画祭金熊賞、米国アカデミー賞外国アニメーション部門賞など多数の賞を受賞した。日本国内では、2,350万人の観客を動員し、304億円の興行収入を上げ、この記録は国内映画の興行収入として現在でも破られていない。

これら二作品は、日本のコンテンツを経済性と芸術性で代表する例であるが、これらに限らず、さまざまな作品がさまざまな形で、日本の現代のコンテンツが海外で紹介されている。そして、その仕掛け人のひとつが、言うまでもなく国際交流基金である。

しかしながら、海外で紹介される日本のコンテンツが、なぜクールジャパンなのか、日本的なのか、日本を代表する文化なのかと問われると、それを説明することは意外と難しい。その説明のためには、少なくとも作品の表面をなぞるだけでは不十分である。その作品を生み出した思想、コンセプトや方法と技法を含む日本の文化的風土の総体を紹介しなければならない。

そして、作品を深く鑑賞するためには、そのような日本的なるものの共有と共感に基づく理解が求められる。これまでは作品の紹介に主眼が置かれ、その背景や成立過程にまで深く切り込むことは必ずしも多くなかったのが実情だろう。今回の国際交流基金ロンドン文化センターの企画は、ゲームの作品紹介よりも、その背景にある文化意識にまで切り込もうという意欲的な取り組みだった。



■新たな層を開拓した講演会

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講演中の馬場章

講演会全体のテーマは"Video Games in Japan : Past, Present and Future"(日本におけるビデオゲーム:過去、現在、そして未来)。初日はThe Past : Game Over? -How to preserve Video Game Culture and why it is important to do so(ゲームオーバー?ビデオゲームの文化をどのように保存するのか、そして保存はなぜ大切なのか)というタイトルで、私が講演をさせていただいた。

私の講演では、ビデオゲームはもはや社会と緊密に結びついた「遊び」であり、ゲームが文化であることを強調した。その上で、過去のゲームを保存し、その利活用を行う必要を述べた。日本では、2010年からゲームアーカイブを構築する事業が文化庁を中心に進められており、その中核となるであろう国立国会図書館(NDL)の納本制度の取り組みを紹介して、それをアーカイブとして充実させていく際の課題について指摘した。

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国立国会図書館のゲーム保存の様子

日本の取り組みに対して、イギリスは一歩先を歩んでいる。国立メディアミュージアムで、ゲームアーカイブが進んでいるからだ。私の講演に対して、ゲームアーカイブに有識者として参加しているジェイムズ・ニューマン教授(バース・スパ大学)が登壇して、コメントを寄せ、ゲームアーカイブを構築するためには、産業界と行政、そして大学の連携による主体の形成が大事であることなどを強調した。

2日目は"Progress to Next Level? - Where is the Japanese Video Game Industry heading ?(次のレベルへの過程-日本のゲーム産業はどこへ向かうのか)と題して、私が日本のゲーム市場の特徴をまとめたのち、遠藤琢磨氏(株式会社アクワイア代表)が登壇して、日本のゲーム市場の動向をまとめ、自社開発タイトルの日本的な特徴を紹介しつつ、日本の中堅ゲーム開発会社が取り組む課題について、他社の取り組みも紹介しつつ整理した。

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遠藤琢磨氏(左から2人目)

遠藤氏が率いるアクワイアは、家庭用として『天誅』シリーズや『侍道』シリーズなど、侍や忍者という日本らしいテーマやキャラクターのゲームを開発し、近年ではアプリやソーシャルゲームも提供している。海外進出にも積極的なゲーム会社である。遠藤氏が創業したゲームのベンチャー企業であり、そこから成長を遂げた中堅企業としては草分け的な存在でもある。遠藤氏の講演には、イギリスの著名なゲームライターであるSteve Boxer氏がディスカッサントとして参加し、イギリスのゲームの最新情報を提供してくれた。

両日の講演会参加者のデータを拝見すると、これまで国際交流基金の催し物とは少し縁遠かった人々、とくに若い人々が多く参加していた。参加者の中には、日本発のゲームが好きなゲームプレイヤーを中心として、同人ゲームを制作しているグループや大学でゲームデザインを勉強している学生やゲームジャーナリストなど多彩な人々が参加していた。ロンドン文化センターの他の催しとはやや異なる人々が参加していたようだ。今回の企画が、日本や日本のコンテンツに関心を持つ人々を掘り起こしたということだろう。なお、今回の講演会はメディアからも注目され、イギリスの公共放送であるBBCラジオなどの取材もあった。



■日英のゲーム文化の共振

日本のコンテンツの紹介として、マンガ、アニメを取り上げる企画は決して少なくないが、ゲームは必ずしも多くは無い。今回のロンドン文化センターの企画はゲームだけを取り上げた取り組みだった。なぜならば、ゲームの場合、マンガやアニメと違って、海外市場向けにローカライズあるいはカルチャライズして販売することが多い。だから、ゲームで遊んでいるプレイヤーは、その作品が日本発であることをあまり意識していないと言われてきた。

しかし、今回の企画は、このような「定説」を見事に打ち破った。日本的な持ち味のテーマを作品化しているアクワイアの遠藤氏の講演があったからという理由もあるかも知れないが、イギリスのプレイヤーは日本発の作品を日本の作品として認識し、プレイしていたのだ。それはおそらく日本の著名な作品やゲーム会社に限ることではなく、日本の作品の背景にある文化的な要素が醸し出されているからではないだろうか。

また、今回の企画は、作品の上映や製作者トークのように、ストレートに日本のゲームを紹介するのではなく、ゲームのアーカイブと中堅企業のビジネス戦略という変化球での企画だったという点でも異色だった。一見すれば、ゲームアーカイブは現役のプレイヤーには無縁だし、プレイヤーの関心は著名なクリエイターや企業の作品に集まりがちなものだ。

ゲームアーカイブというのは、あまり馴染みが無いかも知れないが、過去のゲーム機やゲームソフトを収集して、整理・分類し、利活用を図ることである。博物館や美術館などで、古い価値のある作品を収集し展示しているのと同じことで、それをゲーム機やゲームソフトで行おうというのだ。ゲームアーカイブには、時間も費用もかかる。だから当然、ゲームにはそれだけの時間と経費をかけるだけの価値があるのかが問題になる。いつまでもゲームを「子どもの遊び」として軽く捉えていたら、アーカイブの必要性は説明しにくい。ゲームアーカイブの成否は、ゲームを社会的な存在と認識し、文化として捉えられるかどうかにかかっている。

今回の企画では、「ゲームは文化か」という問いが日英両国に共通することを教えてくれた。ゲームをめぐるマイナスの言説は日本に限ったことでは無く、イギリスでも同じことが言われていたのだ。しかし、日本でも、イギリスでも、負の言説に惑わされることなく、ゲームプレイヤーやゲーム会社は、ゲームを社会的な存在に育て上げていることも教えられた。

二日間の企画を通じて結論を言うならば、日本においてもイギリスにおいても、ゲームはもはや文化である。しかも、国境を越えた文化である。国によってゲームジャンルの嗜好やプレイヤーの態様は異なっても、ゲームは文化を形成している。そのような文化として通底する共通性が、国境を越えて日本のゲームの海外におれる受容を生み出しているのである。そして、その受容が、日本とイギリスのゲーム文化を共振させていた。

いまや世界で第2位のゲーム市場に成長したイギリスにおいて、いつまでも日本のゲームが受け入れられ、プレイされ続けるために、今回の企画は意義ある取り組みだった。





game_uk01.jpg 馬場章
1958年、茨城県まれ。東京大学大学院情報学環教授。専門は歴史情報論、コンテンツ創造科学。文化資源のデジタルアーカイブの理論と方法の研究をはじめ、デジタルコンテンツ、とりわけデジタルゲームの教育利用研究を行う。日本デジタルゲーム学会初代会長、一般社団法人コンピュータエンターテインメント協会元理事。 2012年2月 国際交流基金ロンドン文化センターで日本のビデオゲームについての講演で登壇




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