雑誌『をちこち(遠近)』
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谷川俊太郎さん特別インタビュー

2019.12.25

【特集071】

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詩の朗読を披露する谷川俊太郎さん

70年近く詩作を続け、発表されたものだけでも2500篇を超える詩を生み出し、読者に愛され続ける谷川俊太郎さん。親子2代、3代にわたって読み続けているという方も多いのではないでしょうか。平易なことばを用い、明快かつリズミカルな谷川さんの詩は、日本語を学ぶ外国人にも親しまれており、英語、中国語、フランス語、ドイツ語など二十数か国語に翻訳された詩集は50冊を超えています。
国際交流基金賞受賞を記念して11月29日に開催した「谷川 俊太郎氏 対談と詩と音楽の夕べ『みみをすます』」では、第一部で谷川俊太郎さんが『詩人なんて呼ばれて』の共著者である尾崎真理子さんと、これまでの詩作や国際交流の体験などについて対談。第二部ではご子息で作/編曲家・ピアニストの谷川賢作さんがコンサートを行いました。賢作さんのピアノ演奏と、俊太郎さんの朗読のコラボレーションも実現。『みみをすます』『生きる』等、代表作の朗読に感動して涙を流されるお客様も多数いらっしゃいました。
お客様からのアンケートでは「小学生の時谷川さんの詩と出会い、人生の節目、節目を共に過ごしてきました。とても心温まる会に参加でき、豊かな気持ちです」「親子の息の合ったステージが素晴らしかったです」「なぜか涙が止まらず、硬くなっていた心がほどけました」と感激の声が多く寄せられました。
谷川さんに、日本語、コミュニケーションや詩作について伺った、特別インタビューをお届けします。

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国際交流の思い出や創作について語る谷川俊太郎さん

――言語学者に比肩するほど日本語への造詣が深いともいわれ、『マザー・グース』や『ピーナッツ』シリーズ等の翻訳も手がけられていますが、他の言語と比較して日本語はどんな言語だと思われますか。

他の言語を日本語ほど知らないので比較するのはすごく難しいですが、少なくとも自分にとっては、日本語の持っている一種のあいまいな表現を好むところが、すごく詩に向いていると思います。たとえば英語は主語を入れないと成り立たないけど、日本語は主語がなくても「なんとなく誰かが言っている」という感じで詩が成り立ってしまうところが書く上で楽です。そのかわり翻訳するときに「いったいこれは誰が言っているんだ」と言われちゃうんですが、こっちもどの人かよくわからないんですよね。英語やフランス語をしゃべる人達は嫌がると思うんだけど、日本人はすんなり受け取ってポエムだと思っているところがありますね。

――1966~67年にアメリカ、ヨーロッパで長期旅行をされたり、2003年には国際交流基金のイベントでもケルン、ベルリン、リガ、パリで朗読・演奏していただいたりと、海外経験も豊富ですが、国際交流や異文化と接することでどんな影響があるのでしょうか。

ごく普通に日本じゃないところに行くと珍しいものが多いわけでしょ、食べ物であれ、風景であれ。それが楽しいという一般観光客並みの面白さから出発していますね。言葉に関しては、僕は日本語以外ができないから、向こうで人と密接に話し合うようなことはできない。でも詩の朗読は日常会話とは別で、一種のパフォーマンスですから、面白いパフォーマンスをすれば言語は知らなくても結構面白いということはいっぱいある。楽器もみんな使うし。そういう意味では海外で他の国の詩人と舞台に立つのは楽しい経験です。言語の壁はあるんだけど、意味を気にしないで音として聞ける。

――『かっぱ』を日本語のまま朗読しても外国でも受けるそうですね。海外から得た経験や、著作が多言語に翻訳されていることは創作に影響していますか。

きっと自分で意識している以上に影響されているんじゃないかと思います。
影響は一概には言えないですが、自分がすごく好きな詩人の詩を日本語訳で読んだことで影響されているというのが大きいです。原語で読めないものだから。ジャック・プレヴェールというフランスの詩人には小笠原豊樹さんの翻訳から影響を受けた。日本語を通して影響を受けているんですよね。シェイクスピアもそうで、吉田健一さんの訳から、意味のつながりと同時に語り口みたいなものが日本語になった時に面白いと、それをまねするような形で影響を受けています。
我々世代は小学校の頃から漢詩を習っていますから、その影響も文体にあると思う。漢文体っていうのかな、『源氏物語』の日本語とは全然違う、硬い文体があるでしょう。自分の詩でも時々まねていますからね。
日本語に漢字とひらがなとカタカナがあるっていうのはすごく大きい。プラスだと思いますね。

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70年近くの仕事について振り返る、尾崎真理子さんとの対談

――一方で、昔から「言葉を信用できない」「自分が感じていることを表現できないのでは」とおっしゃっていますね。情報のスピードが速くなり、受け手は余裕がなくなっているように感じますが、言葉や他者とのコミュニケーションとはどうあるべきだと思われますか。

表現の言葉は別として、私にとっては少なくとも個人と個人との間の言葉が一番大事です。個人と個人がどういうつながりを持っているのかで、言葉が全然変わってきますよね。例えば相手が言葉をしゃべれないような状況の人だったら、どういう風に工夫してコミュニケーションするのか。今障がいのある人がますます社会進出しているから、一生懸命取り組んでいかないといけないし、障がいがあるないにかかわらず、人と人がコミュニケーションを取るのはすごく大変な難しいことでね、日本語(を母語とする者)同士ですら、なかなか気持ちは通じないわけでしょう。そういう意味では、人との言語的なコミュニケーションのスキルは意識したほうがいいと思うのね。日本人は割とそういうところを意識しないんですよね。学校でも読み書きは教えるけど、聞く話す授業はほとんどないでしょう。国会でも質問や演説を聞いているとすごく下手だと思うんですよね。話し方っていうのを日本語は大切にしたほうがいいなと思いますね。

――気を付けていらっしゃることはありますか。

ないです全然(笑)。僕は書く方の商売だから書く方は気を付けるけど、しゃべるときには自然に自分が身に付けている言語能力を使うっていうふうに思っているから、あまり考えませんね。

――交友関係も多彩でいらっしゃいますが、『二十億光年の孤独』のように人と交流したいというお気持ちは強いでしょうか。

交流したいという気持ちは別に強くないんですよ。僕は割と他人が必要じゃない人なんです。一人っ子で生まれて一人遊びが好きで、だから一人でいるのが一番気が楽っていうのが基本的にある。でもそれじゃ人間としてだめだというつもりがあるわけ(笑)。やっぱりちゃんと人と付き合えなきゃおかしいと思って自覚的に人と付き合っているところがありますね。気が合えばまじめな話もしちゃうけど、気が合わなければ適当に流しちゃいます。

――現代社会は情報が増えて受け手も余裕がなくなっている気がしますが、ゆっくり考えることや、ポエジー(詩、詩情)は失われていないでしょうか。

ポエジーそのものは失われていないと思いますけどね、たぶん。それは自覚するかしないか、大事に思うか思わないかの問題であって、内在しているポエジーは常にずっとあると思います。
コンピューターゲームみたいなものが流行りだすと、言語っていうのは断片化していきますよね、どうしても。それはそれでプラス面があるんだけれども、それで失われるものもあるとは思います。じっくり話し合うことが少なくなるとか、たとえばゆっくりとしかしゃべらない人がもどかしくなっちゃうとか。
基本的に、言語は個人の問題だから、自分が自覚するしかないと思うんだけど、会話の速度が全般的に速くなっているじゃない? テレビとかラジオとか声のメディアを聞いているとみんな早口になっているし、人の話を聞いてから自分がしゃべるのではなく同時にしゃべっていますよね。昔はもうちょっとゆったりしていたね。

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谷川賢作さんの歌とピアノ演奏

――時代によって時々の特徴を捉えながら詩を作られていますね。

自然に変わってくるんですよね、軽薄だから。詩人って軽薄な方がいいんですよ、ある面では。

――カメレオン的に自分が変わっていくという意味ですか?

それもあるし、時代の影響を受けたほうがいいという面がありますね。今はそうやらないと生きていけないんじゃないの。

――新しいものを取り入れるというか。

何を取り入れるかにもよりますよね。文体は書くときの一番の問題で、自分の文体はずっとあった方がいいと思うけど、そこに入る情報とか知識はどんどん変わっていくわけでしょう。それをどう自分の文体で書けるか、話せるかが我々の商売では大事ですね。

――谷川さんの詩は同じ作者とは思えないほど多彩な手法を取られていますが、新しく挑戦することはまだありますか。

いやあちょっと難しいですね。まだ大丈夫なんだけど、将来はやんなっちゃうと思いますね。飽きちゃうと思いますね。

――70年近くに及ぶ詩作について「字を書くのが嫌いで、詩は短くて楽だから」「お金をもらえるから続けられた」等とおっしゃっていますが、一貫して向き合ってこられたのには詩の魅力もあったのでしょうか。

僕は詩は好きじゃない人間だから(笑)。若い頃なんか全然詩が好きじゃなくて、自分が詩人になるとも思っていなかった。ただ詩の世界に入ってみたら、あんまり詩の世界が単調でつまんないから、もっと面白くしたいと自分も変わっていったんですよね。 もう一つは詩人が孤立して、社会とのつながりを失っていて、簡単に言うと詩ではお金が生まれないという状況を、みんなこれでいいと思っていたわけでしょ。僕は詩っていうのはお金という対価を得て初めて社会内で存在できると思っていたから。詩を社会の中で存在させたいというのが動機としてありました。

――絵本、戯曲、写真、映画など様々な分野にかかわり、音楽にも造詣が深く、芸術にも親しまれていますね。

でも好きなものはすごく限られています。映像にも、絵画にも、音楽にも関心はあって、自分がいいなと思うものにはコラボレーションできますが、そうでないとほとんど無関心ですね。

――芸術に限らず身近な人等いろんなところから吸収されているんですね。

自分にとっての他者ですよね。そこからの刺激は詩を書く上ですごく大事だと思っています。詩は自分一人で書くわけじゃないから。

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息の合った親子共演に、会場から多くの拍手が送られた

2019年11月 於・東京
インタビュー・文:寺江瞳(国際交流基金コミュニケーションセンター)
写真:片野智浩

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