いつの時代も読者とともに~朝井リョウ、初訪韓

朝井リョウ(小説家)× チョン・セラン(小説家)



 国際交流基金(ジャパンファウンデーション)ソウル日本文化センターは、2014年6月、ソウル国際図書展2014に合わせ、戦後最年少の直木賞受賞作家である朝井リョウ氏を迎え、日韓若手作家の対談、韓国内で封切られたばかりの朝井さん原作の映画『桐島、部活やめるってよ』(2012年)の試写会・特別上映会への登壇、韓国人読者との対話イベントを開催しました。朝井さんにとって、小説家としての初の海外訪問。韓国の若手女性作家、チョン・セランさんとの公開対談では、日本と韓国の文学、SNS時代の若者などについて話題が広がっていきました。その対談の様子を紹介します。


ryo_asai02.jpg 初対面の印象は?

司会者: 朝井リョウ先生の文学作品には、日本の若い世代がどのような考えを持っているかがよく描かれています。また、韓国を代表する若手作家、チョン・セラン先生には、韓国の若い作家と若者を代弁して、韓国の若者がどのようなことを考えているかという話をしていただきます。チョン先生、朝井先生に今日初めてお会いした感想は?また、作家として朝井先生の本を読んだ感想をお聞かせください。

チョン・セラン: 朝井さんの小説を読んだ方はご存じの通り、とても洞察力に優れているので、私の嘘の部分や虚飾的な部分が深く分析されてばれるのではないかと少しビクビクしていたのですが、とても気さくな良い方でした。ストーリーを書くのが上手な作家はよくいます。でも、ストーリーの周辺の空気をよく捉える作家は滅多にいません。朝井さんはそういう面が得意な作家で、あらすじとして要約してしまうのが難しい、精巧な小説を書かれます。ですから、皆さんにもぜひご自身で直接読んでもらいたいです。

司会者: 朝井先生、日本でも読者とこうやって直接会って話をすることはありますか?

ryo_asai03.jpg 朝井リョウ: 日本でもあるんですけど、日本人ってとてもシャイで、謙遜する人たちなので......この人が好きだということでイベントに来ているにもかかわらず、「好きだ」ということを大声で伝えないというところがあるんですね。ですから、こんなふうに拍手をたくさんしてもらえることがあまりないので、今日、こうやって皆さんに迎えていただいて嬉しいです。チョンさんが読者の方とたくさん交流されているということを伺ったんですが、普段からこういう読者の方とのトークイベントのようなことをされているのですか?

チョン: はい。実は、私もかなりの照れ屋なので、読者の皆さんが直接私を見てがっかりされないか心配です。「あの人は本だけ読んでいる方がはるかに良かった」なんて言われないかと思って。それでも、ぜひお会いしてみたいとの思いが強いんです。私は、自分の一番大切な内面を作品に入れ込もうとするので、「どんな方に読んでもらえているのか」がすごく気になるので。私のファンだという読者の方々は親切な女性が多いみたいです。親切なお姉さんたちのために小説をたくさん書かせてもらわねば、と考えています。



小説との距離感が似ている

司会者: チョン先生、朝井先生の作品をお読みになって個人的に共感することが多いとのお話しでしたけれども、私はお二人の共通点を感じています。二人とも、サイトの書き込み(ブログやツイッター)を通じて友人たちの日常を捉えています。また、チョン先生の作品『これだけ近くに』を見れば、デジタル一眼レフカメラで身近な人たちの生きざまを捉えているようですし、最近の若手作家たちは若干映画的なテクニックを用いていますね。

ryo_asai04.jpg チョン: 私も、典型的なテクニックから逸脱した小説をコンスタントに書きました。朝井さんの小説は『桐島、部活やめるってよ』が実際、映画化されましたね。日本では相当人気を博したと伺ったのですが、韓国での封切を前にその本を読みながら気になったことがあります。「この人が小説を選んだ理由は何だろう?」って。別のメディアでもこのストーリーは十分描けるのに、映像がもっとも注目される時代にあえて小説というメディアを選んだ理由は何なのか一度お聞きしてみたかったんです。

朝井: はじめに小説を書き始めたきっかけが大きい気がします。私もチョンさんと同じように、4、5歳ころから小説を書き始めていました。そのころは、パソコンも使えないですし、録音するということも思いつかないですし、紙とペンしか使えるものがなかったので、紙とペンで自分が考えていることを伝えるということが、自分の中でルーツになっているのかなと思います。

チョン: 私も同じような考えをよくするんですよ。これが一番お金がかからず一人でできる作業なので、自由に制約なく書き込むことができると思うのですが、同じ感覚を持っているようで嬉しいですね。作家は「文学は宗教だ。私の絶対的な偶像だ」と考えている人もいれば、クールな関係もあるようです。朝井さんと文学の関係は、あまりベタベタせずサラッとした感じだという話もちょっと聞いたことがあります。

朝井: 自分でもそういうふうに感じます。小説と自分の関係は切っても切れないものだとは思うんですけど、絶対神のような気持ちで向き合っているというより、先ほどおっしゃっていただいたような、お互いに依存はしていない関係なのかなと思います。それは、恐らく、小説以外にも好きなことがあるということが大きいと思っています。チョンさんも、歴史がすごくお好きだと伺っていたので、小説以外にも好きなことがあるので、きっと私と同じような距離感で小説と向き合っているのかなと感じていました。



いつか合作作品を!

チョン: いつか、私たちで韓国・中国・日本の作家が結集して一冊の本にしようと話しました。

司会者: 皆さんの中にもお読みになった方がいらっしゃるかと思いますが、韓国の孔枝泳(コン・ジヨン)先生と日本の辻仁成先生が『愛のあとにくるもの』というコラボレーション作品を書き、ラブストーリーを男性主人公と女性主人公の立場からそれぞれ書きました。お二人で一度そういうのをやってみてはいかがでしょうか。

チョン: 作品を読んだ方はご存じかもしれませんが、私たちは二人とも、主人公が草食系です。情熱的ではありません。だから、この二人の間で情熱的な話が生まれるでしょうか。

ryo_asai05.jpg 朝井: では、私が女性目線で書いて、チョンさんが男性目線で書くということでそのへんをうやむやにしませんか?(笑) チョンさんは男性目線と女性目線、どちらの方が書きやすいですか?

チョン: 女性目線のほうがやりやすかったですけど、最近は、自分の弟だったらどう行動するだろうかと考えながら書いていたら、男性目線のほうがやりやすくなりました。だから、今は男性目線で書けると思います。

朝井: 私も姉がいて、その影響で女性目線の話を書きやすくなったので、やっぱりすごく似ていますね、我々は。合作したら同じものが二つになってしまうかもしれませんね。

チョン: 私も高校のときにバレーボールの選手だったんです。『桐島、部活やめるってよ』の小説ではバレーボールの話が出ますね。だから、本当に似ているなあと思いました。生まれた国は違っていても似たような人生を歩んできたのかなと思いました。



SNSの流行と若者の矛盾

司会者: チョン先生も朝井先生も、身近な人間模様を捉えて新しいメディアの視点で見つめ直すという面白い作品をお書きになっています。韓国と日本の若者たちの話をちょっとさせてください。チョン先生は韓国の若者たちの現実、矛盾を見て何を感じていらっしゃいますか。そして、朝井先生は日本の若者たちの人間模様を見てどうお考えですか。これは、若手作家たちが描かねばならない素材でありテーマであるので、お二人のお話をお伺いしたいですね。

チョン: 一時期、韓国の若手作家と作品の間で、ある共通した挫折感を感じたときがありました。私たちの世代は自分のポジションを見出せず辛い時期を送ったため、小説も多少そうなっていたみたいですね。日本の作家の作品を見たら、似たような問題で悩みつつも相当陽気な部分がありますね。権威的なものからかなり脱して、自由さを感じさせられました。そうすると、日本の作家たちの当面のテーマは何なのかな、と気になります。

ryo_asai06.jpg 朝井: そうですね、私が日本で実際に暮らしていて感じているのは、「自分とは何なのか」ということを考えすぎるあまり、他者に対して排他的になってしまうというか、自分を確立するために他者を下に下げるというようなコミュニケーションのやり方が増えてきてしまっているような気がします。それは、SNSが流行している中で生まれてきたものなのかなと感じています。自分を客観的に見られるようになってしまった、その可笑しさのようなものを小説の中でも表現していきたいと思います。

チョン: 『何者』を見ると、ツイッターの書き込みに出没する、ある人物と実際のその人物はかけ離れていますよね。普段から陽気で明るいとか、あるいは自分を買いかぶっているとかといったことが、とても上手く描かれています。興味を持たれた方々には相当楽しく読んでもらえるでしょうけど、若干、鳥肌が立ちました。SNSに表れる現象は、その人本人とSNSが近くないんですね。朝井さんは作品だけでなく、一個人としても日本中から注目されていますね。人気者だから小説以外も注目されていて、そういう面でプレッシャーになっていないですか?

朝井: たとえば、テレビに出させていただいたりするときも、ある意味SNSと同じで、僕のとてもいい部分だけを抽出してテレビに出しているというところがあるので、そこだけを見て判断されるということに対して恐怖を感じることがあります。氷山の一角しか他人に見せられていないなっていうところがあって、それ以外の部分をいかに小説で表現していけばいいのかなということを、今とても考えているところです。チョンさんの作品の資料をいくつか読んで、例えば『これだけ近くに』という作品に関してはチョンさんの内面にとても近いものが描かれたのかなと感じました。また、『八重歯が見たい』という作品に関しては作中作が9つあり、これはチョンさんの中身と言うよりはフィクションとして作り物にこだわって書いたのかなと感じました。内面にあるものをリアルに描き出したいという思いと、フィクションとして完成度の高いものを作りたいという思いと、どちらがエンジンになっていますか?

チョン: 私もしょっちゅう悩まされていますよ。現実の世界そのままでは魅力に欠けるのではないかと思いますし、そこで私の用いる方法は、一人の人物像を作る際に友達や身近にウォッチングした人たちを5人ほどシャッフルします。そうすると、相当現実感がありながらもユニークな人物になってくれるのです。5人も合体していますからね。だから、組立パズルをしているような、レゴブロックを組んでいるような、現実とフィクションの狭間で多少プレスをかけると、もっと個性の強い人物になりますね。

ryo_asai08.jpg 朝井: 私も、リアルなことをリアルに書いてしまうと魅力がなくなるというか、小説として読んだ意味がなくなるということを最近考えるんです。日本の小説で評価されるのって「リアリティ」や「いかに共感できるか」いう点だったりして、とにかく、いかに現実に即して書けているかということに観点が置かれていることが多いんですね。韓国の小説の読者の方はどのようなことに観点を置いて小説を読んでいるものなんですか。リアルさなのか、創りものとしての完成度の高さなのか。

チョン: 私が思うに、今も韓国における文学は多少の重苦しさがあるみたいです。もし陽気で明るい内容だとかスピード感があるとか言われれば高い評価は得られない、というのが現実なんですよ。若手作家が次第に増えてきてからは、これからは少々変わらなくてはならないし、変わるはずだという思いがします。そういう面で日本の作家たちとの交流が増えるのではないかと考えていますしね。私が少々気になったのは、朝井さんは既に世代を代表する作家になられたではありませんか。ある世代を代表するという期待を持たれているがゆえに、こうした面でプレッシャーになってはいないですか。実際、一人の人間が世代を代表するのは容易ではありませんよね?

朝井: 世代を代表する作家になったという実感が、自分の中で全く生まれていないというのが正直なところなのですが、ただ、そんなことも言っていられないことも最近感じてきています。お前ががんばって日本の若い作家を引っ張っていかなければならないというようなことをいろいろな方から言っていただくので、そろそろ自覚をもって、チョンさんのようにたくさん人前に出て、ちゃんと読者の方たちとコミュニケーションとっていくとか、そういう出版業界全体を見据えたことをしていかなければならないと思いますね。

司会者: 最後に、韓国の読者に対して、メッセージをいただけますか?

チョン: 紹介されるべき作家がお互いの国にきちんと紹介されていないのは残念です。読者と作家が、おばあさんになるまで一緒に歩んでいきたいと思います。いい友達にたくさん出会っていきたいです。朝井リョウさんのような。

朝井: 私、個人的に、日本という小さい国のさらに小さいところを書いてきた気がしていたのですが、今回、このように、韓国という国でもこんなにたくさんの人とお話しをすることができて、もっと自分のことを信じてみようかなと思いました。チョンさんをはじめ、話を聞いてくれる人がこんなにいるということに、本当に刺激を受けました。また、日本の小説の読者は恐らく韓国の読者の方よりも国外の作品に対して目を向けることが少ないのかなということも感じました。今回、チョンさんの作品の資料を読ませていただいたのですが、日本の読者もきっと好きだろうと思うんです。なので、私も含めて、文芸という世界のことを国境を越えてもっともっと学んでいけたらいいなと思いました。

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集まった韓国の読者たちと一緒に集合写真





朝井リョウ
小説家
1989年、岐阜県生まれ。早稲田大学文化構想学部卒業。2009年、『桐島、部活やめるってよ』で第22回小説すばる新人賞受賞。男子チアリーディングチームを取材した書下ろし長編『チア男子!!』(第3回高校生が選ぶ天竜文学賞受賞)、『星やどりの声』『もういちど生まれる』(2012年下半期直木賞候補)、『少女は卒業しない』などの小説を在学中に刊行。2013年1月、『何者』で第148回直木賞を受賞。直木賞史上初の平成生まれの受賞者であり、男性受賞者としては最年少となる。その後、『世界地図の下書き』で第29回坪田譲治文学賞受賞。最新作は『スペードの3』。 white.jpg チョン・セラン
小説家
1984年生まれ。2010年作家デビュー。『ドリーム、ドリーム、ドリーム』が『ファンタスティック』誌およびネイバーの「今日の文学」に掲載されデビュー。2014年3月、『これだけ近くに』でチャンビ長編小説賞を受賞。長編小説に『八重歯が見たい』『地球でハナだけ』がある。




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