雑誌『をちこち(遠近)』
バックナンバー

バックナンバー一覧

005 日本の野球界におけるガイジン監督

ロバート・ホワイティング
 

21世紀に入るまで、日本の野球界でアメリカ人がチームの監督に就任した例は少なく、彼らの多くは監督として成功することはなかった。日米の野球には、考え方の面で相容れない部分があるのだ。例えば、アメリカ人の監督は長打を放ち、ビッグイニング(3点以上取ったイニング)を作ることを重要視するが、日本人の監督は犠打で走者を塁に進め、先制点を取ることで心理的に優位に立つことが大切だと考える。アメリカ人の監督はミーティングをあまり開かないが、これは選手たちがあらかじめ自分たちの役割を体得しているはずだとの考えに基づいている。一方、日本人の監督はミーティングを毎日開く。各選手が必ず命令に従って動かなければならないと考えているからである。アメリカ人の監督は春季キャンプを短期間で切り上げ、試合前のトレーニングも短時間で済ませることで、実践で発揮するべきエネルギーを蓄えておこうとする。しかし、日本では明治時代に野球が伝来して以降、武道として発展してきた歴史があるため、年間を通して絶え間なくトレーニングを行い、試合前のハードなトレーニングや精神鍛錬も欠かさないことが重要視される。

このように日米の野球には大きな違いがあることから、日本野球機構(NPB)の前コミッショナーもかつて、「ガイジン監督は日本の野球風土には合わない」と明言したことがある。

しかし、野茂英雄、イチロー(鈴木一朗)、松井秀喜といった選手がアメリカのメジャーリーグで活躍するようになり、試合の模様が日常的にテレビ中継され人気を博するようになると、日本の野球チームのオーナーたちは新たな異文化交流の精神を持ってガイジン監督の採用を積極的に始めたのだった。21世紀に入りの最初の10年間で少なくとも4人の監督がアメリカから招かれている。

中でも最も名を馳せたのは、2005年に千葉ロッテマリーンズを日本シリーズで優勝に導いたボビー・バレンタイン氏であった。彼の寛大で、自由で、かつ斬新な監督手法は称賛の的にもなった。日本金属工業(株)の社長は新聞の論説の中で、日本企業に対し、これからは従業員を厳格に管理し、ハードワークと強いることはやめ、「バレンタイン氏のような」人材活用術を推し進めることを呼びかけている。しかしその後、チームの成績は低迷し、競争から脱落することでバレンタイン氏は解任の憂き目に遭った。チーム全体が次第に自らを律する心を失ったから成績が低迷したのだと指摘する者もいる。その後、このチームには再び日本人の監督が就任し、従来の日本的なやり方を推し進めることで見事チームをプレーオフへの出場日本シリーズ優勝に導いている。

最も大きな成功を収めたアメリカ人監督は、2006年に日本ハムファイターズを日本シリーズで優勝に導き、その次の年もチームをリーグ優勝に導いたトレイ・ヒルマン氏であろう。彼は、日本的な手法とアメリカ的な手法を取り入れたことで高く評価された。(ヒルマン氏は、チーム史上最多となる犠打の数を打ち立てている。)しかし、大きな人気を博していた中、2007年オフシーズンに家庭の事情で日本を去ることになったヒルマン氏は、スポーツとビジネスにおける日本的な経営手法に次第に幻滅感を募らせしていったのである。彼はかつて、「チームの選手と会社の従業員はとてもよく働いている。しかし、上層部は部下に脅迫的な態度を取ることで組織運営を行っているのだ」と語っている。

2010年のシーズンが終わると、自身のチームが負け越しを喫したことを理由にテリー・コリンズとマーティ・ブラウンの両監督に母国への片道切符が手渡された。楽天を解雇されたブラウン氏は春季キャンプで、投球コントロールを完璧に仕上げ、それを筋肉にしっかりと記憶させる目的でピッチャーにハードな投球練習を課すという日本本来のやり方ではなく、ピッチャーの肩の消耗や疲れを防ぐ目的で投球数を制限するというアメリカのやり方を採用したのだが、このことが批判の的になっていた。

日本では誰もが知る野球界のかつての大投手で、現在は野球解説者として活躍している江夏豊氏はこうしたアメリカ人監督の相次ぐ解任劇を目にし、「日本の野球界にはもうガイジン監督は必要ないだろう」と語り、別の表現ではあるが前コミッショナーと同じ意味の発言をしている。

では、日本人がアメリカのチームの監督に就任したらどうだろう。アメリカ人の監督が日本で与えられたようなチャンスを、日本人の監督も与えられるだろうか?


本人写真.jpgロバート・ホワイティング(Robert Whiting):
ジャーナリスト。代表作に「菊とバット-プロ野球に見るニッポンスタイル」、「和をもって日本となす」、「イチロー革命-日本人メジャー・リーガーとベースボール新時代」、「東京アンダーワールド」など。米国の新聞、雑誌への寄稿も多い。東京とカリフォルニアを拠点に活動。

Page top▲

Twitter - @Japanfoundation