JF便り 18号 新宿区につながりのある中高生を対象とした 映像共同制作ワークショップ

1. 概要 国際交流基金(ジャパンファウンデーション)は、新宿区に在住する外国につながりを持つ中高生及び日本人の中高生を対象とした映像共同制作ワークショップを実施しました。海外を舞台に国際交流活動を展開してきた国際交流基金ですが、2008年度に新宿区に本部が移転してきたことに伴い、これまで培ってきた文化芸術交流のノウハウを生かした地域への貢献活動の一環として実施しました。

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2. 背景
新宿区では、10人に1人が外国籍と言われています。特に大久保地域では、アジア各国をはじめとして、様々な文化的背景を持つ人々が多く在住しており、在籍生のうち、外国につながりを持つ子どもたちが6割を超える学校もあります。子どもたちの多くは、自分の意志で日本に来たわけではなく、親の仕事の都合で、日本語や日本文化が全くわからないまま来日するケースがほとんどです。文化の違いや言葉の壁のために、なかなか学校生活をはじめとした生活になじむことが出来ず、日本社会に対する不安感を抱えているということも少なくありません。
私たちの日常では、文化的背景の異なる人々や違う価値観を持つ人々と接触する機会がこれまで以上に増加しています。しかし、同じ地域社会に在住しているにも関わらず、価値観の違いなどから外国人が孤立してしまうケースも見られ、さらに関係が悪化すると摩擦や偏見に発展することにもなります。新しい価値観、異質な価値観に出会った時に、それを排除するのではなく、いかにそれを楽しいものとして受け止め、互いを生かしあいながら営みを続けることが出来る受容の力を育むことが、これからの社会に必要なのではないでしょうか。

3. 事業の狙い
国際交流基金がながらく培ってきた異文化理解における文化芸術交流のノウハウを活かして、多様な文化的背景をもつ子ども達を対象に、映像の共同制作を実施することで、以下のような狙いを掲げました。

・文化や生い立ち、出自の違う子たちが、映像を一緒になって作り上げるという共同作業を通じて、互いを出自や人種の違いとしてみるのではなく、一友人として互いの信頼関係を深めるきっかけを提供すること
・映像を通して自分や他者、外の世界を見、自分自身と自分が生活している環境についての新しい視点を得るきっかけを提供すること
・技術や機材の発展で映像制作が身近になっている現在、今後も続けられるひとつの表現方法として映像制作を体験する機会を提供すること


4. 実施内容
The One Minutes Festivalのジュニア部門にて審査員を行なっている佐藤博昭先生、また東英児先生、服部かつゆき先生、田中廣太郎先生、佐野洋介先生を講師陣に迎え、2段階に分けて映像制作のワークショップを行ないました。 ワークショップには、大久保児童館で学習補助教室を実施しているNPO法人「みんなのおうち」に通う中高生の外国につながりを持つ児童と、新宿区近辺に在住する日本人中高生が集まり、更に、サポートスタッフとして、ペルー、ホンジュラス、中国、アメリカにつながりのある大学生及び社会人も加わり、約30人を対象に実施しました。

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集まった中高生がゲームを通じて、お互いが打ち解けてから、映像を観る、自分たちが映ってみる、というウォーミングアップ作業を行ないました。

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その後、それぞれ3つのグループに分かれて、講師の先生及び社会人・ボランティアスタッフのサポートのもと、自分たちでどんな作品を撮ってみたいか、それぞれ話し合いをしました。

jf-ab18-4.png国際交流や多文化共生をテーマとしたプロジェクトは、自分のルーツや母国の文化に焦点を置いたものが多いのですが、今回はあえてそこから離れて、撮る映像のテーマから自分たちで設定してもらいました。自分のルーツや母国の文化を大事にすることはとても重要です。ただ、かえってテーマを限定的にしてしまうことで、ステレオタイプを植えつけたり、自分自身に制限をかけて、お互いに境界線を引いてしまうことにもなるかもしれないと思ったからです。芸術やアート、文化にはそれだけで、人と人とをつなげる力があります。自分たちの好きなもの、関心を引かれるものを素直に撮り、まずは自分や相手がどこの国の人かということに囚われる前に、映像を一緒に撮る体験や目的を共有し、話し合いながら作業を進めることを通じて、個人としてのお互いの信頼関係を深め、相互理解の一助になればという意図がありました。

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5. 成果
「色んな人に会えて楽しかった」、「映像がこんなに簡単に作れると思わなかった、またみんなで何か一緒に作りたい」、最後のアンケートにはこんな言葉が書かれていました。
「今日は日本人の子も来ているんですか?」と最初は知らない日本人の子と一緒に作業をするのが不安そうな様子の参加者も見られました。しかしワークショップをきっかけに、参加者同士が共有の趣味を見つけて仲良くなるなど、本事業は共同作業を通じた信頼関係構築の一助となりました。文化間の違いを克服する上で、対話をすることは重要なことです。しかし、良い対話は信頼関係がなくしては成り立たないものです。今回のワークショップでは、まず個人と個人の間の信頼関係を作るという最初のステップを提供することが出来ました。

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6. ワークショップを終えて
今回のワークショップでは、フィリピン、中国、タイ、アメリカ、ホンジュラス、ブラジル、ペルーそして日本につながりのある中高生及びボランティアが参加しました。皆、それぞれ異なった環境や文化的な背景をもち、お互い知らないもの同士、最初はとまどいもありました。しかし、一つのチームとして映像を撮り、コミュニケーションをとっていく中でだんだんと打ち解け、ワークショップ最終日には、お互いの連絡先を交換し、その後もメールをやりとりするなど、繋がりは続いているようです。このように、今回のワークショップで行なった共同制作は、互いの信頼関係を構築するきっかけとなりました。
人と人とが、国や文化の違いを乗り越えて相互理解することは、なかなかそう簡単なものではありません。国や文化、そしてアイデンティティーの違いを共有し、真に同じ立場から理解することは、困難で道程の長い作業です。しかし、映像を一緒に作るという作業の中で、時間や場所、そして「同じ目的に向かった」という楽しい記憶や思い出を共有することは出来ます。そういった楽しい記憶や、人との思い出が、生きていくうえでの拠り所になるのではないでしょうか。国と国との狭間のなかで、文化や出自といった背景にとらわれることなく、同じ想いを共有した友人とのつながりが、今後彼らの支えになることを願います。

7. 将来の展望
人の移動が活発化する中で、もはや国内と国外とで分けて国際交流を語るのが、難しくなっています。日本国内に在住する外国につながりを持つ人々が、孤立化し、日本社会に対する不信感を深め、母国に帰国したとしたら、いくら日本文化の魅力を彼らの母国でアピールしたとしても、「私は日本に住んでいたけど、日本人は冷たかった」と一蹴されてしまうでしょう。
多様な価値観を持つ人々同士が接触する機会が増えることで、摩擦や偏見を生むこともあります。
その中で、こういった共同制作の体験は、人と人との繋がりを提供する重要なきっかけとなります。どこに住んだとしても自分の文化や考えを大切にしながら、他人とも分かち合い、楽しみながら共同できるような力をはぐくむことが、日本にとっても、国際社会にとっても重要な力になるのではないでしょうか。また、今回のワークショップに参加した外国につながりのある中高生等は、多様な文化的背景を受容することのできるポテンシャルを高く持ち、日本にとっても彼らの母国にとっても重要な人材になりえます。
国際交流基金(ジャパンファウンデーション)が設立から30年間の間に蓄積した、国際交流のノウハウを活用し、国内における海外につながりをもつ中高生を対象とした事業を行なうことは、長い目で見れば、これからの知日派の育成に繋がると考えることができるのではないでしょうか。国内の国際交流や在住外国人支援は、海外の国際交流とは切り離されて考えられていますが、人の移動が活発化する現代において、今後は、国内・国外からの双方向の交流事業の連携を保ちながら、より良い相互理解を構築することが、日本や国際社会の安定に繋がるのではないでしょうか。

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