雑誌『をちこち(遠近)』
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「新型コロナウイルス下での越境・交流・創造」インタビュー・寄稿シリーズ<5>
広島大学副理事・特任教授 迫田 久美子さん

2020.11.17
【特集073】

特集「新型コロナウイルス下での越境・交流・創造」(特集概要はこちら)第5回は、日本語教育、日本語教授法を専門とし、国内外での日本語教育にも携わる広島大学副理事・特任教授の迫田久美子さんに日本語教育現場の現状についてご寄稿いただきました。世界17の国・地域の日本語教師へのアンケートから浮かび上がった課題とは? そして教師たちはコロナの中、いかに日本語教育に取り組んでいるのでしょうか?

日本語教育現場におけるコロナ禍の「おかげ(御蔭)」と「せい(所為)」

迫田 久美子

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国際交流基金が日本語専門家を派遣しているマレーシア・マラヤ大学予備教育部日本留学特別コースでの学習の様子

「病気になって初めて、健康の有り難さがわかったよ」など、昔から「失って気づくもの」は多い。両親の有り難さや故郷の風景など、当たり前に思っていた状況が一変する出来事に遭遇して、それまでの生活が未来永劫に続くとは限らないことを知る。

2020年1月、中国の武漢市で原因不明のウイルス性肺炎の発症がニュースで報道され、それから瞬く間に新型コロナウイルスは世界中に広がり、それまでの当たり前の生活が姿を消した。

日本語教育の現場も同様で、多くの大学で4月から対面授業がオンライン授業に切り替わった。秋から一部対面授業に戻った大学もあるが、依然としてオンライン授業が主流で、今では失われたかつての教室での対面授業が無性に恋しく、懐かしい!

この度、コロナ禍で日本語教育の現場はどう変わったのか......という原稿依頼を受け、日本を含む世界17の国・地域、具体的にはアジア16名(うち日本4名)、欧州・アフリカ8名、オセアニア・北米7名、計31名の日本語教師の友人にメールを送って、現場報告をしてもらい、コロナ禍の「おかげ(御蔭)」と「せい(所為)」を分析することにした。「おかげ」は、「雨のおかげで作物がよく育つ」のように良い結果で使われ、「せい」は、「雨のせいで試合が中止になった」のように悪い結果に使われる。そこで、ここでは、コロナ禍による「おかげ」と「せい」の出来事を探ってみようと思う。

メールで尋ねたのは、
(1)コロナ禍で教え方が変化したか
(2)オンライン授業のメリットとデメリット
(3)教育格差はあるか
(4)モチベーションに変化があったか
(5)教え方が変わっても変わらないものは何か
の5項目である。

回答した17の国・地域の中で、オンライン授業に移行せず、通常授業が貫けたのは台湾のみ。それ以外の国・地域は春からほぼオンライン授業となり、学生も教師もパニックの状態に陥った。2020年10月現在、フランスやニュージーランドなど、一部の国・地域では、対面授業を取り戻しつつある教育機関もあるが、多くはオンデマンド型(教師がeラーニングのコンテンツを作成し、学生は好きな時にそのコンテンツで学習する授業形態)か、ライブ配信型(教師も学習者も同時(授業時)に集合し、インターネットを利用して行う授業形態)、あるいはその両方を使うハイブリッド型の授業を行っている。

日本語教師が挙げたメリットは、
・通学、通勤の時間節約
・好きな場所で何回も視聴が可能
・ITスキルの向上
――等である。

それに対し、おびただしい量のデメリットの項目が教師の悲鳴と共に送られてきた。主なものだけ取り上げる。
・対面と比べ、学習者と教師、学習者同士のコミュニケーションが難しくなった
・学習者が視聴しているのかどうか、理解できているのかどうかの確認が難しい
・30人以上のクラスでは、会話、発音やライティングの指導、さらに評価も難しい
・ネット環境に左右され、中断が重なると学習者の集中力も落ち、学習効率が悪い
・オンデマンド型授業や混合のハイブリッド型授業は、教師の準備に多くの時間がかかる
――等、延々と続く。

実際に、ライブ配信型の授業では、カメラで顔を映すとネットが不安定になるので、顔が出せない。すると、パソコンの真っ黒い画面に表示された学生の名前リストを相手に授業をすることになり、学生がその場に居るのか、聞いているのか、理解しているのかがわからず孤独感とむなしさに襲われる。ある教師の話では、携帯電話で参加の学生の中には、ショッピングやレストランで食事をしながら受講していたとか、最初と最後だけ参加して中抜けのケースもあったと聞く。そのような学生たちに対し、教師も秘策を練る。頻繁に個々の学生に質問を投げかけ、存在を確認したり、課題を与えて理解度をチェックしたり、授業外でコミュニケーションを取ったりして、学生のケアを心がけている。

教育格差については、大学側がパソコンやタブレットの貸し出しや補助金を支給したりして対策を講じている場合も報告されているが、居住地のネット環境、家庭環境(部屋や兄弟)に問題があり、安定してオンライン授業を受けられないケースも多い。

モチベーションは多くの場合、クラスメートに会えない、集中力が続かない、ネット接続が不安定などから、低下したとの回答が多かった。しかし、対面授業の教室では周囲を気にして質問や解答できなかった学生も積極的に参加するようになったり、ITスキルの高い学生は教師の課題も難なくこなし、さらに次々と自主的に学習を進めたりするとの報告もあり、「おかげ」の面も見られた。
一方で、ITスキルの低い学生は、いつのまにか姿を消したり、興味を失っていく学生も見られるが、提出された宿題に必ずコメントを書いたり、チャットやオフィスアワーを設定して学生と繋がろうとする教師の奮闘ぶりがうかがえる。しかし、教育格差やモチベーションは学生だけの問題ではなく、いくつかの回答には、教師がITスキルに不慣れで、突然の研修を受けても使いこなせず挫折し、辞めていくケースもあったとの報告には胸が痛む。

ここまで述べてくると、コロナ禍によって生まれた「おかげ」の結果よりも「せい」の結果の方が多いように思えるが、そこは日本語教師の底力、「せい」を「おかげ」に変える発想も生まれている。「オンライン授業のITスキルが学べた」「ITを活用して学生の自主性を養う教育を考えたい」「障害児教育にも応用できる」「人気のあるYouTuberの動画作成を勉強する」「ITの専門家と言語学習に使えるAI(人工知能)の開発をしたい」等の報告を読むと、「やっぱり教育の基盤は学生とのコミュニケーション!」とひたすら対面授業の再開を望んで、コロナ禍の「せい」を恨んでいた自分が恥ずかしく、情けなく思えてきた。

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国際交流基金が助成した日本語教師を対象とした日本語教育セミナーの模様(2019年、エルサルバドルにて)

最後は、「教え方が変わっても変わらないものは何か」という質問であるが、回答のバリエーションが多く、改めてこの質問が個々の教師の教育理念を問うていることに気づいた。 実際、さまざまな回答に「うんうん」と頷いたり、「なるほど」と感心したりした。メールでの回答であったが、一人一人の回答者の声と顔がライブ配信の時のようにパソコン画面いっぱいに広がって主張しているような強さと迫力があった。

全ては紹介できないので、回答してくれた日本語教師が「教え方が変わっても変わらずに大切にしているもの・こと」を筆者の独断と偏見で大枠にまとめると、
(1)コミュニケーションやフィードバックによる繋がり
(2)学習者中心、学習者主体の教育
(3)国際理解・異文化理解
の3つに集約された。

(1)のコミュニケーションや繋がりについては、「教師と学生、学生同士がコミュニケーションにより互いに学び合い、教え合うことが大切」「授業を通して、人と繋がり、人と関わり方を学んでいく。異なる他者とも一緒に活動して、多様性、ダイバーシティを尊重すること」等の意見が寄せられ、(2)の学習者中心、学習者主体の教育では、「教育・授業の主役は学生だ」「自律学習が重要になっていき、教師はファシリテーターの役割を務める」等の意見も多かった。(3)の「知識のほかに国際理解、異文化理解を教えることの重要さを改めて感じた」という意見もあった。

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英国初等教育への日本語教育導入を目指し、国際交流基金の日本語専門家が行った小学生向け日本体験イベント(2017年、イギリスにて)

これからの日本語教育にはICT利用が欠かせない時代が来ると思っていたが、コロナ禍と共に突如、急激に普及したオンライン授業は、心の準備のないまま学生にも教師にも大きな意識の変化を与えた。強制的な授業転換は、かつての日々の対面授業がいかに学生たちと教師の繋がりを基盤として成立していたかを思い知らされた。オンライン授業は「効率的、合理的」というメリットがある一方で、「画面上での顔は見えても、学生が見えてこない、理解できない、繋がりが持てない」というデメリットがあり、その影響は大きいと感じている。

現場の教師たちの報告によれば、多くの学生にモチベーションの低下が起きたという。それは、オンライン授業が悪いのではなく、利点・欠点を十分理解できないまま、選択の余地なく授業方法を変えさせられたことに原因があると思う。オンライン授業も、ICT技術の高い教師がその利点を生かしてハイブリッド型授業などに活用できれば、モチベーションも上がるだろう。

時代は変わっても、授業方式が変わっても、「授業では学生との信頼関係を築き、一人一人の学習者を大切にしたい」という精神は、変わらない。パソコンの画面の向こう側にいる学生たちとどうやって繋がりを持ち、信頼関係を築くことができるのか、コロナ禍は新たな課題をもたらした。

この原稿の「せい」でしばし書く内容を悩んでいたが、この原稿の「おかげ」で、国や地域の違いを超え、コロナ禍の影響を受け止めながら、最大限の取り組みを行っている友人たちの姿に勇気と元気をもらうことができた。そして、オンライン授業の新たな課題も。コロナ禍の「せい」で生まれた現状の課題、私たちには「おかげ」と言える未来の結果に変える力があると信じたい。


★アンケート回答者の国・地域別内訳
【アジア】16名
・日本 4名
・台湾 2名
・韓国 2名
・中国 4名
・タイ 1名
・インドネシア 2名
・香港 1名

【欧州・アフリカ】8名
・フランス 1名
・ドイツ 3名
・イタリア 1名
・スペイン 1名
・ハンガリー 1名
・エジプト 1名

【北米・オセアニア】7名
・カナダ 1名
・アメリカ合衆国 2名
・オーストラリア 2名
・ニュージーランド 2名

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迫田 久美子(さこだ くみこ)
広島大学副理事・森戸国際高等教育学院特任教授。
1950年、広島生まれ。広島大学大学院教育学研究科修了。広島大学教育学研究科教授、国立国語研究所教授を経て現職。1970年代から日本語教育に携わり、学習者の学び方と教師の教え方に関心を持ち、第二言語習得研究と日本語教授法を専門とする。2020年、12の異なる母語の日本語学習者1000人の言語データ(学習者コーパス)を構築した。主な著書に『改訂版 日本語教育に生かす第二言語習得研究』『日本語学習者コーパスI-JAS入門』『日本語教師のためのシャドーイング指導』など。

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