雑誌『をちこち(遠近)』
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002 島々の海における日本

グレッグ・ドボルザーク
東京大学大学院情報学環
客員研究員


マーシャル方面遺族会がマーシャル諸島クワジェリン環礁、
ロイナムル(ルオット)島にある旧日本軍航空基地の戦跡を訪問 Photo by Greg Dvorak

人が居住できるサンゴ環礁としては世界最大の規模を誇るマーシャル諸島クワジェリン環礁で育った私は、トンガ人の研究者エペリ・ハウオファーがかつてオセアニアの「我が島々の海」と形容した太平洋とそこに浮かぶ多くの島々に対して、常に特別な思いを抱いていた。

クワジェリン環礁は、現在では弾道ミサイルの主要な実験基地として米軍によって使われているが、戦前は日本の軍事基地がおかれていた場所だ。さらに時代を遡れば、日本の委任統治領南洋群島として、そこには30年にわたりココナッツ(コプラ)の農園が存在していた。


衛星から撮影された著者の故郷であるマーシャル
諸島共和国クワジェリン環礁・クワジェリン島
(米軍クワジェリン環礁基地環境部提供)

しかし、この地はもともと数千年もの歳月にわたり、マーシャル人たちの神聖なる故郷であったのである。マーシャル諸島で幼少時代を過ごした私が、この海に浮かぶ島々を慈しむようになり、さらには研究活動のために20年近くにわたり日本に滞在することになったのは当然のことだろう。

父親が軍需品を扱う企業で働いていた関係で、私は太平洋戦争で数多くの日本兵が戦没者となった戦いの痕跡に囲まれて存在する米軍基地で幼年時代を過ごした。その場所からは、1940年代から1950年代にかけて核実験が行われたビキニ環礁やエニウェトク環礁(旧名ブラウン環礁)がほど近い。

こうした戦争の傷跡が数多く存在する場所であるにもかかわらず、私にとって環礁はいつでも安心して快適に過ごすことのできる故郷であり続けた。そして昼下がりの太陽の強烈な光を受けてサンゴ礁が放つ独特の匂いのように私をとらえて離さなかったのが、クワジェリン環礁がたどった相反する歴史の数々であった。そしてついに私は大人になったとき、この土地の歴史の研究に取り組むことを決意したのである。

これまでの10年間、私はミクロネシアを訪れては島々で生まれ育った人々から話を聞いた。中でも、私は幼少時代に同じ土地に一緒に住んでいたマーシャル諸島の人たちと再会することで、戦前の島での暮らしについて貴重な話を聞くことができた。なんと、私は高齢の住人たちから日本語で詳しく話を聞くことができたのである。日本の植民地統治時代に辛い経験もしたものの、彼らの多くはその時代について好意的な感情を今でも抱き、日本のお風呂やいちごの味がするかき氷の話など、なつかしさを込めて幸せな思い出として語ってくれたことに、私は驚くばかりだった。


引き潮時にクワジェリン環礁のイバイ島と
クワジェリン島の間にあるリーフ(珊瑚礁)で遊ぶ
マーシャル人の子供たち Photo by Greg Dvorak

また私は、戦前にミクロネシアに住んでいた経験を持つ沖縄などの地方の日本人たち、さらに戦後ミクロネシアに住んでいたことのある多くのアメリカ人からも話を聞く機会に恵まれた。彼らは皆、太平洋の島々に強い親近感を抱いていた。また、あの地で戦死した日本兵の家族とも知り合うことができた。戦場で命を落とした者を悼むためにマーシャル諸島を毎年訪れている彼らの目には涙が浮かんでいた。

こうした多くの人々の人生があの小さな島々で交錯している事実を知れば、太平洋の島々が世界において持つ重要性と、これらの島々と日本をはじめとする「アジア」の地域との深い関係性を認識せずにはいられない。


マーシャル諸島共和国、マジュロ環礁の小さい島の
ビーチと中海。
(米軍クワジェリン環礁基地環境部提供)
Photo by Greg Dvorak

実際、オセアニアのこれらの島々は太平洋の海底に深く根を張り存在している。太平洋の深海にそびえ立つ巨大な山の頂や噴火口が海から顔をのぞかせることで、これらの島々が形成されているのだ。太平洋に浮かぶ小さな島々としてイメージされているが、実はこれらの島々はヒマラヤを超える高さの山の頂に存在しているのである。そして今日の世界では、これらの島々が持つ存在意義は空高くそびえる山々のごとくとても大きい。

事実、日本は今も、世界に広がる「群島」の中で太平洋の一つの島国として存在している。しかしながら、日本は同じく海面から顔をのぞかせた巨大な山の頂上に形成された太平洋の近隣諸国からはとても遠い存在になっている。


水中で見たマーシャル諸島共和国、
マジュロ環礁の色鮮やかな珊瑚礁
Photo by Greg Dvorak

かつて島々の間に存在していた深いつながりを再生し、新しい関係性を築くことで、日本という枠組みを超えて広いオセアニアに目を向けるのであれば、創造性と活気に満ちた新たな可能性が生まれるに違いない。数百年にわたって続いた植民地支配の不幸な時代を生き抜き、厳しい自然環境の中をくぐり抜けてきた太平洋の島の人々は、地球上の他の誰よりも過酷な歴史を経験しているのかもしれない。しかし、こうした経験を通して彼らは協調し、お互いを認めることの大切さを学んでいるのだ。

グローバル化が急速に進む今日の世界で、私たち人類はどのように協調関係を築いていけるのか。それを実現するための英知を彼らが持っていると私は考える。21世紀に入り、私たちの「島々の海」は地球温暖化、海水準変動をはじめ、数多くの問題に直面している。そうした意味でも、太平洋の国々に今後より多くの関心を向ける必要があるのだ。

略歴


著者と旧大統領夫人エムライン・カ
ブアさん、2010年マジュロ環礁にて。
カブアさんのお父さんは日本人で、
1930年代後半よりマーシャル諸島・
ヤルート支部の南洋貿易会社の部長
に勤めた。
カブアさんは流暢な日本語を話す。
Photo by Greg Dvorak

グレッグ・ドボルザーク(Greg Dvorak)
東京大学大学院情報学環
客員研究員

幼少をマーシャル諸島で過ごす。ニュージャージー州立ラトガーズ大学卒業後、JETプログラムにて来日し、国際交流員として宮崎県などで活躍。G8九州沖縄サミットのスタッフも勤める。ハワイ大学にて修士号、オーストラリア国立大学にて博士号を取得。国際交流基金日本研究フェロー、日本学術振興会特別研究員としてマーシャル諸島を中心とした研究を進める。今年8月より現職。

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